第88話 キス-1
刀が鞘から飛び出して高速で動く。
迫る弾丸を切り弾き、月神は尚も加速した。
Zは右腕で月神を押しつぶそうとした。
確かに脳天に腕は当たったが、感触がない。
幻影だ。月神は一瞬でZを通り抜け、その間にわき腹を切り裂いていた。
血が飛び散る。Zが振り向く前に胸に雲雀坂が突き刺さった。
さらにその上、鎖骨辺りに沢渡三条も刺さった。
月神は飛び上がり、雲雀坂の柄を蹴って、さらに沢渡三条の柄に足を乗せて蹴りあがる。
跳ね上がる体。
そのまま持っていた月牙をZの脳天に突き刺した。
「ガァァアアア!」
Zは思いきり頭を振るい、月神を吹き飛ばす。
しかしここで両肩付近に浮遊していた大袖が分離、月神の墜落地点に先回りすると、月神はそれを蹴って勢いを殺しながら着地した。
Zは口から火炎を発射するが、二つの大袖が月神の前にくると炎を遮断してみせる。
大袖からもバリアが張られているようで、見た目以上に広範囲を守護していた。
そうしているとZに刺さっていた三本の刀が戻ってくる。
腕を伸ばして雲雀坂の柄を掴むと、残りは鞘に戻した。
「鳴神流4式・飛迅衝――ッ!」
風が吹いた。すると炎が消えた。
いつのまにかZの腹部ど真ん中に、月神が持った雲雀坂が突き刺さっていた。
一瞬で距離を詰めたのだ。雲雀坂を中心に風が吹くと、Zの体が浮き上がって後方へ飛んでいく。
月神は刀を鞘にしまいながら風を纏い飛行する。
低空で飛びながらZに追いつくと、月牙を抜いた。
「ォオオオオオオオオオ!」
吠えた。高速でZを斬りまくる。
それだけではなく残り二本の刀も抜刀され、月神は適当な一本を掴むとZを斬り、そのままの勢いで刀を投げ、別の刀を掴んで斬る。
そこで月神は地面を踏みしめて刀を下から上に振るいあげた。
Zの巨体が浮き上がった。
それを既に上空で待ち構えていた二本の刀が叩き落す。
Zが背中から地面に激突するのを見て月神は跳んだ。
体を捻りながら持っていた柄に力を込める。
落下と共に狙いを定め、Zの頭部に刀を突き刺した。
しかし月神は軽く舌打ちを零す。
刀は刺さったが、手ごたえがなさすぎる。
刀を刺したままZを持ち上げてみると、その巨体が軽々と浮かぶ。
見ればZの背中に大きな穴が開いていた。そして倒れていた場所にある地面が抉れている。
つまりZは高速で脱皮すると、地面を掘って逃げていたのだ。
「グォオオオオオオオ!」
ボコッと音がした。月神の背後からZが飛び出してきた。
月神は振るわれた腕を大袖でガードしたが、衝撃は強く、体が真横に吹っ飛んだ。
崩壊しかけの礼拝堂が完全に崩れた。月神は瓦礫と共に地面に倒れる。
Zはそれを追いかけたが、そこでルナが滑り込んできた。
「フッ!」
ルナは両手でレイピアを柄を掴んで剣先を地面に突き刺した。
すると一瞬でルナを中心にしてバラの花畑が生まれた。
地面から伸びたバラはZの腰くらいまで高さがあり、無数の花がルナと月神の姿を覆い隠す。
Zは吠え、バラの中に侵入していった。
「オォオオ! ゴォオオオオオオオオッッ!」
太い腕でバラをかき分けて前に進むと、散った花びらがいくつも舞い上がって目くらましになっていく。
さらに次第に茨が絡みついて、Zの足が重くなっていった。
『どけ! 俺がやる!』
飛翔するG。
口を開けると、青白いレーザーが発射されてバラの花畑が炎に包まれた。
あっという間に火の海だ。これならばと期待するが、刹那、全ての炎が切り裂かれた。
「鳴神流3式・天翔破!」
炎を散らし、現れたのは月神だ。
風を纏った広範囲の斬撃。一振りで炎を切り裂き、もう一振りで空中にいるGを斬った。
斬撃が命中するとGの周りに竜巻が発生して、風の中に閉じ込める。
激しい風に揉まれてGの体も回転する。
平衡感覚が狂っていく中で、ルナが発射した注射針が飛んできてGに突き刺さっていく。
「ゴォオオォォオ!」
Gから大量の血液が吸われ、粒子となって散布された。
それはルナが持っていた剣先に吸い込まれていき、大技を打つためのエネルギーに変換される。
そこでルナは振り返った。目の前に剛腕を振り上げたZがいる。
「三式! レ・ヴィオレット!」
ルナが剣を振ると、その軌跡に赤いエネルギーが残り続ける。
ルナは素早く剣を振るっていき、『Zの文字』をZの体に刻みつけた。
焼けつくような痛みが全身に走り、Zの動きが止まった。
そこへ飛んでいく月神。
右足の飛び蹴りがZに輝く赤いエネルギーを蹴破りながらZへ届いた。
さらに月神は体を捻り、次は左足の裏をZの胴体に当てて、大きくよろけさせる。
まだ終わらない。
月神は最後に刀を抜いて、強力な居合切りである『白線』を当てる。
Zは胸に一本線を残してそこから血をまき散らしながら後退していき、やがてバランスを崩して倒れた。
一方で着地を決めた月神は、宙に漂う刀を全て鞘に収めていく。
「聞け! モア・エドウィン!」
モアの表情は変わらない。しかし月神は先ほど確かに取り乱した姿を見ている。
「自分の心を殺そうとする覚悟があるなら、自分のために変われる筈だ!」
モアの表情は変わらないが、月神には彼女の苦痛がわかっていた。
心を持つ者の苦悩は割と種類が限られる。
なのに誰もが同じ悩みを抱えてグルグルと同じ場所を回ってしまう。
「それを終わらせる力がここにある!」
月神は発信していた。モアへ、ミモへ、イゼやアイ。
あるいは、アダムへと。
「雪よ!」
沢渡三条が光る。
ヒラヒラと雪が舞い落ちてくる。いつの間にか雪が積もっている。
「月よ!」
かざすホルダー。その中の月牙が光る。
すると辺りが夜になった。
月神の背後に巨大な満月が現れる。
「花よ!」
雲雀坂が光る。
舞い落ちるのが雪ではなく桜になっていた。
月神の背後に巨大な枝垂桜が現れる。
「お前は何に手を伸ばした? モア!」
モアの表情は変わらない。
「いいだろう。届かないなら、おれが背中を押してやるぜ!!」
月神は三本の光る刀を携えて腰を落とした。居合の構えである。
「聴いてるか? お前にも言ってる。始祖よ!」
黙れと、アルクスの叫びが聞こえた気がする。
まるでそれを証明するかのようにZが吠えて、月神を捻り潰そうと走ってきた。
二人の距離が近づくその中で、月神は目を細めた。
今だ――!
月神は三本の刀のうち、中央にある沢渡三条を掴んで左下から右上に振るう。
「参爪破業ォオッッ!!」
三本の刀が同時に抜刀され、エネルギーを纏った斬撃を作り出す。
Zの体に刻み付けられた三つの斬痕はまさに爪痕。
三等分になったZは雪の上に散らばり、月の光を浴びて溶けるように消滅していった。
同じくして月も、雪も、花も消える。
『ゲロルを殺すだと!?』
「そう、そして次は貴方よ!!」
ルナは赤く発光する剣でGを切り裂いていた。
装甲が剥がれ、Gが抵抗に腕を伸ばすよりも早く、ルナの蹴りが胴体に入った。
「ウゥゥゥッ!」
衝撃で後退していくG。
飛び散った蟲たちが一斉にルナに向かうが、回転させたレイピアから舞い散るバラの花びらがゲロルに触れると蒸発させていく。
さらに地響き。地面を突き破って桜の木が次々に生えていく。
あっというまにルナとGの間に桜並木が出来上がった。
ルナは剣を構え、そこへエネルギーを集中する。
「フランソワ流、砲帝式! 駆けよ猫神ッ! 覇道の先へ!」
ルナは踏み込み、そして前に出た。
「ポンセブル・ポンセブロンシュ!」
一瞬でGへ到達する。
深く突き刺さる剣先、そうやって肉体に打ち込まれた種は一瞬で成長し、無数の茨がGの全身に張り巡らされる。
一方でルナの頭上に巨大なネコの形をしたエネルギーが構成された。
猫神ロージエ。二つの腕が交差し、爪の残痕がXの文字を形作った。
『これは……! なんの冗談だ……ッ!』
バラが散った。花びらが舞い散る中で、Gは膝をつく。
『インベーダーゲームのシナリオにこんな――ッ! こんな筋書きはッッ!』
そこでルナからシャルトの声が聞こえた。
『バラの花と共に散る。外道にはこれ以上ない終わりだ』
「ッッッ!」
怒りから、Gは口を開く。
レーザーを発射しようと思ったのだろうが、出てきたのはバラの花吹雪だった。
『その無数のバラはさしずめ、お前たちが踏みにじってきた命。その重さを感じながら、死に絶えるがいい!』
「ォォォォオオオオオオオォォォ……!」
Gの体、その至る所が崩壊していき、断面からバラの花びらが溢れてきた。
『ふざけるなァアア! 俺様はもっと人間でアそぶンダ! コンナ! バカナコトガアッテハナラナイ!!』
触角が折れ、眼球が取れ、血のように溢れる赤いバラ。
「チェックメイト。ゲームは私の勝ちのようね」
「ゴギィィィィイアァァアァ!!」
ルナのウインクと共にGの体が爆ぜた。
残っていたのは赤い花びらだけ。
「どんな悪夢もいつかは終わる。アンタを苛む蟲は、おれたちが殺したぜ」
月神は、ミモに支えられていたモアの前にやって来る。
「おれたちと共に来ればこれからも殺し続けてやる。だからもう、蟲を飼うのはやめときな」
モアの表情は変わらない。
しかしそれは未だ続く彼女の防御反応でしかないことに月神はとっくに気づいていた。
ゲロルは対象の脳を損傷する。
そうやって生物を意のままに動かして支配するという意味もあれば、後遺症を残すことで元の生活に戻さないという残忍性の証明でもある。
しかしそもそもモアたちはフィギュアだ。
ハートが入って成長すれば『脳』が生まれ、脳の機能を発揮するかもしれないが、それは疑似的なもの人間とは大きく違う。
フィギュアの体を制御するのは脳ではなく魂だ。
損傷したとしても意のままに修復できる。
ましてや今の体はあくまでも肉人形、自分の核が人形であると自覚して受け入れることができれば解決される。
「自分の魂と向き合えるかどうかだ。全てを拒めばもう傷つくことはないか? それは違うな。アンタは結局、目を逸らしているだけだ!」
月神だって弟の死から目を逸らしていた。
いや、本人からしてみれば顔を背けたことにすら気づいていなかったのかもしれない。
逸らしたら逸らしたで、そこにあるものが見えるから、それが全てだと錯覚する。月神の場合は激しい憎悪であり、モアの場合は虚無だろう。
「だがそれはありえない。いいか? モアエドウィン。心を持つものに無は訪れない。そうであるように錯覚しているだけで生を望めば、また傷がやってくる」
月神はミモを見た。
「彼女がそうだろ。アンタのワガママで傷ついた、ってね」
「………」
ピクリとモアの眉が動いた。
「飛鳥ミモにもアンタと同じ魂が宿ってる。視線を元に戻さないから本当に大切なものが見えてないんだ」
「………」
モアは動かない。
しかし膝が折れ、地面にへたり込んだ。
「……期待したら」
モアが小さな声で言った。
「それが壊れた時に余計にショックでしょ?」
「うん、そうだな」
「おかしいことですか?」
「いいや。でもアンタのやり方は違う。それじゃあ永遠に救われないぜ」
「失うよりはいいから!」
モアは、震えていた。