第84話 翼ひろげて-1
「アイちゃんは優しいね」
「えへへぇ、そうかなぁ?」
室町アイは、リボンがたくさんついたフワフワのお洋服を着て、恥ずかしそうに微笑んでいた。
撫でている猫のニィちゃんは、とある雨の日にダンボールに入れられているところを見つけて家に連れて帰った。
寒くて衰弱しているニィちゃんをアイは必死に温めて、つきっきりで看病したおかげで元気になったのだ。
助けなければならない。
そう思ったからアイは一睡もせずニィちゃんの傍にいた。
すぐ傍で、おへそを天に向けている犬のポポちゃんはペットショップで目があってしまったものだから無茶を言って買ってもらった。
連れて帰ってぇ。
そう声が聞こえたのだと、アイは必死に訴えた。
アイは気が弱いが、とても優しい少女だった。
カラスが地面に落ちていた時も、翼が治るまでは必死にお世話した。
乱暴な男の子が毛虫をいじめている時も可哀そうだからと止めた。
それが原因でしばらくいじめられた時も、悲しかったが後悔はしていなかった。
アイは優しいパパとママが大好きだった。
パパとママもアイちゃんが大好きで、ありったけの愛情を注いだ。
ママと一緒にお菓子を作ったり、パパと一緒にハイキングしたり、家ではポポちゃんとニィちゃんを抱きしめて眠る。
アイは誕生日プレゼントに魔法少女キューティセブンの、キューティオレンジの変身アイテムを買ってもらった。
それは生涯の宝物である。
アイは成長しても変わらなかった。
その日も、可愛いお洋服を着て家族と一緒に出かけていた。
「ずっと仲良し家族でいようねっ!」
アイの提案に、パパもママも、もちろんと言ってくれた。
周りに誰もいなかったのでパパが右手で食材がたっぷりはいったマイバッグを持って、左手でアイの手を握った。
ママが左手でポポちゃんのリードを持って、右手でアイの手を握った。
その後ろをニィちゃんがついていった。
「アイね! とーっても幸せだよっ!」
アイは満面の笑みでそう言った。
これからもっと楽しくなる。いろんな人と出会って、そして――
「アイ、いろーんな人と、お友達になりたいな!」
ヂュイイイイイイイイイイイイイイイイイイン
「あぁぁぁあーーーーーー………」
明るい部屋で、アイは鼻血を出していた。
彼女を拘束するベッドの周りにあるドリルが頭蓋を削り、回転するカッターで頭を切り開かれている。
腕や足には太い針が刺され、管から緑色の液体を注入されていた。
隣のガラス張りの部屋ではママがミイラになって転がっていた。
傍には、その血を吸いつくしたゲロルの兵器、チュパカブラが立っていた。
「ほひっ! ひほほははへはほほへはお」
両腕を失ったパパは気持ちよさそうに笑っていた。
ゲロル星人775型-Zは、宇宙電波でおかしくなってしまった地球人男性を掴み上げると、棺桶のような装置に入れる。
そのままスイッチを押すと、すぐにパパの悲鳴が聞こえてきた。
「ホギャァアァアァアアァアアアァアアアア」
骨を砕く音と、肉を引き裂く音が聞こえてくる。
装置にあるチューブから、ペーストとなったパパが流れ出てきた。
ゲロル星人はそれをワイングラスの中に注ぐと、椅子に大きくふんぞり返る。
「フギッィイィィィィイイ」
ニィちゃんが痙攣し、血を吐き出している。
外から見ただけではわからないが、内部には無数のゲロルが侵入しており、手当たり次第に食い散らかしているのだ。
皮だけになったあとは宇宙シリコンだか、宇宙ゴムだかを詰めて、翼をくっつければ『みゅうたん』の完成である。
「これを量産する。ナビゲーターとして機能させるために」
一方でゲロル星人773型-Gは、ポポちゃんを調理していた。
ポポちゃんは必死に暴れまわるが、宇宙人の腕力にはかなわない。
そうしている間にGはポポちゃんの尻尾を引きちぎった。
「ギャアゥァウアウウアアアアアァ!」
ポポちゃんが悲鳴をあげる。
ゲロルに良心など存在しない。
何も感じず、慣れた手つきでポポちゃんを五等分にしていった。
「次のインベーダーゲームは少女を使おう」
ゲロル星人本体がパパを啜りながらポポちゃんの尻尾を喰った。
Zはパパの左腕をバリボリと食らっていく。
薬指にあった幸せの証明もボリボリ食い破っていた。
「魔法少女だ」
モニタには魔法少女を題材にしたアニメが映っている。
それを見ながらGは笑い、パパの右腕を貪る。
室町一家が狙われたのは本当にたまたまだ。理由があるとすれば幸せそうだったからである。
UFOが光を当てて、一家を誘拐。あとは御覧の通り。
ゲロルは次々にゲームのシナリオを組み立てていく。
アイがキーキャラクターだ。
このミイラになった母親に役を与え、魔女狩りを生き延びた少女による復讐譚のプロットを組み立てていく。
少女たちを誘拐し、偽りの記憶を植え付ける。
魔法少女計画。
誰も疑わない。誰も真実にたどり着けない。
今までの星がそうだったように何が幻想で何が真実かもわからぬままに死んでいくのだ。
「あっ、あ! アギィッ!」
ベッドに拘束されているアイが苦痛の声を漏らした。
脳に電極を刺され、モニタに彼女の記憶が映し出されていく。
『もぉ、やめてよぉ、恥ずかしいよぉ』
『あははっ、かわいいねぇポポちゃんは』
『アイの尊敬する人はパパです! 理由は――』
ゲロルの笑い声が木霊した。
ゲロル星人は楽しそうにパパを飲み干していく。
「人を殺そう。星が壊れるまで」
たくさん殺そう。
苦しめて悲しませて大勢を殺しつくそう。
ゲロル星人の提案に、ゲロルたちは賛同する。
「疑心暗鬼、復讐、哀れな執着。魔法少女たちは悩みながら前に進み、そして全てを知って絶望する」
「戦争を起こす! 人間同士が殺し合い、国同士が憎みあう。最高のショーだ!」
「かわいそうな奴が見たいぃぃ……! 哀れなヤツがいてほしいぃぃぃ!」
「もちろんだ。全てを叶えよう。調べた限りでは人間というのは、知能レベルの低い愚かな生き物のようだ」
遅かれ早かれ滅んでいた。
だったらゲロルの玩具になったところで、そう変わらない。
そこでカプセルが運ばれてくる。
アイを入れて保存しておくためのものだ。
時が来たら出すし、計画が変更したらデザートにでもなってもらおう。
『アイちゃんは優しいね』
『アイちゃんは優しいけど、心配だわ』
『アイは、優しい子だよ』
『優しい!』
ゲロル星人はそれを聞いて指示を出す。
頭をいじれば性格も変わる。
ゲロルが創り出す室町アイは攻撃的な性格のほうがいい。
というわけで変えよう。口調を。性格を。好きにできる。なんでもできる。
それが支配者というものだ。
今まで思い出を積み重ねてできあがったアイデンティティも、瞬時に破壊する。
「だじゅげで……」
涙と鼻水でグシャグシャになった顔で、アイが懇願した。
何もわかっていないが、それでもろくな未来が待っていないことだけは理解できたのだろう。
「ごろ……じッッ、でッッ!」
ゲロルは笑う。
ゲロル星人は縮小化光線を浴びて小さくなると、アイの耳元に立った。
『それは無理だ。玩具を壊すかどうかは、我々の意思で決めるのだから』
インベーダーゲーム地球破壊編。タイトル『魔法少女』の開幕であった。
「お前は私の椅子として生きるのだ」
その時、アイの脳裏に愛された記憶が蘇ってきた。
「アイはいずじゃない……! にんげんだもん……っ!」
椅子じゃない。椅子なんかじゃない。道具なんかじゃ――
「いずじゃな――、あぎぃいいいいいいいいいいい!」
頭蓋が削られていく。そこでアイは記憶を失った。
次に意識を取り戻した時、アイは母親から魔女狩りの歴史を教えられる。
と、本人は思ってる。
実際はミイラになった母親の前で、ゲロルから与えられた情報を信じ込んでいるだけ。
そして現在。
アイは目を覚ました。
世界が緑色に見える。
それは緑色のガラス越しに見ていたからだ。
彼女はケースの中にいた。服は着ておらず、四肢が謎の装置の中に埋め込まれていた。
『目覚めたか?』
「ひッ!」
モニタがあった。そこにゲロル星人が映っている。
「な、なんだテメェは!」
そこで迸る電流。アイは悲鳴を上げたが、そこで脈打つ記憶があった。
フラッシュバック。記憶していた母とは違う、優しく微笑むママがいた。
復讐に燃える科学者の父ではない、優しいパパがいた。
かわいい、かわいいポポちゃん。ニィちゃん。
「――ァ」
全 員 死 に ま し た と さ。
「うぎゃああああああああああああああああ!!」
絶叫し、アイは暴れまわった。
しかし四肢がガッチリと固定されているため、装置から脱出することができない。
そしてその様子を見て、ゲロルたちは笑っていた。
いつ見ても、こういった光景はたまらない。
アイは涙を流し、一方で絶望と恐怖で大きく顔を歪ませた。
これから一体何が起こるのか。想像しただけで死にたくなる。
簡単だ。
アイはこれから改造手術を受け、パラノイアに生まれ変わるのだ。
装置が回転することで腕と足がねじ切れ、新しいものがくっつけられる。
そのあとは胴体を改造し、最後に頭部を別に用意していたものと挿げ替える。
『椅子は、用済みだ。武器になれ』
「ま、待ってくれよ。ね、ねえ! 待ってくださぃ! もう許してぇえ」
モニタが切れた。同時に装置が起動する。
「やだ! やだぁああ! やめてェエエエェエエ!」
無理だ。抜け出せない。
そのまま腕がねじ切れるのを待つだけだ。
しかし、その時、爆音が響き渡る。
それは獅子の咆哮とバイクのエンジン音が混じったものだった。
扉が打ち破られた。
飛び出してきたライガーは着地とともにブレーキをかける。
光悟の後ろに座っていたイゼは反射的にシートを降りた。
「アイ!」
名前を呼ばれ、アイはどうしてだか笑みを浮かべた。しかし機械音を聞いて一気に表情を青ざめる。
「たすけてぇえ!!」
気づけば叫んでいた。
そしてイゼも反射的に走っていた。理由は彼女自身、わからない。
だが走っていたことだけは確かだった。
そこで銃声が聞こえた。
オレンジ色の光弾がイゼを追い越すと、アイを閉じ込めていた装置に直撃する。
トワイライトカイザーは機械を操るメカニックガンマンだ。
ハッキング弾で腕をねじ切ろうとした装置を停止させる。
しかし、すぐに起動音が聞こえた。
ゲロルが遠隔でプログラムを書き換えて再起動したのだ。
このままではマズイ。イゼは加速した。
「!」
光が迸る。アブダクションレイ。
現れたのは対人恐怖症のリゲル。祖母、イズが改造されたパラノイアだ。
「ッッッ」
イゼの足は――
「ッッッ!!!!」
止まらない。
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
リゲルが放つ恐怖の叫びに負けないように、イゼも吠えた。
リゲルが刀を抜いてもイゼは止まらなかった。
震える足を無視して、ただひたすらに前に進んだ。
0.1秒前よりも速く走れるように全力を込めた。
走る。ひたすらに。
そしてリゲルも走り出した。