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第82話 一期一会-3


『怒っているですか?』


『………』


『もういいです。わたしは大丈夫です。だから指示をくださいです』


市江の青い瞳から一筋、涙が零れた。


『なんでもやるぞ……』


青い瞳が、紫色に染まっていく。

生き残ったのは市江だった。本当に? 果たして本当にそうだったのだろうか?


市江は苺であり、苺は市江である。

二人の生活に鏡はなかった。


自分の姿もわからなかった。

ミラの絵を、二人は誤って見ていたら……?

市江は野菜が嫌いだった。だったらきっとスープに入ってるニンジンは食べられない……?


『イブ』


『え?』


『新しい名前を考えてみたんだけど……、嫌だったかな?』


『………』


『外に出よう』


市江は頷いた。

いや、そこにいたのは市江じゃない。

髪型はツインテール。右は朱色、左は水色。瞳は紫。


ぞ。は、サ行。


です。は、タ行。


だったら、次がいい。


「ワタシは今日からイブなの! よろしくなの! アダム!」


アダムは微笑み、市江の手に自分の手を重ねた。

なぜ助けたのかがわからない。

しいて理由をあげるとするなら、かわいそうだったからだ。


気の毒な少女を見てアダムはどうしても我慢することができなかった。

それがたとえ幻想の存在だったとしても、今まで培ってきたものが胸の中にある限り見過ごすということができなかった。


何もかも遅かったとしても。


ほんのわずか。

たった一つでも苦しみを消してあげられることができるのならば。

だからアダムは自分が作ったセットを破壊しに行った。

そして世界から食い奪った核を、その哀れな少女に与えたのだ。


役割がある。


光悟の無表情がたまらなくイラついた。


(そうだ。役割がある。だがそれを肯定した時、我々はどうなる!)


苦しむために生まれてきたものや、殺されるために生まれてきたものたちに、自分たちはいったいどんな感情を向ければいいのか。

アダムはパソコンの画面を切り替える。

そこにはゲロル星人が映っていた。


『カウントダウンは終盤だ。頼んだよ、ゲロル』


『――ああ。素晴らしい』


『もっと素晴らしくなる。アンタたちにとっては』


本物になって次の遊び場に向かう。

場所は地球。

和久井や光悟たちが住んでいる星の名前だ。





「………」


アポロンの家に帰ってきたミモは、ギュッと子供たちの服を抱きしめた。

下には崩れた肉の塊が落ちている。


「ちくしょう――ッ」


ハートが入っていないものは、すべてアダムが作った『餌』でしかない。

腹の中の牧場にいるゲロルたちに与えるための餌のレシピ、つまり『人間』の模造品を作ることは容易かった。

あとはそれをナナミプリズムを捕食した際に得た人物情報を参考に、ベルゼブブが動かしていただけだ。


でももうそんなことをする必要はなくなったため、役割を放棄したに過ぎない。

だったら肉の塊は肉に戻る。

光悟が助けた人たちも、子供たちも、友達も。

すべてが人の形を維持するのをやめただけだ。


「気を落とさないで。わかっていたことよ」


ルナが優しくミモの背中を撫でていた。

そしてそれを、モアは無表情で見ていた。


少し離れたところでは光悟と、彼の肩に乗ったパピがコンビニにやって来ていた。

そこに店員はいない。客もいない。

崩れた肉の塊と衣服があるだけだった。


別の民家では月神と和久井の姿があるが、そこも同じ光景だ。

家族が集まっていたリビングには肉と服しか残っていない。


「ど、どういうことなんだよこれは……?」


ティロン♪


「アダムは彼らの役割が終わったと思ったんだ」


ティロン♪


「つまり計画が次に進んだってことか」


ティロン♪ ティロン♪ ティロン♪


「おそらくは」


ティロロロロロロロロロロロ――


「……ところでなんの音だい? さっきからうるさいな」


「え? あ、ああ悪い。オレの携帯だ」


和久井が確認すると、しゅぽぽぽぽぽぽと、とんでもない勢いでメッセージが表示されていく。全て舞鶴からだった。



『ねえ、どこに行ったの?』

『やっぱり私を見捨てたの?』

『裏切者』

『味方になってくれるっていったのに』

『一人にしないで』

『もう悲しませてる。裏切りでしょこれ』

『ねえ聞いてる? なんで返信してくれないの?』

『嫌いになってる。私もお前がますます嫌いになってる』

『死ね』

『………』

『やだ』

『まって。やだ』

『今泣いてる』

『許して。お願い。さっきのは嘘だから。メッセージ消すから』

『見捨てないで。早く帰ってきて』

『許してくれないなら殺してよ』

『殺せよ!!!!!!』

『好きなら殺して!』

『愛してるの?』

『好きなら好きって言って』

『ねえ』

『早くして』

『怖い』

『え? 確認だけどさ、他の女のところ行ってないよね?』

『は?』

『無理』

『ガチで無理』

『無理だから』

『ガチで無理だから。マジで。は? ふざけんなよ』

『今泣いてる』

『ガチで死ねよ!!』

『いつもそう。私だけが不幸になる』

『待って。違う。焦っただけ。こんなの私じゃない』

『捨てないで』



「……アメージング」


月神は引いていた。

和久井は悲鳴を上げてアポロンの家に戻っていく。

一分後、舞鶴は和久井にしがみつき、彼の胸に頭を埋めていた。


「さっき、は、ごめんね。焦った……、だけ、だから!」


舞鶴は和久井の手を取り、自分のほっぺに当てる。

ミモがメイクを落としてくれた。

ウィッグも持ってきてくれたので、今は見た目はちゃんとしている。


「大丈夫、オレはお前の味方だって。裏切らねぇよ」


「う、うれ、うれし……、うれしい。ひは、へへ、へ」


舞鶴は白目をむいた。

どんな感情なのかわからない。


ただ和久井はニヤついていた。

思っていたのとは少し違うとはいえ。

悲しいもので舞鶴に抱き着いてもらうと、正直興奮した。

一方、月神や光悟は見てきたものの情報を交換している。


「舞鶴が思い出してくれたおかげで、身体の構造が理解できた」


名前を呼ぶ。ミモ、モア、イゼ、アイ、舞鶴。


「この五人が、ハートが入ってるフィギュアだ」


「桃山姉妹には入ってなかったのか……、まあ賑やかし要因みたいな立ち位置だったから、不要と判断されたのかもな」


そう和久井が考えたところで気づく。

そういえば苺の姿を一度も見ていなかったと。

カーバンクルが苺の声で喋っていただけで、本人の姿はどこにも見当たらなかった。

あれはなんだったんだ? 考えていると、いろいろ考えが浮かんで、限りなく真実に近い予想が浮かぶ。


(まさか苺って……、いないのか?)


「バックボーンはどうであれ――」


光悟が口を開いたので、和久井は考えるのをやめてそちらに集中した。


「市江はユーマの所有権がゲロル星人にあると言われた後に変身していた」


「アブダクションレイとやらも、移動に使っていましたし……」


「協力者の位置にいることは明白だろうね。アダムが世界を喰ったなら、世界に入れていた分のマリオンハートも持っていることになる。それをどう使ったのかは、想像に難しくない。おそらく市江に入れたんだろう」


だが、それを予想したところでたどり着くところは一つだ。


「真並くん。こいつらの脳に今すぐ情報を入れてくれ。舞鶴も落ち着いたことだし、本格的にここから脱出する」


光悟は頷いて橙のティクス。トワイライトカイザーに変わる。


「やめて!」


ミモはそういうが、光悟は首を横に振った。


「もう知ることからは逃げられない」


光の弾丸がイゼとモアの頭に当たり、マリオンハートの情報が駆け巡る。


「……はは」


「ッ」


「ははははははは!!」


イゼは笑い出す。光悟が怪訝そうな顔をした。


「何がおかしい?」


「何がだと? これが笑わずにいられるものか! 私が信じてきたものは全て幻だったというわけだ!」


祖母は宇宙人が用意したみゅうたんというミュータントに騙され、英雄として祀り上げられた後は化け物に改造された。

そして孫のイゼも体に虫を入れられ、それが見せる幻想の妹を信じて戦ってきた。


しかし思い出しても笑えてくる。

今にして思えば、思い出のナナコはずいぶん都合のいい遺言をその都度残してくれたものだ。


「安槌は英雄などではない。ただの傀儡! 侵略者の道具にしか過ぎなかった!」


そして、それすらも幻想であった。

何も知らず、ただ悪魔の腹の中に入れられた哀れな人形。


「無様にも程がある……!」


イゼは苦しげに頭を抑えながら部屋を出て行った。

誰も何も言えない。

そのショックは計り知れるものではないとわかっているから。


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