第79話 星の民-4
「え? へ……? た、たべ……」
舞鶴が固まる。それを見て、Gは大きく肩を上下に揺らしていた。
笑っているのだ。
「ねえ、マジで、待って」
フラフラと、ミモが、前に出る。
「……ネズミのチュータって知ってる?」
『ああ。あれは傑作だった』
Gはますます笑う。
伝統芸能風になった演出がよかった。
人間は過去の人間が残してくれたものを大切にする。
それが茶化されたみたいで、ゲロル的にはなかなか高い興奮を得られた。
『だがお前の親父は欠落品だ。俺様ならもっと穴を開ける』
細長い指がミモを指した時、彼女は既に走り出していた。
「うあぁあぁあぁああぁああああぁあああ!!」
弟も、父も、母も、みんな死んだ。
いや、殺されたのだ。頭に蟲を入れられたせいで。
「ッッッ! ブッ殺してやるゥウッ!!」
ミモは巨大なトンファーでGを殴り殺そうと決めた。
しかしその時、電撃が迸りミモは苦痛に叫んだ。それは彼女だけではない。
モアも、イゼも、みんな同じだ。
装甲がひとりでに分離し、武器が手を離れ、そして空中で結合していく。
ミモの前にビッグフット、モアの前にネッシー、イゼの前にモスマン。
そして舞鶴の前に、サンダーバードが立ちはだかる。
「どうして変身が――ッ!」
『ゲロルの兵器だからだ! 今まではお前ら下等種族に使わせてやっただけだ』
その証拠にGが動けと命じるとビッグフットは剛腕を振り上げた。
ミモが止まれと念じても止まらない。
『ユーマの真の所有者はゲロル星人であって、お前たちではない!』
しかしそこでルナが走り、ミモを抱いて跳ぶ。
間一髪。一秒前までミモが立っていた場所に拳がめり込んでいた。
「キシィィイアアァアアア!」
甲高い声で、Gが鳴いた。
昂りを感じる。ミモのように怒りに燃えるものの顔を見るのは好きだった。
復讐心を抱いたはいいが、何もできず全身を喰われて死んだものたちを何人も見てきた。
そこにあるのは圧倒的な力の差だ。
ゲロルは寄生する者、いかなる文明や技術を持っていようが、それを侵食し、乗っ取り、進化していく。
「その中で我々はゲームがより面白くなるようにシナリオを練るのだ。星が滅びるまでに、そこに住む者同士で多くの血が流れていく! 哀れな生き――」
「一つ、聞かせてくれ」
「?」
光悟は平坦なトーンで問いかける。
「パラノイアの正体はなんだ?」
まるで、待ってましたといわんばかりに、ゲロルたちが笑った。
空にいくつもの映像が浮かび上がる。
学生服姿の少年が泣いていた。隣には彼のことを書いた新聞の記事も表示される。
●●●市に住む「前島良斗」さんが行方不明。
部活終わりに姿を消した。携帯電話での追跡は不可能。目撃情報もなし。
いくつも展開していくモニタ。前島少年の母親らしき人が泣いている。
無事ならなんでもいいから、どうか連絡を――
一方で、隣のモニタの中にいた前島くんは泣いていた。
狭い箱の中に閉じ込められた彼は、必死に外に出ようとしている。
手からは血が出ている。それだけ力を込めて脱出しようとしたのだろう。
もうすぐ妹の誕生日だったから、家族で旅行に行こうって決めてたのに。
もう家族にも、友達にも、ミケにも、あの子にも会えないのか。
とうとう前島くんは情けなく泣き始めた。
同じような光景が、無数にあるモニターの中にいくつも映っていた。
『人間をランダムに拉致し――』
映像が切り替わる。
たとえば前島くんは、白目をむいて、涙を流し、泡を吹いて痙攣していた。
頭の上半分が切り取られて、脳が剥き出しになっており、そこに電極のようなものが突き刺さっていた。
ベッドの周りにある無数の機械が高速で動き、手早く手術を行っていく。
注射で緑色の液体を打ち込むと、前島君は絶叫しながら、やがて笑い出した。
皮膚がどんどんと緑色に変色し、ボコボコと泡立つように膨れ上がっていく。
モニタの中にいたGは誰かの左手の薬指を齧りながら、持っていた大きな針を前島くんの体に突き刺す。
前島くんと絶叫と、Gの笑い声が重なり合い、そこで映像が次のカットに切り替わる。
前島くんが寝ていたベッドに、化け物が眠っていた。
先端恐怖症だった前島くんは、アルデバランに生まれ変わった。
『人間を改造して兵器にした。それがパラノイアだ!』
怒り、憎しみ、それをすべて置き去って、ただ、ただ、打ちのめされる。
その中でイゼの息が止まった。
呼吸を忘れるほどの映像があった。
モニタの一つ。手術を受けていたのは、祖母のイズだった。
「お婆様……?」
頭を押さえる。
厳しかった祖母。誰よりも正義感があった祖母。
第三次世界大戦を終わらせた英雄だった祖母。
はて? イゼはいつ、イズと別れた?
葬式に出た覚えはない。
でもイゼの家にイズはいない。それどころか、イゼもまた自分が一人暮らしであることに気が付いた。
イゼはその時、祖母の改造手術が完了したのを見た。
そこにいたのは
対 人 恐 怖 症 の リ ゲ ル。
「ガハッッ!」
イゼは突然、腹部に激痛を感じて咳込んだ。
真っ赤な血が口から溢れ、たまらず膝をつく。
血液は口からだけではなく、鼻や耳からも流れてきた。
なんだこれは? 怯えるイゼは、そこで信じられないものを見た。
吐き出した血の塊の中に笑っているナナコがいた。
血まみれの妹が確かにそこにいた。
「ゴォオオオオオオオオオ!」
だが愛しの妹から放たれた声は、あまりにも醜く濁っていた。
轟音と衝撃、イゼの体が面白いように吹っ飛んでいく。
同じくしてナナコがどんどん大きくなっていく。
急激に、あっという間に、膨れ上がったナナコはどんどん、どんどん、大きくなっていく。
イゼと同じサイズになっても、まだ大きくなっていく。
腕が肥大化し、足が肥大化し、爪は鋭利に、そして巨大になっていく。
服だと思っていたものは皮膚だった。体毛のようなものが確認できる。
ナナコの顔が溶けた。目が真っ赤に染まり、四つになる。
なおも巨大化していく体は、二メートルくらいになったところで止まった。
そこにいたのはもはやナナコとは似ても似つかぬ歪な巨躯。
「ォオオオオオオオオオオオオオオ!」
野獣が吠えた。
ゲロル星人の一部、775型-『Z』。
大きな体に太い腕が特徴的な個体だった。
「お姉ちゃん。負けないで。悪者なんかかかかかかかか!」
化け物から妹の声がした時、イゼの中で何かが崩れた。
わかりやすくいえば折れた。
イゼは腰を抜かして、ただ茫然と一点を見つめている。
それを見てGもZも本体も笑った。
小型化していたZは今の今までイゼの体内に潜んで存在しない記憶、つまりナナコという幻想を作り上げていたのだ。
『お前たちの役目はもう終わりだ』
公園にいたGが細く長い指で合図をすると、ユーマたちが瞳を光らせた。
それぞれの武器を起動させ、愚かな人間に狙いを定める。
「ちくしょう……ッッ」
ミモの瞳からボロボロと涙が零れてきた。
優しい家族だった。大好きな家族だった。なのに、なのに。ああ。
「うああぁぁああぁぁあぁッゥ!!」
怒りに叫んでみたところで、何にもならない。
身体強化機能もユーマの機能の一つ。それが失われた彼女たちは脆い人間だ。
サンダーバードは口から熱線を発射し、ビッグフットは剛腕を振るい、ネッシーは目からレーザーを発射して、自分を魔法少女だと思い込んでいた一般人を殺害する。
ゲロル星人たちはそれを笑いながら見ていた。
が、しかし。
やはりここは一つだけ訂正しなければならない。
殺害される、『筈』だったということだ。
「――ッッッ!!」
Gは、今まで感じたことのないものを感じた。
それが痛みだとわかるまでに、かなりの時間を要した。
なにせ今までの星にはそれを与えてくるものはいなかった。
でも、違う『作品』には?
「ゴガァアアァ!」
ユーマたちの攻撃は、全て虹色のシールドが遮断する。
魔法少女たちの悲鳴が聞けると思っていたのに、悲鳴をあげたのはGとZのほうだった。
Gの顔面には光悟の拳が抉り刺さり、Zの右目にはバラの茎が突き刺さった。
そして、ゲロル星人本体の眼前には、刀の剣先があった。
「役割がある」
光悟がそう言った。
創作物には配役というものがあるのだ。それは彼も理解していた。
「同情するが、俺はお前らの野望を叩き潰す」
Gは激怒していた。
立ち上がると胸を開く。
無数にいた小さなゴキブリのようなゲロルたちが一斉に飛び立ち、光悟を包み込んだ。
ゲロルは光悟の耳や、鼻の穴、口、それだけではなく服や皮膚を食い破って体内に侵入しようとする。
しかしその時、光悟の体が水になった。
ゲロルの群れは行き場をなくし、うろたえ、水の塊はGの前まで飛んでくると実体化した。
「なぜなら、理由はたった一つ」
ブルーエンペラー。
逆手に持った小刀でGの胸に一撃を刻む。
返しにもう一撃。Gが怯んだところで足裏を腹部に叩き込んだ。
光悟はプリズマーを操作して基本形態に戻ると、再び虹色の光で魔法少女たちを照らす。
するとモアが苦しみだして直後吐血した。
口から出てきたのは、蟲だ。
正義の光が体内まで侵食し、たまらず飛び出してきたのだ。
光悟は飛んできたゲロルをキャッチすると、即、握りつぶす。
「――俺の役割が、正義である以上」
そこで光が迸った。アブダクションレイだ。
一瞬でユーマやゲロル星人が消え去る。その光の中に、光悟はアダムの姿を見た。
『正義?』
アダムは椅子に座っている。目も据わってる。
『耳障りがいい言葉だよ。さぞ居心地がいいことだろうさ』
光悟は表情を変えない。
無表情でアダムをジッと見つめた。
「役割は変えることができる」
アダムは少し眉を動かしたくらいで、何も言わずにそのまま消え去った。