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第78話 星の民-3


「……母さん! おかあさん!」


アイは地下室の扉を開いた。

椅子に座り込んでいるアイの母、レムナは心配そうにアイを見つめている。


『どうしたの? 大丈夫?』


「ごめんッ! あいつら強すぎるんだ! アタシの力じゃ勝てないよ……!」


「それは、どうも。実に光栄だね」


アイが後ろを見ると、月神が入って来た。


「ど、どうしてココが!」


「空にいるおれたちの優秀なしもべが、キミを監視してい……」


そこで月神は言葉を止めた。


「おい、キミ」


「は? な、なんだよ」


「それはなんだ?」


アイは、月神が指さした方向を見る。

母が椅子に座り、柔らかな笑みを浮かべていた。

アイは釣られて微笑むが、すぐにムッとした。


「それっていうな! アタシのお母さんを……!」


「お母さん? 母親だって?」


そうだったのかと月神は一瞬納得しかけたが、大きな違和感を感じた。


「ん? それはおかしい。それが喋ったのか?」


「だからそれってなんだよ! テメェ! いい加減にしねぇとブチ殺して――」


「ミイラだぞ」


「……ぁ?」


月神は椅子に座っている『物』を指さしていた。


「そこにあるのは、死体だ」


干からびた女性。

もはや人間にも見えない物体を、母というのなら。





「………」


舞鶴は笑顔を浮かべたまま固まっていた。

脳が処理を拒んでしまったようで、フリーズしている。

何か言葉を発すれば、時が進んでしまう気がして、何も喋れなかった。

しかし否応なく事実は突きつけられる。

奈々実の顔が、溶けている件について。


「んぁーーーーーーー」


ドロドロになった奈々実が、声を出した。

高い声、低い声、いくつもの音を重ねたような歪なボイス。

おそらく口を開いたのだろう。

顔の下半分にぽっかりと空いた穴からムカデのようなものがいきなり伸びてきた。


舞鶴の体が光悟に突き飛ばされて地面に倒れる。

頭上を通りすぎたムカデは軌道を変えて、再び舞鶴のもとへ迫るが、光悟の手刀で切断された。


「キシィィィゥユゥゥゥウアァアアア!!」


かな切り声をあげながら奈々実は後退していく。

どうやらムカデに酷似したものは、彼女の『舌』だったようだ。

緑色の血をまき散らしながら、舌を引き抜いていた。


奈々実の体が変質していく。

ツーサイドアップ、中央部分の伸びた髪が楕円形に膨らんでいき、棘の生えた長い脚がいくつも生えていく。 

さらにバサバサと煩い羽音が聞こえる。頭から羽が生えたのだ。


さらに二つに結んでいた髪が長い触角に変わっていた。


気づけば、まるでカミキリムシの下に人の体をくっつけたような歪なフォルムになっていた。

変化が起こったのは人間の体部分も同じだ。

服は溶けて消え、硬質化した桃色の皮膚はなんとも形容しがたい悍ましさがあった。

細長くなった腕と脚には棘が生えており、蟲をそのまま人型にしたようだ。


「―――――――――」


蟲が口から音を出した。

誰もが鳴き声にしか聞こえなかっただろうが、光悟だけは意味を理解した。


なぜならばティクスの能力に『ありとあらゆる言語が理解でき、会話することができる』というものがあるからだ。

これがあれば世界中、どこに行っても助けを求める声に反応することができる。

たとえそれが――、他の星であったとしても。



通訳・"ゲロル星人の邪魔をしたものは、一人残らず殺害する"








アイの家。

月神はニヤリと笑った。我ながらこの至近距離でよく避けられた。


「普通の人間なら殺せただろうが、残念、おれは違うんでね」


大きな魔女帽子の中からレーザーが発射されれば並み人間は反応すらできずに死んでいただろう。


「不愉快」


アイが、そう口にする。月神は一歩、後ろに下がった。

アイは今、白目をむいて涎を垂らしている。どうやら意識がないようだ。

にも拘わらず彼女が喋れるのはなぜか? ずっと被っていた魔女帽子を脱いだ。


『テレパシーを地球の言葉に翻訳しているため意味が伝わらないこともあるだろうが、続けよう。殺害、憎悪、殺人、人を殺す、お前を殺害、私の意志はこの中にある』


「……悪趣味だね」


『所詮、人間の価値観だ』


性別がないため男とも女ともいえるが、ここは『彼』と表記しよう。

巨大な赤い目と、小さな赤い目が合計で六個あった。

菱形の頭部。灰色の体。サイズは月神の人差し指ほどの大きさしかない。


その小さな生き物は、椅子に座っていた。

アイの脳天だ。彼女の頭部が改造されて『椅子』になっている。


なぜアイがずっと帽子を取らなかったのか?

本人は母から貰ったからだと思っているようだが、それは違う。

"ゲロル星人"が、崩壊していく文明をより近くで観劇したかったからだ。








「奈々実は?」


中央公園。舞鶴が泣きながら叫んでいた。


「奈々実は!?」


もう一度叫んだ。

愛しの奈々実にやっと会えたと思ったら、奈々実が溶けてカミキリ虫だか、ゴキブリの化け物になっちゃった。

そんなことを受け入れるわけにはいかない。だから叫んだ。


「ねえ! 奈々実はぁ!?」


「773型-G。私が奈々実だった」


光悟はその返答を翻訳することはなかった。

それを舞鶴に聞かせるのは、あまりにも残酷である。


「どういうことだ? 答えろ! ゲロル星人!」


「人間! 俺の言葉がわかるのか? やはりお前は危険だな!」


Gの口は横に開く。

無数にある牙を剥き出しにして、光悟を威嚇している。


「ねえ! 奈々実はどこなの!? 誰か教えてよ!」


誰もが引きつった表情で固まっている中で、確かにGは、笑った。


『天乃川奈々実など! はじめからこの世には存在していない!』


テレパシー、これでわかる。

その時Gの胸が左右に開いた。それを見てしまったミモは思わず口を押えて目を逸らす。

あまりにも悍ましい光景だ。

Gの胸の中には、おびただしいほどの小さな虫のような生命体がびっしりと蠢いていた。


「お前たち人間は! 我々、ゲロル星人の玩具なのだ!!」


月神の前にいた『本体』も、賛同するように笑った。


「我は、我々であり、我らなり」





ゲロル星。


地球から遥か彼方、遠く離れたところにある惑星だ。

ある日、そこに惑星調査団がやってきた。

ノーブル星からやってきた彼らは生命体を発見して喜んだが、すぐに後悔することになる。

773型、775型……、数え始めて、すぐに終わった。



ゲロルは『(いつ)』である。



その理由は、それ以外を、殺したからだ。

ゲロル星人は狡猾だった。ノーブル調査団に気づかれずに、彼らを殺した。

それが寄生生命体であるゲロルの能力なのだ。


調査団が故郷のノーブル星に戻り、歓迎会が開かれたその時から『インベーダーゲーム』は始まった。

ルールは簡単、訪れた星を楽しみながら滅ぼすことだ。

はじめのゲームは百年で終わった。


滅びゆく星のなか、唯一の生き残りであるマシューとテュースが愛し合い、今まさに儚く美しい終わりを迎えようとする時、ゲロルがテュースの子宮を突き破って外に出た。

そのまま唖然としているマシューの喉を食い破って、惑星の住民を全滅させた。


性善説を信じがちな連中が悪い。

なかでもマシューは致命的だ。最後まで幻の友達を友達だと信じて疑わなかった。

父親が己の性器を噛みちぎって自殺した時点で、この世の人間がどうにかなっていると気づくべきだった。


だがどうにも、マヌケが多い。


ゲロルは船で次の星を目指した。

スクモ星の生物はまだ言葉を理解できるものが住んでいなかったので、ひたすらに殺し合わせて、わずか一週間で全ての生き物が死滅した。


リュグロ星人はとても気さくで明るい――、今の日本でいうのなら大阪府民のような人たちばかりだった。

ゲロルは、真正面から星に入った。歓迎された。


焼肉をごちそうになった。

タン塩、もも肉、むね肉。みんなうまいうまいと笑ってビール片手に焼肉に舌鼓を打った。


ゲロルもたくさん赤い液体を飲んだ。

宇宙人はワイン派なのかとリュグロ星人は笑ったが、あいつらは全員アホであるとゲロルは思っていた。


ワインではない。血である。


歓迎団は全員血を流しながら焼肉をしていた。

到着、歓迎、その時点でゲロル星人は、体の一部である蟲を、リュグロ星人の体内に入れていた。

脳を侵食して痛覚を遮断し、そもそも幻覚を見せて腹に穴が開いたことを悟らせない。


リュグロ星人は焼肉を食って、穴があいた腹から、そのまま食ったものをはみ出させていた。


そもそも食っていた肉は牛だの豚だと思っていただろうが違う。

お前らの、星の、国の、王様。プラス、その一族だ。

それをうまいうまいと食っていたのだ。


ゲロルはそれを繰り返して、リュグロ星を滅亡に導いた。

この星の結末はインベーダーゲームの中でも『焼肉エンド』と名付けられた通り、非常に特殊で印象深い終わり方だった。

遊び。終わったら次へ。遊びつくし、終われば次へ。



ある日、ゲロル星人を乗せた船は、太陽系第三惑星・地球にやってきた。


ゲロルは、標的の耳や口や肛門。時には強引に穴をあけて中に侵入する。

そうして脳にたどり着くと、あとは好きな情報を入れれば終わりだ。

人間は視覚や聴覚、そして思い出が全ての生き物である。五感で感じたものを人は絶対に疑わない。

いや、終わりが見えても、人は疑えない。

今まで信じてきたものが幻だと認めたくないからだ。


『傑作だった』


アイの頭に座っているゲロル星人は、踵でアイを叩く。


『魔女狩りの歴史を信じてきたようだが、当然そんなものは存在しない。全てゲロルが見せた幻覚だ。それを生きる糧にしてきたとは滑稽もいいところである』


その歴史、ネタバラシをゲロルは情報として魔法少女や光悟たちの脳内へ送信した。


「そんなの……、ありかよ」


中央公園では、理解した和久井が腰を抜かす。

もう無茶苦茶だ。でも実際そういう展開なのだから仕方ない。

つまりあれだ。わかりやすくいうなら魔法少女ナナミ☆プリズムのオチは――



魔法少女なんて存在せず。


み ん な 宇 宙 人 に 騙 さ れ て た


イ カ れ た 女 ば っ か り だ っ た っ て こ と 。



『舞鶴。お前の母親は今、どこにいる?』


Gはテレパシーで舞鶴へ問いかける。


「え?」


舞鶴は考えた。ママは、お母さんは、からあげも、カレーも、ホットケーキも作ってくれないけれど、それでも――


「あれ? あ、あ、あ……!」


そこで舞鶴は、自分が一人で暮らしていたことに気づいた。

一人で寝て、一人で起きて、一人でパンを食っていた。


「あれ? あ、れ? え? あれ? んっ? え、えっと……」


舞鶴はヘラヘラ笑って頭を抱えた。


「お、お母さん? お父さんも……? あれ? ど、ど、どこに、いっ、たの……?」


独り言だが、Gは反応してくれた。


『食った』


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