第76話 星の民-2
和久井が光悟を見ると、彼は頷いた。
とはいえ、和久井を守るためや癒すためにそれなりに力を使っている。
光悟はまずルナの名を呼んだ。
「了解よ!」
ルナは走りながら変身を解除してシャルト掴んで投げた
シャルトの体が一本の薔薇になる。
そのまま光悟の王冠に突き刺さると、赤い瞳のイグナイトキングへと姿が変わっていく。
さらにローブが現れた。
煌びやかなそれはまさに『王』の姿に相応しい。
言い方を変えれば、ボクシングをはじめとした格闘技の選手が、試合前に着ているガウンにも見える。
右腕だけではなく浸食が全身に及ぶ。
両手にオープンフィンガーのグローブがあって、それが燃えていた。
「ブレイジングローズ」
光悟が右の掌を前にかざすと、赤いバラの花びらと共に熱波が拡散して舞鶴を包み込んだ。
激しい衝撃と熱を感じて舞鶴は悲鳴をあげながら後方へ吹き飛ぶ。
すぐに立ち上がると折り紙の手裏剣を作って飛ばしていくが、いずれも光悟に着弾する前に熱で溶けて消えていった。
「う……、あ」
血の気が引いた顔になる。
近づいてくる光悟、舞鶴は一歩だけ後ろに引いたが、すぐに刀を持って走り出す。
「奈々実に会うんだ! 奈々実に会えるんだ!!」
舞鶴は笑顔になった。渾身の力で武器を突きだした。
だが剣先が光悟に触れるまでもなく赤くなると、融解してしまう。
「あ」
舞鶴の顔から笑顔が消えた時、彼女の体も熱波で吹き飛んだ。
地面を転がる舞鶴は、自分の体が軽くなっていたことに気づく。
顔をあげると、サンダーバードが分離していた。
どうやらこのままだと危険だと判断したらしい。
空に逃げようとしたが、その前に光悟は指を鳴らした。
するとサンダーバードの右翼が爆発して、バラの花びらと共に落下していく。
「うぎゃあああああああああああああ!」
舞鶴は叫んだ。しかし、その声に爆音が重なる。
サンダーバードの左翼が爆発して分離した。
飛行機能を失ったサンダーバードが地面に墜落する。
「やめてやめてやめてぇええぇええ!」
舞鶴は光悟の腰に掴みかかった。
光悟の体を纏う熱はコントロールできるようで、舞鶴に害はなかった。
しかし彼女のお願いを聞いてあげるのかどうかは別だ。
「すまない。舞鶴」
光悟は叫ぶ舞鶴の腕を掴み、強く引いた。
勢いで舞鶴は前のめりに走り出し、ほどなくしてうつ伏せに倒れた。
光悟は舞鶴には目もくれず、サンダーバードを目指して歩く。
両翼を失ったターゲットは光悟に向かって走り出した。
嘴で頭をついばみ、殺すつもりだったのだろう。
しかしそれよりも早く、光悟の右ストレートがサンダーバードに叩き込まれた。
サンダーバードは地面を滑っていき、ほどなくして停止した。
「やめてよぉおッ! いっじょに花火を見るって言っだもんッッ!」
舞鶴が泣いてしまった。
光悟の胸は痛んだが、もう遅かった。
サンダーバードの中に紅い炎の薔薇が咲いた。
肉体が粉々に爆散し、破片が地面に落ちていく。
地面に広がる炎の中で、光悟は振り返った。
舞鶴は目を見開き、固まっていた。
光悟の背後からたくさんの集めた魂が空に昇っていくのを見て、放心していた。
光悟はシャルトを分離させると、黒いスーツ姿に戻る。
「ありがとよ」
和久井が光悟の肩を掴む。
「頼んでおいてアレだけど、よかったのかよ? テメェのやり方じゃねぇ」
すると光悟は舞鶴を見た。
奈々実に会うのがまた遠のいてしまったので、舞鶴は泣き崩れていた。
「……ああ。だが、俺はお前を信じたんだ。和久井」
「くはッ! 正義マン失格だな。お前!」
和久井は笑っていなかった。
(俺はただ、お前にマシになってほしいだけなのに……)
舞鶴が号泣している。
止め方がわからない。
それがただ、悔しかった。
「!」
突如、アブダクションレイが起こる。
アイが島の裏側に待機させていたパラノイアを呼び出したのだ。
三度傘に道中合羽、太刀を持った対人恐怖症のリゲルは周りにいる人々が、自分を見ていることに気づいた。
「宇戯ャ阿亜唖吾亞阿亜唖吾亞ッッ!!」
リゲルは顎が外れるほど大きな口を開けて叫び、走り出す。
シャカシャカシャカと早送りをしたようなスピードで月神のもとへやって来た。
甲高い悲痛な叫びをあげてリゲルは太刀で頭を割ろうとしてくる。
振り下ろされた刃を刀で受け止めるが、そこで月神の靴が地面にめり込んだ。
月神がもしも柴丸と融合していなかったら今の一撃で全身が砕けていただろう。
「ぐあぁッ!」
次の瞬間、月神の体が後方へ吹っ飛んでいった。
ホルダーを盾にして突きを受け止めたのだが、踏みとどまることができずに凄まじい勢いで地面を滑っていく。
リゲルは恐怖していた。
人が怖い。目が怖い。
激しい重圧に押しつぶされそうになり、思わず緑色のヘドロを吐き出した。
歪な嘔吐のさなか、太刀を強く握りしめる。
怖いから殺す。
走り出そうとして、できないことに気が付いた。
月神は攻撃を受けながらも刀を二本飛ばしており、リゲルの両足の甲にそれぞれ突き刺さしていた。
刀は足を貫通して地面に突き刺さっており、動こうとしたら激しい痛みが襲い掛かってくる。
しかしリゲルの恐怖は痛覚で抑えられるものではない。足を引き裂きながら前に進んでいった。
しかしそこへ飛んでくる犬神・荒星のエネルギー。
五式・砕破月哮牙。鋭い牙で、リゲルに食らいかかった。
「へぇ、やるね……!」
月神が思わず唸る。犬神が細切れになって消滅していく。
リゲルが腰を落として刀を構えている。
目にもとまらぬスピードで切り裂いたということだ。
「でももうゲームオーバーだ」
リゲルは衝撃を感じて叫んだ。肉体を貫くレイピアと西洋剣。
後ろにルナがいて、右には光悟がいて、次の瞬間、リゲルの腹に月神の刀が突き刺さった。
「ッ!」
その時、光悟の表情が変わる。
「どういうことだ?」
思わず呟く。
そこでリゲルが吠えた。衝撃波が発生し、月神たちの体が吹き飛ばされる。
「おかしい……!」
最初に体を起こしたのは光悟だった。
橙に変わり、メガネ越しにリゲルを睨みつける。
何かを調べているようだが、リゲルは太刀を持って光悟に向かってくる。
おちおち調べ物をしている場合ではない。
銃を連射してリゲルを狙うが、迫る光弾を次々に切り弾いて、あっという間に光悟との距離を詰めていった。
気づけば目の前だ。
光悟は銃を突き出してリゲルを狙うが、それよりも早くリゲルが銃を掴んで上にあげた。
引き金をひいた時には、弾丸は空に向かって飛んでいくだけ。
リゲルは肘で光悟を打つと、刀を振るう。
光悟は前転で転がって刀の下を潜ると、再び銃を突き出した。
しかしリゲルは回し蹴りで銃を弾くと、下から上にすくいあげるように刀を振るう。
光悟は右にズレて紙一重でそれを回避するが、そこで首を掴まれた。
首の骨をへし折れるだけのパワーだった。
だがそこでヒラリと舞い上がるシルエット。
ルナがマントをはためかせながら跳んでいた。
体操選手のように体をひねりながら脳天が地面に向く形になる。
ルナはそのまま腕を頭上に伸ばし、レイピアを突き伸ばした。
つまり――
「ハァアア!」
レイピアの剣先が、リゲルの右肩に叩き込まれた。
衝撃で力が緩む。光悟はリゲルを蹴って腕から抜け出すと、地面を転がって距離をとった。
その隣にルナが着地する。
光悟とルナの視線の先でリゲルは刀を落として震えていた。
ルナの突きを受けた影響だ。
しっかりとレイピアの剣先に種を仕込んである。
それを突きの衝撃でターゲットに植え付けたのだ。
「愚ぉ御男緒汚嗚悪御男緒汚嗚悪御男緒汚嗚悪!」
リゲルが叫ぶと右肩を太い芽が突き破り、瞬く間に急成長していく。
根がリゲルを拘束し、芽は瞬く間に幹となってリゲルを取り込んでいった。
そして葉が生い茂り、あっという間に一本の木となった。
リゲルは体を動かそうとするが、幹の中に埋め込まれており完全に動きを封じられているようだ。
好機である。ルナと月神がそれぞれ武器を構えた。
「待ってくれ。ティクスの補正が効いてない!」
相手の悪レベルによって強くなれるのがティクスの能力ではあるが、リゲルにはそれがまったく機能していなかった。
パラノイアは人を殺し、恐怖に叩き落す存在だ。
にも関わらず下された判定はゼロ。
「リゲルは『悪』じゃない」
「しかし真並くん。真実を見ろ。マリオンハートが宿ってないものに善も悪もない」
そういって月神は走り出した。ルナも釣られて走り出す。
精巧に再現された敵という駒。それ以上でも以下でもないのだ。
「!」
空から伸びてきた光に包まれて、一瞬でリゲルが消えた。
「逃げられたみたいだな。まあいい」
月神は周囲を見て気づく。アイと桃山姉妹がいなくなっている。
しかし問題はない。この戦いが始まる前に光悟がジャッキーを上空に待機させてある。
空からしっかりと逃げるアイを補足しており、位置情報が腕時計のディスプレイに表示されている。
「おれが追うよ」
月神が歩き出し、入れ替わりでミモたちが駆け寄ってきた。
「これで……! えーっと」
ミモは言葉を探す。とにかく一旦は落ち着いた筈だ。
倒れていたイゼもそこで目を覚ました。
すぐに自分たちが負けたのだと理解し、地面を弱弱しく殴りつけた。
口を開く気力は残っていない。泣きじゃくる舞鶴の嗚咽だけがそこにある音だった。
「………」
和久井は一歩、前に出て、止まった。
喉が痛い。痛すぎて、正しい言葉が出てこなかった。
「泣かないで舞鶴ちゃん」
舞鶴には優しさだけがあればいい。
それがわかっていますと言わんばかりのメッセージ。
雲が割れ、虹色の薄明光線が降り注ぐ。
「……きれい」
ミモが思わず呟いた。
暖かく、柔らかな光は、見ているだけで泣きそうになる。
光の中で、人影がゆっくり下降してくる。それを見た瞬間、和久井の表情が変わった。
そしてそれは舞鶴も同じだった。時が止まったかのように固まると、直後飛び上がるように立ち上がった。
「え!!」
ぱぁぁっと、すぐに笑顔になる。
虹色の光を連れて地上に降り立ったのは、間違いない。
ツーサイドアップに、まぁるいおめめ、舞鶴の親友である『天乃川奈々実』だった。
「ななみぃ……!? にゃはみぃ!」
舞鶴は嬉しそうに頬を桜色に染めて走りだす。
何が起こったのかわからず、光悟たちは沈黙するしかなかった。
しかしただ一人、和久井だけは違っていた。
「……だ」
やめろ。やめてくれ。
「嘘だろ!!」
違うんだよ。
ダメなんだよ。無理なんだよ。そう思って叫んでみても、舞鶴は止まってくれない。
どうして? 和久井は泣きたくなった。
まだわからないのか。まだわかってくれないのか。
お前の幸せは、そっちにはないんだよ。
「光悟! 頼むッッ!」
和久井の悲痛な叫びを聴いて、光悟は意味を理解した。
「姿を現せ! ティクスフラッシュ!!」
それは悪しき幻想を取り払う虹色の光。
ドーム状に広がって、フィーネを丸ごと包み込んだ。