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第74話 久遠の友よ-4


これは、どういうことなんだろう?

もしかしてイジってほしいのか? 体を張ったギャグをかましてきたのか?

和久井は本気で考えた。もしかして彼女はとても愉快な人間だったのだろうか。


舞鶴は、母親から化粧のやり方を教えてもらってなかった。

舞鶴は母親から化粧道具を一つも貰っていなかった。


だから動画を見てやった。

でも舞鶴は理解できなかった。だからこんなめちゃくちゃになった。


それが悲しくて泣いてしまったから化粧が崩れてぐちゃぐちゃになった。

顔を洗うという選択肢は頭から抜けていた。

早くしないと光悟が帰ってしまうかもしれないので、とにかく舞鶴はこの顔でここまできたのだ。


「うえへへはぁははっへへへはあっぁぁははは」


舞鶴は笑った。

もうすぐに奈々実に会えるかもしれない。

それしか楽しいことがなかったから、いっぱい喜と、楽の感情が押し寄せてきているのだ。


奈々実の顔を想像するだけで、奈々実の声を妄想するだけで、自然と笑顔になれた。

もう嬉しくてたまらない。嬉しすぎてやばい。

嬉しいを通りこして頭おかしくなる。


事実ココに来るまでに嬉ションをしていた。

だから舞鶴の股は現在、ぐっしょりと濡れていた。


「あ、あの! あのっ、死んでください! そしたら奈々実が生き返るんですっ!」


舞鶴は深く、それはもう深く頭を下げて頼んだ。

舞鶴は紙袋を持っていたのだが、頭を下げすぎたせいで、傾いて中身が零れてしまった。

そもそも紙袋の口が破れていたのも悪い。

ファストフードの紙袋に大切なものを入れるのはやめたほうがいい。


「なんだよ、それ」


和久井が震える声で聞いたら舞鶴はニコニコして答えた。


「しッ! CD! お気に入りの曲を詰め込んだの! い、一緒に聞こうと思って……!」


舞鶴の好きなアニソンが13曲入っていた。

奈々実と一緒に聞くのだ。

自分が好きなものを奈々実にも好きになってもらいたかった。

奈々実もきっと好きになってくれる。

奈々実だから。


「今度はもっと仲良くなるの! 気持ちとかっ、曝け出して。二度と離れたくないから!」


和久井は落ちていたノートを拾った。


「そ、それ、交換、日記! ちょ、っと、ダサいかな? でも、へへ、いいでしょ。青春するの! 奈々実と一緒に。プリクラも……、とるッッ!」


「……いいと、思うぜ」


「あ、ありがとぅ。へへへ!」


舞鶴は気分を良くしたのかサランラップに包まれた茶色い塊を見せてきた。

きたねっ、和久井は思わず口に出しそうになってしまった。

本気でウンコだと思った。でもそれはチョコだった。


「と、とッ! 友チョコっていうんでしょ? これを舞鶴に食べてもらうの!!」


作ってきたらしい。

舞鶴はお母さんとも、お父さんとも、友達とも、お菓子を作ったことがなかったので湯煎というものを知らなかった。

そもそも作ったことがなかったとしても、インターネットで調べようとする柔軟な発想も抱けなかった。


その結果、チョコは焦げ焦げだった。

でも舞鶴は満足そうに笑っていた。

だって奈々実は美味いと言うからだ。


「将来は! 奈々実と一緒にケーキ屋さんをやりたいの……ッ!!」


和久井はめまいがした。

嘘だと思った。冗談を言ってるのだと思った。

でもどうやら残念なことに舞鶴は全て本気だった。


何が彼女をこうさせたのか。


何が彼女をそうさせたのか。


何が、そうさせるのか……


「はっ、はは」


乾いた笑いが出てきた。

我慢しようにも笑ってしまった。

へッたくそな化粧。

ラジカセで編集したCD。

汚い字で綴る交換日記。

将来は一緒にケーキ屋さんがやりたいだ?


テレビを見てないからだ。

友達がいないからだ。

価値観や好きな人との距離の詰め方が、ずっと昔に親から聞いた情報しかない。


「はははは」


"は"、という文字を並べただけだった。

和久井は泣いていた。割と、本気で、バチクソに哀しかったので泣いていた。


光悟も、月神も、ルナも。

離れていたところにいたパピもミモもモアも。

さらにいえばアイも市江もまったく笑っていなかったが、和久井だけは笑いながら泣いていた。


「……光悟、もう、頼むわ」


ため息と共に吐き出した。


「いいんだな?」


「ああ。殺したいほど救いたい奴が出てきちまった」


変身はできないが、例外はある。

ティクスの力の一つ、虹の光に照らされれば、ただの人間も頑丈になって強くなる。

だから七色の光に照らされた和久井は、そのまま舞鶴の頬を思いきりブン殴った。


「……?」


舞鶴は白目をむいた。

けれども反射的に踏みとどまり、そのまま沈黙する。


舞鶴はわかってくれるだろうか?

これはあれだ。

アニメでもゲームでも漫画でもドラマでも、なんだったら実生活でもたまにあるだろう。

アレだ。


叩くヤツ。よくあるヤツだ。


馬鹿なこと言わないで!

とかなんとかいって、女が女をパチーンと叩いているのを今期のアニメで見た筈だ。


そういう、あるあるなヤツ。

これで目を覚ましなさいというラブに溢れた一撃なのだ。

でも返ってきたのは感謝の言葉ではなく『肘』だった。

魔法少女のパワーは強化していても和久井の骨に響いた。


「グアぁあ!」


「うぅぅぅうああああ!」


舞鶴は倒れた和久井に馬乗りになると、ボコボコにし始めた。

鼻が折れたと思った。眼球が引っ込んで戻らないと思った。


(やりすぎだろテメェ! オレは一発しか殴らなかったのに!)


見れば舞鶴は、刀で和久井の喉を狙っていた。


「ひゃあ! やめてぇええ!!」


和久井が情けない声で静止したが、舞鶴は躊躇なく和久井を殺そうとした。

しかし銃声が聞こえて舞鶴の手から刀が弾かれる。

橙に変わった光悟が、助けてくれたのだ。


「邪魔すんなよガチで殺すぞ」


みたいなことを舞鶴がブツブツと言っているのが聞こえる。

和久井は立ち上がると舞鶴に掴みかかり、そのまま地面に押し倒した。

今度は和久井が馬乗りになる番だった。

舞鶴の汚い頬に全力でパンチをおみまいしてやった。


(そうか、そうだな……!)


あまり殴り慣れてないから拳が酷く傷んだ。もしかしたら折れたのかもしれない。


(慈しみだとか、叩いた後に抱きしめるとか、そういうのじゃねぇよな!)


舞鶴は和久井を跳ね除けると、大量の折り鶴を飛ばした。

しかしそこで折り鶴たちが消し飛んでいく。

舞鶴は光悟を睨む。彼の隣にいるライガーの咆哮のせいで和久井を殺せなかった。


「なにすんの!」


光悟は何も答えなかった。そうしていると和久井は立ち上がって舞鶴の首を絞めた。

絞め殺すんじゃない。へし折るくらいの力を込めた。

和久井は舞鶴のことが好きだった。愛していた。


だから、だからこそ、今なら光悟の気持ちが少しは理解できる。

あの時、光悟はパピを救おうとした。あの立派な行動を、今なら少しは模倣できる筈なんだ。


(オレは純粋にこの女が気に入らなかった!!)


ここで舞鶴が頭突きで和久井の顔面を打った。

すさまじい衝撃を感じて和久井は後退していく。シャーッと噴水のように鼻血が出てきた。

さらに顔を殴られた。頬を抑えて苦しんでいると、腹に膝を入れられた。


息ができない。

そればかりが何かがこみ上げてくる。

やばい! 吐く! 和久井は吐いた。真っ赤な血が舞鶴にかかる。


「きたねぇ! 死ね! マジで死ね!!」


舞鶴は和久井を殴った。殴り飛ばした。

倒れた和久井を蹴った。転がる和久井を蹴った。


それを光悟は見ているだけで止めなかった。

アイたちが再び動き出し、月神とルナとぶつかりあうなかで、光悟は動かなかった。

ただひたすらにジッと、殴られる和久井を見ていた。


「ごロズ! ゴろジデやるッッ!!」


舞鶴はキレていた。

和久井の髪を鷲掴みにして引っ張り上げた。

和久井は目に青アザを作り、頬を紫色にして、鼻血を出しながら笑っていた。


「殴れよ。それでお前が少しでもスカっとするならオレは本望だぜ。へへへ」


お言葉に甘えて。

舞鶴は和久井を殴った。もう一発殴った。さらに一発追加で殴った。

和久井は笑っていたが、苦しそうな呻き声をあげはじめた。

それでも光悟は彼を助ける素振りを見せない。


和久井はそれでよかった。


和久井は舞鶴に向かって手を伸ばした。

舞鶴の顔面に、和久井のど真ん中ストレートが入る。


手を見ると赤く腫れていた。

舞鶴のゴミみたいな化粧がベットリとへばりついていた。

汚い白色だ。和久井は呼吸を荒げながら涙を零した。


「あと、どれくらい殴る?」


無視された。代わりに舞鶴に殴られた。

和久井は大の字に倒れて動かなくなる。

舞鶴は和久井の腹に尻を乗せると、和久井の頬を殴った。


「どれだけ殴ればお前は終われるんだ?」


聞こえているのか、いないのか、舞鶴は和久井を殴った。


「オレを殴り殺して、次は誰を殴りに行く?」


殴る。


「なあ、教えてくれよ」


殴る。


「なあ。なあ……!」


殴る。


「なあッて!!」


舞鶴の拳が止まった。

ガムテープは全て剥がれ、ところどころ髪がない荒れ爛れた地肌がむき出しになっていた。


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