表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/99

第72話 久遠の友よ-2


魔法少女。

つまりユーマという武器を振るう魔女を作るのはアイの仕事だった。


幻を見せる魔法を使って、弱った女の子の心に付け入り、武器を持たせた。

時に存在しない妹のセリフを植え付けて、それを糧にする少女を作った。


そして時にこの世には存在しないイマジナリーフレンドや、イマジナリー先輩を生み出して、それに縋ろうとする哀れな女を作り出した。


「げほっ! がはっ!」


現在、地下室でレムナが咳き込んだ。

アイは母の背中をさすり、ほほ笑んだ。


「母さん。待ってて。もうすぐたくさんの命が手に入るよ」


アイには夢があった。それは母と永遠に暮らすことだ。

死者が蘇るなんて都合のいい嘘を信じてる馬鹿にソウルエーテルを集めさせ続け、それを永遠に奪い続ければいい。

舞鶴たちが死んだ後は別の魔法少女にユーマを与えて、それを無限に繰り返す。


『気を付けてねアイ、あの男たち……、とても危険だわ』


「わかってるよ母さん」


アイは頭の魔女帽子を強く掴んだ。レムナから貰ったものだ。

そのレムナは帽子を母から貰った。そうやって代々、受け継いできたものがある。


帽子であり、憎悪と殺意だ。

アイは口を覆い、代わりにみゅうたん2号でメッセージを送る。


『魔法少女のみんな! 一時間後、フィーネ中央公園に集まるミュ!』


光悟たちは危険な存在だということがわかった。

彼らを倒さなければ、この世界に未来はないなどと告げて通信を切る。


さらに魔法を発動して、イゼにナナコの幻影を見せた。

セリフはどうしよう? 適当に世界を守ってだとか、魔法少女が一番強いということを証明してだとか、なんかそういう感じのセリフを適当に喋らせる。


「聞こえる? ねえ、聞こえる……?」


まだだ。まだ終わらない。

しばらくするとアイの脳内に声が響く。


『奈々実! 奈々実ッッ!? 奈々実なの!?!?』


アイはニヤリと笑った。

きっと舞鶴は永遠に気づかないだろう。

奈々実が妄想のお友達だということに。アイの声がサンダーバードを通して奈々実の声になる。


「舞鶴ちゃん! もう少しだよ!」


『な、なにが!?』


「貴女が必死にソウルエーテルを集めてくれたおかげで、あともう少しで蘇ることができるよ!」


『ほ、本当!? 本当なの!? 奈々実に会えるの!?』


そんなわけねぇだろ。

心の中で舌を出しながら、アイは口を動かした。


「うん! 今はね、このサンダーバードの中に魂があってね、もう少し入れてくれれば体ができあがるんだ!」


『じゃ、じゃあ! 今すぐに!』


「……でも、ごめん。舞鶴ちゃん。ひとつだけ条件があるみたい」


『え……?』


「魔法少女とは違う力を持った人たち。いるでしょ……?」


『う、うん。刀飛ばすヤツと、花女に、あとアイツ! 虹色クソ野郎!』


アイは笑いそうになるのを堪えながら、話を続ける。


「あの人たちを殺したら、きっとわたしは蘇るよ」


アイはここで声にノイズを入れた。


「ごめ、んね、もう、おしゃべり、できなくなる、みたい……」


『ど、どうして!?』


なんかそういう感じだから。

アイはそれを口にしようとしてやめた。

さすがに適当すぎる。だから蘇生の前段階で、完全に現世に留まることができないという理由にしておいた。


『もぅ会えないの?』


弱弱しい舞鶴の声が聞こえてくる。


「あの人たちを殺せば会えるよ。でも舞鶴ちゃんにはそんなことしてほしくない。きっと何もしなかったら、そのうちサンダーバードの中からわたしは消えちゃうかもだけど、でもそれでも舞鶴ちゃんと今こうしてほんの少しでもまたお喋りできただけでそれでいいから、だから絶対に人を傷つけないでね。舞鶴ちゃんがわたしのために頑張ってくれただけでも嬉しいから。舞鶴ちゃんは幸せになってね。わたしも本当は舞鶴ちゃんの隣にいたいけど……、寂しいけど、悲しいけど、名残惜しいけど……」


さすがに喋りすぎたと思って通信を切った。


「まあでもこれでアイツも来るだろ。メンヘラ舞鶴ちゃんは絶対に光悟たちを殺しに来る。本当に殺してくれればそれでいいし、ダメならダメでサンダーバードにたっぷりとため込んだ命を頂くだけだ」






そうとも知らない舞鶴は喜んでいた。


「やっとッ、やっと奈々実に会える!!」


小躍りしてみる。


「やっと奈々実とお喋りでき――」


フラッシュバックが起こった。

たぶんきっと昔の記憶だと思う。たぶんおそらく。

確証がないのはそれをすっかり忘れていたからだ。

忘れていたが思い出した。鮮明に思い出したのかもしれない。たぶん。


「あ」


舞鶴の腕にはリストカットの痕がいくつかあるが、どうしてそんなことをしたのかというと、癖になっていたからだと思ってる。

爪を噛むとか関節を鳴らすとか。

そういうニュアンスで手首を切っていたのだと自分では思っていた。

でもそれは違っていた。


舞鶴は明確な理由があって手首を切っていた。

その名残が今も残っているから、なんとなく切っていたのだ。

なぜ忘れていたのかというと、おそらくは魔法少女になった時の『心を壊す出来事を忘れる』というシステムがあったからだ。


そうだ。思い出した。

舞鶴は母の不倫相手のバンドマンに会ったことがあった。

バンドマンは、いずれ娘になるだろう舞鶴に優しくしてくれた。

だからお近づきのしるしに、とある場所に連れて行ってくれたのだ。


舞鶴は断れなかった。

この女にそんなコミュニケーション能力はない。

だから言われるがまま、ヘラヘラしながら裸でうつ伏せになった。


舞鶴は朦朧としていた。

高熱にうなされ、気づいた時には全身にタトゥーが刻まれていた。


それはバンドマンとお揃いだった。

ハードロックがどうのこうの。

背中にはバンドマンが好きな音楽の歌詞がびっしりと刻まれ、腰から下には様々な動物がいた。


そういうものらしく、前面には卑猥な単語や、暴力的なワードが羅列していた。

なんでもロックの歴史にはセックスだのドラッグだのバイオレンスだの。

そういうものがどうたら、反骨心がどうたら、社会への革命がどうたらせらこうたらと説明された。


バンドマンは笑っていた。隣にいた母も笑っていた。

タトゥーは全然怖いものじゃない。日本はまだ偏見がどうのこうの。

似合ってる。かっこいい。これでキミの立派なロックマンだ!

ギュイーン! ジャカジャカジャカ! アァアオッッ!!


舞鶴は褒められたので笑っておいた。にっこりと満面の笑みを浮かべておいた。

舞鶴は部屋に戻って手首を見た。『SEX』の文字が手首をグルリと覆っていた。

舞鶴はカッターでそれを削り取ろうと思った。でもちょっと傷がつくだけで、文字は全く消えなかった。

舞鶴はとりあえず泣いた。涙と鼻水で顔をグシャグシャにして家を出た。


奈々実に会いたい。

奈々実が見えない。

奈々実に貰ったと思い込んでいる自分で買った牛のぬいぐるみを握りしめて奈々実を探した。

そしたら奈々実に会えた。

その直後だった。奈々実が死んだのは。


何にやられた?


何にもやられてない。


ただ単にアイがチャンスだと思って、奈々実が死ぬ幻想を見せただけだ。

そうとも知らず魔法少女になった舞鶴は、まず自分の皮膚を剥いだ。

真皮ごと引き剥がして肉だけになった。


風が当たっただけで激痛が走ったが、魔法少女だったから耐えられた。

奈々実を失った苦しみのほうがずっと最悪だった。

それを忘れていた。そして、今、思いだした。


「いぎぎいいぃぃぃいぎぎぎッッ!」


舞鶴は両手で頭を押さえ、歯を食いしばり、奇声をあげる。

声を出そうと思ったのではなく、自然と出ていた。

体がブルブルと震え、気づけば両手で髪を掴んでおり、我に返った時には髪の毛をブチブチと抜いた後だった。


綺麗になるには汚いものを掃除しなければならない。

そういった思い込みが舞鶴の腕を動かしていた。


舞鶴は一瞬だけ迷ったが、自分の髪を引きちぎり続けた。

そこで自分が大きなミスを犯していることに気づいた。

もうすぐ奈々実に会えるかもしれないのに、つるぴか禿げ頭じゃ笑われる。


こんなんじゃダメだ。舞鶴はおうちに帰ろうと思った。

帰って、それで、きれいにするんだ。

そうしたらきっとななみがわらってくれるはずなんだもん。


「うぇぇえ! ぐすっ! ひぐっ! あぁぁあ!」


舞鶴は泣きながら変身して、泣きながら翼を広げた。





いつもは家族連れやお年寄りたちの憩いの場所になる中央公園も今は静まり返っている。

そこで電話をしていたイゼの声は、嫌でも耳に入ってきた。


「ショッピングモールにサンダーバード? 舞鶴か!?」


「おい、来たぞ」


アイに言われて、イゼは携帯電話をしまった。

ユーマが市江、苺、アイ、イゼの背後に出現してパージしていく。


一方で向こうから肩を並べて歩いてくるスーツ姿の男女三人。

正面右からルナ、光悟、月神は無表情のまま進んでいった。


「ひぃぃ! おっかないヤツらです!」「同意だぞ。勝てるのかー?」


してやられた記憶が残っているのか、市江と苺は震えながら武器を構える。

イゼはなにかを考えていたようだが、グッと剣を握りしめた。

妹の幻影が言った。

どうか、負けないでと。


「勝つんだよ」


母さんのために。

アイは心の中で呟いて、肩に乗せたみゅうたんを喋らせた。


『彼らは進化したパラノイアである可能性が高いミュ! 人間の見た目に騙されず、覚悟を持って殺してほしいミュウ!』


そこでアイはみゅうたんを消す。これで『理由』はできた。

そこで光悟が持っていたボンサックから、ティクスのぬいぐるみが飛び出した。

ルナが持っていたケースから柴丸とシャルトのぬいぐるみも飛び出してくる。


三体のぬいぐるみは主人の前に着地して歩きだす。


光悟とルナが持っていたカバンから手を離す。

三人はほぼ同時に地面を蹴って走り出した。三体のぬいぐるみも飛び上がる。

走る光悟たちの体にぬいぐるみが触れた。


そのまま一つに交わり光り輝く。

見た目は変わっていないが、融合が完了したのだとイゼたちは理解した。

月神の手には三本の刀がセットされたソードホルダーがあったし、ルナの手にはレイピアが握られていた。


「三度目はないぞ!」


イゼがマントを広げると大量の粒子が散布されて空に二つの『眼』が現れた。

すると凄まじい衝撃波と風が発生する。月神はホルダーを盾にしたが、それでも足裏が地面から離れて、吹き飛んでいった。


しかしホルダーから刀を抜くと、それを地面に突き刺してブレーキをかける。

さらにもう一本、刀を飛ばして吹き飛んでいくルナの前に移動させた。


「感謝いたしますお兄様!」


ルナは目の前にある刀の柄を掴む。

刀は衝撃波の中でも留まっているので、ルナも地面に足をつけることができた。


一方で、光悟は右の掌を前にかざして虹色のバリアで衝撃を防いでいた。

そのまま掌を少し上にあげると、背後に虹色の光弾が二つ現れ、両肩の上を通り過ぎて二つの眼に直撃した。


ツインスパーク。

眼が破壊されて消えていくなか、イゼは飛んでいた。


剣を振り下ろしながらの落下。

光悟は右腕で刃を受け止めるが、そこでイゼのマントから大量の鱗粉が噴射され、光悟の肉体に付着した瞬間に爆発していく。


「決着をつける! 私の正義がお前たちを殺すのだ!」


イゼは光悟の腹を蹴った。後退してく光悟の腹に、イゼの一振りが刻まれる。

体を纏う虹のベールが肉体ごと削られて虹色の粒子に交じって赤い飛沫が見えた。

光悟はそれらを散らしながら地面を転がっていく。


「う――ッ! うがぁぁあ!」


しかしどうしてだかイゼもまた苦しげに呻いて膝をついた。

装甲から火花が散っている。

どうやらモスマンとの間に何かしらの拒絶反応が起こっているらしいが、歯を食いしばって強引に抑え込む。


「ォオオオオオオオオッッ!」


イゼの前にもう一本、剣が現れて左手で掴み取った。

二刀流になったイゼは、ちょうど立ち上がった光悟の腹部に剣先を二つ突き入れた。

刃が肉体を貫通するが、感触がない。

光悟の目の色が青色に変わっている。肉体が水となって弾けた。


ブルーエンペラー、青のティクスは水を操る忍者ファイターだ。

どこからともなく湧きあがった水飛沫と共に、二人の光悟が前宙でイゼのほうへ飛んでいく。

水で作った分身だ。

短刀が握られており、それを逆手に持って切りかかる。


しかしイゼは右の剣でそれを弾いて一人目の光悟をいなすと、二人目の光悟が短刀を振るうよりも早く、喉元へ左手にあった剣を突き刺した。

そしてマントから衝撃波を発生させて戻ってきた一人目を吹き飛ばすと、剣を振って斬撃を飛ばして直撃させる。


二人の光悟が同時に水に変わって弾けた。

澄んだ液体は地面を濡らすだけ。

イゼは周囲を睨むが本物の光悟はどこにもいない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ