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第71話 久遠の友よ-1



「アンタはもっと肩の力を抜いたほうがいいな。さっき体を拭く時に見えちまったけど、たくさん傷があったぜ? 自分は大切にしたほうがいい」


アイはひょいっと残りのあんまんを口に放り込むと、大きな魔女帽子のつばで指を吹いた。

しかし一個だけじゃ足りないのか、すぐにお腹の音が聞こえた。


「私のも食え。食いかけでよければだが」


「いいのか? サンキュー」


アイは大きな口を開けてイゼが差し出したあんまんを頬張る。


「お、おい。指まで食うやつがあるか」


「れふぁ? んぁ、悪い悪い」


アイはイゼの指を噛まないように注意しながら顔を引いた。

指に生暖かい舌の感触を感じたものだから、イゼはくすぐったさに頬を綻ばせた。

するとアイはペロリと唇を舐め、ニヤリと笑う。


「なんだよ。違うところも舐めてやろっか?」


「バカを言うな! 下品なヤツだな、まったく!」


イゼは赤くなって布で体を隠した。そこでふと、目についたアイの帽子を示す。


「いつも被っているんだな。その帽子」


「ああ。寝る時も被ってる」


「邪魔ではないのか?」


「大切な人から貰ったんだ」


「大切な……、蘇生させたい人か」


「そうだ。だから一生被り続ける」


「だがそのために、舞鶴が必死に集めたエネルギーを奪うのはいかがなものか」


「母親だ」


イゼは言葉を詰まらせた。


「そう、か。私も妹を……、ナナコ蘇らせたいと考えた。だから何も言えないな」


イゼが躊躇しているのは倫理か、ナナコの気持ちか、それとも自分の気持ちなのか。


「恐ろしいことを考えたことはある。もしかするとナナコが生き返って、私が本当の意味で必要とされなくなるのをもしかしたら恐れているのかもしれない」


蘇ったナナコはきっと健康だ。そしたらすぐにヒーローになる。

そしたらみんなすぐに気づくだろう。

出来損ないの姉の存在を。


「あるいは倫理。パラノイア被害者の遺族であったり、宗教的な考えを持っている人間であったり、彼らが私を非難するかもしれない。それが私はきっと恐ろしいのだ」


「……人間は機械じゃねぇんだ。腹に抱えるモンがいくつかあってもおかしくはねぇさ。でもアンタはナナコを愛してる。アタシが保証してやるからそれは忘れんな」


アイは、イゼの額にキスをした。


「な、何を!?」


「昔、私が悩んでると、母さんがやってくれたんだ。おまじないみたいなモンだよ」


キスは愛しているものにするものだ。

大切な人よ。守ってあげたい人よ。どうか苦しまないで。

貴女のことを愛している人がここにいるから、もう大丈夫。


「なんつってな」


「困ったな。お前は私を愛しているのか」


「あほか! リップサービスだよサムライガール!」


そうしているとイゼの服が乾いた。家に帰ることにする。


「アイ、助かった。意外と優しいところもあるのだな。見直したよ」


「ちょろいねぇイゼ様は。じゃあな、気をつけて帰れよ」


「ああ。ところで部屋が散らかりすぎてるぞ。せめて割れた鏡の破片くらいは片付けろ」


「へーへー、んじゃなー」


イゼは帰っていった。アイは扉を閉めると、ニヤリと笑う。


「マジでちょろすぎだろ」


アイは地下室へと向かった。そこには扉がある。

中央には血のようなもので描かれた魔法陣があった。

アイがそこに掌を押し当てると、鍵が開く。


『本当に馬鹿だよなぁ。あいつら、ありもしないものを追いかけて』


部屋の中にはみゅうたん2号がいて、そう喋る。

正確には、アイが喋れと念じたことをそっくりそのまま喋っている。

それは会話だけじゃない。みゅうたんの体はアイの思い通りに動くようになっていた。

なぜだか1号というイレギュラーな存在が現れたが本来はそんなことありえないはずなのだ。

みゅうたんはアイが作ったのだから。


『奈々実とか、ナナコとか』「そんなもん、最初から存在してないってのに」


部屋には椅子があった。

そこに深く、深く、アイの母親が座っている。


『仕方ないわ、アイ。それが運命というものなの』


母は目を閉じ、テレパシーで娘に話しかけた。





遥か昔の話。

レムナークという村の女は魔女である。そんな噂が囁かされた。

誰が何のために流したのかはわからない。


その村に住む女たちは皆、髪が銀色だった。

肌は白く、光の加減によっては少しだけ薄い紫が入っているようにも見えた。

あまりにも美しいその容姿がこの世のものとは思えずに呟いたのか。

あるいは単にバレてしまっただけなのか。


いずれにせよ、それはあまりにも卑劣な裏切りである。

レムナークの女は一度だけ国のために魔法を使った。戦争に勝つためだ。


なのに奴らと来たら魔法が恐ろしくなったのか、戦争に勝利した途端、村には兵士たちがやってきて捕らえられた女たちは次々に殺された。


髪を織物に使えば良い生地ができると首を切り取られ、血を飲めば不老不死になれると生きたまま圧搾機にかけられたり、腸を引きずり出された。

死体はみんな手当たり次第に火をつけて燃やされた。灰が売れるらしい。


そんななか、とある兵士がリトヴィアという女の手を引いて走っていた。

兵士は優しい男だった。

仲間たちがリトヴィアの母親を殺し、バラバラにして笑いながら血を浴びていたのを見て、自分が地獄にいるのだと察したのだ。


兵士がリトヴィアを助け出したのはまったくの偶然だった。

せめて目の前にいる女性だけでも守ろうと思っただけだ。

しかし、これが皮肉なことにアタリだった。

レムナークには確かに魔法が使える女がいたが、それはたった一人だけだ。



それが、リトヴィアなのである。



二人は小高い丘にて腰を下ろした。

村のほうを見れば、激しい炎が遠くからでも確認できた。

リトヴィアは泣いた。家族も、友人も、みんな死んだ。


そして国は自分を狙い続ける。

兵士も泣いた。国を裏切ってしまったのだ。

事実、彼の予想通り、後に両親と弟はギロチンで処刑されることになる。


それでも兵士はリトヴィアを連れて逃げ続けた。

その途中、兵士は病に倒れ、亡くなった。

リトヴィアは深い悲しみに包まれたが、それでも生き続けようと決めたのは彼の子供を身籠っていたからだ。


しかし一つだけ、たった一つだけ些細な亀裂があった。

兵士はリトヴィアにすべてを忘れて幸せになってほしかったが、リトヴィアは激しい復讐心をずっと抱いていたということだ。


出産したリトヴィアは、娘に歴史と憎悪を教え込んだ。

その娘もまた魔法が使えた。名前は故郷からとって、『レムナ』になった。

リトヴィアの死後、レムナは母の心臓を喰った。

それが覚悟の証であり、愛の形でもあった。


レムナはその後、とある日本人との間に子供を作ることになる。

狂人と呼ばれていた男の苗字は『室町』といった。


戦争が好きな男だった。

毒ガスや、銃、罠。相手を傷つけるものを作ることが好きな男だった。

しかし彼は常に何かに怒っていて、未来を呪っていた。


世界中の人間が俺を殺したいと思っているから俺が先に殺すんだ。

でも奴らは子を作って、そいつに俺を殺させようとするから、一族全員を根絶やしにしないといけない。

しきりにそんなことを言っていた。

その憎悪こそが彼の背中を押すものであり、同時に魔女が欲するものだった。


レムナと室町は体を重ねながら永遠の殺戮を誓った。

そしてある日、レムナは室町と舌を絡ませている時、彼の舌を噛み千切って殺した。

だがお互いにそれでよかった。

室町は幸せそうな顔をしていたし、二人ともが室町という人間を救うには死以外にはありえないと理解してしていたからだ。


そして時が流れ、ついにレムナは悲願達成に向けて動き出した。


男が残しためちゃくちゃな設計図を魔法の力で完成させた。


それは科学と魔法で作った究極の兵器。


ユーマ。


『今でも思い出す。我が母が語っていた憎悪の日々を』


アイの家、その地下室にレムナは座っていた。

今の彼女は酷く衰弱している。

どうやら魔女の力の源である『アイオン』は、出産と共に子へと受け継がれるらしく、アイを生んでからというもの不老の力は衰え続け、かつては絶世の美女であったレムナも、今はもう弱弱しい老女にしか見えなかった。


それでも彼女が今もなお生きながらえているのは、アイが提供するソウルエーテルを吸収しているからである。

というよりもソウルエーテルにはその使い道しかない。

集めれば死者を蘇らせることができるというのは、真っ赤な嘘なのだ。


復讐の道のりは人を騙すことが多かった。

レムナはアイを出産した時、受け継がれるアイオンの半分を抜き取ることに成功し、それをアリゾナの砂漠に置いて、発見されるように情報を流した。


アメリカ政府は混乱を防ぐために極秘にしていたが、レムナはドイツの新聞社にその情報をリークし、さらにその後、室町が残したミサイル、"ヒブタ"を世界中に発射した。

それが引き金となり第三次世界大戦が勃発。

数えきれない憎しみが生み出された。


しかしまだ、レムナの中にある憎悪は納得しなかった。

彼の地、火に包まれた故郷、燃やされていった民の恨みは消えなかった。

人を殺すのではない。人を殺すことで、世界の形を変えることこそがレムナと魔女に魅入られた室町の願いなのだ。



だからレムナたちは、みゅうたんという使い魔を作って、アイに与えた。

みゅうたんはアイの思った通りに動き、思った通りの言葉を発する。

まだ幼かったアイはレムナの指示を受けてみゅうたんを傷つけ路上に放置した。


それを見つけたのが安槌イズ。

つまり、安槌イゼの祖母だった。


「自分が傀儡だとも知らずに、いい気なものね」


いつだったか、ソウルエーテルを啜りながら母がそう零したのをアイは今でも覚えている。

イズはみゅうたんの言葉を信じたが、言い方を変えればアイの作ったシナリオ通りに動いてくれたわけだ。


そしてアイの父が作ったユーマ・モスマンを身に着けて、アイの母が巻き起こした戦争を終結に導いた。

英雄イズを讃えるパレードを、アイはレムナと共に見に行った。


どうしてあの人を選んだの?


アイがそう聞くと、レムナは歪んだ笑顔で答えた。

安槌の先祖は、室町の唯一の友人だったらしい。

あの時はそれだけしか教えられなかったが、今のアイには母がなぜあのような表情を浮かべたのかがわかる気がする。


友でありながら、安槌は室町という男の苦悩を理解してやれなかったのだ。

それが腹立たしくもあり、同時に嬉しくもあった。

どうして嬉しいの? アイが問うが、母は答えなかった。


室町は、ユーマの設計図を残したが、既に一つ違う兵器を完成させていた。

戦時中、ひん死の兵士たちの遺伝子を改造して生み出した恐ろしき生物兵器。


それこそがパラノイアである。

質感が違うだけでパラノイアもユーマも何も変わらない。

人を傷つける方法をたくさんインプットした兵器なのだ。



世界を、変える。



パラノイアという恐怖。

そして魔法少女という希望。全て『室町』の血がなしえたことだ。

その時、レムナは笑顔を見せた。

アイはそこで初めて理解した。母は父を心から愛していたのだと。


父が作ったパラノイアが暴れ、人々が恐怖に陥る時、それは父の武器が評価されたことになる。

それを倒すユーマが評価された時、人々は父に感謝する。


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