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第70話 腐りかけの愛-4



「なに――ッ?」


驚いたのは他でもない剣を刺したイゼ本人だった。

すぐに剣を引き抜く。気持ちの悪い違和感だった。


光悟は避けようともしなかったし、刺された時もわずかに眉を動かすだけだった。

イゼは持っていた剣を見る。べっとりと血がついていた。

刺された光悟は膝をついて口から赤い血を吐き出す。


「……落ち着いたか? 安槌イゼ」


イゼは呆気に取られていたが、すぐに鬼気迫る表情を浮かべ、加速した。


「マジやめてって!」


ミモが変身して光悟を庇いに走ったが、もう遅い。

イゼは高速移動で光悟の前にやってくると、剣を振り上げた。


「和久井の味方をしようとするお前たちも、人殺しの仲間だ!」


一瞬だけ、イゼの前に過去が広がり、そこに妹のナナコがいた。


『お願い。おねえちゃん』


いつかの病室で、妹は泣いていた。


『この世界には悪い人が多すぎるの。そしてそれを庇う人もね。どうかお姉ちゃんの力で、そんな悪い人が現れないような社会を作って……!』


そうだ。ナナコのためだ。イゼは躊躇なく剣を振り下ろした。


「こちらも、もうッ! 引くわけにはいかんのだ!」


だが剣が光悟に届く前に鞘に入った日本刀が高速回転しながら飛んできた。

刀はイゼの剣にぶつかり、光悟から大きく逸らした。


そこで別の刀が飛んできてイゼの体に直撃する。

これも鞘に入ってはいるが猛スピードでぶつかってきたため、凄まじい衝撃と痛みが走る。


しかしイゼは踏みとどまり、刀が飛んできた方向を睨んだ。

三本目の刀が飛んでくる。

それを剣で弾き飛ばすと、刀は空中を大きく旋回して持ち主のもとへ戻っていった。


「相変わらずだね真並くんは。わざと刺されるなんて、おれにはとてもできないよ」


歩いてきた月神が持っていたホルダーに三本の刀がセットされていく。

空からは虹色の薄明光線が降り注ぎ光悟を照らした。

傷が治っていくのを見てイゼは再び走り出すが、同じくして月神がホルダーを前にかざしていた。


セットされていた三本の鞘から同時に刀が射出され、月神の意思一つでイゼに向かっていく。

イゼはそれらを剣で弾きながら前進し、方向を変えて戻ってくる刀の間を縫うように移動すると、あっというまに光悟の前にやってきた。


だが、しっかりと月神もイゼの傍に張り付いてくる。

イゼが剣を振るうと、月神はホルダーにセットされた三つの鞘でそれを受け止めた。


「すまない月神。傷が深くて治癒に時間がかかりそうだ」


「心から感謝してほしいもんだ。キミのわがままに付き合うのは、いつも疲れるぜ」


そういうと月神はイゼを蹴った。

イゼは少し後退し、すぐに振り返る。

背後から飛んでくる刀を高速移動で回避していくが、いくら体を反らして避け続けたところで月神が目視している以上、永遠に刀は張り付いてくる。


イゼもそれを悟ってマントから衝撃波を発生させることで纏わりつく刀を吹き飛ばした。

できるだけ刀を月神から離して、戻ってくる前に本体を叩こうというのだ。

粒子を巻き散らしながらの高速移動。イゼの突きがピンポイントで月神の心臓を捉えた。


しかし月神の姿がぐにゃりと歪む。

そうだろう。なんとなくそんな気はしていた。

イゼは勘を頼りに、後ろに剣を振るうと、剣とホルダーがぶつかり合う。


「厄介な力だ!」


「鳴神流四式・幻狼斬(げんろうざん)によって、キミはおれの幻を斬ったのさ」


イゼはそこでマントを広げた。

眼状紋が光り、より多くの粒子が放出されていく。

しかし月神の手に、雉神が封印されている『雲雀坂』が戻った。

刀を振ると月神を中心にして竜巻が起こり、粒子は吹き飛んでいく。


月神は刀から手を放し、バックステップで後ろに跳んだ。

残った刀は落ちていくが、地面に触れる前に制止して、そのままイゼに向かって飛んでいく。


イライラしたように、イゼが剣を構える。

そこで月神はあえて刀のスピードを遅くした。

ビュンと飛んできた刀が、自分の前でいきなりスローになる。


イゼはその速度差に混乱し、明確な迷いを見せた。

そこで月神は刀の速度を一気に上げる。

目にもとまらぬ速さで動き出した刀に、イゼの反応が遅れてしまった。


「ぐあぁ!」


なんとか剣を合わせることはできたが力が籠められなかったため、ぶつかった武器が互いに弾きあい、イゼの手から剣がすっぽ抜けた。

月神はそれを見て猿神が封印された『沢渡三条』を抜刀する。

するとどうだ。刀を払うと、衝撃波と共に光の粒子が散布された。


「そんな馬鹿な! この力は!」


イゼはマントで自分の身を守る。

マントに付着した粒子はやはり爆発を起こしていった。


「鳴神流。肆式『猿真似』は、相手の攻撃を、そのままおれが使うことのできる技だ」


イゼからしてみれば光悟を守る月神も悪だ。

悪人に自分の力を使われるのは、非常に腹の立つ話だった。

イゼは再び粒子を散布させる。するとキラキラと光る粒子の向こう側にイゼの姿が浮かび上がってきた。


あっという間にイゼの周りに、イゼが四人も現れる。

魔法粒子が生み出した分身体だ。五人のイゼは同時に走りだし、散り散りになる。


一瞬で月神を囲むが、月神は鞘に収めていた月牙に手をかけた。

イゼたちが月神を突き殺そうと動いた時、空間に一本、白い線が浮かび上がりイゼたちは吹き飛んだ。


「鳴神流三式・白線(はくせん)。広範囲の居合斬りだけでなく、斬撃をその場に留まらせておくことが……、まあいいか」


月神は立ち上がったイゼに向かって歩いていく。

切りあう二人はやがて橋の上にやってきた。

下にはフィーネに作られた人工の川が流れている。


「そろそろ飽きてきたな。ゲームは終わりにしよう」


「なんだと!」


月神が沢渡三条の剣先で『煙』という字をなぞり、そのまま刀を振ると、瞬く間に煙幕が張られてイゼの視界が煙で覆われる。

マントで風を起こそうとしたが、それよりも早く聞こえた風を切る音。

気づけば鞘に収まった月牙がそこにあった。


「ぐっ!」


胴体に直撃。さらにこれまた鞘に入った沢渡三条が飛んできて肩にぶつかる。

大きくよろけて後ろに下がっていくイゼ。

一方の月神は腰を落として構えている。風が結った長髪を揺らし、雲雀坂を握った腕に力を込めた。


「飛翔せよ雉神!」


鞘から刀を抜くと、無数の羽が散る。

そして煙を切り裂く一陣の風と共に巨大な雉の形をしたエネルギー波が発射された。


鳴神流砲帝式、五式・覇空(はくう)飛翼裂斬(ひよくれつざん)

放たれた雉神は一瞬でイゼに直撃すると、凄まじい風と衝撃を与えた。


「うあぁぁああ!」


イゼが橋から下に落ちていく。川に着水すると、そのまま流されていった。

月神は手すりにもたれかかり、下を覗く。激しく流れる川の水面に、大きな背ビレを見つけた。

水の中に落ちたイゼにスパーダがコバンザメ型のロボットをつけたようだ。

あれを身に着けていれば水の中でも呼吸ができるようになり、体温も一定に保たれるので、気を失っていても大丈夫というわけだ。


「かつての俺を見てるようだな」


月神の隣に光悟がやってきた。

まだ少し痛むのか腹を抑えていたが、傷そのものは完全に塞がっている。


「だったら困るね。それだと次に負けるのはおれになる」


「……少し気になったんだが、たまにイゼの装甲から火花が上がっていた。トワイライトカイザーで調べてみたが、あの身に纏っているユーマとの適合率が低くなっていた」


「へぇ、ますますデジャブを感じるね」


かつて月神が光悟に負けたのも、柴丸との考え方の相違による適合率の低さが原因だった。

ユーマに意思があるのかは不明だが、イゼとモスマンの間にも何かしらの亀裂が入っているのかもしれない。

光悟は腕を組んで川の果てを見ていた。

やがてイゼに張り付いていたコバンザメロボの反応がロストする。

どうやら誰かがイゼを拾い上げて、ロボットを破壊したようだ。




「!」


ソファの上で目覚めたイゼは体を起こし、自分の姿を見て怯んだ。

何も着ていない。布を被せられていただけだ。

戦士として生きてきたが恥じらいはある。イゼは腕で胸を隠して辺りを探った。


「なっさけねぇな! サムライガール!」


「室町……! お前が助けてくれたのか!」


「裸にしたのは悪く思うなよ。濡れてたから拭いてやったんだ。ほれ!」


「む!」


アイが温かい缶コーヒーを投げてきた。

イゼはそれをキャッチすると、礼を言ってプルタブを開ける。


「寒ィか?」


「いや、不思議と」


「テメェにくっついていたロボットのおかげだろうな。しかしありゃナニモンだ?」


イゼは缶を握りつぶす。

中から熱いコーヒーが飛び出してきて、イゼは思わず缶を落とした。


「おいおい、情緒ヤベェな。大丈夫かよ」


「す、すまん。ソファを汚してしまった」


「べつにいい。見ろ、もともときッたねぇ部屋だ。それよか、あんまん食うけど、テメェも食うか?」


「別にいらな――もがッッ!」


アイは強引にイゼの口にあんまんを押し込むと、隣に座った。


「らしくねぇんじゃねぇの? 魔法少女の中でも一番の実力者が、無様なもんだぜ」


「まいった。反論の言葉が見つからん」


イゼはあんまんをモグモグと食べ始めた。


「焦っているのやもしれん。私は正義でなければならない。正義を執行できなくなった私は……、不用品だ」


ずっとそう言われてきた。

それほどまでにイゼは妹のナナコよりもモスマンとの適合率が劣っていた。

もしもナナコの体がほんの少しだけ丈夫なら多くの人を助けられた手前、どうしても怒りの矛先がイゼに向いてしまうのは仕方ない。


「だが正しく生きていれば私を評価してくれる人間が現れた。そしたら私は取りこぼしてしまった命から目を背けることができる」


ありがとう。助かった。またよろしく。

そうやって欲されることがイゼの自尊心を満たしてくれる。


「正義の魔法少女、安槌イゼであれば評価され続けるのだ。安心感があったほうが気持ちよく眠れる」


そこでイゼはポツリと言葉を漏らした。


「賢い生き方は……、難しい」


倒してきたパラノイア。それがすべてだった。

イゼを凄いと言ってくれる人間は周りに沢山いるが、友達は一人もいない。


「私は不器用だから上手く生きられぬのだ。正しく生きていれば少なくともその間は、みんな私を好きでいてくれる。もちろんそれを利用しようとする悪しき人間もチラホラはいたのかもしれないが、やはり多数は私を支持してくれる。みんなを守ってあげる正義の魔法少女でいる限りな」


イゼは臆病な女の子だった。

本当は化け物なんかと戦いたくなかった。

お家でパパとママとお祖母ちゃんと一緒にゲームをしたり、絵本を読んでもらったり、妹とお人形で遊びたかった。


でもイゼの母は二人しか生んでいなくて。

もう一人はとても強くなれる筈なのに体が弱いから戦ったらすぐに死んでしまう。

戦わなかったら地球に住む人間が困ってしまうから――


「私が、やるしかなかった」


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