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第68話 腐りかけの愛-2


「ありがとうね」


ベッドに入ったモアが微笑む。ミモは顔を赤くした。


「……うん。お休み、モア様」


ミモはその後、吸い寄せられるように礼拝堂へやってきた。

神を信じているわけじゃない。ただ何となく、モアがいつもいる場所に行きたくなった。するとそこには先客がいた。光悟とパピだ。


「……パピ、俺はいつまでこうしてればいいんだ?」


『ずっと』


光悟は困ったような顔をして、猫になったパピを撫でていた。


『もっと包み込むように抱いてよ』


「すまない。ペットを飼ったことがないから抱き方がわからないんだ」


『むふーっ』


光悟の腕の中でパピは満足げにお腹を見せた。

しばらく撫でられていると、パピは光悟の頬を舐めはじめた。ザラついた感触を頬に感じて、光悟は肩を竦める。


「お、おいおい」


『猫だもん』


「確かに体はそうだが……」


『にゃーん』


ペロペロと楽しそうに舐めている。

邪魔しちゃ悪い。ミモは家に戻った。そこで廊下に立っているルナと目が合う。


「あら、ミモさん。随分と酷い顔よ」


「………」


ミモは大きなため息をついて、親指で風呂場を指した。


「あたし、お風呂マジで好きなんだよね」


断られるかと思ったが、意外にもルナは一緒にお風呂に入ってくれた。

それほど広くない浴槽で二人は肩を並べる。

裸の付き合いは武器を持ってないのがわかるからいい。

それになによりも、相手の肌にネズミが住めそうな穴が開いていないのがわかって、とてもいい。


「てか待って。え? マジで肌、奇麗すぎてヤバッ!」


「当然だわ。よくて? ノブレシュオブリーシュ。美しいお兄様の隣に立つなら、私も美しくなくてはならないの」


「そんなに月神が好きなの? 確かに顔はマジで奇麗だけど……」


性格がカスそう。ミモはその言葉をごっくんと飲み込んだ。


「ええ。お兄様はどんな男性よりも魅力的だわ!」


「ヤバいね。じゃあ今はお兄どころで恋人とかいないんだ?」


ルナは事情を説明する。自分たちもまたミモと同じようなものだったと。


「だから血が繋がっていないというわけね。お兄様専用として雑に扱われるもよし、大切にされるもよし。あぁ、想像しただけで滾ってしまうわ!」


「キモ」


ルナは手でお湯をバシャバシャとミモにかけだした。悲鳴を聞くと満足そうに微笑む。


「そういうわけだから、少しは貴女の苦しみが理解できてよ。まあホムンクルスは人間と構造は変わらないから、少し嫌味に聞こえるかもしれないけれど……」


「あー、メッチャ気を遣われてるじゃんね、あたし」


そもそもルナたちがミモに構う必要なんてない。

それでもこうして隣にいてくれるという優しさは理解できる。


「なんかもうマジでやばくて……、本当にしんどい」


全部が嘘です。みたなことを言われたら、どんな顔をしていいかわからない。


「もちろんマジで悲しいし、マジでむかつくし、マジで怖いし、マジで苦しい。でもどれかが爆発的に前に出ようとすると風船が割れたようにフニャフニャになっちゃう。実感が湧いてないのかも? それか……」


ミモは自分の過去をルナに話し始めた。

こんなこともあろうかと、お湯はぬるくしてある。

のぼせる前には終わる筈だ。


この時ばかりは同情してほしかった。

だから話が終わった時、ルナが「辛かったわね。よく耐えたわ」と言ってくれたのは、素直に嬉しかった。


「マジやばくない? ガチでやばいよ。でも結局それがウソなら、少しは救われたのかもね。だってパパも、ママも、弟も、あんなマジでバカみたいなことで苦しんだ人間なんていなかったんでしょ?」


それは違うと、ルナは首を横に振った。


「貴女の苦しみは本物よ」


「!」


「それにハートがなくても、ここにいる人たちが生きていたという考えも肯定されるべきだわ。かつての光悟さんがそうだった」


「でも、それじゃあ辛すぎるよ。帰ってくるチビたちに、あたしはどんな顔をすればいいわけ? ルナたちはあの子たちも助けてくれる? ちゃんと肉体を与えてどうにかしてくれるの? ガチで無理でしょ?」


「それは……」


「あぁ、ゴメンゴメン。あたし超絶重かったね。ごめんマジで」


ミモはバチャバチャと顔を洗う。


「さっき礼拝堂行ってみたらさ、光悟とみゅうたんがイチャついてた。ふふふ、マジでウケるよね」


「パピさんね。あの子は光悟さんに夢中なのよ」


「なんか、メッチャ羨ましかったなぁ。あたしね、モア様が好きなの。ライクじゃなくて、ラブ的な意味で」


「へぇ、そうなの」


「キモイよね?」


「いいえ。ぜんぜん」


「……ありがとう。でもたぶん無理! モア様はあたしだけを照らしてくんないよ」


「あら。どうして断定するのかしら?」


「なんとなくわかるの! 正直さ、ずっと前からあたし死にたかったんだよね。どーせモア様とは付き合えないし。チビたちだってアレなんでしょ? だから、うん、もういいや! べつにいい! あたしのことは気にせず、なんかいろいろやっちゃってよ。あたしはもういいから。魂だけ抜けるんでしょ? なんならもう今パパーッと抜いてくれていいからさ! マジで!」


「……モアさんはどうなるの」


「後で伝えてよ。モア様は押しに弱いから、魂くれって言ったらくれるよ。あの人はそういう人だから。あたしはそういうの、あんまり好きじゃないから、なるべく変えてあげようとしてたけど、やっぱりダメで。ムリで。だからもういいよ」


「それでも、想いを秘めたままだなんて、気持ち悪くないのかしら?」


「告っても拒絶されたりしたらどうすんの? 激ヤバじゃん。だいたい上手くいったとしてもどうなんの? この世界は嘘だから、ルナたちの世界に行くわけだよね。人形が暮らしてるのってヤバくない? キモいでしょ。そういうワケだからマジでいいんだってば。そもそもさ、あたしとモア様はタイプが違うから上手くいっても合わないって。だいたいモア様はきっと普通に男の人が好きだよ。たぶん。だからあたしなんか――」


「くだらない」


「え?」


そこでルナは一気に立ち上がった。

あまりの勢いにお湯が跳ねて、ミモの頭に降り注ぐ。

腕を組んで仁王立ちのルナは、そんなミモを激しく睨みつけた。


「くだらないわ! ええ。さいッこうに! くだらないッッ!」


「な、なに!?」


「さっきからダラダラダラダラ! ダラッダラッと! よくて?」


まっすぐに、ただまっすぐにルナはミモを見ていた。


「舐めたいか舐めたくないか! それだけでしょう!?」


「……ん? はい? どゆこと?」


「モアさんのこと、舐めたいかと聞いてるのよ!」


「……いやっ、べつに舐めたくは」


「お黙り!」


「ひぇ!」


「愛に言い訳をするくらいなら! 一秒でも自分を磨いて自信をつけなさいッ!」


「は、はい!」


「よろしい!」


お風呂を出てしばらくしたら、ルナがミモを外に連れ出した。

夜風がルナの美しい緑色の髪を揺らす。

家ではライガーたちが子供たちのごはんを作ってくれている。

ロボットがエプロンをしている姿はシュールだったが、スパーダのコンピューターには超有名シェフのレシピが入っているらしく、料理の腕は凄まじいようだ。


「ごめんねルナ。いろいろ」


「いいのよ。どうかしら? 少しはふっきれて?」


ミモがなんと言おうか迷っていると、上から声がした。


『たとえ幻であっても、美しいと思う私の心に嘘はない』


ルナのパートナー、猫のぬいぐるみのシャルトだ。ベランダの手すりに座って空を見ていたようだ。


『これはこれはお嬢様にミモ様。今宵の月は特別いい。よければどうですかな? それとも、お邪魔であれば部屋に戻りますが』


「いえ。そうね、シャルト。以前私に話してくれた絵描きの話を、ミモさんにも聞かせてあげてほしいわ」


『よろしいですとも。アマンダ、私の世界にいた放浪の絵描きだが私は彼女のファンだった。もっとも絵よりも詩のだがね。彼女の絵は私には理解できない。まるで子供のおねしょのようだったから。それよりも彼女の情熱が込めれられた言葉のほうがよほど耳に馴染んだ』


――彼女は毎月の23日に詩を発表した。私はそれが楽しみだった。


だが9月の23日、詩はこなかった。

アマンダは自殺したのだ。恋人を殺されたからだ。

恋人の名はフランソワ。彼女が殺された理由はただ一つ。


『瞳が、赤い色をしていたからさ』


多くの人間が、自ら死を選んだアマンダのことをバカだと言った。「恋人が殺されたくらいで」と。

確かに私もそう思った。むしろ今でも思っている。

彼女は幼かったのだと。


だがアマンダにとってはフランソワこそが世界だった。

絵も詩も心臓にはなれなかったのだ。

それを理解した時、私はアマンダが自殺する前から、既に死んでいたのだとわかった。


魂が死んでいると決めたのだから、後は肉体が生きていようが死んでいようが同じことだ。

私にできることなど何もない。

死人は詩を詠えない。


『ミス舞鶴も、同じことだとも』


「え?」


話の内容もだが、唐突に舞鶴の名前を出されてミモは怯んだ。

しかしそれが言い間違えのように、シャルトはすぐにアマンダに話を戻した。


『理由は目の色だけだったというのに、アマンダは恋人のフランソワが死ななければならなかった理由を毎夜毎夜一つず追加していった。これを哀れと言わずになんと言えばいいものか……』


シャルトは悲しげに目を細める。

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