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第66話 欠けたものを賭して-4


『ここはロビーみたいなものさ。この奥に、ナナミプリズムの舞台が広がっている』


「最高じゃねーか。どうやって行けばいい? 入り口はどこだ?」


アダムは自分の唇を指した。そこで和久井の顔が引きつった。


「まさか、舞鶴を食ったのか? テメェ」


『うん』


「奥って、体の奥ってことかよ……!」


そこで和久井は考える。

そもそも、なぜアダムが動いているのか?

アルクスだの始祖だのは知らないが、いずれにせよ重要なのはただ一つ。

いかなる過程があれ、舞鶴が彼を協力者に選んだということだ。


『それくらい教えてあげるよ。暴食魔法っていうのは、一言に能力を語ることは難しくてね。やっぱりそれは主に「食」から連想される能力になる』


まず、アダムはベルゼブブと契約した際に肉体を改造された。

アダムの腹部構造は人間のものとは大きくかけ離れ、そこには無限の闇が広がっている。

広大すぎる空間だ。どれだけ食べても満腹などやってこないほどに。


食の概念も変わった。

栄養補給を凌駕し、情報や存在を肉体内部に取り込むことになる。

排泄をしなくなり、食べたものを消化する際は完全に肉体へ取り込まれていく。


『僕がお世話になっていた村は食糧難に苦しんでいてね。なんとかしてあげたかったけど、そこの土壌では作物や家畜が育つとは思えなかったし、村人の飢えを考えれば環境が改善されるのを待っている時間はなかった』


そこでアダムは閃いた。

自分の腹の中には広大な空間が広がっている。ならばそこで食物を生成できないかと。


食べたものの詳細がわかるから、何をどうすれば対象が十分に育つのかが手に取るようにわかるし、腹の中の環境は自由に設定することができた。

消化するかは任意で決めることができるため、純粋に保管庫としても役に立つ。


アダムの『口』は特殊で、顔についている口から物を食べるわけではない。

もう一つの口はとても大きくて、だからいろいろな大きさのものを取り込むことができた。


しかもアダムは自分で自分の腹の中に入ることができるので、そこで牧場を作り、畑を作り、小さな海を作った。

腹の中では時間の流れを早くすることもできるので、あっという間に食べ物が作られていった。


『まあ、いろいろ複雑ではあるけど要するに『食』に絡めることができれば、いろいろできるんだよ。難しい話じゃない。たくさん食べられるようにできてるんだ僕のお腹は。それこそ、国が入るほど』


そこでは食物を育てるために必要なありとあらゆるものが揃っている。

なかったら作ることができる。雨が必要なら取り込んだ水分を雨に変換できる。


太陽が必要なら熱エネルギーを変換して人工太陽を作り出すことができる。

餌が必要だというなら、育てる対象に合わせて限りなく近いものを生成できる。


虫を食うならその虫とほぼ同じ形で同じ成分のものを作れるし、魚を食うなら疑似的な魚を作れる。草を食うなら、その草を作ることができる。

それが次の食を生みだすことになるのだから。


『わかりやすく言えば、完全な飼育が完成するわけだよね』


「テメェ、まさかッ、腹の中に島を作ったのか!?」


『正解! 舞鶴やイゼたちのフィギュアをそこで育ててる。僕のこの体は『二期』の姿だったから、必要な物資は既に腹の中にあったよ』


アダムはナナミプリズムを食った。そして情報を得て、世界を丸ごと再現したのだ。

消化済みの塩分と水分を使って海を作り、鉄や木も食べていたので、そうやって島や建物を創造していく。

こうしてあっという間に、アニメと同じ舞台ができた。


『マトリョーシカみたいなものだね。和久井が住んでいた地球の中の、日本にある建物のなかには幻想世界。そしてその幻想世界にいる僕の腹の中に島があって、そこで舞鶴たちが暮らしている。彼女たちの記憶は僕が消去ったから、何の疑いもなく偽物のフィーネのなかで暮らしてる』


「な、なんでそんなややこしいこと……」


『僕らはヴォイスと違ってナナミプリズムを本物にしたいわけじゃない。重要なのは舞鶴の望みにある』


舞鶴は量産された奈々実を見た時、漠然とした怒りを感じた。

これに魂を与えたとしても、自分が本当に望む世界は手に入らない。

ではどうすればいいか? 彼女なりに考えた結果、一つの結論にたどり着く。


『舞鶴が欲しかった奈々実そのものに、もう一度出会えばいい。自分の記憶を消して、舞鶴の人生を追体験することで、何のノイズもない舞鶴を獲得できる。そこで出会えた奈々実は舞鶴が欲しかった奈々実だから、彼女と共に本物になればいい』


フィギュアであるということは、フィギュアとしての記憶も併せ持つということだ。

ティクスや柴丸もそうだった。持ち主とともに過ごした記憶がある。そのノイズがある限り、舞鶴の望むものは手に入らない。


『わかりやすくいえば、キミとの思い出が邪魔で仕方ないってわけだよ』


「……ッ」


それを聞いた和久井が一番初めに浮かべた表情は、笑みだった。


「そりゃ、そうだな……。残念だ」


『僕の腹の中なら時間を操作できるし、月神たちに見つかる確率も減らせるし』


そこでアダムは大きなため息をついた。


『……人間の想像力と、それを描写する技術が培われてきたんだ。エンタメは二千五百年前からずっと進化してる。お友達の木彫りの人形より、世界を統べる力を持った魔王候補のほうが、ずっといろいろなことができるようになってるんだ』


よくわからないが、アダムにもいろいろ思うところがあるのだろう。

だがそんなことはどうでもよかった。説明を聞いても、まあ凄いことが起こっているんだろうくらいにしか思わない。


「重要なのは、お前が舞鶴の願いを叶えてやるつもりなのかってことだ」


アダムは笑った。


『さっき言ってたろ? アイツはバカなヤツだって。だったら答え、知ってるよね?』


「ああ」


『助けないよ舞鶴は。彼女はここで終わりだ。消化して殺す』


アダムとアルクスは、はじめこそ舞鶴を協力者の一人として認めていたが、用意したフィーネで過ごす彼女を見ていたら心変わりはすぐに訪れた。


『たとえば舞鶴は活躍する人間を見た時にこう思う』


事故にあって障害が残らないかな?

病気になって挫折しろ。ばか


『たとえば、誰かが自慢のペットを紹介している映像を見た時はこう思う』


水の中に落としてやりたい。

異常者に殺されないかな? 毒団子とか食わされて。


『他にも天才と持て囃される子供を見た時は誘拐されろと思うし、笑顔の女性を見れば強姦されろと考える。自分と違う考えを持つ人間のSNSには誹謗中傷のコメントを書き込み、少しでも不快になってもらえるように努力する。わざわざ』


アダムは思わず途中で笑ってしまった。


『あれは屑だ。死んだほうがいい』


和久井は何も言わなかった。反論の余地がない。


「そういう節がある女だった。自分より少しでも恵まれていてキラキラしている人間を直視できないんだ。サングラスのかけ方がわからないから、キラキラが無くなってほしいと思ってやがる」


本来なら大炎上していろんなものが終わってしまうから、コンプライアンスが彼女を守ってくれた。でも本質が解き放たれるということこそが創作物に命を与えるということなのだ。と、アダムは説いた。


『このまま舞鶴が本物になって外に出ても完全に社会の癌になる。あんなのをわざわざ時間をかけて育てて世に解き放つ価値はない。これは和久井、キミらのためでもある』


「それは……、そう」


『僕は違う。わりと、キミたちの味方だ』


だからアダムは人類の脅威となる舞鶴を殺すのだ。

わあ、どうもありがとう! 和久井は笑顔でそう答えて立ち去るべきだった。

それが正解だった。和久井もわかっていた。


「でも可哀想だろ」


それが、和久井が口にした答えだった。


『うーん。まあ、まあ、まあ……。でも彼女は何も知らないし、消化は痛みもなく終わるから。苦しまずに死ねるわけだよ』


アダムの目が、完全にかわいそうなものを見る目だったのでムッとした。

正論というものは反論できないが、従う必要もない。


「返してくれ。アイツはオレのだ。人のモン勝手に溶かすなよ」


『……彼女はキミに対する愛なんてない。自分から出ていったんだ。諦めたほうがいいんじゃないかなぁ? 女性は星の数ほどいよ? それこそ生身の女がね』


「見透かしてんじゃねーよ。ムカつく野郎だな」


『?』


「屑なら、生きてちゃいけないのか……?」


『僕はそう思う』


ムカムカが止まらなかった。屑は生きていてはいけないなら、いったいオレは――


「忠告は感謝するぜ! でもオレはアイツを連れて帰る!」


『それは、僕に挑むってことかな?』


「なんでそうなるんだよ。返せばいいだけだろうが」


『僕の話はそんなに難しかったかな? まあでもいいや、じゃあ一つゲームをしよう。キミが勝てば彼女は連れて帰っていい』


アダムの飄々とした態度はテレビ越しに見れば頼もしかったが、そこにいられると背中に張り付くような恐怖があった。

なにより、鼻につく。


『僕は自分のことを悪人だとは欠片も思ってない。むしろいいヤツだと思ってる』


でも、人は殺せる。

人間、たとえばなるべく虫を殺さない男がいても、ある日その日はたまたま外に逃がすのが億劫になって、殺してしまう日がある。


『ここを見られた以上、正直キミには死んでもらいたい。でも僕も一応、正義側にいた人間なんでね、ヴィランのようなやりかたは好きじゃない』


ゲームのルールは簡単だった。和久井を食って、島の中に送る。

記憶を消された和久井が舞鶴と出会い、もしも彼女の心にエモーショナルな出来事を叩き込むことができたなら、きっと舞鶴は気づくだろう。

必要なのは奈々実よりも和久井のほうなのだと。


『そう僕が判断したら、キミたちを外に出してあげるよ』


「テメェの物差しかよ。ふざけんな! 信頼できるわけねーだろ!」


『じゃあ今すぐココから帰るといい。というより、僕が力づくでキミを追い出すことができるってことを忘れないでくれよ?』


「……ッ」


『キミにとっては夢のような世界だと思うよ。舞鶴と出会い、触れ合える。甲斐性があればキスもできるし、セックスだってできる。大丈夫、その時、僕は席を立つから安心してくれ』


和久井は考えた。じっくり考えた。この男は即答しなかった。

たっぷりと時間を使ったあと和久井はアダムに背を向けた。

申し訳ないけど勝ち目はない。だから和久井は出ていこうとして、振り返った。


「最後に舞鶴見てっていいか?」


『まあ、いいよ』


アダムは舞鶴を映した。

和久井はノートPCの前に立って画面を見る。

チラリと見えた『無線通信』のスイッチはオンになっている。


「………」


やめた。考えるのはよそう。和久井は振り返る。


「ゲーム。ゲームってわけだ。そう、ゲームなんだよ人生はしょせん」


『?』


「オレより上手くいってるヤツも明日、癌になるかもしれない。運が足りなかったヤツは負ける。死ぬんだ。だからたぶんきっと、そういうことだろ? 人生ってたぶん」


『まあ、そういうことだろうね。それが?』


「乗ってやるって言ったんだ! テメェのゲームに!」


和久井は震える瞳で、アダムをまっすぐに睨んだ。

拳を握りしめる。でないと震えているのがバレるからだ。


「オレが舞鶴を救い出すッ! テメェらの思い通りにはならねぇ! 上等だ! やってみろよ! 道具の分際で人間様に喧嘩を売ったことを後悔させてやるッッ!」


アダムは小さく笑って、和久井に向けて掌をかざした。

すると広がる魔法陣、これがアダムの『口』なのだ。

和久井はダッシュでその中に飛び込むと、海上都島フィーネの中で目を覚ました。



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