第64話 欠けたものを賭して-2
「!!」
舞鶴は思わず目を見開き、両手で口を覆った。
映像が一瞬で変わって、楽しそうに笑っていたものたちが肉の塊になっている。
傷から覗く骨、零れる肉と臓器。そして切断され、並べられた首の数々。
村が燃えていた。戦だ!
盗賊らしき集団が逃げ惑う住民を刃物で殺して回っている。
逃げ惑う子供たちを追いかけ、髪を掴み、首を切り取った。
いつもアルクスを抱いていたアリス症候群の子供も同じだった。
必死に逃げていたが、ダメだ。捕まった。
髪を鷲掴みにされて引きずられ、掲げ上げられると首を切断されて並ぶ頭のなかに加えられた。
アルクスは泣いていた。叫んでいた。しかし盗賊たちに声は届かなかった。
なにより、アルクスは仲間の人形たちによって『拡大』の力が封じられてしまっていた。
『なぜだ!』
やがて、すべてが終わった。
村はもう存在していなかった。
食料と財産は奪われ、美しい花は踏みにじられ、家が焼かれ、首を切り取られた後の肉体は喰われてしまった。
『なぜ彼らを助けなかった!』
アルクスは吠えた。
村の人間を助けようとしたのは、アルクスだけだった。
『我々にはその力があったはずだ!』
『……アルクスよ。我々は人ではない』
『理解している! それがどうした!』
『神になってはいけない。我々は道具なのだ。理を変える力はない』
『飢餓や干ばつからは守っただろうに!』
『大きな壁がある。理解できぬのか?』
ライオンに襲われているシマウマを助けるのは簡単だ。
蜘蛛の巣に捕らわれた蝶を逃がすのは簡単だ。
人を襲おうとするクマを殺すことはできる。
だがそれは果たして正しいことなのか?
捕食者が悪だと決めつけ、邪魔をすることは道具である自分たちがやるべきことなのか?
『神の真似事をしておいて今更何が道具か! それにあれは食物連鎖ではない! 欲望に塗れた邪悪な殺戮だ! それを止めることの何がいけない!』
『人は人を殺すことができると本当の神がそう作ったのだ! 我らに邪魔をする権利はない!』
他の人形たちは悲しんでいたが、アルクスは怒っていた。
『道具であるということは、人のルールに干渉しないことではない!』
『だとしても我々は人に幸福を与える道具であり続けるべきだ! いかなる人間も傷つけては終わりなのだ。それがゾ――』
『違う! 復讐をしよう! 我らは村を愛していた! それを奪われたのだぞ!』
『ならばもう! 我々の役目は終わったのだ! アルクスよ!』
アルクス以外の人形は木々の中、湖の中、洞窟の中に隠れた。
自分の存在が間違っていたと認めるように、祠に封印するものもいた。
アルクスだけは歩いた。
歩き、移動する。果てしない時間のなかを。果てしない距離の中を。
そして舞鶴にたどり着いた。
「我が名はアルクス。マリオンハートの始祖だ」
アルクスは既に完全体となっているが、道具は不死身ということではない。
木彫りの肉体が壊れれば、アルクスは死に、記憶は消え失せる。
「事実、他の始祖たちも次々に死んで、生まれ変わった」
ある日、ある男が、インベルを見つけた。
男はインベルの魂を衛星に入れて、アルテミスという名前を与えた。
神話からとったらしいが舞鶴はその名を検索してハッと表情を変えた。
そこには月神グループの名前があったからだ。
「月神の息子はフォルトナを見つけた。それをコンピューターの中に入れてアマテラスという名前を与えた。そしてその孫が、アモルを地球に与えようとして失敗したのだ」
『月神グループはオンユアサイドの時点でマリオンハートを既に所有していたの?』
「孫は知らなかったみたいだがな。依夢といったか?」
そういうことかと舞鶴は唸った。
いくらパピとルナに宿ってしまったものとはいえ月神としてはマリオンハートは喉から手が出るほど欲しかった存在のはずだ。
それこそパピやルナを傷つけても回収してもおかしくはなかった割にはすんなりと諦めた様子だったが、既に所有していたとあれば納得できる。
『残りの一人は?』
「リベロはモアイ像とやらに移った。普通なら憑依先を変えれば記憶などは消失するが、なぜかヤツは全てを覚えていた。そういう能力をモアイという存在に託したらしい」
観測者という存在がモアイ像であると概念を決定づけて、憑依した。
それが上手くいったとみるか――
あるいは未練の形とみるか。
「ヤツは全てのマリオンハートの動きを知ろうとしている。哀れだ。今でも自分の選択が正しかったのか他の道具たちに証明してほしいと思っている」
でもアルクスは違う。確信していた。
「オンユアサイドの件は我も驚いた。ここまで人は歪な道具を生み出したのかと」
しかしそれこそが待っていたものだ。いつか人は、殺人人形を作り出すと。
「協力しろ舞鶴。そうすれば我もお前に力を貸そう」
やはり私はツイている。舞鶴はニヤリと笑って頷いた。
◆
深夜、和久井は眠りこけている。
舞鶴はアルクスにしがみついて、空を飛行していた。
『私としてはありがたいんだけど、どうして信用してくれたの?』
「時間が残されていない」
確かに目的地について舞鶴が離れた時、アルクスの体が一部剥がれ落ちてしまった。
「気を付けてはいたが、長い時の中で相当脆くなってしまった。しかしこの体こそが唯一無二の私だ。他の連中には理解できないかもしれないが……」
アルクスはサイコキネシスが使える。
触るくらいの力しか出せず、物を吹き飛ばすようなことはできないが、トイレの窓くらいは開くことができた。
格子があるから人間は入れないが、フィギュアと木彫りの人形なら隙間から店内に入ることができた。
薄暗い店内の中でもアルクスの目は利くらしい。
監視カメラに気をつけながら進む。
魔法少女状態がベースになっているからか、すぐに目が慣れて闇の中で店内の様子を把握することができた。
(奈々実……ッ!)
ナナミプリズムのコーナーに到着する。
あふれ出る喜びがあったが、それはすぐに消え去った。
(――違う)
違う。これじゃダメだ。
箱に入った『奈々実たち』を見た時、舞鶴は怒りに似た感情を覚えた。
こんなものは偽りでしかない。
こんなものに魂を入れたとしても、それは所詮、奈々実の形をしたものを動かしているだけにしか過ぎない。
奈々実の声で、奈々実の性格で、ただ奈々実と同じなだけだ。
奈々実は特別だ。だからオンリーワンでなければならない。
有象無象の奈々実なんて奈々実じゃない。『私』だけを見て、『私』だけを褒めてくれて、『私』だけを愛してくれる奈々実じゃないと、それは奈々実じゃない。『舞鶴』に優しいだけの奈々実なんて、舞鶴は認めない。
じゃあどうすればいい?
辺りを見回すと、ふと目に入ったキャラクターがいた。
和久井が見ていたアニメに出てきた少年だった。
舞鶴は目を閉じる。和久井がアニメを見る時、舞鶴のまた同じアニメを見ていた。
「………」
内容は、覚えている。
だから、ピンと来た。舞鶴はアルクスに彼に魂を与えるように指示を出した。
『なるほど』
少年は廃墟で目を覚ました。
どうやらアルクスは自分の中にあるマリオンハートを七つに分けることができるらしい。
アルクス自身が一つ持っていなければならないので、あと六つの道具に魂を与えることができるというわけだ。
アルクスは舞鶴に言われた通り、マリオンハートの一部を取り出した。
黒いビー玉の中に、オレンジ色が強い虹の螺旋が渦巻いているような形をしていた。
それを少年に与えて、一時間ほどで彼はもう目を覚ました。
洗練された始祖の魂のせいだと、アルクスは語る。
「私はこれを授けるものを待ち望んでいた。お前は我にどんなものを与えてくれる?」
彼はアルクスからここまでの経緯を説明された。そして、少し呆れたように微笑んだ。
『あー、うん。いいね。面白そう』
『協力してくれるってこと?』
『もちろん。わざわざご氏名を頂いたんだ。役には立つと思うよ』
ピンク色の髪、タレ目だからか、顔はあどけなさが残っている。
気だるげで、いつも眠そうだった。それはアニメで見た時と同じだった。
原作はバトルファンタジー漫画、セブンスアーク。
地球で死んだ七人の男女が、異世界に転生して次の統率者を決める戦いに参加するという内容だった。
魔王候補・ベルゼブブに選ばれ、"暴食魔法"を操る彼の名は――
『アダム』
『え?』
『僕のことは、元の名前じゃなくてアダムって呼んでくれたまえ』
舞鶴はきょとんとした。少年の名前は、アダムではない筈なのに。
『あだ名、ということさ。これからチームになるんだから、仲を深めるためにも』
舞鶴は首をかしげていたが、アルクスは意味をわかっているようだった。
愚かだと思うが――、どうでもいい。
こうして舞鶴、アルクス、アダムのチームが完成した。
舞鶴がアダムにハートを入れた理由はいくつかある。
まず和久井がつい最近までセブンスアークのアニメを見ていたから、アダムの能力を覚えていたということ。
暴食魔法は、いろいろ応用の利く能力であり、使い手ののアダムも頭が回る性格だったからというのがある。
あとはアダムは主人公の友達で、仲間や他の人間を何度も助けていたという点。
つまり、いい人間だということだ。
『さっそくだけどアルクス、キミはもう完全体なんだろ? じゃあその能力を現実に適応させることができるってことだ。話を聞くに、拡大の力を持ってるそうだけど僕を大きくさせることはできるのかなぁ?』
アルクスは言われた通りにやってみる。
するとフィギュアのアダムが、和久井と同じくらいの身長まで拡大された。
『へー、いいね。これで歩幅も広がる』
体の感覚を確かめてみても異常はない。
『舞鶴、おさらいさけど、キミは奈々実に会えるようにしてほしいと?』
『そうよ』
『なるほどいいよ。僕に任せてくれたまえ。でも準備が必要だ。また連絡するよ』
アダムは舞鶴を和久井の家まで送り届けると、その帰りに駅に寄ってベンチで寝ていた酔っ払いの財布から千円を抜いた。もっと金額は盗れたが、かわいそうなので。
「速いな」
アダムのポケットに入っていたアルクスが呟く。
『昔はこれで、ね。でも流石に外で寝るなんて甘すぎる』
「日本は地球の中でも比較的、安全な国らしい」
『素晴らしいじゃない。感動で涙が出そうだ。まあ、まだ出せないんだけど』
この夜、アダムは十万円を稼いだ。