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第63話 欠けたものを賭して-1


若気のいたり。トガッてた。バチバチだった。

結論、イキってた。そんな時期が人間にはあるものだ。

たとえば威嚇の意味で髪を派手な色に染めてみたり、教師や親に反抗してみたり、バイクを盗んでみたり、喧嘩の日々に身を投じてみたり。


それはとてもよくないことだが、だいたい十年もすれば『僕にもそういう時期がありました』となって、まっとうに生きようとする。

そういう――、ある意味ひとつの青春の形にはやはりどこか魅力があってドラマや漫画の題材になったり、更生できた場合は人間の魅力の一つにもなったりもする。


和久井はそれがオタク。

ネットだと陰キャだのと呼ばれる人種にも訪れるものだと思っている。

授業中にこそこそ漫画を読んだりゲームをしてみたり。

やたらグロテスクなものを語りだしたり。

ロリコンを自称したり。

声優にゴミみたいなリプを飛ばしてみたり。


頭がおかしいと思われるのが嬉しいのだ。

人間にはきっとそういうマイナスがプラスに思える時期がやってくる。


和久井にも一つあった。

アニメの女の子に病的なほど本気で恋をしてみることだ。


むしゃくしゃした時、人は自分の闇を直視したくなる。

和久井にも何か周りからみたら異常な何かが欲しかった。

でもそれにはゴールがない。だから途中でほどほどになって飽きたりする。


和久井がそうだった。

本当は舞鶴よりもお気に入りのバーチャル配信者と付き合う妄想をしたほうが楽しかった。

なんだったらよく行くコンビニのバイトガールとのラブロマンスを妄想するのがトレンドだったりもする。


でも舞鶴が本当に動いているのを見てから、和久井は本当の意味で彼女のことが好きになった。

だが、それがどうしたというのだ。彼女はもう動かない。

だから今日も浅い距離を取って寝る。


『………』


どれだけ時間が経ったろう。

ある日の夜、舞鶴がまばたきをした。


(………)


フィギュアが、動いた。


(やった!!)


やった! やった!! やったッ!!


(成功したッッ!!)


舞鶴は思わずよろけてしまい、すぐにポーズを取り直した。

和久井を見る。彼はスヤスヤ眠りこけていた。

まさか成功するとは。舞鶴は手を握って、開いて、握って、開く。

そして小さく呟いた。


「ばーか」


声が出る。彼女はニヤリと笑った。

はじまりはオンユアサイドでの戦い。

あの時、舞鶴は集めたマリオンハートをティクスに渡したが、なんとなく、本当になんとなくサンダーバードに問うてみた。


ほんの少しだけ、魂、食えない?


パラノイアから排出されるソウルエーテルもジャンルは『魂』だ。

あれを食らうことのできるサンダーバードなら、マリオンハートをほんの少し頂戴できないかと。


そうしたら、喰えた。


ほんの少し、本当に微量な量だったため舞鶴は動けなくなって、傍から見たら全ての魂をティクスに渡したと思われるだろう。

だがマリオンハートは時間と共に増えていくそうじゃないか。

その結果がこれだ。舞鶴は興奮する自分を落ち着かせながら記憶を辿る。


和久井はずっと部屋にいたし長時間ゲームをする生活の都合上、光悟との通話などはスピーカーで行っていた。

だからかなりの情報を得られた。

たとえばパピとルナがこの世界にやってきてしばらくは、体が重いと訴えていたらしい。


健康面ではそれほど異常がないことや、廃棄ガスや湿度など地球の環境に体がまだ慣れていないのではないか? なにより魔力を内包したままやってきたということが原因ではないかと月神が予想していたが、それは違う。


舞鶴がハートを抜いていたからだ。

微量とはいえ、完全体ではないマリオンハートを分割したのだから反動がきたのだろう。

それを月神は把握することができなかった。


(つまり、行動さえ早ければ、月神にバレる前に目的を果たせるかも……!)


舞鶴の目的はただ一つ。それはずっと変わっていない。


奈々実と再会することだ。


翌日、和久井家から全ての人間が出て行ったのを確認すると、舞鶴はスリープ状態にしてあったノートパソコンを起動させる。


奈々実のフィギュアにマリオンハートを与えれば、彼女に会える。

しかし和久井は舞鶴のフィギュアしか持っていなかった。

使えない屑。思わず言葉が漏れる。


試しに変身を解除しようとしたが無理だった。翼で飛行しようとしても無理だった。

まだそこまでハートが浸透していないんだろう。

この状態じゃサンダーバードを分離できないから自分の中にあるハートを食いちぎることはできないし、そもそも奈々実のフィギュアの近くに行くことすら難しい。

かといって成長するのを待っていたら月神たちにバレる可能性がある。


『協力者が必要……!』


一つ、心当たりがあった。

和久井が月神と通話している時の会話にモアイ像にマリオンハートが入っていたと言っていた。

しかも月神はそのモアイを非協力的な存在だとも口にしていた。

人間に対して非協力的なら、道具に対しては協力的かもしれない。


しかし日本にいる舞鶴がイースター島まで行くのは簡単な話ではない。

念のためネットで経路を調べたが、やはりそれは舞鶴の住んでいた地球と同じ場所にあった。

空路を使わなければならないため、飛行機に乗り込む必要がある。そんなのはとてもじゃないが不可能だ。


だが船ならばどうか? それでも無理なら泳いでいけばいい。

もともとフィギュアだから、溺れることはない。

その間に本物になったら飛べるのだし――

何かトラブルがあってバラバラになったら、その時はその時だ。


奈々実に会えない人生など、歩む価値がない。

少なくとも、目の前でエロゲをしながら自慰にふける男の部屋で一生を過ごすよりかはマシだった。

それに舞鶴には一つ、確信があった。

和久井は"私"を捨てることができる人間だ。そういうヤツの傍にいるのは、あまりにも無駄である。


そうと決まれば出発だ。

舞鶴は、まずなんとしても自分と同じ種類のフィギュアを盗もうと思った。

和久井が帰ってくる前に調達して、それを置いとけば気づくことはないだろう。


舞鶴は窓を開け、外に出ようとした。

だがカーテンを開いた時、目を見開き、固まる。


木彫りの人形があった。

苔が生えている。随分古いものだ。

これはどういうことだ? 考えていると、人形から声がした。


「やめたほうがいい」


口の部分から音がした。


「インベルに見つかる。ああ違う。今はアルテミスだ」


『……?』


「リベロから聞いた。ハートを持ち逃げした悪い子がいると」


知らない名前ばかりで舞鶴は黙っていたが――


「どうして動いた? なぜハートを盗んだ?」


その質問には、すぐに答えることができた。


『会いたい人がいる。何をしても』


木彫りの人形は表情を変えなかった。

気づけば、その人形は和久井の部屋にいた。

テレビがついた。そこには歴史が映っていた。





その民族に名前はなかった。



彼らは決して豊かではなかったが、それでも限られた食料を分け合い、互いに手を取り合いながら生きていた。


明るいうちは男たちは狩りに出かけ、女たちは子供たちの世話をした。


夜は眠くなるまで歌をうたい、月の下でぐっすりと眠った。


その村には不思議な花があった。その香りはとても素晴らしく、いい夢が見れた。



ある日、村の前に旅人が倒れていた。

もう何日も食べていないらしい。だから村の人々は、食料を旅人に与えた。

旅人は泣いて喜び、お礼を言った。行く当てがないらしく、しばらく村に滞在することにした。


旅人の名前は"ゾフィ"。とても頭がよかった。


違う国から来たらしいが、言葉は通じたし、農業や建築の技術を教えてくれた。

なによりもゾフィは芸術を愛した。子供たちに物語を教え、絵の描き方を教えた。

そして木を削り、五体の人形を作ってみせた。



アモル。


リベロ。


インベル。


フォルトナ。


そして、アルクス。



村の人間は、人形を見たのは初めてだった。

これは何か? その質問にゾフィは様々な答えを用意した。

お守りであり、魔除けであり、獣除けであり、そして友達である。


ゾフィは人形劇のやり方を子供たちに教えた。

みんな、楽しんだ。人形と共に歌った。そこには幸せがあった。


人々はゾフィを尊敬した。

ゾフィもこの村を愛した。元々住んでいたところは戦場になってしまったらしい。

ゾフィはそれが嫌で全てを捨てて逃げ出したのだという。


『でもいつか、全ての悲しみが終わる場所がある』


そこを目指して旅を続けてきたのだとゾフィは笑った。


ある日、子供の一人がゾフィに悩みを打ち明けた。

頭痛がして、遠くの物が大きく見えて怖いのだという。

やがて『アリス症候群』と名前がつくが、既にゾフィは似た症状を知っていた。


ゾフィは村にある花を煎じて飲むように言った。

調べてわかったらしいが、万能薬といってもいいほどその花は薬草として優秀だったらしい。

そしてゾフィは人形の一体、アルクスをその子にお守りとして与えた。

人形を手で動かしながらゾフィはアルクスに声をあてる。


『大丈夫。わたしがついているから。安心して』


それにと、アルクスは空を示した。

さっきまで雨が降っていたから、そこには虹があった。

ゾフィは昔、祖母から虹を見たら幸せになれると教えてもらったと。


『だからあれが大きく見えるなら、きっとキミは誰よりも幸せになれるよ』


その子はアルクスを抱いて笑った。

一週間後、ゾフィは村で亡くなった。

病が体を蝕んでいたようだ。しかしゾフィはそれでよかった。

戦で死ぬよりはずっと幸せだったと口にしていた。


村人は悲しんだが、ゾフィとの約束を守った。

生前、自分が死んだら体を燃やして、残った灰をこの地に撒いてくれと頼んでいたのだ。


人々はゾフィの死体を花の上に乗せて燃やし、言われた通り村中に灰を撒いた。

残りは彼が残した形見である人形たちに振りかけた。


子供たちはゾフィが残した人形たちでたくさん遊んだ。

ゾフィならこういうだろうと想像しながら、人形たちの人格を決めていった。


アルクスをもらった子も同じようにした。

毎日、人形に語り掛けてアルクスならどう返すのだろうかと想像しながら会話を続けた。

あるいは、他の子供たちの人形遊びに付き合った。


それが続いたある日、嵐が村を襲った。

作物がめちゃくちゃになり、家がいくつも壊れた。

それだけではなく、その日を境に、雨が降らなくなってしまった。


人々が困り果てていると、大丈夫だと声がした。

子供の一人が叫んだ


『人形が喋ってる!』


そんな馬鹿な。

誰もがそう思ったが確かに人形は動き、喋っていた。


まずはインベルが雨を降らせてくれた。

そしてアルクスが木の実や肉を大きくしてくれて、食料問題を解決した。


ありがとう。

アリス症候群の子はアルクスを抱いて笑った。


五体の人形は村を助けた。そして人々に寄り添った。

それは紛れもなく、ゾフィが望んだものだった。

住民たちは笑顔で歌い、踊った。


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