第61話 愛ゆえに-3
「うぎゃああああぁあああぁああ!!」
舞鶴は叫んだ。
建設途中のマンションの五階の一室で跳び起きた。
彼女は部屋の隅まで這うと、胃液をぶちまける。
「ひゃはははははは!!」
違う。感情を間違えた。真顔になる。
舞鶴はまだ壁がない部分から下を見る。
どいつもこいつもマジで死ね。
私を愛さないクソ親、私をいじめたカス人間、私の計画を邪魔する光悟たち。
そして、私のために死ななかった和久井閏真。
ふと舞鶴は、並んで歩く男女を見つけた。
友達だろうか? それとも恋人だろうか? なんでもいい。
幸せそうなヤツもみんな死ね。
でも、まあいい、私には奈々実がいる。
奈々実がいれば――
「あ」
和久井がいなくなった今、どうやって死を重ねればいいのだろうか?
「あぁ……」
奈々実がいなかったら、誰も、私を、愛してくれない。
みんなが真の愛を掴んでも、私には真の愛がない。
私には、私にだけッッ!
「あぁぁあぁぁあああああああ!」
おかしい。理不尽だ。
なんで私ばかりが不幸になって、あんなクソどうでもいいやつらが幸せそうに歩いているのか。
舞鶴にはどうしてもそれが許せなかった。
だから気づけば変身してサンダーバードを身に纏っていた。
もう、なりふりを構っている場合ではない。一刻も早く奈々実の温もりを手にしなければ壊れてしまう。
「大丈夫! 彼女ならッ、わかってくれる!」
というよりも、きっと罪を負った自分にも優しくしてくれるだろう。
それが奈々実という存在なのだ。
だから、あいつらを殺す。舞鶴は一枚の彩鋼紙を手裏剣に変えると――
「よせ」
「はッ!?」
今まさに手裏剣を投げようとした時、腕を掴まれた。
振り返ると光悟がいた。部屋の入口のほうには和久井も立っている。
「な、なんでこの場所が!」
光悟はイゼとユグドラスに向かう前に、空にいた舞鶴に気づいてた。
まずはトワイライトカイザーで追跡用のドローンを発射し、途中でジャッキーに引き継ぎを行って、スズメ型のロボットが彼女を追跡していたのだ。
光悟はそれをいちいち説明することはなかった。ただジットリと舞鶴を見るだけだ。
「く――ッッ!」
舞鶴は光悟を殺すために刀を振るった。
彼女視点では生身かもしれないが、黒いスーツの裏では既に変身が完了している。
光悟は右腕を盾にして刀を受け止めると、左の掌で舞鶴を突き飛ばした。
「う――ッ! ぐげぇッ!」
掌底を受けて舞鶴は大きくよろけ、後ろに下がっていった。
しかし二歩ほどで踏みとどまると、再び前に出て刀を振る。
だがまた同じように腕でガードされると、カウンターの掌底をくらう。
「ぐげぇ! げほっ! かはッ!」
よろける。向きを変えても勢いは止まらない。
舞鶴はうつ伏せに倒れそうになり、近くの柱にしがみつくことで踏みとどまった。
大きな舌打ちが零れる。
振りむきざまに思い切り踏み込み、突きで光悟の心臓を狙ってみたが、そこへしっかりと回し蹴りが合わせられた。
振るわれた足の軌跡に虹が生まれる。光悟の踵が舞鶴の手首を撃ち、衝撃で刀がすっぽ抜けて飛んでいった。
「うぅぅ、なんッなんだよお前はぁぁッ」
「………」
「邪魔すんなよぉぉお」
舞鶴は唸り、後退していく。
どこからともなく紙吹雪が舞い、一つ一つが折り鶴になって光悟に嘴を突き立てようと飛んでいった。
光悟が腕を払うと、虹のカーテンが張られて鶴を受け止めていく。
舞鶴は力を込めて鶴を増やすが、カーテン状のバリアは貫けない。
光悟が腕を伸ばすと虹色の光弾が発射されて、自分が張ったバリアを砕きながら飛んでいく。
舞鶴は大きな紙を生み出すと、それを盾として光弾を受け止めた。
しかし次の瞬間、光弾が七つに分裂。
虹を構成する七色のエネルギーの球体は舞鶴の周りを飛び回り、軌跡にはエネルギーが留まり続ける。
バリアロープ、七色のエネルギーの線が舞鶴を縛り上げ、完全に拘束した。
「舞鶴」
「は……ッ?」
光悟の目に宿る感情の正体が掴めない。
「憎しみの果てに、虹がかかることはない」
光悟は右腕を軽く振った。
すると、うっすらとプリズマーが見えるようになる。
そこで光悟はレバーを操作し、中に入っていた宝石を輩出させた。
すかざず握りつぶし、両手を左右に広げた。
七色のスパークが巻き起こると、光悟は右腕をまっすぐ上に伸ばす。
色とりどりのエネルギーが稲妻のように迸り、右腕に集中していった。
「『ネオ! レインボーバースト!」』
踏み込みながら右腕を突き伸ばすと、光線が発射された。
「グギャぁああぁああ!」
縛られている舞鶴に避ける術はない。
直撃を許すと、床を転がっていき、衝撃でサンダーバードも分離してしまう。
「………」
光悟は倒れた舞鶴を通り抜けて、サンダーバードを目指す。
「ちょッ! ま、待って! 待ってよ! うぁぁッ!」
舞鶴は立ち上がろうとするが、腕に力が入らず、崩れ落ちて顎を打った。
サンダーバードは起き上がり、目からレーザーを撃って光悟を狙う。
しかし掌で受け止められると、逆に虹の光弾を受けて壁に叩きつけられた。
バチバチと嫌な音が聞こえたが、光悟はお構いなしに拳を握りしめる。
「ぎょえうわぁぁあぁあ!」
火事場の馬鹿力か、舞鶴は飛び起きて走り出す。
勢いあまって転びながらも、光悟の足首を両手で掴んだ。
「待って! やめて! お願いだからそれを壊さないで!!」
光悟は反射的に舞鶴を見た。彼女は泣いていた。
「頑張って集めたのに! だまじいが! もれぢゃうッッ!」
光悟の表情は変わらないが動きは止まっていた。その間に舞鶴は必死に言葉を紡ぐ。
「お願いしますお願いしますおねがいじまず! なんでもじまず! なんでもじまずがら! ちんこ舐めます! セックスもします! 私が無理ならお金払います。親の金を盗んできます。もっと大きな額なら借金します。銀行襲います。風俗で働きますから!」
涙を流し、鼻水を流し、涎を垂らし、舞鶴は光悟にしがみついた。
光悟は眉を顰めるだけで何も言葉を返さなかった。
プリズマーを操作して瞳をオレンジ色に変える。
手にした銃はサンダーバードへ向けた。
「!」
光悟は引き金をひかなかった。
サンダーバードと銃の間に、和久井が両手を広げて立っていたからだ。
「まあ、待てよ光悟。今のは少し……、いや、まあ、かなりドン引きだったけどよ。逆にそこまでいうんだから壊すことはねぇじゃん。なあ?」
「和久井……」
「いや、なんだったら一発ヤラせてもらえばいいんじゃね? はは、ははは……」
「和久井。ティクスには相手が悪だったら、そのレベルに応じて強くなる能力がある」
「知ってるよ。覚えてる覚えてる。まったく便利な設定だよな。正義の定義があやふやなのに、なんで断定できるかね? うははは……」
和久井は笑っていたが、笑っていなかった。光悟の言いたいことくらいわかる。
「舞鶴と戦う時、俺は力が上がるのを感じた」
「ああ、うん。なんかさっきとか余裕だったもんな……」
「和久井。残念だが、彼女は――」
舞鶴は泣きじゃくりながら光悟を通り抜け、和久井には目もくれず、サンダーバードの様子を確認しにいく。
光悟は追いかけようとしたが、やはり和久井に遮られた。
「でも、ほら、ティクスの機能だって故障っていうか、調子が悪い時くらい――」
「彼女は悪だ」
「………」
わずかな沈黙の後、和久井は口を開いた。
「んなこと、知っとるわ」
和久井は悲しそうな顔をしていた。
あの手裏剣を動かしていたのは舞鶴だと、もう気づいている。
「オレは、悪を好きになったんだよ」
光悟は考えた。考えて、考えて、もう少しだけ考えて、銃を消した。
さて、なんと言えばいいのか。迷っていると聞こえた電子音。
『THE・WISEMAN――……!』
は? 和久井は振り返る。
舞鶴が鼻息を荒くして、笑いながら刀を突き出してきた。
とはいえ体は大きくズレる。光悟が押してくれたからだ。光悟は和久井の前に出た。
「………」
和久井にはそれら一連の出来事が何故かスローに感じられた。
だから考える時間が生まれる。光悟が守ってくれたのはありがたいことで、感謝するべきなのだろうがどうしてだろう?
やけに、ムカついてしまったのは。
なにかこう――、違う。
うん。違う。違うな。
違うよな?
だから和久井は踏みとどまった。
前に進み、全力を込めて光悟をどかした。
「なにッ!?」
さすがに予想してなかったのか、光悟から間抜けな声が出た。
ざまあみろと笑ってやる。いつもうまく庇えると思うなよ。逆に庇ってやるわ。クソ。
「ぐぐいぃいぁぁぁああ!」
腹部に激しい熱を感じて、和久井は声をあげた。
魔法少女が本気で力を込めていたので、ただの人間である和久井の体など簡単に貫いた。
舞鶴も驚いていたようだが、すぐに刀を下に移動させる。
肉やら臓器やら骨やらが一瞬で断ち切られ、いろいろな液体をまき散らしながら和久井は倒れた。