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第59話 愛ゆえに-1


「お茶あげる」


ルナ、飲む。


「安い味」


「チッッ!」


一瞬、手が出そうになったが、ミモはグッとこらえた。

ここはアポロンの家のリビング。いつも賑やかな場所だが、今は子供たちの声は聞こえてこない。みんな近くの公園で遊んでいるからだ。


「はやーい!」


『もちろんです。速ければ速いほど、いろいろな場所に駆け付けることができますからね!』


ライガーが子供たちを乗せて公園の周りを走り回ってる。


「たかーい!」


『ワイが本気出したら宇宙まで飛んでいけまっせぇ!』


ジャッキーが子供たちを連れて空をゆっくりと飛んでいる。


「すごーい!」


『ほんまに子供はかわらしなぁ』


バトルモードに変わったスパーダが、両手を広げて、そこに子供たちがしがみついてぶら下がっている。


「かわいー」


『……照れるでござるな』


女の子たちは柴丸に興味津々で、交代で抱っこをしていた。

あれだけパラノイアが出現しても、今、子供たちに怪我一つないのはライガーたちが活躍してくれたからだ。

ミモはそれに感謝したから光悟たちを信頼して家に招いたのだ。

ベッドに寝かせたモアも、そのうち目覚めるということなのでひとまずは安心だ。


ちなみに、シャルトはケースの中で眠っていた。

毛並みが荒れたり汚れたりするのが嫌らしく、外に出たがらない性格らしい。

隣にはもう一つぬいぐるみが入るスペースがあるが、ここに柴丸が入るわけだ。


「それにしても、柴丸を公園に行かせてもよかったのかしら? 子供たちが引っ張ったりして傷つけるようなことがあったら……」


「ちょっとアンタ、うちのチビたちマジでナメないでよ。人のものを傷つけるように教育なんてしてねーわッ!」


「あーらま生意気な女ね。ズタボロにしてさしあげようかしら」


「……いけないぞルナ。ズタボロにするなんて他人に言っちゃいけない」


光悟はルナを引っ込めると、フォローにまわる。


「ここの子供たちは偉いんだな」


「うん。モア様がどーとくってのを教えてるからね。みんなモア様がマジで大好きだから、ちゃんと教えてられた通りにしてるってかんじ?」


光悟が周りを見ると、たくさんの写真が飾ってあった。


「柔らかな笑顔だ。少なからず、かつては心に傷を負っただろうに。ミモとモアがいたから、こんな素敵な笑顔を浮かべられるようになったんだろうな」


「え? あ、そうかな? へへ、マジでサンキューね」


ミモはニコニコしていたが、光悟は無表情だった。月神も、ルナも。


「ところでお前ら、なんなんだよ、その恰好は」


和久井が光悟たちを指さす。

黒いスーツ、黒い手袋、スパイ映画にでも出るつもりかと。


「エクリプススーツ。エクリプスってのは、これのことさ」


月神は腕時計を見せる。

ルナと光悟の腕にもあるが、前回の事件でもマリオンハートの吸収や検知に使用していたものに、さらなる機能を追加した最新型らしい。


スーツもその機能の一つだった。

たとえば光悟なら、ティクスと融合して変身した際に右腕の見た目が変わる。

それは敵に視覚的な情報を与えることになるし、人ごみの中では目立ってしまう。

だから変化を隠すために作られたのが、黒いスーツ状のバリアだった。


「現在着ている服と同じにできるといいんだが、あいにく開発が間に合ってなくてね。一応、テストで使っていたルナデザインというものがあるんだけれど――」


ルナがエクリプスを操作すると、黒いスーツが一瞬でパーカーになるが、いたるところにハートがあって、中に月神の顔が貼り付けてある。


「ダっっっ!」


ついつい漏れた声。

ルナが睨みつけると、ミモは目を逸らして動かなくなる。

アイラブお兄様パーカーというらしいが、こんな激痛パーカーを三人で着るよりかは黒いスーツでいこうと。


「すげぇな。どういう技術なんだ?」


「ラビリスの内部をプログラム化し、ネットワークを介して干渉することで影響を及ぼしている。ラビリスっていうのは、マリオンハートが入ったものが物語だった場合に構成される世界のことだ。以前、おれたちが入っていたオンユアサイドの中や、今おれたちがいるココがそうだ」


ラビリス。

神話において一度入ったら二度と出てこられないという迷宮・『ラビュリントス』からとったらしい。


「前回のラビリスは、あくまでもゲームのディスクとPCを介して作られた世界だった。その端末をハッキングして、特殊なプログラムを打ち込むことで、ラビリス内に大きな影響を及ぼしていた」


ヴォイスは光悟たちがラビリスに入ったらその世界観に合うように服を用意してくれたし、日曜日の魔術師やルナの義兄という役職や、居場所も与えてくれた。

それと同じようなことを月神たちが行って、自分たちのビジュアルを変更しているのだ。

流石に、『居場所』までを用意するほどのハッキングは行えないが、服を変えるくらいはできるのだという。


「ハッキングか。ってことはココにもヴォイスみたいなやつがいるのか」


「まあ、この規模だからね。世界にハートが入っていないと形成するのは難しい」


問題は何にハートが入ったのか、だ。

たとえば本や台本などを媒介にしてラビリスが生まれた場合は、直接ハートが入った道具そのものにコンタクトを取らなければならないが、インターネットを介することができる場合は、遠隔でラビリス内に侵入できるようになっている。

今回、月神たちは月神グループからラビリスにやって来たので、ある程度予測はできているという。


「端末はPC、そこに舞鶴が出ていたアニメ、ナナミプリズムのDVDを入れたんじゃないか。ってね」


「いや、でもオレ――ッ、なんも思い出せねぇんだ。なんで入ってんのかとか、アニメの内容とかも」


「そうなるように仕組まれたんだ」


「だったらそうだ! 一回、このラビリスから出ればいいんじゃね? そうすれば干渉も消えるだろ?」


「残念だけど難しいね。さっき調べたけれど、出られなくなってるんだ」


「……マジ? やべぇんじゃねぇの?」


「かもね。でも、そういうルールなんだから仕方ない。おれたちは死ねば戻ると思うけど、和久井くんはどうかな? キミがどこからココに入ったのかわからない以上、リスクを負うことはやめたほうがいい」


ましてや月神たちも戻ってこれるかはわからない。

既に支配者には異物として認識されている筈だ。

ここを出てしまえば入り口を完全にロックされてしまう危険性がある。そうなるととても時間がかかって面倒だ。


「とりあえず今は目の前にある事件を解決していったほうがいい。そうすれば向こうから何かしらの接触してくるかもしれないしね」


ヴォイスとの戦いで舞鶴にもマリオンハートが入っていた。

ということもあって月神たちは舞鶴のことを少し調べていた。


アニメ・ナナミプリズムは分割制度をとっている。

ワンクールでは物語が完結しておらず、後半はまだ放送されていないため内容(みらい)を知ることは難しい。

和久井も必死に記憶を辿ろうとするが、何も思い浮かんでこない。


「ねえねえ、さっきから何のこと、話してんの?」


そこで視線が、ミモに集中する。


「真並くん。説明してやりな」


光悟は頷いて、光線銃を取り出す。


「お、おいおい、マジで教えるのか? 大丈夫かよ」


和久井は既にオンユアサイドのことは思い出していた。

そういうカラクリは、やはりラビリスの中で生きていた者にとってはデリケートな話題になるわけで。


「むしろ教えたほうがいい。いずれ知ることだろうし、何よりも彼女はマリオンハート所持者である可能性が非常に高い」


光悟は、ミモに銃を向けた。

彼女が反応するよりも早く、眉間に弾丸が撃ち込まれる。

もちろん攻撃ではない。眉間にセットされたビー玉ほどの装置が発光すると、ミモの脳内に情報が広がった。


マリオンハートがどういうものなのか。

光悟たちがどういう存在なのか次々にミモに伝わっていく。

十秒もすればミモは地獄を見たような表情になり、部屋の隅で固まっていた。


「まあ無理もない。自分が今いる場所が幻想だって知ればそうなる」


月神は淡々としていた。光悟がミモを慰めようとしても止める。


「放っておけ。今はこれからのことだ。誰にハートが入っているのか? そしてなぜハートが入っているのか?」


月神たちは鮮明に覚えている。

足りなかったマリオンハート、無事に修復されたティクスたち、語ることができるモアイ像。

だからこそ予想がつく。では逆に、なぜ和久井が覚えていないのか?

それはこの事件において、和久井が重要な人物だからでは?


「魔法少女たち、ひとりひとりにハートが入っているから、おそらくお人形だ」


「フィギュアってことか? おいおい、ちょっと待ってくれよ」


確かに柴丸は動くし、ティクスに至ってはフォームチェンジで別の姿にも変われるめちゃくちゃっぷりだったが、あくまでもサイズは元のぬいぐるみのままだ。

舞鶴が和久井のフィギュアであれば、和久井たちと肩を並べられるのはおかしい。


「おれたちが縮んでる可能性がある。この体はアバターだから」


「な、なるほど。でも血とかだって、ちゃんと出てたろ?」


傷から見えた出血。あるいはアイが刺した注射器が、ミモたちから血を吸い取った。


「かつてヴォイスの手によってティクスと柴丸がバラバラにされた時、綿が飛び散ったが、あれは彼らがまだ本物ではなかったからというのもあるけど、そもそも本物になるということはイコールで人間になるということじゃあない」


それは憑依先の道具によりけりだ。

確かに『フィギュア』であれば、ハートの成長率によっては血のような赤い液体を流すこともできるだろう。

それは全てのフィギュアにいえることではなく、『人間』という存在のフィギュアだからだ。


「和久井は舞鶴のフィギュアに名前を書いてなかったのか?」


「書いてあるわけねぇだろ。テメェはフィギュアを、そしてオレをなんだと思ってんだ」


「……まあ、和久井くんが自分のフィギュアに名前を書いてあったところで、衣服だったら変身を解除したら終わりだし、素肌なら一度でもシャワーを浴びれば取れてしまうだろう。ハート所持者は時間経過で玩具としての機能も失われていく。例えば柴丸は、ぬいぐるみの時から服は着ていたが、服を着ているという前提のデザインだったから服を剥がすことはできなかった。だけど今は服を完全に脱ぐことができるし、服の下もしっかりとデザインされてる」


生命としてのデティールの再現。

あるいは道具に込められた原作(オリジナル)の情報が、『本物』という概念的存在を形作っていく。


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