第56話 意地-2
「さあ、遊んでやるよ」
一方、月神。
前からは苺がカーバンクルを前に突き出して向かってきた。
次々と炎弾が飛んでくるが、月神はそれを刀で切り裂いて加速していく。
『っておい! なんで炎が真っ二つになるんだぞ! おかしいぞ!』
「鳴神流の教えは森羅万象を切り裂く。たとえそれが炎であっても、水であっても、嵐でさえもね」
気づけば月神が目の前にいた。
苺は払われた剣を地面を転がることで回避した。
すると月神は、思い切り刀を真横に放り投げてみせる。
「どこ投げてんだ? バカなのか?」
「まあ、見てみな」
目で追うと刀は地面に落下せず、回転しながら戻ってきて苺を狙う。
「ぎゃあああ! あっぶないぞ!」
カーバンクルは飛べるので、苺は空に舞い上がって刀を避けた。
しかし刀も空中を飛んで苺を追いかけていく。
だがここで市江が追いついた。ハンマーを斜めに振るうと月神は後ろに下がり、回避する。
市江はぐッと踏み込んでハンマーを真横に振るった。
なかなかスピードである。月神はニヤリと笑ってそこにホルダーを合わせた。
ぶつかり合うホルダーとハンマー。
ガードはできたが、衝撃に負けたのか、月神は地面を転がっていった。
しかし市江が追撃に走れなかったのは、いつのまにか二本の刀が浮いていたからだ。
「ひょえぇええ! です!」
刀が降ってきた。市江は後ろに跳ねて逃げていく。
途中、冷蔵庫の扉を開いて吹雪を発生させることで月神を狙った。
人間なら即、氷漬けの筈が、月神は腕で顔を隠すくらいで、強風が吹いてきたくらいのリアクションだ。
市江はムッとしながら飛び上がると、月神に向かってハンマーを振り下ろす。
同時に月神は持っていたホルダーを腰にセットした。同じくして刀が戻ってきて、月神の両手に収まる。
「どうッらぁあああ!」
迫るハンマー。
月神は両手に持っていた刀をクロスさせてそれを受け止めた。
すぐに市江は表情を歪める。競り合うまでもないと思っていたが、細い刀がしっかりとハンマーを受け止めているじゃないか。
「悪くない。なかなかのパワーだね」
「です?」
月神が市江のすぐ隣に立っていた。
はて? じゃあ今自分が押しつぶそうとしているのはなんだ?
ハッとする。
市江の予想通り、ハンマーの向こうではクロスさせた『刀だけ』が浮いていた。
月神は刀を遠隔操作できるようで、わざわざ手に持っている必要がないのだ。
そこで苺のほうを追いかけていた刀が戻ってくる。
月神はそれを一度鞘に納めてから、即抜刀。刀から三日月のようなエネルギーが発射されて市江に直撃した。
「ほぎゃあああああ! ですぅう!」
「市江! 大丈夫か!? ああもぉお! 怒ったぞ!!」
苺は空に舞い上がり、カーバンクルの口を開くと、中に光を集中させる。
炎が切り裂かれてしまうなら、もっと強い熱で焼き尽くせばいい。
「ノヴァ! ブラスター!」
赤いレーザービームが発射されて月神を狙う。
熱線は棒立ちの月神を貫くが、避けようともしないのはおかしい。
それに月神の体が揺らめいて、消えていくような?
「ぼげぇえええええ!」
衝撃。苺は猛スピードで墜落していく。
後ろにはホルダーを撃ち当てた月神が、浮遊していた
「あれは幻だよ。フフフ……!」
「卑怯だぞぉおお!」
というか月神が飛べるなんて聞いていない。
黒いスーツ姿なだけで、翼はないし、特別な装置を使っている様子もなかった。
すると月神は持っていた刀を小刻みに動かし始めた。
剣先に注目すると、なぞったところに墨のような線が浮かんでいる。
刀で字を書いているのだ。
なんで刀で字を書いているのか? 墨はどこでつけたのか?
そもそも何もない空間にどうして字が書けるのか?
いろいろ疑問はあるが、とにかく月神は刀で『雷』と書いた。
すると空が光り、倒れていた苺と市江に雷が直撃する。
「あびびびびびびび!」
電撃に痛がる様子を、月神は意地の悪そうな笑みを浮かべて見ていた。
◆
大樹ユグドラス前。
湖の中央にそびえる島のシンボル。
そこへ向かうことのできる唯一の通路。大きな橋の上で、剣をぶつけ合う音が聞こえた。
その音が聞こえるたびにイゼの中に激しい怒りが生まれた。
誰よりも強くあろうとしたし、強くなければならないと思っていた。
だから攻撃が受け止められることが、たまらなく悔しい。
ましてや悪である和久井を守った男に同じ力が出せるのかと憤る。
両者、高速移動が解除されて勢いのままに転がった。
体を起こしながらイゼは剣を横に払う。それを光悟は剣を逆手に持って受け止めた。
イゼは跳ね、側宙した際に振るわれた両足で光悟を蹴った。
よろけた光悟だが、迫る突きは見えている。体を反らして紙一重でかわす。
しかしイゼは剣を引いて再び突きを繰り出した。
反らす。突き、反らす、斬り弾く。その応戦の中に隙を見つけ、光悟は剣を振った。イゼは剣を振った。
刃が擦れ合い、互いは位置を入れ替える。
振り向きざまに再び剣と剣がぶつかった。
イゼは怒りのままひたすらに剣を振った。それを光悟は回避し、時に受け止める。
(ナナコ! 私は負けない!)
イゼの前に妹がいた。彼女は泣いている。
悪い人を庇う人を許さないで。
ナナコはそう言いながら死んでいった。
イゼは悲しみとも怒りともつかないうなり声をあげて剣を振った。
ぶつかり合う中、競り合う。二人の瞳が互いを捉えた。
衝撃の中、イゼのほうが早く動いた。
光悟の腹を蹴ると、その勢いで大きく後ろへ飛び上がりながらマントを広げて鱗粉を飛ばした。
キラキラとした粒子は体に付着した際に爆発して衝撃を生み出していく。
光悟は目を細めるくらいだが、それも一つの狙いである。
鱗粉が視界を隠したせいで、イゼが発射した斬撃に気づくのが遅れた。
「グッ!」
エネルギーが直撃して、光悟はきりもみ状に吹き飛び、倒れた。
立ち上がると、目の前でイゼが剣を振り下ろすのが見えた。
すかさず剣を横にしてガード。
蹴ろうとしてくるのを体を反らして回避すると、前のめりになったイゼを斬る。
装甲から火花が散った。もう一発横に斬る。
しかしそこでイゼの突きが光悟の肩に入った。
光悟が後退していくと、イゼは羽が広げて眼状紋を光らせる。
「ッ?」
光悟は息をのんだ。
マントにある『目』だけが強調されて、周囲が真っ暗になる感覚に陥った。
首を振ると、闇は晴れたが、もう遅い。イゼが横から現れた。
衝撃、光悟は剣をまともに受けてしまい、地面を激しく転がった。
体を覆う虹色の膜がダメージを軽減させてくれたが、それでも痛みは骨にまで響いた。
「終わりだ! 覚悟ッ!」
イゼが剣先を真下にして降ってきた。
迸る冷気。イゼの剣が地面に突き刺さる。
どうやら光悟は再び高速移動ができるまでに回復したらしい。
「剣を下ろしてくれ。事情を説明する」
「黙れ! 悪党の言葉に耳を貸すほど、私は甘くない!」
イゼは剣を構えた。
「俺は違う。悪党じゃない」
「悪党は皆そういうのだ! 覚悟せよ! 言い訳ほど見苦しいものはない!」
仕方ない。
光悟も剣を構えた。
両者、無言で睨み合う。
「………」「………」
その時、光悟が、消えた。
冷たい風がイゼの髪を揺らす。
後ろ――、イゼの後ろだ。
光悟は背後に回り込んでいた。だからイゼは後ろを見た。
しかし違うのだ。これはフェイント。
光悟は再び加速して、イゼの右に来た。
「そこだ!」
しかしイゼには見えていた。光悟が剣を払うよりも早く、イゼが剣を振り上げた。
「ぐぁアッ!」
光悟は衝撃で浮き上がり、橋から落ちる。
イゼはゆっくりと剣を下ろしたが、違和感を覚える。
着水の音が聞こえない。不思議に思って橋から覗くと、湖の一部が凍って光悟が膝をついていた。
「市江と同じ力か」
光悟は殺気を感じて、不思議と唇を吊り上げた。
「まいったなティクス。彼女は強いな」
『悪人ではないからね。俺のパワーが上がらないんだ』
頭に響く、声。
「それは……、いいことだ」
光悟は気だるそうに立ち上がると、左腕につけていた腕時計を通話モードに変える。
「間違いない。ハート持ちだ。舞鶴以外にもいる」
『こちらは微妙だね。おそらく違う。ルナは?』
『私のほうも入っているとみて間違いないかと思います』
月神とルナの声が聞こえてきた。
向こうでも何かがぶつかる音や、飛んでいく音が聞こえてくる。そこに混じってミモの悲痛な声が聞こえてきた。
『待ってってば! 戦ってる場合じゃないでしょ! やばいんだって! パラノイアがいるんだって!』
最後のほうは声が上ずり、掠れていた。
イゼは唇を噛む。高速移動で戦っている際にも人の悲鳴は聞こえてきた。
サイレンの音。煙が見えた。
もちろんわかっているからこそ、余計に腹が立つ。
しかれども、イゼには約束を守る使命があった。
それが世界で一番大切な妹を今も愛することだからだ。
「問題ない」
はっきりと、その男、真並光悟が言った。
「え?」
ルナの腕時計から光悟の声が聞こえてきて、思わずミモは聞き返す。
だから光悟はもう一度、答えた。
「俺たちが守ってみせる」
悲鳴さえも塗りつぶす風の音。
背中に爆弾をくっつけた人々は、手足をバタつかせながら無様に落下していく。
零した涙よりも先に体が落ちていくなかで、気絶する人もいた。
何がどうあっても助からないことは誰だってわかる。
着弾地点にいる人々は、まだ何が落ちてくるわかっていない筈なのに、みんな顔をあげて、何かを指差していた。
「飛行機雲が見える! なんて速いんだ!」
「いや、あれは飛行機だ!」
「いやジェット機だ!」
違う。あれは、鳥だ。
翼を広げて飛んでいる藍色の鳥だ!
同時刻、海に沈んでいく人たちにはわからないが、海面を見た人たちが叫んだ。
「何かが水の中にいる。なんて速いんだ!」
「違う! あれは潜水艦だ!
「いいや! 新型の魚雷だ!」
違う。あれは、サメだ。
海面に背びれを出して泳いでいる緑色のサメだ!
時を同じくして、瓦礫に埋もれる人たちにはわからないが、歩道で人々が叫んだ。
「何かが猛スピードで走る車の間を抜けていくぞ!」
「なんて速いんだ。あれはバイクだ!」
「いやいや! 車輪がついたロケットだ!」
違う。あれは、ライオンだ。
タイヤを抱えているけれど、雄々しき鬣を持った黄色いライオンだ!
見逃すな! その気高い姿! メタルが輝く神秘のボディ!
さあ行こう魂の兄弟たちよ!
世界を救うため。未来を守るため。
助けを求めた人々を誰一人とて見逃さない。
キミが微笑んでくれるなら、おれたちはそれだけでいいのさ。
それが、それが、それが――
ぼくらの、ジャスティボウ!
【知恵と希望のライガー!】
エンジン音を轟かせて現れたのはタイヤを持った黄色いライオン、ライガーだった。
ライオン型のバイクといったほうが正しいのだろうか。撮影ではオフロードバイクを改造したものを使用していた。
いずれにせよ崩壊したショッピングモールの前にやってきた。
目が光る。サーモグラフィーのように瓦礫の向こうにいる人たちのシルエットが浮かび、位置情報を取得、さらに健康状態が表示される。
『生存者多数発見! ただちに救助に入ります!』
たてがみが広がると、光が射出される。
すると瓦礫に埋もれていた人たちの体に虹の膜が張られて、途端に体の痛みが取れていき、不安が消えていく。
同じことが、それぞれの場所でも起こっていた。
【愛と勇気のジャッキー!】
猛禽類型のグライダー、ジャッキーが翼を広げると、羽がいくつも分離して飛んでいく。
それらは落下している人たちの腹部に付着すると、次の瞬間、パラシュートでも開いたように落下スピードが減少した。
それだけではなく、呼吸が陸地にいた時と変わらずにできる。
さらに落下することで感じた体温の低下もなくなった。
人々の体の周りには虹の膜が張られており、これが原因なのだろう。
そう、それはレインボーベール。
【夢と優しさのスパーダ!】
潜水機能搭載のサメ型水上バイク、スパーダの目から照射された光が虹のベールを与える。
水の中にいるというのに、呼吸ができるようになり、冷たい海にいるにも関わらず、体温は陸にいる時と同じになった。
さらに水圧の影響もなくなり、臓器への負担もなくなる。