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第55話 意地-1


イゼは剣を引き抜こうとするが、ビクともしない。

魔法少女の腕力が人間に負ける筈がないのにこれは一体どういうことか? イゼは激しい苛立ちを覚えた。


見たところ光悟は黒いスーツに黒いネクタイ、黒い手袋に黒い靴と、恰好こそまるでどこかのエージェントではあるが、それだけである。

以前、魔法少年がいるかもしれないという話題があったが、その類には見えない。


今度は思い切り力を込めると見事に剣が光悟の手からすっぽ抜けた。

その際、手袋が切り裂かれる。

しかし何故だか血は出ていない。


「貴様、何者だ!」


イゼはいったん後ろに跳んで、光悟から距離をとる。


「その薄汚い悪党の仲間か? お前も人を殺すのか!」


光悟は表情一つ変えなかった。随分と冷めた目でイゼを見ている。

それが気に食わず、イゼは羽を広げた。

目の模様が光ると大量の鱗粉が噴射されるが、光悟はピクリとも動かない。


鱗粉が付着して爆発を起こしていくが、それでもやはり光悟は動かなかった。

耐えているのではなく全く衝撃が伝わっていないのだ。体を纏う虹色のベールが全てのダメージと衝撃を遮断している。


「俺は人を殺さない」


雲が割れ、虹色の薄明光線が和久井を照らす。

すると瞬く間に傷が塞がっていき、油でベトベトだった髪や服の汚れが取れていく。

こうして、あっという間にみすぼらしい恰好だった和久井が普段と変わらない容姿に戻った。


「コイツ完全に人間じゃねェ! 化けの皮はがしてやる!」


アイはすぐに顎で市江と苺に合図を出した。


「です!」「だぞ!」


市江はハンマーを振るい吹雪を、苺はカーバンクルから火炎放射を撃って、光悟を狙うが――


「!?」


命中したと思ったが、そこで熱波と冷気が吹き飛んだ。

二人は思わず前のめりになってしまう。

光悟に防がれたのかと思ったが、そこには摩訶不思議な光景があった。


何かが三つ、光悟の前で扇風機みたいに高速で回転していた。

右と左、中央やや上空に位置をとって三角形の並びを作っている。

それが盾となって桃山姉妹の攻撃を防いだのだろうが、正体がわからない。

すると一瞬だけ、回転が止まった。


そこにあったのは『刀』だ。


三本の刀が浮遊していて、そしてまた回転を始めたがちょっと待ってほしい。

刀が宙に留まり高速回転するなんて普通ならばありえない。

そう思った時、巨大な『顔』が現れた。


「でひゃぁぁああああ!」


大きく仰け反って倒れる桃山姉妹。イゼたちも同じくらいに驚いていた。

刀は回転しながら光悟の周囲を旋回しているが、その上に半透明の巨大な『なにか』が腕を組み、座り、足を組んでいた。


鋲をたくさんあしらった赤いレザー生地の忍び装束に身を包んでおり、頭巾の上には赤いハットを被っている。

体格だけを見れば男だろうと推察できるが、なにしろ頭巾や手袋などで一切の肌を見せず、仮面を被っているため性別がわからない。

そう、仮面だ。それは『猿』の面だった。


「知らないユーマです!」


市江がそう叫ぶと、鼻で笑われた。



「ユーマ? キミたちの玩具(おもちゃ)と一緒にされては困る」



正面。光悟の左隣に、同じくスーツ姿の男が立っていた。

長髪を結んでおり、一瞬女性かと見間違うほど美しい。



「彼は猿神(さるがみ)。すが()雁木(がんぎ)!」



月神(つきがみ)依夢(いむ)が名を叫ぶと、回転していた刀が二本、まっすぐに桃山姉妹めがけて飛んでいく。

剣先が眼前に迫って、市江と苺は体を大きくのけ反らせた。

これで突進してきた刀は回避できたが、刀はすぐに軌道を修正して再び姉妹のもとへ飛んでくる。


しかも刀は距離が近くなると、ひとりでに刀身を振るって市江たちに斬りかかってくるではないか。

すぐに市江のハンマーと刀がぶつかり合い、火花を散らす音が聞こえてきた。

市江は焦る。まるで透明人間が刀を握っているかのように動きは複雑だった。


「な、なんなんです! これ!?」


「これが神の力、ってね。フフフ……!」


月神は唇を吊り上げながら、うろたえる姉妹を見ていた。

一方、光悟の右隣には、これまた黒いスーツに身を包んだ緑色の髪の少女・月神(つきがみ)ルナが歩いてくる。

彼女は細い左手で、大型のジュラルミンケースを持っていた。


「でびゃぁああ!」「だぉぉぉお!」


浮遊する刀が桃山姉妹を弾き飛ばした。

二人が地面を転がっている間に、二本の刀が月神のもとへ戻っていく。

月神は持っていた金属製のソードホルダーを前にかざした。


色は黒と銀をベースにしており、スーツケースのような持ち手の下に刀掛台のように三本の日本刀を連結させていた。

戻ってきた刀は一度も月神の手に触れることなく、ひとりでに鞘に収まっていく。


「曲芸師の登場ってかァ! 笑わせんじゃねぇぞ!」


アイが走りだし、二丁拳銃から注射器を発射して月神を狙った。

しかしここでルナがフェードイン。

持っていたケースを盾にして注射器を防ぐと、左手でスーツの裾を払い、素早く腰からハンドガンを抜いた。


片手のまま引き金を引くと、シュピッという音と共に弾丸が発射される。

アイは右へ跳んでそれを回避したが、そこで気づいた。

音や銃のスライドが動いていないことから、電動ガンだということに。


「ははは! おいおいッ、笑えるぜェ! ンなもん効くわけねーだろ!」


ルナはその後も引き金をひいて弾丸を飛ばすが、アイは回避せずに真っ向から弾丸を受けた。

所詮はBB弾。魔法少女には痛みも、衝撃さえ感じない威力だった。

だがふと、おかしな点に気づいた。命中した弾がアイの体にくっついたままだ。


「確かに(わたくし)のコレは、玩具だけど……」


そこでルナが小さく唇を吊り上げる。


「魔法は、本物よ」


一瞬だった。アイの体に付着していた弾が割れ、そこから凄まじい勢いで(つる)が伸びてきた。


「う、うごぉおぉぉ!?」


蔓はすぐに太くなって棘が生えてくる。

あっという間に(いばら)のロープがアイを縛り付けた。

さらにそこへ点々と黒い薔薇(バラ)が咲いていく。

電動ガンが撃っていたのはBB弾ではなく、木魔法発動するための『種』だったのだ。


「おいおいおい!」


アイは力を込めるが、茨のロープは外れない。むしろ棘が食い込み、痛みが走る。

さらに咲いていた薔薇たちが淡く発光して、点滅を始めたではないか。


「オイオイオイオイオイッ!!」


ボフン! と音がして薔薇が爆発。衝撃と共に煌めく花粉が広がった。

茨のロープは千切れたが、花粉を思い切り吸い込んでしまった。

アイは咳込み、その場に崩れ落ちる。普通の花粉じゃない。体が痺れて、重くなってきた。


(クソ……! なんだコイツら! こんなのがいるなんて聞いてねぇぞ!)


だがすぐに花粉は吹き飛び、鱗粉に上書きされた。

イゼが羽を広げて高速移動で三人のもとへ距離を詰める。


あっという間にルナに向かって剣が振り下ろされた。

しかし感じるのは硬い感触。

ルナの前に光悟が立っており、いつの間にか持っていた西洋剣でイゼの一撃を受け止めていた。


イゼは再び高速移動で月神の前に回り込む。

左から右へ。胴体を切断するくらいの勢いで剣を振るったが、そこで剣は剣にぶつかった。


「馬鹿な!?」


そこには光悟が立っていた。再び剣で剣を受け止めたのだ。


「なぜ私のスピードについてこられるッ!?」


イゼは走る。そこに光悟はピッタリとついていく。

二人は高速で周囲を駆け回り剣を打ち付けあう。

体がぶつかったのか、剣がぶつかったのか、時に看板が落ちたり建物の一部が崩壊したりと、常人の視点では何が起こっているのか理解できない。


「来い」


それだけを言って光悟は加速した。

イゼもまたスピードを上げて彼を追いかけていった。


「街を破壊しないように? 相変わらず光悟さんは真面目というか、固いというか」


「だがそれが彼の魅力でもある。困ったものだけれど」


月神は呆れ顔のルナを通り過ぎて落ちた瓦礫の一部をつまみ取る。

何かを観察しているようだが、そこで二人は同時に動いた。

ルナはケースを、月神はホルダーを振って鞘の部分で注射器を弾き飛ばす。


「チッ! クソッッ!」


攻撃を仕掛けたアイは、すぐに地面に膝をついた。

花粉の影響で力が入らないし、クラクラする。

この状態で月神たちを相手にするのは不可能だ。

ならばと次は銃口を混乱しているミモたちに向けた。


「げ!」


またコイツは! ミモの表情が変わる。

そう思った時には既に注射器がミモとモアの装甲に撃ち込まれていた。


つまりユーマのほうを狙ったわけだ。

そのまま液体が注入されると、異変はすぐに起こる。


「あ、あれ!? ちょ、待って嘘でしょ!?」


「これっ! どうなっているんですか!?」



ミモとモアが驚いているのは、体が勝手に動いているからだ。

アイの注入した液体のせいだろう。二人を操り、かわりに戦わせようというのだ。

それを確認すると、ルナは右へ、月神は左へ歩いていく。


「ここはお任せくださいお兄様」


「ああ」


「ほらほら、コッチに来なさい」


ルナは電動ガンを空に向けて撃つ。

その威嚇射撃に釣られたのか、ミモとモアはルナに狙いを定めたようだ。

本人たちは必死に制御しているようだが、その努力むなしくネッシーの首が伸びて牙を光らせた。


スピードは速いが、ルナは一回転して振ったケースでネッシーの頭を弾く。

大きく右へ吹っ飛んでいくが首は伸び続けて、軌道を修正。

すぐに頭はルナの背面にまわりこむ。


「避けてください!」


モアが叫んだ。

ネッシーが水流を発射してルナの背中を狙う。

水とはいえ、その水圧を真っ向から受けたらただでは済まない。


ルナは大きなケースを持ったまま走り出して水を避けていく。

ここは駐車場だ。少し走れば複数の車が止めてある。


ルナは車体の上を滑り、車の群れの身を隠した。

ネッシーは首を伸ばして高い視点からルナを探すと、すぐに発見したが、アクションは彼女のほうが先だった。


ハンドガンで長い首の部分へ弾丸を命中させていくと、瞬く間に木魔法が発動されて固い根がネッシーの首全体に張り巡らされていった。

茶色くて固い根っこはすぐに頭の先まで浸食し、口輪のように結ばれていくことで水流を撃てなくした。



しかしネッシーにはセカンドプランがあるようで、長い首をしならせるて発光する頭部で地面を叩くと、まるで水面を叩いた時のような波紋が広がっていく。

それを見てルナはこれから起こることを察した。素早く足下を撃つと、蓮の葉が生まれてそこに両足を乗せる。


しばらくすると周りに駐車してあった車が次々に地面に沈んでいったではないか。

どうやらネッシーの力で地面が液体のようになっているらしい。


ルナは無事だが、そこで目を細めた。

モアが背負っていたネッシーの体が展開して、いくつものミサイルが発射されたのだ。

狭い蓮の葉の上では、ろくに身動きがとれない。


そこでルナは銃をしまい、どこからともなくドクダミの花束を取り出すと、それを空に向かって投げた。

花言葉は『自己犠牲』というらしい。

だからなのかミサイルはルナを狙っていた筈なのに花束のほうに誘導されて、まったく違うところで爆発していく。


「やばい! ごめんッ! 無理! 止められない!」


声がした。ミモが大きなトンファーを持って飛んでくる。

ルナが下に手をかざすと、木魔法が発動して乗っていた蓮の葉が巨大化した。

葉の上に降り立ったミモが武器を突き出してきた。ルナはケースを盾にしてそれを受け止めるが、衝撃で葉の上を滑っていく。

グッと、踏みとどまると、動きが止まった。

どうやら持っているケースも普通のものではないらしい。普通はビッグフットの一撃を受けたら、粉々だ。


「いけない! 避けて!」


お次はモアの声が聞こえる。

ヒレで作ったクロスボウをルナに向けており、光が集中しているのが見えた。

同時にミモがバックパックにしていたビッグフットのパワーアームを分離させて発射する。

ロケットパンチと、青白い光の矢が同時に迫る。


ルナは腕を払い、大量の赤い薔薇の花びらを巻き散らした。

攻撃がバラの花びらを散らす。しかしどうだ、ルナはそこにはいなかった。

一体どこへ消えたのか?


すると――、突如、ルナがミモの右隣からいきなり現れた。

蹴りがミモの脇腹を撃つ。続けて抜いたハンドガンは連射モードに切り替えており、よろけているミモへありったけの弾丸をぶつけていった。

蔓が全身やトンファーに張り巡らされていく。そこからは次々とラベンダーの花が咲き乱れていった。


「あ……! うッッ!」


ミモが唸る。操られていながらもわかった。ラベンダーの花が異常に重い。

見た目は何の変哲もない花なのに、まるで鉄の塊みたいに重くて、武器を持っていられなくなる。


だからといってトンファーから手を放しても、どんどん蔦や根が伸びてきて体に纏わりついてくる。

もがけばもがくほど根や蔓が絡みつき、やがて完全に動きが停止した。


するとルナは側宙で高く舞い上がった。真下を、突進してきたモアが通り過ぎていく。

重そうに背負っているネッシーの体についているヒレから光が噴射して、地面をスライドしてきたのだ。こうして機動力を補うこともあるようだ。


一方でルナも大きなケースを持っているというのに身軽であった。

それだけではなく、空中で銃を抜いて地面に種を撃ちながら落下していく。

華麗に着地を決めると同時にルナを隠すように茨が広がっていった。


モアはネッシーの体からヒレを分離させると、ブーメランのように回転させながら茨を切り裂いていった。

ルナはまず後退しながらケースで一つめを弾き飛ばし、もう一つのヒレには銃を向けた。


引き金を引いて種を発射すると、一瞬で成長して赤い薔薇になる。

薔薇からは進行方向に向けて茎が伸びており、先のほうは削った鉛筆のように尖っていた。

その鋭利な部分がヒレに突き刺さると、花の部分が爆発し、勢いを殺して撃墜させてみせる。


ルナはケースから手を放して地面に落とした。

後を追うようにして銃からマガジンが自重で落下してくる。


ルナは自由になった右手をスーツの裏に伸ばすと、種が入ったマガジンを取り出して銃の底部に押し込みリロードを完了させた。

そして銃のハンマー部分をいじると、電動ガンを連射モードに切り替えてモアを撃つ。


すさまじい勢いで根がモアの体に張り巡らされていき、そこから紫色のキノコが生えてきて胞子を噴射させた。

吸入したモアはトロンとした顔になると、すぐに倒れてスヤスヤと眠り始める。

ネッシーも根でガチガチに縛られているため、完全に動きを停止させたようだ。

一息つこうとするも、そこでチラリと右を見る。


「やってくれるッ! アタシが相手だ。次はブチのめしてやるぜェ!」


「……退屈しないといいのだけど」


そこには調子を取り戻したアイが立っていた。

ルナはニヤリと笑ってそこへ突っ込んでいく。


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