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第51話 血まみれの腕-2


だめだ。だめだ。おかしくなる。

そうなると、やはり酒だ。気分が少しよくなる。

まあ後から悪くなるが……、その間は音のことを忘れることができる。

しかし酒はもうない。金もない。


『泥棒は絶対ダメ』


もはや四の五の言っていられる状況ではない。

和久井はすぐに家を飛び出しコンビニに到着すると、チューハイを万引きした。

ポケットにいれるだけの雑な盗み方だったが、深夜のやる気のない店員だったからかバレなかった。

家に帰るまでに一缶を飲みきって、空き缶を川に投げ捨てた。


酒を飲んだからか、やはり音は聞こえなくなった。

和久井は笑顔で眠りについた。


目が覚めると朝だった。

呆けていると、舞鶴が来て、パンを投げてきた。

和久井はそれをモソモソと食べながら、ため息をつく。


「なあ、イゼはどうだ」


「うん。まあ。もう少しでわかってくれそう」(話し合いなんてしてねぇよバーカ)


「うちの親父と、クソババア、どうしてっかな?」


「たぶん、心配、して、る」(お前みたいな屑を産み落とした奴らも屑なんだろうな。まとめて死ね)


「前にアイを殺せばって言ってたけど、あれ本気なのか?」


「うん」(まだビビッてんのかよ。死ね)


「舞鶴、お前、なんで魔法少女になったんだ?」


「ひみつ」(言うわけねぇだろ。死ね)


「お前さぁ、好きな人とか、いるの?」


「ひみつ」(奈々実。ななみ、ナナミ、奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実奈々実……)


飽きた。

舞鶴は立ち上がると、家を出ていく。


和久井と一緒にいるのは嫌だ。

理由はわからないが、なにかこう本能といえばいいのか。まさに生理的に無理なのだと思う。

なんだかよくわからないが、とにかくいてはダメのような気がする。胸がザワザワして、痛くて、落ち着かない。


それに他にも理由はある。

変身しているところを見られたくないからだ。

手裏剣ひとつくらいは変身していなくとも動かせるが、もう少し複数になるとそうも言っていられなくなる。


魔法少女になった舞鶴はさっそく彩鋼紙で鶴をたくさん作ると、家の周りに飛ばして嘴で壁や窓を突っつかせる。

和久井が窓の前にくると、素早く鶴を飛行させて、見つからないようにする。

壁も同じだ。一階で天井を突かせている鶴も同じ。


つまり和久井が感じていた気配や音は、すべて舞鶴が用意したものだった。

しばらくすると和久井は家を飛び出して、コンビニへ向かう。

酒を万引きしに行くのだ。舞鶴は昨日もそれを見ていたからわかる。


そして和久井が酒を飲んだら、家を小突くのをやめればいい。

適当に考えたやり方だったが、なかなかいい感じに和久井を精神的に追い詰めることができているじゃないか。

これは非常に良い流れであった。


それとは別に、純粋に見張りの意味もある。

正直、思った以上に見つかってない。

一応ニュースやフィーネの新聞を確認したが、生徒が死んだことは報じられているものの、舞鶴と和久井についてはノータッチだった。


死体は誰かわかるくらいには形を残しているし、舞鶴も和久井も両親が創作届を出している筈。

向こうが気付いていないわけがない。

イゼの場合は高速移動が使えるのだから適当に島中を走り回って捜索する手も使えそうなのに、そういった話は聞かなかった。


(そんな無鉄砲なやり方はしないタイプ? それとも私が気付いてないだけで捜索は進んでる?)


わからない。

舞鶴としてはその点が少し不気味であった。

本当はイゼたちを折り鶴などの『式紙(しきがみ)』で監視したかったが、バレるとかなり厄介だったので、やめておいたのだ。


では、そのイゼたちはどうしているのかだが――

まずは死体発見からしばらくして、みゅうたん2号が姿を見せて、こんなことを言ってきた。


『しばらく動かないでほしいミュ。少しそっちの1号を調査させてほしいミュ』


そう言われたので、みゅうたん1号を連れていこうとしたのだが――


『冗談じゃないわよ! 連れていかれたら解剖されちゃうんだからっ! 絶対イヤ!』


抵抗するものだから、結局イゼがみゅうたん2号を説得して1号を守った。

次の日も待機が言い渡されたので、魔法少女たちは動けなかった。

その後も、言い渡されるのはずっと待機ばかり。


「いつまで待てばいい? やはり舞鶴たちから話を聞かなければならぬ!」


正義感からか、イゼは変身すると高速移動を発動。

島を駆け回り、なにか手掛かりがないかを探っていた。

そして奇しくも、イゼが舞鶴が用意したアジトに近づこうとした時だった。


「ッ、あれは、アブダクションレイか!」





三両編成の電車。

ショッピングに行く人たち。食事に行く人たち。

仕事、デート、映画、いろいろな目的の人を乗せて走る。


その中で誰かが気づいた。

車内に、おかしな格好の人がいる。

三度傘で顔を隠し道中合羽を纏い、長い太刀を持った、それはまさしく侍。



・人は目を合わせるから怖いので。



人は人を笑ふというので怖いので。

人は人と触れ合うなかで人を傷つけるので怖いので。

人は人の人を人としてしか人でないと言ふので怖いので。

怖いのは人がいるから怖いので。



・人を傷つけるのは、人なので。



人は、怖い。それが答えなので。


()()()……!」


独りで、ジットリと笑っているのは罪。だって気持ちが悪いので。

そう、あの人たちは言いました。

我が名はオリオン。『対人恐怖症』のリゲルなり。


「恨輪阿阿阿阿阿阿阿!!」


リゲルは気づいてしまった。

人が、人が、人が、たくさんの人が私を見ている。

怖い。人は、怖いんだ。リゲルは叫んだ。


防衛反応として刀を抜いた。

リゲルの周囲にいた人たちが三等分になった。首、腹に赤い線。

座っていた女の人が悲鳴をあげた。リゲルはその口の中に、剣先を入れる。


「あがぁぁ、おごぉぉえぇ」


女の人は涙を流しながら絶命した。

人は逃げる。リゲルは恐怖に叫びながら追いかけた。

青年に追いつく。せめてもの抵抗なのか傘を突き出してきたが、傘がバラバラになって床に落ちる。

青年の頭も落ちた。


大柄な男が拳を突き出してきた。

しかしリゲルに届く前に手首から拳が分離して床に落ちる。

男はリゲルを鷲掴みにしようとしたが、既に下半身がなかった。


人は走る。


しかしパニックになっている彼らはギュウギュウとおしくらまんじゅうみたいになって上手く進めない。

リゲルが追いついた。小学生くらいの男の子の髪を鷲掴みにして持ち上げた。


「た!」


刀を男の子の首に押し当てる。


「ずッげッ! でぇ!」


ギコギコとのこぎりのように押して、引いて。


「えぇえぇぇぇええええええぇ!!」


一気に刀を真横へ振った。男の子の首から下が床に落ちた。


「ん?」


リゲルは持っていた頭部を見る。男の子と目があった。


「ぱくねげつなさび!!」


死人といえど、対人恐怖症には辛い。

リゲルは恐怖でパニックになってしまった。


一方、生き残った人間は二両目になだれ込む。

事情を説明しながら人は逃げ続ける。

リゲルは男の子の顔を刀でズタズタにし終えると、二両目に走った。


怖い。

怖いから。

全てを亡くさなければならない。


そこでリゲルは立ち止まった。

目の前でお婆さんが土下座している。

後ろでは高校生くらいの少女が泣いていた。どうやら孫らしい。


「かんにんしてください。お金なら払いますんで……!」


お祖母ちゃんは懇願した。


「今日は孫は誕生日なんです。あんまりです。後生で――」


即殺害。ババアがバラバラ。

続き、Vの字斬り。孫である少女の右肩から臍の下まで刀が入り、一気に左肩から刀を抜いた。


走る。

突き出す刃。

映画を見に行こうとした仲良し三兄弟。博、健、幹を団子のように串刺しにした。


誰かが何かを叫ぶが、リゲルの悲鳴に塗りつぶされる。

斬る、斬る。ひたすらに、逃げる人を殺す。

二日前に結婚届を提出した夫婦がお互いを少しでも前に逃がすために努力していた。


しかしリゲルは高速で刀を振るい、夫の輪切りを三十個ほど作った。

妻は輪切りにされている夫を見ている時に壊れてしまったようで、おしっこを漏らしながら泣きながら笑っていた。

リゲルは彼女を脳天から一閃。さらに真横に一閃。

十字斬りにて四等分にしてみせると、走る。


殺すため?


正しくは、怖くなくなるようにだ。

そんななか、少年みちおくんは頭がよかった。

このイカれた猟奇殺人鬼は無差別に殺すがゆえに、死んだふりをすれば見逃してくれるのではないかと。



「あえぇえぇッッ!」



倒れて目をギュッと瞑っていたみちおくんの頭に刀がしっかりと突き刺さっていた。

リゲルは全てを見ている。怖いから。ちゃんと殺しきらないと気が済まない。死体とわかっていても二度刺す慎重な性格だった。

こうして、リゲルは殺しながら一両車にやってきた。

運転士がいるところをみんなは必死に叩く。


運転士が振り返る。

人だらけでよくわからないが、すぐにわかった。みんな殺されたからだ。


そしてわかった時にはもう遅い。

刀は窓を突き破って運転士の心臓を貫いていた。リゲルは電車に乗っていた人間を全員殺害することに成功した。

安堵の笑みを浮かべようとした時、アブダクションレイによってフィーネに送られる。



「魔死病眼手ゑゑゑゑゑゑゑ!!」


リゲルは目の前にいたイゼを見るやいなや、刀を構えて突っ込んでいく。

早く殺さなければという焦りからか、前のめりで距離を詰めてきた。


横に振られた刀をイゼは地面を転がって回避した。

立ち上がり様に剣を突き出したが、それよりも早くリゲルの蹴りがイゼの胸を打つ。

衝撃でわずかに動きが鈍った。するとリゲルが刀を振り上げるのが見えた。


イゼは咄嗟に剣を横にして掲げることで盾にする。

そこへ直撃する刀。凄まじい衝撃にイゼの表情が歪んだ。

しかもリゲルは狂ったように刀を何度も何度も執拗に振り下ろしてイゼに打ち込んでいく。


威圧感は十分だが単調ではある。

イゼは冷静に隙を探し、リゲルが刀を振り上げたところで素早く剣を振るった。


「なにッ!」


しかし当たった感触がない。すると目の前のリゲルが揺らめき、消え去った。


「残像――ッ?」


リゲルは後ろに下がっており、腰を落としながら刀をゆっくりと下から上に弧を描くように持ち上げる。

特殊な剣の構え。気づけばリゲルはイゼの後ろにいた。

直後、イゼの全身から血が噴き出す。


(高速で斬られたのか!)


イゼは傷口を押さえながら膝をついた。

リゲルはイゼの首を狙い、走るが、そこで動きが止まった。

イゼの広げたマントから鱗粉が散った。

細かな粒子はリゲルの体に付着した瞬間に爆発していき、ダメージを与える。

しかしリゲルにとって問題はそこではなく、マントの柄。


つまり目の模様だ。

目は怖い。合わせても合わせてなくても傷つくからだ。

リゲルは悲鳴を上げて逃げ出した。

イゼもすぐに追いかけるが、尋常ではないスピードである。高速移動中のイゼですら追いつくかどうか怪しいくらいだった。


アブダクションレイが見えたら避難することがルールだが、それを知らない人や逃げ遅れた人がいるかもしれない。

リゲルと鉢合わせしたらどうなるか。

なんとしても止めたいが、先ほど全身を切られた際に脚にも傷を負った。

加速しようとしても痛みが邪魔をして上手くいかない。


「だがッ、しかし!」


こんな時、いつも思い浮かぶのは妹の姿だった。


『おねえちゃんは、世界で一番のヒーローになってね……』


イゼは痛みを超え、スピードを上げた。


「貴様らにッ、ナナコの好きだった世界を壊されてたまるか!」


イゼがリゲルを斬り抜けた。

衝撃で地面に倒れたリゲルへトドメを刺そうとするが――


「なに!?」


光が柱がリゲル姿を隠す。

標的を失った剣は、ただ地面に突き刺さるだけ。

イゼはすぐに周囲を確認するが、もう何の気配も感じなかった。


(そういえば以前、シスターが見たという……!)


惨殺死体だけが残されてパラノイアの姿がなかったというケース。

あれがリゲルの仕業だと考えるなら合点がいく。

しかし気になるのは消える前に現れた光がアブダクションレイと酷似していたという点だ。


「どうなっている……? みゅうたんに聞いてみる必要があるな」


イゼはそちらを優先した。だから和久井たちのもとにはたどり着けない。



一方、その和久井はひとりで蹲っていた。

気分が悪いのは酒のせいだ。


でもあれがないと音が聞こえて呪わるから今日も万引きして飲もうと思っていた。

それがどういう行為なのかは、もうどうでもよかった。


「!」


体がビクっと震える。また音がした。しかもなんだか音が大きい。

和久井はフラつく足取りで窓を開き、外を確認した。


『ぞ!』


「うわぁぁ!」


和久井はしりもちをついた。いつも通り何もないと思っていたが、そこにはカーバンクル、桃山苺がいた。


『見つけたぞ和久井ぃ! いやぁ、殺人鬼って言ったほうがいいのかぁ?』


「ッッッ」


殺人鬼、その言葉が和久井の脳をフリーズさせる。


『まあいいぞ。ここにきたのはお前を抹殺するためだぞ!』


「ま、抹殺!?」


『当然だぞ! 魔法少女裁判にて、お前は有罪だぞ! あれだけの命を奪ったんだから仕方ないぞーッ!』


ハンドパペットにしたカーバンクルの口がパカっと開き、中が赤く光る。

和久井は反射的に窓の奥に引っ込んだが、直後カーバンクルから炎弾が放たれ、窓ガラスを粉砕する。

そこで舞鶴が攻撃に気付いた。

すぐに動こうとするが――、ピタリと止まる。


「舞鶴! 敵だ! 助けてくれ!!」


和久井の声は聞こえていたが、動かない。

その間に、カーバンクルは家の中に入り、和久井を殺そうと飛びまわる。

和久井は情けない声をあげて走り回り、家の外に出た。


「――たくない!」


和久井はポケットから手裏剣を取り出した。




未成年の飲酒はアカンねんで。キミはやめといてな。

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