第50話 血まみれの腕-1
ユーマが命に色を付けるて視覚できるようにしていた。
たとえばパラノイアが死んだことをわかりやすくしてくれたとか?
まあ理由はどうでもいい。
重要なのは、誰もが持っているエネルギーだという点だ。
舞鶴はサンダーバードに語り掛けた。
全てのライフエーテルが見たいと。
そして名前も知らない小さな虫を殺してみると、フワリと光の粒が見えた。
(うんめぇー!)
気に入らないヤツをブチ殺し、そして奈々実との再会に近づく。まさに一石二鳥!
しかし大きな躊躇いがあったのも事実だ。
奈々実はいい子だから、他の人間の犠牲で蘇ったとあれば自分を責める。
最悪の場合、舞鶴を責める可能性だってあった。
そこが彼女のいいところなのだが、奈々実に拒絶されては生きていけない。
だから舞鶴は考えた。
奈々実を抱きしめる手は綺麗でなければならない。
(ああ、バカがいてくれて、本当によかった! うふっ!)
血まみれの和久井を思い出して、吹き出しそうになる。
(つい最近会ったばっかの人間に、私の何がわかるっていうの? ウザすぎ。死ねよ)
はじめは和久井から殺そうかと思ったが、ちょっと待てと。
(私にこういう手は使えないと思っていたけどコイツは別。屑だから、性欲だけの愚かな生き物。私をナメてるから、いける。最低の屑)
現に手裏剣を投げてくれた。
まあ投げるように誘導したのだが上手くいってよかった。
そもそもあれは舞鶴の武器なのだから舞鶴でないと動かせないし、変身していなくともあれくらいなら余裕だった。
そしてそれは一般人を殺すには十分すぎる力だ。
でもそんなことは舞鶴しか知らないから、あとは『殺意の力で動く』という嘘を貫き通せばいいだけ。
(でも面白かったぁ! 無理に決まってるよね。私が塞いでたんだから!)
舞鶴は逃げ惑う生徒たちを思い出して唇をギュッと噛んだ。でないと笑ってしまう。
クラスの出入り口と窓には彩鋼紙を広げて壁を作っておいたから誰も逃げられなかった。
偵察用の折り鶴で確認したが、アリバイのために唯一助けた澄子ちゃんが期待通りの発言をしてくれたのはまさに完璧パーフェクト。
唯一危惧していた、みゅうたんの存在があったが、都合のいいことに記憶を失って自分たちの居場所を忘れたというじゃないか。
まあ、この計画を踏みきった理由の一つに、みゅうたんの様子がおかしいという次にいつ来るかもわからない要素があったからというものあるが、いずれにせよ期待していた通りみゅうたんは使い物にならない。
ただもちろん、それが一時的なものだということはわかる。
だからみゅうたんが記憶を取りもどす前にもっと多くの命を奪っておきたい。
それに、まだまだ不安な部分はある。
例えばまずは今回の捕食だ。
クラスメイトを惨殺して得たライフエーテルは、学校の上空に待機させていたサンダーバードが捕食したわけだが、吸い寄せるように数々の魂が空に昇っていったのを誰かに見られた可能性は捨てきれない。
(パラノイア以外のライフエーテルの可視化はユーマに命令しないとダメな筈だけど、もしかしたらすでにこの仕組みに気付いている魔法少女だっているかもだし)
そうなるとせっかく和久井や澄子を使ってまで作り上げた清廉潔白が崩れてしまうかもしれない。特にイゼは、その正義感から剣を向けてくる可能性が高い。
「和久井」
舞鶴は和久井を抱きしめるのをやめて、両手を肩に置く。
「貴方が人を殺したっていう事実は消えない」
「あ……! うぁ……」
「殺された子の親が復讐心から、あなたの両親に狙いを定める可能性だってある」
「でもオレは! 本当に殺すつもりなんて!!」
「警察はわかってくれるかもしれないけど、遺族はそうは思わない! きっと! あなたの周りの人を殺すだけならまだしも、あなたが出所した後も纏わりついてくるかもしれないの!」
和久井はブルブル震えていた。そこで舞鶴はニコリと笑う。
「でも貴方だけがたった一つ、背負うだけで丸く収めることもできる」
「え……?」
「室町アイを殺すの。アイツに全てを擦り付けてしまえばいいじゃない! 教室には監視カメラなんてないわけだし、普通に考えてあの犯行は魔法少女にしかできない! そもそも最悪、アイに脅されてやったと言えばそれなりの信ぴょう性はあるじゃない!」
舞鶴としてもアイは早く殺したい。あっちが蘇生にたどり着く前に殺して、魂を奪い返せば、奈々実復活が一気に近づく筈だし。
「大丈夫! 武器は私が渡したの、だから私にも責任はある。殺したのは貴方だけど」
和久井を犯罪者にしてしまったと責任を感じる舞鶴を、蘇った奈々実が優しく慰め、二人は支えあって生きていく。それはそれで悪くないシチュエーションだった。
「罪を、私も背負うからぁん!」
舞鶴はそれなりに浮かれた気分で口にする。
和久井は少し安心したように笑った。舞鶴も心の中で笑う。
(バカでいてくれて、本当よかった! ラッキー!)
◆
みゅうたんが舞鶴の位置を把握できないとはいえ、そもそもフィーネの監視システムを潜り抜けなければすぐに見つかってしまう。
既にフィーネの放送局は、今回の凄惨な事件を報道していた。
魔法少女は警察の捜査に加わることが許されているので、下手に動けば監視カメラで捕捉されてしまう。
そこで舞鶴は、奈々実と遊んだ時に見かけた廃家を思い出した。
川沿いにポツリと一軒だけあることに加えて、周囲は草が伸びっぱなしになっており隠れ家としては悪くない。
一瞬だけ奈々実の家に和久井を隠すことも考えたが、すぐにやめた。
和久井のような屑を奈々実の聖域に入れたくなかったからだ。
廃家に入った和久井は、まだ落ち着かない様子だった。
なんだか腹が立ってくる。
舞鶴から見て和久井という男は日頃からクソだの、ダルいだの、めんどくさいだの、ダサい男だった。
彼もSNSでは人の不幸を探してる。
そんな屑がいざ自分が屑だと再認識する際にこれほど時間をかけるものなのかと、イライラしてきた。
「考え方、を、変えてみた、ら?」
「え?」
「力を、手に入れたと、考えるべき。誰もあなたに逆らえない。だるい親も、むかつく陽キャも、一発で殺せる……」
「何言ってんだよ! そんな簡単に割り切れるわけが――」
和久井の脳裏に腸や脳をブチまけてのたうち回る生徒たちがフラッシュバックする。
思わず叫び、走り、家を飛び出して嘔吐する。
(だる)
舞鶴は冷めていた。
そもそも和久井にはこれからもっと多くの人を殺してもらうわけで。
そのたびにいちいちこんなリアクションを取られていたんじゃ、やってられない。
「着替え、とか、ごはんとか、持ってくるから、ジッとしてて」
舞鶴はそう言ってさっさと出て行ってしまった。
和久井は家の奥に戻り、部屋の隅っこで体を丸めた。
人を殺したなんて親戚はどう思うだろうか? 昔の友人はどう思うだろうか?
それに――、アレはどう思うだろうだ。
アレとは何か? 和久井にもわからなかった。
よくわからない。しかしなんだか背中に張り付く罪が重いものだから、和久井は情けなく涙を流した。
舞鶴が帰ってくると、和久井は慌てていた。
「大変だ! 家の窓が叩かれる音がして! 壁とかもコツコツって! もしかしたらバレてるのかもしれない! そ、それか! もしくは! 殺しちまったアイツらがオレ恨んで! その怨霊的なものに――ッ!」
「ちょい、落ち、着いて」
冷めた目で睨まれ、和久井は黙った。
「気のせい。古い家、だから、風とか吹いたらいろいろ、鳴る。それかもしくはネズミとか虫がいるのかも。それくらい、がまん、して」
「あ、ああ」
和久井たちは二階の一室にやってくる。
ここは幸い一階とは違って、窓ガラスが割れていない。畳や壁は汚く変色しているが、まあいいだろう。
和久井は血まみれの制服を着替えると与えられた菓子パンをもそもそと食べはじめた。
その途中、ジュースを飲もうとして気づく。
それはジュースではなく、チューハイだった。
「ついでに、盗んできた。よくわかんなけど、不安が取れればって」
「……ああ、サンキュー」
深夜のバラエティー、飲み屋街のインタビューで呂律が回ってない奴らを見た時は笑った。
頭の悪そうで、人生終わってそうな人間を笑った。
和久井は笑った。その連中よりも、よっぽど終わってる。
だから度数9%のチューハイを一気に飲み干した。
今までは父や祖父が飲んでいた酒を舐めたことくらいはあったが、こんなにガッツリと飲んだのは初めてだった。
すぐにぼんやりとしてくる。和久井は何も言わず、横になった。
「イゼに、誤解がないように事情を説明する。それまでここにいて」
それがその日、和久井が最後に聞いた言葉だった。
目が覚めると辺りは明るかった。
少ししか眠っていないのか、それとも死んだように眠ったのか。
試しに舞鶴の名を呼んだが、返事はなかった。
家の中を見回してみても姿はない。
携帯は場所を特定されるかもしれないという理由で舞鶴に捨てられたので連絡も取れない。
「勘弁してくれよ……!」
和久井は部屋の隅に座る。
しばらくすると突然跳ね起きて窓の外を確認しに走った。
まただ。昨日と同じ、窓を叩く音が聞こえた。
しかし外を見ても何もない。
舞鶴の言った通り動物か虫なのか? 和久井は元の位置に戻ると、しばらくしてまた立ち上がった。
今度は壁を叩く音が聞こえた。
コツコツ、コツコツ。和久井はまた窓の外を注意深く確認するが、何もいないし音もしない。
今度は窓の近くに座ると、また音が聞こえてきた。
「おい! 舞鶴! いるのか? いるならこんな悪戯やめろよ!」
音は止まらない。
窓の外を確認すると、何もないが、次は後ろのほうから音が聞こえてきた。
もしかしたら幻聴なのか? 死体の山がトラウマになって精神をやられて脳が変になったのか?
それは大いにあり得る話だった。
頭痛がする。吐き気もする。
そんな中でふと、舞鶴が残していった食料が目についた。
そこにはまだアルコール度数の高いチューハイが転がっていた。
「クソクソクソッ!!」
和久井は涙を流しながら、常温の酎ハイを開けると、胃に流し込んでいった。
ぬるいから、うまく喉の奥に入っていかない。でも音は聞こえなくなった。
和久井は嬉しくなって、一人でヘラヘラ笑っていた。
「しあわせだなぁ」
舞鶴が戻ってきたのは暗くなってからだった。
和久井は笑っていた。隣には、チューハイの空き缶が転がっている。
「おあえぃ舞鶴ぅ。イゼには説明してくれたかぁ?」
「ん。でも怒ってる。向こう、なかなか話を聞いてくれなくて」
「ッッ、なんだよ。なんだよ。なんだよ!」
和久井は怒鳴った。
腹から怒鳴ったから舞鶴は目を丸くする。
「あ?」
「……悪い。舞鶴。ははは、イゼさんなんで? 生理なのかな? ははは」
和久井は頭を押さえながら呻く。
慣れない飲酒のせいで、先ほど嘔吐したらしい。
「でも、あれがいるんだ。舞鶴、オレ財布なくてさ。金貸してくれないか?」
「どうして? ごはんなら、パンがある」
「酒がいるんだ。なあ聞いてくれよ。何かが家を叩くんだ。いや、もしかしたらオレの頭蓋骨を叩いてんのかもしれない。オレはガチで怨霊説もあると思ってる。あいつらがオレを呪い殺そうとしてんだ。だから、ははは。なんてのは嘘。でも頭がおかしくなっちまったのかもしれないから酒がいるんだ。はは、ははは……」
「あげ、られない。それに、やっぱり、お酒は、ダメ」
「なんでだよ。くれよ。じゃないと音がするんだ。ずっとなんかコツコツ、いろんなところからガサゴソ音もする。ネズミじゃない。ゴキブリでもないんだよ。でも何かがこの家にはいるんだ。本当なんだ」
「無理」
和久井は急に立ち上がると、走り、両手で舞鶴の首を掴んだ。
「金を渡さないなら首を絞めるぞ!!」
「無理」
「あ……! あぁ、悪い。冗談だよ」
魔法少女に勝てるわけない。和久井はそう思って後ろへ下がっていった。
壁に当たったところで崩れるように座り込む。そんな彼の前に、手裏剣が落ちた。
あの手裏剣だ。生徒たちを惨殺した。あの折り紙の手裏剣だ。
「うわぁあっぁあああぁあぁあああ!」
(いちいち大声出すのマジでウゼェ、コイツまじで嫌いだわ)
パニックになっている和久井を落ち着けながら説明をする。
時期的にそろそろパラノイアが現れるかもしれない。
和久井に死なれるのはいろいろな意味で困るので、武器くらいは持っておいてほしいと。
「殺意を、持って、人に向かって投げなければ、いい、だけ、なの」
「それはわかってるけど――ッッ!!」
和久井はそこで言葉を止めた。
たしかに舞鶴のいう通りかもしれない。
パラノイアという『恐怖』は知っている。
あんな化け物にむざむざ殺されるよりかは武器のひとつあったほうが安心できる。
「せめて、せめてさ。アジト変えないか? やっぱりここはなんか変なんだ!」
「無理。ここ以外だと見つかるかも、しれない、から。こ、こは、むしろいい場所。近くのコンビニとかまで、監視カメラとか、一切、ないし」
「………」
「私、見張りするから、家出るけど。お酒、ダメだから。本当にダメ、だから。くれぐれも注意。盗んだりなんかしたりしたら、ダメ。泥棒は絶対ダメ」
「み、見張り? いいよ、一緒にいてくれよ」
「無理」
舞鶴は家を出て行った。和久井は何もすることがない。
時計もない。ただ座るだけ。
アニメやゲームのことを考えようとしても血の色がそれを塗りつぶしていく。
不安もある。
イゼに見つかったらどうなるのだろうか?
一応、舞鶴が話をしてくれたみたいだが、それでもダメだったら――
「!!」
音がする。
しかも今度は真下からだ。一階から何かが天井を叩いている。
「舞鶴! 来てくれ! 何かいる!」
こない。和久井は舌打ちと共に手裏剣を手にして、おそるおそる階段を下りた。
しかし、予想していた通りだが、そこには何もない。
安堵と不安のなか、和久井は再び二階の部屋に戻った。
しかし一時間ほどすると再び音が聞こえてくる。急いで下に向かうが、なにもいない。
「なんなんだ……! なんなんだよちくしょう!!」