第49話 デッドエンド-4
「前から気に入らなかったんだ! 魔法少女に選ばれたからって偉そうにしやがって!」
舞鶴は声出して笑いはじめた。だがそれをかき消すように叫び声。
和久井が飛び込んできて、今まさに殴ろうとするゲロ男に掴みかかった。
「おいおいおいおいお! やめろ! やめろって! やめろよ!」
和久井はクラスの入り口前で話を聞いていたから舞鶴がなんと言ったのかいまいちわからなかった。
だから、よってたかって彼女に暴力を浴びせる光景が異常に見えてしかたなかった。
「触んな! ひっこんでろ!」
そう言われて、和久井は弾かれた。
それなりに強い力だったから、地面に倒れたし、頭も打った。
するとそれが原因なのか、和久井の目の前に過去が広がった。それは随分と最悪な光景だった。
当時の自分はヘラヘラ笑っていたが、今にしてみるとやっぱり最悪な光景だった。
あれは――、えぇと? 頭が痛い。
もしかしたら今の衝撃で記憶を少し失ってしまったのかもしれない。
よく思い出せないが、とにかく最低最悪な記憶であることは間違いない。
今、自分はあの時と同じようにヘラヘラ笑いそうになった。
適当に笑って、取り入って、場を収めようとした。
周りに気を遣って、イキリ散らした上位層に気に入られようとして。
でも、考えてみれば舞鶴が殴られているのにそんなことを気にする必要があるのか?
何があったのかはよくわからないが、やはり止めなければ。
あんまりだ。彼女が可哀想だ。
「まあまあ」
止めようとしたら、今度は何も言わずに殴られた。
構う価値がないと思われたのか。
それほどに自分は脅威でもないのか。なんの障害にもならないから、何も言わずに殴れるのか。
オレより舞鶴のほうが怖いっていうのか?
ムッとした。プチっときた。
和久井はその時、完全に記憶の中にいた。
お前は、俺たちの言うことを黙って聞いてればいいんだよ。
なんてことを、お前らも、そう言いたいのか? ああ?
「たすけて! 和久井くんッッ! こいつら全員ブッ飛ばして!」
その時、舞鶴の声だけがやけにクリアに聞こえた。
そして名指しされたにもかかわらず、誰も和久井を見ようとしなかった。
そんなことできるわけないと高を括っている。
「見下してんじゃねぇエエエ!!」
和久井は舞鶴から貰った手裏剣を投げた。
「あ」
それは、ゲロ男くんの後頭部に刺さった。
甘い刺さりだったが手裏剣が猛スピードで回転してゲロ男くんの頭蓋骨を削り抉る。
「がぎゃぁああああああああああああ」
今まで感じたことのない激痛に叫ぶ。
それに交じって骨を削る音が聞こえた。
髪と血と脳が混じったものが飛び散っていき、ウン子ちゃんの顔を汚した。
「……え?」
和久井という男。
怒れる顔が、やがて真顔になる。
「あれ?」
ゲロ男の頭蓋骨に侵入した手裏剣は尚も威力とスピードを上げて、次は下方向に動き出した。
背骨を両断しながら臓器を切断しながらやがて肛門付近を突き破って外に出る。
「プッッ!」
ゲロ男くんは何かを喋ろうとして血を吐いた。うずくまると、そのまま動かなくなる。
誰も彼を気に留めなかった。それどころではないからだ。教室の中は悲鳴が木霊していた。
手裏剣はまだ勢いを失っておらず、そのまま飛行してゴミ美に直撃した。
場所は口。横を向いた手裏剣は、高速回転しながら、彼女の唇を引き裂いていく。
「あげぇえええぇえええ!」
大きく仰け反ったゴミ美の口が文字通り裂けていた。
歯茎ごと床に落ちる。彼女は涙を溢れさせてジェスチャーを取っていた。
痛くて何も喋れない。早く救急車を呼んでくれ。
そういうジェスチャーだったが、彼女はそこで自分の腕がなくなっていることに気づいた。
口の痛みで気づくのが遅れたが、飛行する手裏剣が右腕を切り落としていたのだ。
「ぺぇえ!」
声というか、音が出た。飛行する手裏剣がゴミ美の首を切断したのだ。
手裏剣はそのままウン子のお腹に飛び込んだ。
しかしどこからも出てこないのは、手裏剣が腹の中で回転しながら留まっているからだ。
激痛で声さえ出せない。彼女はただ涙を流しながら痙攣するだけだった。
三秒ほどで気を失った。ショック死していたのかもしれないが、いずれにせよ手裏剣は首を引き裂いて外に出た。
回転力を落とさぬそれは、まるで生き物のようにカス男にまとわりつく。
「やばい!」
カス男は必死に振り払おうとするが、指が一本ずつ飛んでいった。
「まじでやばい!」
手裏剣を掴んで止めようとしたが、もう全部指がなかった。
叩き落そうとするが、かわりに腕が落ちた。
「ガチでヤバイって!」
鼻がストンと地面に落ちた。耳が飛んだ。目が切り潰された。
「お前らこれやばいって!!」
そこで唇が取れた。
もうすぐ死ぬだろうカス男が、クラスメイトたちを見る。
額から上が切断されてなくなっており、右足は膝から下がなくなって、左足にいたっては股の付け根から切断されており、もう動けない。
「ははははは! うあははははぁ! ぎゃぁあっぁあああ!」
恐怖で笑い、直後叫んだ。
手裏剣が顔に直撃すると、血をまき散らしていく。
クラスメイトたちは叫んだ。逃げようとする者と、腰を抜かす者。
当然、後者から先に死んでいく。
「あ」
澄子ちゃんという女の子の目の前に手裏剣が来た。
しかし刀がそれを弾く。変身した舞鶴が澄子ちゃんを守ったのだ。
「和久井! 殺意を止めて! あれは貴方の殺意に反応して、動き続ける!」
「なんだよそれ! 先に言えよ!!」
先ほどの怒りの形相が嘘のように今の和久井は真っ青になって震えていた。
止めろと念じてみるが、手裏剣の勢いは全く衰えない。
むしろ回転、スピード、共に上昇し、体育が得意な男子生徒のお腹を裂いた。
「うわぁぁあぁあ!」
腹の横から零れる腸を押さえながら、男子生徒は子供のように泣き叫ぶ。
それを見て他のクラスメイトはパニックになって逃げ惑う。
しかし誰も教室の外に出られない。
扉をスライドさせても、なぜかそこには『壁』があった。窓の外も同じで、壁があるから逃げられない。
「クッ!」
舞鶴は暴れまわれる手裏剣に刀を振るった。
しかし手裏剣のスピードはあまりに速く、舞鶴の一振りを簡単に回避すると、纏わりつくように飛行して至る所を切り裂いていく。
魔法少女の防御力があるから切断とはいかないが、それでも多くの血が飛び散った。
「和久井!!」
「やってるよ! でも止まんねぇんだよ! どうなってんだよ! ああぁあ! クソクソクソ!!」
和久井は必死に止まれと念じるが止まらない。舞鶴は舌打ちを零した。
「みんな! 姿勢を低くして!」
クラスメイトたちは思い切り姿勢を低くしたり、血液が広がる床にうつぶせになる。
だが、それがどうしたといわんばかりに手裏剣は寝転んでいる生徒の頭に直撃する。
そしてバウンドするように跳ね上がると、次はある生徒の右わき腹から、左わき腹までを高速で通り抜け、一瞬で両断した。。
「あ――、ぅ。え? 私どうなった?」
上半身と下半身が分離した生徒が真っ青になりながら笑う。
力を入れても足が動かない。彼女はそこで全てを察してショック死した。
みんなきっとスローモーションだったと思う。
小さな手裏剣が首に入り、噴水みたいに血が飛び散る。
床は真っ赤、もうプールみたいになっていた。
ポン、ポーン、耳が飛ぶ。腸が飛ぶ。
我先に助かろうと扉や窓に群がるが、出口を塞ぐ壁があるから出られない。
「………」
和久井はハッとした。夢を見ているようだったが、景色は何も変わっていなかった。
でも一つだけ。静かだった。そうしたら頭もまわる。
「ふへッ!」
笑った。笑って和久井は自分の両手を見た。真っ赤だった。
肩を見たら、何かの破片があった。ブヨブヨで、触ったら床に落ちた。
「これでよかったんだよな?」
返り血で塗りつぶされていた和久井はヘラヘラ笑いながら舞鶴を見た。
彼女は何も答えない。真顔で和久井をジッと見ていた。
「なんか言えよ!」
和久井は怒鳴った。一歩足を出したら誰かの腸を踏んだ。
ブリュッと音がして、滑りそうになった。和久井は踏みとどまりながら笑う。
「なあ、よかったんだよな?」
手裏剣はしっかりと、和久井の手に戻っていた。
「これでよかったんだよな!! なあ、なあそうだろ! なあ舞鶴ッッ!!」
死体の山の中心で和久井が叫んだ。真っ青な顔は、血と破片が隠す。
「来て」
「え?」
舞鶴は和久井の手を掴んだ。
「イゼたちが来たら、まずい」
「まずいって、なんで……?」
「殺されるわ」
「えッ!?」
舞鶴は和久井を横抱きにすると、窓を突き破って逃げ出した。
なすがまま連れていかれると適当な橋の下に着地した。川が流れていて、和久井はそこで顔を洗った。
「さっきの、こっ、殺されるってどういう意味だよ!」
冷たい川で洗ったからというのもあるが、和久井はまだ真っ青でブルブル震えていた。
「あの光景をイゼが見たらという意味。あの人、正義感がとても強いから。それにモアだって神に仕える身、人を殺した貴方を受け入れてくれるかどうか……」
「殺すって!? ちょっと待ってくれよ! オレは殺すつもりなんてなかった!」
「でも実際ほとんど死んだ!」
「止まらなかったんだよ! 止めようとした! そもそもッ、ちょっと驚かすつもりだったんだ! それがなんであんな――ッ! お前の説明が足りなかったせいだろ!?」
「ごめんなさい。まさか人間に向かって投げるなんて」
「勘弁してくれよ! なあ! なあ! なあって! オレは悪くないだろ! こ、殺したなんて冗談じゃねぇぞ!!」
和久井は両手で顔を覆って崩れ落ちた。
殺した? 殺人? それは許されざる行為であり、もしもバレたら逮捕だ。
そうすると親にバレる。
そもそも実刑がついたら刑務所だ。
終わる。ネットができない。動画がみれない。
ゲームができない。アニメが見れない。最悪だ。
などと考えていた。被害者やその遺族のことは欠片も考えていないのが人間のレベルが知れるというものだ。
「辛いだろうけど、受け入れて」
「ふッッざけんなよぉおぉぉ……ッ!」
「安心して」
焦点の定まらない瞳が、舞鶴を捉えた。
舞鶴は辛そうな顔だったけど、それでも両手を広げていた。
だから和久井は吸い寄せられるように舞鶴を抱きしめる。
「貴方は私が守る」
「舞鶴……!」
「私を助けてくれたことは事実だから。それは忘れないで」
「はは……」
少しだけ。ほんの少しだけ気持ちが軽くなる。
しかしそれで死体が消えるわけじゃない。
現在、学校では地獄のような光景を前にイゼが拳を握りしめていた。
警察が出入りするなかで、ミモはトイレで吐いていた。
親友二人が行方不明であると教えられた直後にこの光景、今日は耐えられそうにない。
「なんて、残酷な……」
教室ではモアが手を合わせている。
そんななか、イゼが唯一の生存者、『澄子』から話を聞いるところだった。
「何があったのだ?」
「ま、まっまま舞鶴ちゃんが来ちぇ、い、いッいじめていたグループと揉めはじめて」
やがて言い合いはエスカレートして暴力になるが、カースト上位のクラスメイトな手前、みんな気まずくて止められなかった。
しかし見たことのない男子生徒が舞鶴の味方をして、何かを投げたら、それが生徒たちを襲い始めた。
舞鶴が守ってくれて……。
舞鶴がその少年に投擲物を止めるように言っていたが、凶器は止まらなかった。
という流れを説明していたのだが――
「ぇげひぃぃいあぁあぁぁあ!」
フラッシュバックが起きたのだろう。
澄子は失禁しながら頭を掻きむしりはじめた。
イゼが必死に落ち着かせるなかで澄子は涙を流しながら叫ぶ。
「私たちが悪いんです! 舞鶴ちゃんの味方をしてあげればよかった! いじめなんてするから、きっと神様が天罰を与えたんです! 私も周りに飲まれてしまったから、一緒に彼女を無視して――ッ! うげぇえぇえ!」
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「………」
モアは優しく、錯乱する澄子の肩に触れた。
しかし何も言えなかった。何かを言おうとするが、口を閉じる。
「そんなことはない。お前が気負う必要はない!」
かわりにイゼが言葉を紡いだ。
悪いのは誰だ? 舞鶴は澄子を守ろうとしたらしいから、悪いのは武器を投げた人間に決まっている。
ではそれは誰か?
舞鶴がいない。そしてもう一人連絡のつかない人間がいる。
『和久井ってやつの仕業でしょ』
みゅうたんがイゼの肩に飛び乗った。
「だがヤツは人間だ。魔法少女でなければこのような惨事を起こせるものか」
『あんたバカなの? じゃあコレなに? あの証言なに?』
「……パラノイアに操られていたか、あるいは新型の武器か。いずれにせよ彼にこんなことができるとは思えないのだ」
『魔法少年になったって可能性もあるわよ。モアが言うには、2号ってのが出てきたらしいじゃない。アタシ、なんにも聞いてないんだけど』
「みゅうたんの知らないみゅうたんか……」
モアが出会ったとされる2号。しかしあれから音沙汰はない。
『いずれにせよ、まずは和久井を捕まえましょ。そうしたら何かがわかるわよ』
「舞鶴の居場所はわかるだろう? 教えてくれ、きっと一緒にいる筈だ」
『……それが、なーんか。わかんない』
「どういうことだ! ふざけている場合ではないのだぞ!」
『本当に知らないもん! わかんなくなっちゃたんだから仕方ないでしょ! そのうち、思い出すから、それまではアンタたちの力でどうにかしてよ!』
というそんな会話を、窓の外で一羽の『折り鶴』が聞いていた。
折り紙には目も耳もないが、そこは魔法の産物。
ちゃんと『目』の部分を通して、景色が確認できるし、耳の辺りで音も拾える。
だからその折り紙を飛ばした人物はすべてを知ることができた。
『貴方は私が守る』
『舞鶴……!』
『私を助けてくれたことは事実だから。それは忘れないで』
『はは……』
なんて、会話があった。
和久井はブルブル震えながら、折り鶴を飛ばした舞鶴を抱きしめていた。
その表情は自分が行ったことへの恐怖や、これからの不安で弱弱しく歪んでいた。
一方で抱きしめているから、和久井から舞鶴の表情は確認できない。
では彼女がどんな顔をしていたのかというと――
(うぉおおおおおおおおおおおおお!!)
舞鶴ちゃん!
超・絶・満・面・笑・顔!!
(しゃぁああああああああああああ!!)
炸裂ッッ!!
(きゅぴーん☆)
満面の笑み。
先ほどからずっと堪えていたからか、我慢しようとしても歯を見せてしまいます。
舞鶴の視線の先、空に浮かぶサンダーバードは、たくさん食べて満足そうにしていた。
『どうか、忘れないで。ソウルエーテルは――』
奈々実の家で見かけた張り紙。
死者の蘇生を諦めるようにとの内容だったが、なぜそう律していたかというと――
『ソウルエーテルは、ユーマが命に色を付けているだけなんだから』
そこで舞鶴はピンときた。そうか、そういうことだったのかと。
つまり蘇生に必要なエネルギー・ライフエーテルはパラノイアだけが持つものだと思っていたが、そうではなかった。
誰もが持っている、命そのものである。