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異世界の悪役令嬢を救うため、特撮ヒーローに俺はなる!  作者: ツカサショウゴ
和久井編『魔法少女』 第一章 White
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第48話 デッドエンド-3


しばしの間、みゅうたんはモアが住んでいるアポロンの家で面倒を見ることになった。

子供たちも喜んでいたし、それはいいのだが、こうしてよくお祈りの邪魔をしてくるのは困ったものだ。


『ここは居心地がいいけど、なんか気に入らないのよ』


「そんなこと言わないの。ほら、いきましょう。子供たちと遊びましょうね」


モアは軽快なステップで逃げ出そうとするみゅうたんを抱きかかえ、礼拝堂を出る。


『ちょっと勘弁してよ! クソガキと戯れるなんて拷問だわ!』


「あとでチュルチュルあげますから」


『あの美味しいヤツ!? じゃあ仕方ないわね……!』


玄関の前にやってきた時だった。モアの動きが止まった。

視線の先には友達と楽しそうに喋りながら歩いてくるミモがいた。


「まじヤバくない? あははは!」


そこでミモは、モアの姿に気づく。


「ただいまモア様ぁー!」


無邪気に手を振る姿を見て、モアは少し間をおいて手を振り返した。


「じゃあまた明日ねマチ! フミ!」


ミモは友達と別れると、ニヤニヤしながら家の中に入る。モアもすぐに続いた。


「ミモちゃん。ごはんは?」


モアは笑顔だった。


「やばッ! ごめんモア様! ファミレスで食べてきちった!」


モアは笑顔だった。


「ううん。いいの。明日も食べられるやつだから、気にしないで」


モアは笑顔だった。

笑顔だったが、彼女は戸惑っていた。

笑顔でミモと話すなかで、彼女はすぐにお祈りをしないといけないと思った。

でないと何かがおかしくなる。何かが変になる。何かを思い出してしまう。

だから今すぐにお祈りを――


「………」


孤独。一人で眠れない。

ぬくもり。匂い。ミモ――、ミモちゃん。

ミ――


(………)


それをとてもわかりやすく説明するとしたら、おそらく『嫉妬』である。

モアに友人はいない。お昼を一緒に食べる同僚のシスターはいるが、それは友達ではない。

子供たちは守り、愛する存在であり、それはやはり友人ではない。


モアに恋人はいない。

それは何とも思わない。モアはシスターだからだ。


しかし、ある。欲望。彼女にも。

なぜならば彼女は人間だからだ。

だから人を好きになることもあるし、それはなにも男性とは限らない。


『モアさまぁ。好きだよ。大好き!』


ミモはよくそんなことを口にした。本当だが、本当とは少し違う。

それを口にしたのは遅刻を見逃してあげた時だ。必死にお願いされるから見逃したら好きと言われた。

そうか、ミモちゃんは、わたしのことが好きなんだ。

モアはそんなことを久しぶりに言われたものだから。


嫌いや、怖いならたくさん言われてきた。

あの凄惨な事件はすぐに噂話が広がり、その生き残りであるモアもその内、おかしくなるのではないかと思われていたからだ。


事実、モアがアポロンの家に引き取られて三か月後、彼女をかわいがっていた職員の女性が死亡している。

デパートに出かけた先で、お腹がいたくなったとトイレに入って十分ほど、トイレから大笑いする声が聞こえてきた。

あまりにもそれが続くため、不思議に思ったモアがドアをノックしたが応答がない。

ただ笑い声が返ってくるだけだった。


やがて笑い声が消えたが、女性はトイレから出てこなかった。

不思議に思ったモアがデパートの職員に頼んで中の様子を確認してもらうと、女性が死んでいるのが見つかった。


モアはすぐに帰されたが、どうしてだか噂はすぐに耳に入った。

女性は胃から下にある臓器をすべて便器に詰まらせていた。

目立った外傷がないのを見るに、どうやら彼女は肛門から臓器を輩出したようだ。

まず間違いなくパラノイアの仕業であると判断されたが、狙われた理由はもしかしたらモアと仲が良かったからかもしれないと噂された。


魔法少女を狙うために、まずは周りを殺そうというのだ。

だからモアと一緒にいると死ぬ。そんな噂話が囁かれた。

モアは笑っていた。笑っていなければ、何かを保てないと思ったからだ。


だからミモに好きと言われた時、すごく温かくてフワフワしたものが胸に宿った。

ミモは気軽に口にする。好き。恩人。大好き。愛してる。神様。

でも悪い気はしない。むしろ、とても嬉しい。

そうか、ミモちゃんはわたしのことが大好きで、愛しているのか。困ったな。


気づいたらモアもミモを愛していた。好きになってしまった。

でも想いを口にしようとすると、喉が詰まる。言葉が出てこない。

代わりにあのおぞましい光景の数々。

苦しい言葉の数々がフラッシュバックする。


それにいいのか? それは許されるのか?

わたしにそんな言葉を浴びる資格はあるのか?

だからモアはすぐにお祈りをする。どうか、お願いですから、神様。


そして今、ミモが友達と仲良く歩いている姿を見て、モアは言いようのない敗北感を覚えた。

あんなに砕けた笑みを、わたしの前で浮かべてくれたことはあっただろうか?


答えは、『ない』。


どうしてだろう? それがどうしても知りたかった。

今、マチがミモをからかった。


「シスター様と一緒にいるのに、アンタは清楚のせの字もないね」


するとミモが楽しそうに笑いながら言う。


「ざけんな。マジでぶっとばすぞ!」


そんな言葉を頂戴したことはない。

軽口を叩ける関係のほうが、きっとミモにとっては居心地がいいのではないだろうか?


「………」


モアはどんな表情をしていいかわからなかった。だからとりあえず笑っておく。

それで今までやってきた。だから笑っておく。笑うのは簡単だ。唇の端に力を入れて吊り上げるようにすればいい。

そうしているとミモが友達を別れて家に入ってきた。


「マジでおいでぇ、みゅうたん。あたしに会いたかったろー?」


『うざっ! はなしてよ! うざざざっっ! ってかマジでおいでってなに?』


「はいはい。おーい! ちびたちー! ねこじゃらしで遊ぼー」


ミモがみゅうたんを抱いて奥へ進んでいく。

取り残されるようにモアは立ち尽くしていた。すると背後で声が聞こえる。


『こっちミュ』


振り返ると、玄関の扉の傍でみゅうたんとは別のネコが喋っていた。

そのネコにも翼が生えている。どうやら彼は『みゅうたん2号』というらしい。


『パラノイアが出たミュ』


大変だ。モアはミモを呼ぼうと思ったが、止められた。


『モアだけのほうがいいと思うミュ』


モアは玄関を出て、息をのんだ。

少し歩いたところに『それ』は転がっていた。

見えたのは腕だ。次に足。いろいろ赤くてよくわからないが、とにかくそこにはバラバラに切断されたマチとフミが転がっていた。


首を斬られたから、二人の頭が地面に落ちている。

さらに頭蓋骨ごと真っ二つにされており、断面からは脳が零れていた。

それを見た時、モアの脳裏にかつての父と母がよぎってしまい、思わず地面に膝をついた。


『おちつくミュ』


光が迸ると、あれだけ散らかっていた死体が消えた。

それだけではなく、地面を濡らしていた血も、染みさえ残さず消え去った。


『誰かに見られると、いろいろ大変だから、アブダクションレイで死体を転送させてもらったミュ』


「そ、そうですか……」


『気をしっかり持つミュ。モア、これは少し異質ミュ』


というのも、パラノイアの姿が消失したのだ。

みゅうたんの察知能力でも捉えられないとなると、そういう能力があるのか、あるいは新型の可能性もある。


『だからイゼに相談して対策を――』


みゅうたんは言葉を止めた。モアの様子がおかしい。

真っ青になってブルブル震えている。笑ってはいるものの、まるで張り付けたように強張った微笑みだった。


『モア?』


反応はなかった。モアはぎゅっと胸を押さえ、呼吸を荒くする。

ずっと、耳にパパの奇声が張り付いていた。

ミ――、と呟いて、止めた。

楽しそうに笑うミモの隣にいる女の子たちにモアはきっと嫉妬した。

だからつい、心のどこかで、本当に奥の奥の、その隅っこのほうで、ほんの少しだけ。

本当に小さな感情を抱いてしまった。



き・え・て・く・れ・な・い・か・な



そして今、実際、消えた。死んだ。バラバラにされて。

モアはすぐに走った。呼吸ができなくなったからだ。

彼女は礼拝堂に駆け込むと、崩れ落ち、そこで初めて息を吸えた。

這うようにしてステンドグラスへ向かう。

裏にライトが仕込んであるのか、朧に輝く天使や神に向かってモアは手を組んだ。


祈る。


嫉妬など、俗な人間が持つ感情だ。

そんなものを抱えていては月にはなれない。誰も照らすことはできない。


だからモアは祈った。

どうか、その醜い感情を消し去ってください。

でなければ人間になる。人間であってしまう。


するときっとまたあの悪夢のような目にあってしまう。

そしたら人間の心を持つ自分は、もう絶対に耐えることができない。

だからお願いです。どうか、どうか――


「私の心を、砕いてください。羨む心を消し去ってください」


前みたいに。不満を感じる心を消し去ってくれた時のように。

以前のように、悲しみを消し去ってくれた時のように。


「どうかッ、神よ……!」


ステンドグラスが光った。淡く、強く。神はモアに祝福を与えるべきだと嗤った。



翌日、和久井は学校の校門前で舞鶴を見つけた。

たまたま見かけたのではなく、どうやら舞鶴は和久井を待っていたようだ。


「おは、よう。この前の一番くじのお礼、ちゃんと、言えてなかった、から」


「お、おう。いやぁ、べつにいいんだけど」


「これ、お返し、あげる」


舞鶴は和久井に、折り紙の手裏剣を渡した。


「なんだこれ?」


「気を、付け、て。ただの折り紙じゃない。私の、魔法、で、作った」


攻撃したいと願い、投げれば、紙が切れ味を増すらしい。


「これで、パラノイアに襲われても、なんとかなる」


「おお、サンキュー。投げればいいんだな?」


「取り扱い、には、注意。外したら死亡」



舞鶴は踵を返すと、トテトテと駆けていく。

照れているのだろうか、和久井は嬉しくなって後を追いかけた。

だが何かが変だった。靴を履いて廊下に出ると、舞鶴はいつもの道とは逆を行く。


「おいおい、舞鶴? どうしたんだ? どこ行くんだよ」


「前のクラス。一緒に来るなら、ついてきて」


「え? どうしてだよ? なんか用事でもあるのか?」


それは――、激しい自己嫌悪。苛まれる負の感情。

あの子はもう笑えないのに、私が笑うというの? それも偽りの笑顔で。


舞鶴はマイナスを抱きながら扉を開けて前に進む。

ジロリと汚い視線が身を貫いた。空気が重くなったのは、誰も彼女を歓迎してないからだ。

舞鶴は無表情でズカズカと前に進み、談笑している男女グループの前に立った。


「あ? あー……」


男女グループが静かになった。舞鶴に気づいたからだ。

なにか用でも? ゴミ美にそう聞かれると、舞鶴は言葉ではなく、唾を吐いた。


「は!? きったな! 嘘でしょ! マジ最悪!」


舞鶴は机の上にあった紙パックの紅茶を奪い取ると、それを近くに座っていたウン子の頭にぶちまける。

悲鳴があがり教室がザワつきはじめる。

するとゲロ男が舞鶴の腕を掴んだ。


「おい、お前マジで何やってんの?」


みんな、引いているのがわかった。カス男だけはケラケラ笑っていた。


「死ね」


「は……?」


「死ね、死ね……! 死ね、死ねって」


「ちょっ、なに?」


「パラノイアが来ても、お前とお前の親は助けない。ううん、むしろパラノイアがお前の家に行くように仕向けてやる!」


表情が変わった。

それはそうだ。今まであえて触れてこなかったところだった。

ずっと見下してきた舞鶴が魔法少女になったから、みんな舞鶴のご機嫌を取るしかなかった。


何もしない。関わらない。

そうしなければ、ずっと舞鶴をいじめてきた手前、立場が危うい。

それを舞鶴もわかっていた。だから何も言わなかった。

でも今、そこにハッキリと踏み込んでいく。


「お前ら全員ゴミ! 当事者も! 見て見ぬふりをしていたものも同罪ーッ!!」


みんな固まった。

今まで聞いたことのない大声だった。

舞鶴は誰かの机の上にあったお菓子のポテリコを払い落とす。


「奈々実が死んだのに、よくこんなもん食べれるな! 死ね!」


舞鶴は吠えた。

名前も忘れたクラスメイトが漫画を持っていたので、奪ってビリビリに破いた。

誰かがネイルの話をしていたので、ソイツの爪を剥がした。

痛みに叫ぶ声で、クラスメイトたちの表情が変わった。

カス男はまだ笑っていた。

舞鶴はいつの間にかカス男の前に来た。彼は携帯で彼女とやりとりをしていた。


「そのブス女、パラノイアに殺させるから。覚悟しとけよカス」


カス男は笑みを消すと舞鶴を殴った。


「さっきからうざいな、お前」


舞鶴は壁に叩きつけられ、しりもちをつく。

しかし誰もその行為を咎めない。

むしろよくやってくれたという空気が流れていた。


「いい加減にしろよお前! さっきからワケわかんねぇんだよ!」


ゲロ男が前に出て、舞鶴を指さす。

確かゲロ男には癌で闘病中の母親がいたとか。


「お前みたいなゲロを生んだ母親はさっさと死んだほうがいい」


ゲロ男の表情が歪んだ。いろいろなものが浮かび、その結果、彼は舞鶴の腹を蹴った。


「かは――ッ! くはっ!」


舞鶴は思わず笑ってしまった。

あまりにも腹が立つので脳がおかしくなってしまったのだろう。

だってゲロ男が怒った理由があまりにも矛盾している。

奈々実を死に追いやった奴が死をネタにしたらキレるなんて矛盾してる。


「死に顔、写メで送ってよ」


舞鶴はヘラヘラ笑いながら携帯電話を取り出した。そこでまた腹を蹴られた。

舞鶴は笑いながらフォトの部分をタップし、自撮り写真をみんなに見せる。


するとウン子が奇声をあげた。

写真の中の舞鶴が持っていたのはウサギの死体だった。

飼ってる『ピョコ』が両耳を引きちぎられ、腹を切られて死んでいる写真だった。


「次はこんなブサイクより、もっと可愛いの飼いな!」


ウン子がボロボロ涙を流しながら舞鶴を叩いた。

でも舞鶴は笑った。


「飼ってたウサギ殺されたくらいでなんなん? なんなーんーッ! こっちは親友いかれてもうてます!」


舞鶴はゲラゲラ笑いながらクラスメイトたちを指さしていく。


「お前らも! 同じくらいッ! 苦しめよッッ!!」


その叫びは無視された。舞鶴を囲む男たち、殴る蹴るがはじまった。


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