第44話 チュータ!-3
「………」
モアはぐっすり眠っている。ミモはモアの頬に触れそうになって、やめた。
もしも今、モアにキスをしたら彼女はどう思うだろう? どんな反応をするだろう。
怒るだろうか?
それとも、いつものようにヘラヘラ楽しくもないのに笑って曖昧な態度をとるんだろうか?
胸を触りながら舌でも入れたら赤くなってくれるのだろうか?
何かが変わるのだろうか?
そして何かが終わってしまうのだろうか?
ミモは体を丸めて苦しげな表情を浮かべる。
『アタシ、ガチで女の子が好きかもしれない……』
などと深刻な顔で言っていた友達のシホは、二週間前に大学生のイケメンと付き合って今が人生で一番幸せだとSNSで教えてくれた。お腹には赤ちゃんがいるらしい。
なるほど確かに正直、今、一押しのアイドルグループ、ヴィジョンのアイトくんに告白されたらきっと自分は……?
そういえば初恋は隣の家に住んでいたお兄ちゃんだったっけ。
「………」
それでもミモは一瞬だけ、モアとキスをする妄想をして真っ赤になった。
彼女の唇はとっても柔らかくて、ちょんと触れただけで、モアも真っ赤になって強張っていた。
その可愛らしい姿を妄想して全身が熱くなった。
「……モア様」
初めて見た時、救われるならこの人がいいと思った。
自分と同じ魔法少女であると知った時は、飛び上がるほど嬉しかった。それは今も変わってない。
綺麗な髪も、瞳も、声も、顔も、全部が好きだった。
優しい彼女が抱える自分だけしか知らない闇が少しだけ嬉しかった。
「やっぱり、あたしは、貴女が――」
これはまだ自分だけのものだ。
自分だけが知っていればいい気持ちだ。
ミモは夢でモアに会えたらいいのにと思いながら目を閉じた。
◆
朝。和久井は緊張していた。
トゲトゲの化け物に、魔法少女に変身したクラスメイト、あの混乱の後、和久井は舞鶴と一緒に帰った。
途中、どれだけ詳細を問うても舞鶴は何も教えてくれなかった。
『明日、話す』
その一点張りである。
だから和久井は普通に家に帰って、普通にごはんを食べて、普通にシャワーを浴びて寝た。
アレはなんだったのか? いろいろ考えて眠れないかと思ったが、これがどうしてスヤスヤだった。
そして和久井は校門で舞鶴を見かけた。
「よ、よお」
「ん」
和久井は舞鶴についていくように靴を下駄箱へしまう。
舞鶴の言葉を待つが、彼女は何も喋らない。廊下に出ると、楽しそうに話している集団がいた。
見るからに青春を謳歌してそうな男女である。横に広がって歩いているから、追い抜けない。
「邪魔」
楽しそうにしている生徒たちが舞鶴のほうを見た。
和久井はギョッとした。確かに邪魔は邪魔だが、そんなハッキリ言うなんてどうかしてる。
現に明らかに空気が悪くなった。
男女のグループはジットリとした視線を舞鶴に向けるが――、舞鶴はフフンと笑った。
「なに? 文句、ある?」
「……いやっ」
「じゃあ、じゃあ、どいて」
生徒たちが道を開ける。
舞鶴はそこを歩いて行った。和久井も急いで追跡して、隣に並ぶ。
「お、おい」
「私、あいつら、に、いじめられてた」
「え? ぁあ、そうなの?」
「あれ、私が、魔法少女だってわかったら掌をクルクル。まじ、うざぃ。死ねって」
「つか、もしかしてみんな知ってる感じ?」
考えてみればそれなりに派手な戦いではあった。
誰かに見られていてもおかしくはない。そんなことが何度も繰り返されたのなら、隠しておくのは不可能だ。
「うん。この島は、パラノイアの処刑場でもあるから」
「パラノイア? あ、ああ。昨日の化け物か」
「アブダクションレイっていうのを、みゅうたんが出せる。それで、世界中に出現したパラノイアを、この島に転送できるの」
それを集められた魔法少女が駆除する。簡単だ。
そしてもちろん危険だ。だからこそ、この島での仕事は報酬もいい。
「んおっ!」
教室に入った和久井は、美しい金髪に目を奪われた。
安槌イゼは先に教室に来ていたミモとの会話を切り上げると、和久井たちのほうへ歩いてくる。
「やあ舞鶴、これから少し学校を抜け出さぬか?」
「……な、ぜ?」
「少し話がしたいだけだとも。魔法少女同士でな」
ミモを見ると手を振った。行く、というジェスチャーのようだ。
「べつに、いい。けど、ひとつだけ。和久井も、つれて、く」
「え? オレ!? なんで?」
「説明するって言ったけど、まだ、してない、し……」
「うむ。かまわぬさ。転校生だったな。事情を知らぬのも当然だ。いずれ説明されるなら、今したほうがいい」
「そりゃあ、教えてくれるってんなら、ご一緒したいけども……」
「では決まりだ。早速、行こうではないか。大丈夫、学園長には話をつけてあるからな」
こうして和久井たちは喫茶店に移動する。
8人座れる一番大きなテーブルにしてもらい、右から和久井、舞鶴、ミモ、モアが座り、モアの向かい側にイゼが座った。
しばらくしてカランカランと音がして、アイたちが姿を見せる。
「おお、よく来てくれた。こっちだ!」
アイは挨拶を返すわけでもなく、和久井の前にどっかりと座り込んだ。
(う……! 目つきの悪い女だな)
それになんだ。アイの被っている大きな魔女帽子は目立つ。
恰好が現代的な制服なだけに、余計にそれが浮いているような気がした。
「ジロジロ見てんじゃねーよ。カス」
「す、すんませんっ!」
和久井はすぐに目を逸らした。
昨日ので察してはいたが、魔法少女も一枚岩ではないらしい。アイたちを見るやいなや、舞鶴たちの表情も険しくなる。
「顔が怖いねェ。つか、そもそもなんで魔法少女じゃない野郎がいるんだよ」
「彼は舞鶴の友人らしくてな。最近この島に来たんだ」
そこでイゼは今までのことを説明してくれた。
イゼの祖母が最初の魔法少女であり、多くの命を救った。
「しかしどうやら魔法とは奇跡を意図的に起こすものらしく、意図的に起こす奇跡は奇跡ではないと世界は認識するらしいのだ」
「や、ややこしいな」
「うむ。つまり、戦争で死ぬ筈だった人間や、他でもない我ら魔法少女自身を魔法が救ってしまったため、魔法を認めない世界そのものが本来死ぬぶんの命を奪いにパラノイアを生み出したのである」
生き延びた命を狙う殺し屋のようなものだという。
パラノイアには兵器も通用するとはいえ、強力な個体ともなると魔法少女でなければ対抗できない。
だがそのために仲間を増やすと、それがまたパラノイアを生み出す原因になる。
「終わらない戦いってことかよ!」
「だが私たちさえ有能ならば、犠牲者を限りなくゼロに抑えることができるのだ」
みゅうたんが放つ移動光線、アブダクションレイにより、世界のどこにパラノイアが現れても島に転送することができる。
だから魔法少女が島の外で誕生した場合であっても、その女の子はここにやってくるのだ。
魔法少女の数はみゅうたんが把握できるため、現在はここにいる魔法少女で全てらしい。
「でもあんな化け物、聞いたことがなかったぜ!?」
「情報の規制されていてな。みゅうたん自身も知らぬ情報があってパラノイアが生まれた可能性や、パラノイアを操っているものがいないとも限らんだろう? 必死に調査を進めているが、いたずらな情報で民を混乱させたくないのだ」
それにパラノイアはある日、急に地球のどこかに出現する。それが室内であってもだ。
だから注意や対策などできるわけもない。
シェルターに籠っていてもいきりなり現れる化け物がいると知れば、みんな怖がる。
だから世界は、それを隠すことにしたのだ。
「この島を出る時は、魔法で記憶を消させてもらう」
「げ! まじかよ!」
「許せ。それが幸せに繋がるのだ。ただし犠牲自体は報道もされている。アイオン災害と名付けられているのだが、それは和久井も聞いたことはあるだろう」
「たしかにネットのニュースじゃ見たことがある。アイオンが原因の爆発事故などって書いてあったから、まさか化け物に殺されたなんて思いもしなかったけど……」
そこでマスターが水を持ってきた。アイが手を挙げる。
「コーヒー八つくれ」
「はいはい。えーっと……、八つでいいのね?」
「ああ。砂糖とかミルクはこっちで適当に入れるから、そっこーで持ってきてくれよォ」
マスターが戻っていく。
そこで和久井が気づいた。水がこない。アイや市江がニヤニヤ笑ってる。
「テメェの水はもらった」
「です!」「だぞ!」
「なんでだよ! よこせよ!」
まあまあと、モアが自分の水を和久井にあげた。それを見てイゼがため息をつく。
「やれやれ。しかしちょうどいい。ミモたちは知り合いのようだが、私たちのことは知らぬだろう。自己紹介といこうではないか」
するとイゼよりも先にアイが口を開いた。
「アタシは室町アイ。使い魔はチュパカブラ。能力は教えてやんねー」
魔女帽子が特徴的な銀髪のアイ。
「桃山苺だぞ。ユーマはカーバンクル! あちあちだぞ!」「桃山市江です! ユーマはイエティ! ひえひえですっ!」
赤い髪の苺、青い髪の市江、双子だった。
「改めて、私は安槌イゼ。ユーマはモスマンだ」
ユーマというのは魔法少女に力を与える存在であり、見た目は未確認生命体を模したロボットのようだ。
これが変身時にドレスのようなバトルスーツを生み出して、場合によっては自らも魔法少女の一部となるのだ。
「みゅうたん曰く、ユーマは魔法少女の想いによって決定するらしい。モスマンというのは大きな羽があったのに、それを羽ばたかせずに飛行していたようだ。私は祖母から受け継いだのだが、祖母は何があっても決して動じない凛とした心が欲しかった。その想いが、不動で飛行するモスマンとリンクしたのだろう」
「なる……、ほど?」
はて、少し雑なこじつけのようにも感じるが、まあ本人が納得しているのならいい。
「しかし魔法少女というのは、見ての通り、我の強い連中でな。昨日は見苦しいところを見せた」
イゼとしては、みんなで仲良く一つのチームとなってパラノイアを迎え撃ちたいのだが、実際は派閥のようなものができてしまっているのが現状である。
その理由はやはり魔法少女の特権、死者を蘇生させることができるという部分であろう。
パラノイアが死んだ際に排出するソウルエーテルは、分け合うことのできない物質であり、誰が獲得するかで話し合わなければならない。
「はじめは順番に、というルールだったが、それをアイは良しとしなかった」
アイは鼻を鳴らす。
「アタシは言ってるじゃねぇか。全部譲ってくれりゃあ、それでいいんだって。仲良くしてやるし、蘇らせた後は全面的に協力してやるって何度も言ってんのによォ」
アイは舞鶴を睨んだ。イゼがその意味を教えてくれる。
「……実は、皆が蘇生システムを使おうとしているわけではないのだ」
それは蘇らせることができるのが一人につき一人だけだというルールが原因だった。
人の記憶を媒体にするため、たとえばミモが自分の父を蘇らせた上で、舞鶴に頼んでミモの母を蘇らせる――、ということはできないらしい。
舞鶴にはミモの母との思い出がないからだ。
それでは肉体を構成するのに必要な情報が足りず、蘇生できないらしい。
みゅうたんもその点についてはまだわかっていないことが多いらしく、蘇らせた後も定期的にソウルエーテルを与えなければならない可能性などがあると言っていた。
そういう部分が関係性を拗らせているのだ。
「私には今すぐにでも蘇らせたい人がいるッ!」
舞鶴にしては珍しくハッキリと言い放つものだから、和久井はびっくりした。
彼女が誰を蘇生させたいのかは知らないが、少し嫉妬してしまった。
「まあ、とにかく、そういう事情があるものだから各々の考えがあるということだな」
ミモは両親や弟を一人だけ蘇らせるくらいならば死を受け入れるという考えで、モアはどんな事情があれ死という運命に干渉するべきではないという考えを持っていた。
桃山姉妹は、そもそも蘇生させたい相手がいないらしい。
「かくいう私も、妹を蘇らせたいのだが……」
イゼにも迷いがあるらしい。モアのように倫理的な考えが原因だ。
そうすることが本当に正しいのか? いまひとつ答えが見えない。
だが舞鶴とアイは違う。一刻も早く、という想いがぶつかり合っている。
「当然だよなァ? メーター的なモンがねぇんだから、どれだけユーマにソウルエーテルを喰わせればいいのかサッパリわからねぇんだし」
みゅうたんに聞いたところ、蘇生させられる段階になってはじめてわかるらしい。
「……あと、もし、後でなんらかのトラブルが、あって、蘇生できなくなるようなことが、あったら、責任とれる? とれないでしょ?」
舞鶴が興奮ぎみに言った。
結局、舞鶴派とアイ派にそれとなくわかれてしまった訳だ。
「こんなでっかい帽子被ってるわりには、器はマジで小さいんですなぁ~」
ミモがヘラヘラしながらアイの帽子に触れようとすると、その手を思いきり弾かれた。
「コイツに触んじゃねぇ! ブッ殺すぞクソガキ!!」
「は? なに? いきなりキレて。マジでダサくね?」
「――に、貰ったんだよ。汚れたら最悪だろぅがァ」
声が小さくなった。
誰に貰ったのかは聞き取れなかったが、おそらくそれがアイの蘇生させたい人間なのだろう。