第38話 魔女の夢-1
今回から二部がはじまりますが、一部とはテイストが違うというか。
注意点としてガールズラブ要素と、激しめの暴力的な描写。
性的な表現や単語が増えますので、苦手な方は申し訳ありません。
結構長めではありますが、お付き合いいただければなと思っております。
今日、柴山が自殺した。いいヤツだった。
らしい。知らんけど。
まあ、いろいろある。和久井だってそれは理解しているつもりだった。
たとえニュースが続きを教えてくれなくとも。
「もったいないなとは思うけど、ガチで」
せっかく世界滅亡の危機から生き延びたっていうのに、なにをやってんだか。
ただ、そこで思い出した。そういえば覚えてないんだっけ。
聞いたところによると本物になれなかったから、本物の世界に影響を及ぼすことはできなかったらしい。
だから空に浮かんだ魔法陣は少し時間が経てば夢になった。
みんなが視た夢に。
覚えているのは関わった者や、仕組みを理解している者だけだ。
「よくわかんねーな。本物じゃないヤツなんて、それなりにいると思うんだけど……」
布団の中で呟いてみるが、返事はない。
そういえば今日は鮮明に夢を覚えてる。大人気狩猟ゲーム、モンスターバスターのディスクを入れた携帯ゲーム機『ESE』を持った子供たちがはしゃいでいる夢だ。
ご存じ、父親のパソコンでエロサイトを見ているのがバレてガチギレされた大剣使いのムードメーカー、こうじ。
ペットフードをおやつにしていた悲しきモンスター、ガンアックス使いの、ふみまさ。
保健体育の教科書でオナニーしていた神童、クロスボウの申し子、てつや。
そして最後はマッドエンターテイナーを自称し、学校にロリロリなヒロインがエッチな目にあうラノベを持参したがゆえに女子から三年間シカトされ続けることになる双剣使いの、和久井。
これがあの時の黄金メンバーだった。
『モンバスはガキのゲームと馬鹿にされるが、アイツらはなんも理解してないんだな!』
『だよな。ああいうやつらは背伸びがしたくて人気のある作品を貶したいだけなんだよ』
『イケメン俳優の周防さんもハマってるって言ってたしな!』
『だから中二になっても、中三になっても、卒業しても、高校行っても社会人になっても、結婚しても、ジジイになっても、おれたちは一緒にモンスターを狩り続けようぜ!』
『あたぼうよ! ったく……、いちいち言わせんなッつうの。ッカッ!』
少年たちは拳を突き合わせ、ニヤリと笑う。
「「「「っしゃあ! 我ら超絶戦士の絆! 永久に果てしなく狩・人・一・筋!!」」」」
現 在 誰 と も 連 絡 つ か ね ぇ ! !
あいつらがどうなったのか、何も知らんし、知りたくもない。
思えばなんかウザったいヤツばっかだった。ああいうのと付き合っていたらきっと頭が悪くなるに違いない。
こうじは己が黒ギャル派なのか白ギャル派なのか自分でもわからなくなったことがあまりに悔しくて高校に行かず自分探しの旅に出たらしい。
死んだほうがいいと思う。
ふみまさは貧乏のくせに目もくらむような進学校に行きやがった。
貧乏のくせに。
てつやに関しては苗字も覚えていないし顔もあやふやだ。
いや、ちょっと待て。思い出した! てつやの一家は両親祖父母姉貴まとめて全員転売厨だった!
最悪だ! やっぱり縁を切っておいて正解だった!
カードを五倍の値段で売るな! 死ね!
――それにしても、寒いから起きるのがダルくて仕方ない。
つけたテレビから流れるニュースでは予想される積雪量がどうたらこうたら。
◆
もうすぐ冬が来る。
寒いのはなんだかゲンナリしてくる。
こう気が滅入っては線路にダイブしたくなる若者の気持ちもよくわかるというものだ。
もしかしたら彼らはもう少し暖かかったら死なずに済んだのではないだろうか?
和久井はそんなことを考えながら校門の前にやってきた。
一旦、踵を返して振り返る。
風が前髪を揺らした。
とびきり冷たい風だった。
「しかし、改めて見てもすげぇな……」
それは、この島のどこから見ても確認できる。
大樹・ユグドラス。スカイツリーよりもはるかに大きな木が、この『海上都島フィーネ』のシンボルだった。
天上学院は、ずいぶん綺麗な校舎だ。
有名な建築家に頼んだらしく、食堂はテレビで見た東京のおしゃれカフェにそっくりだったし、なんだか全体的に意識が高い会社のオフィスみたいで、和久井のような陰気で陰湿で後ろ向きで屈折している人間、通称・陰キャは立っているだけで蒸発して死にそうな空間だった。
「まるで刑務所だな」
突き当りを右に曲がったところに『特別クラス』はあった。
特別といえば聞こえはいいが、不登校だったり成績が著しく悪かったりするヤツらの矯正施設。
つまるところ底辺が集まる肥溜めである。
和久井は前の学校で長らく不登校だったため、ここに行くしか他はない。
屈辱的ではあるが、むしろいきなり普通のクラスに入れられるほうがキツい。
既に出来上がったグループに混ざろうとするだけのコミュニケーション能力は存在していないのだから。
それに底辺同士でつるむのはそれはそれで気分が温かくなって好きだった。
「よお」
「ん」
和久井はクラスメイトの、安平舞鶴の隣に座った。
彼女は挨拶こそ返せど、携帯電話から目を離さない。アニメを見ていた。
「それクソアニメだろ。なんで見てんだよ。脳が腐るからやめな?」
「叩く、ために、見てる。ヒロインの声優がマジで、嫌い。演技下手なくせに、ゴリ押しされて。きっと、Pと枕。やばすぎ、て、草」
(あぁいい……! 底辺だ。この人としてレベルの低い感じが話していて落ち着くぜ)
見た目もいい。まったく整える気のない太い眉毛と、ボッサボサの焦げ茶色の髪、目に異物を入れるのは怖いからとコンタクトを拒んだ結果の赤ぶちメガネ。
まだある。カサカサの肌や唇。同情を誘うための中途半端なリストカット。
鞄につけたメンヘラが好きそうなかわいいピンクの牛さんのキャラクター。
明らかに喋り慣れてないのがわかる、ぎこちない話し方。
いい。実にいい。
女でも緊張しない。下に見れる。気を遣わなくていい。
だから和久井は舞鶴のことが好きだった。
恋をしていた。たぶん、わりと、本気だった。
知らんけど。
「昨日めちゃくちゃキモいスパチャしてるヤツがいてさ。晒しておいたわ」
「知ってる、かも。あの、あれ、まとめサイトで、あった。すべてを諦めた俺に好きという感情を教えてくれたキミへ。とか、いう、アレ、でしょ?」
「そうそう! ヤベェよなあれ。おもろいけどキモすぎて草だったわ」
「狙ってる感もある、けど、あんなの実際いたら脳に虫でも湧いてんじゃね? ふへっ」
とりあえず誰かを馬鹿にして笑うのがモーニングルーティーンだった。
特別クラスは和久井と舞鶴の二人だけだ。悪くない。
舞鶴とダラダラ勉強して、舞鶴とダラダラ休憩して、舞鶴とダラダラ飯食って、舞鶴とダラダラ帰る。
放課後や家で遊んだことは一度もないが、そのうち誘ってみるさ。
そうしていつしかダラダラ付き合って、適当にセックスできれば和久井的にはそれでオールオッケーだった。
「ッしぁー! マジでよかったぁ! あたしだけじゃないッ!」
いきなり声がして振り返ると、黄色い髪の少女が見えた。
制服を着崩しており、教室に入るやいなや和久井の隣にカバンを投げてくる。
こういう人種はあまり得意ではないのだが、そうとも知らず少女は和久井の隣にどっかり座りこんだ。
「マジでおはよ!」
「……ヵッッ」
「ねえ待って。無視? マジ傷つくんですけどー」
「んはッ? い、いや! そうじゃなくてッ! オレに言ってんのか?」
「二人に言ってるに決まってんじゃん。え? 挨拶とかしたことない人? ガチ?」
「……や、あのさ、このクラス、オレら二人だけだったんだよ。いきなり来たからビビったわけ」
「あー、はいはいそっか、じゃあ自己紹介してあげる」
少女は立ち上がると、クルリと回る。短いスカートだった。
一応、念のため。パンツが見えないか目は凝らした。
「あたし、飛鳥ミモ! 友達からはミモっちって呼ばれてんの! うぃー!」
それはミモっちと呼べという意味なのだろうか? 和久井は頭を抱える。
「……オレは和久井」
「下の名前は?」
「……閏真」
「ブフッ! あ、ごめん。意外とカッコよくて」
(だるいだるいだるいだるいだるい!!!!!! だから下の名前をいうのは嫌だったんだ!)
「閏真って呼ぶのマジでなんか違うから和久井って呼ぶね」
「ヘラヘラしながら言ってんじゃねぇ! くそ!」
「んははッ、キレんなって。とにかくマジでよろしく! あたし最近体を動かすことが多いから居眠りが酷くてヤバイくらい成績落ちちゃって。和久井はなんでココにいるの?」
「……オレ、転校してきたんだよ。親がこっちで働くから」
「そっか、それで来る人もいるもんねー。舞鶴はなんでだっけ?」
「私、いじめられてた、から、しばらく、不登校……」
「え? マジでかわいそう。飴ちゃんあげるね」
そう言ってミモはカバンからロリポップを二本取り出すと一本を舞鶴に放り投げて、もう一本は自分が咥える。
悪い人間ではないようだが、いかんせん和久井の嫌いなタイプだ。そうなると舞鶴も嫌いということになる。
もらったロリポップをあとで捨てている光景がすぐに思い浮かんだ。
そもそも思い返してみれば初対面の人間にマジでおはようってどういうことなんだ。
マジでおはようってなんなんだ。おはようにマジもマジじゃないもあるのか。
考えるだけでアホすぎてイライラしてきた。
和久井は歯を食いしばる。
そうしているとチャイムが鳴った。
「おはようございます。みんな、集まってるかな?」
扉が開いた。入ってきたのは、担任ではなくシスターだった。
この学校は、ありとあらゆる宗派の人間が通っているため、学校にも常駐しているのは知っていたが、このクラスにやってきたのは初めてだ。
するとミモがおおはしゃぎで手を振っている。
どうやら彼女がお願いして担任を変えてもらったらしい。
そんなことができるのかとは思ったが、本当らしい。シスターもにこにこしながらミモに手を振り返していた。
「はじめまして。わたしはモア・エドウィンと申します。今日からこのクラスの担任を任されました! えっへん!」
悪くない。この特別クラスはすべての教科を一人の教師が担当する。
おっさん教師よか、胸の大きなかわいいシスターのほうがはるかに捗るというものだ。
それにやたらニコニコしてるのもいい。一見すればアホそうだが、舞鶴の卑屈な笑顔ばかり見てきて頭が腐りそうだったところに柔らかな笑顔は非常に染みる。
「今日はですね、転校生の和久井くんにこの島の歴史を改めて知ってほしくて。そのための授業をしますね」
モアは黒板に綺麗な字で、スラスラと島の歴史を綴り始めた。
「すべての始まりは、アイオンが発見されたことでした」
――えー、ごほんっ!
発見されたのはアメリカのアリゾナ州、砂漠地帯であるとされています。
当初アメリカ政府は、正体不明の物質を見つけたことを極秘にしていたようですが、どうしてだかドイツの新聞社がその事実をリークしたんです。
「――ここで我々のような一般人も知ることになりました。ねー? ニャーちゃん!」
『ふむふむ! びっくりだなぁ!』
わかりやすいようにするためモアなりの工夫なのだろうか?
腕にかぶせるネコのぬいぐるみ、ハンドパペットを使い始めた。
腹話術のように進行したいみたいだが、にゃーちゃんのセリフの時、思いっきり口が開いている。
そもそも、そういうやり方は子供にするものだ。
マヌケで痛々しいと思ったが、わかりやすいようにしてくれている優しさは感じて悪い気はしない。
だというのに舞鶴はこのタイミングで眠り始めた。
そりゃまあ和久井のための授業なのだから付き合う必要はないのだろうが、それにしたって人間のレベルが低い。
そうしているとモアは、ネコの手をブンブン動かしながら話を続ける。
『バレちゃったから、アイオンの調査はいろいろな国の立ち合いで進められたんだよねぇー。でもそうしたらすごいことがわかってきたんだぁ。それはね、アイオンはエネルギーとしては非常に優秀なんだって。びっくりだ! ……ニャン!』
未知なる資源を把握した時、ついに永久機関が手に入るかもしれないと科学者は歓喜した。
それは発電の点ではもちろん、医学の点で見てもだ。
というのもアイオンは癌に効果があるらしい。
体内に入れることで他にも様々な病気に効果があると結論が出た。
いや、それだけではなく、真逆の面でももっと大きな運用方法が可能だった。単刀直入に言えば『兵器』としてである。
「わたしたちのような人間が詳しい情報を知る術はありませんが、多くの国がアイオンを知れば知るほど、手に入れたいという欲求に駆られました」
その結果、ある日、人は空に殺意を見た。
「世界各地に落ちたミサイル、通称・ヒブタが、溝を決定的なものにしました」
どこの国が発射したのかは未だにわかっていないらしいが、確実に誰かが数万人の命を奪った引き金をひいたのだ。
少なくともその時、その瞬間、武器を持つ理由としては十分だった。
「第三次世界大戦は、数えきれない憎しみと悲しみを生み出しました」
不真面目な和久井とて、あの大量の名前が刻まれた慰霊碑はすぐに思い浮かぶ。
「そのさなか、奇跡が起こりました」
モアはシスターらしく、祈りを捧げるようなポーズを取った。
「アイオンは魔法のような物質ではなく、本物の魔法だったんですね」
――アイオンは、人間の常識をはるかに超えたパワーを持っていました。
だからこそ、それは世界を終焉に導く恐怖そのものになったし、逆に言えば全ての戦いを止めるだけの力にもなりえたのです。
アイオンの研究者である安槌様が、その力を纏い、全てを終わらせました。
『我が名は安槌! 魔法少女なり!!』
詳細は『戦時情報凍結法』により伏せられていますが、高らかにそう宣言したという記録は残っています。
聞いたところによれば各国の武器を次々に破壊し、哀しみにくれる人々に救いの手を差し伸べ、平和を願う言葉で各国の説得に応じたと聞いています。
いずれにせよ彼女の活躍で戦いは終わり、世界には平和が齎されました。
冷静さを取り戻した各国は自らの過ちに気づき、アイオンを世界共通の財産にすることを誓い合いました。
それだけなく、二度と愚かな争いが起きないように、いくつかの決まりを設けたとされています。
「それはですね……」
モアは続きを黒板に書いていくが、腕につけたハンドパペットの存在はすっかり忘却の彼方であった。左手のネコちゃんはだらしなく項垂れている。
「まずはアイオンの力で世界中の言語を統一すること。安槌様の尊敬していたお祖母様の生まれ故郷である日本の言葉が元になったと言われています」
モアは話を続ける。
「さらに世界中の人々が住む小さな国、つまりこの海上都島フィーネをお創りになられました。島中央にある大樹ユグドラスの葉からは今もアイオンが溢れ、この島中に供給されて電力などのエネルギーを担っています」
この島では日夜アイオン研究が行われており、その関係者や、彼らを支援する飲食店の従業員。そして各々の家族が定期的に移住してくるのだ。
「………」
しかしなんだ。
シスターモアは優しそうで真面目で印象はいいが、いかんせん話が長い。
だから和久井は申し訳ないと思いつつ、そこで眠りに落ちた。
「ということで、この辺で授業を終わりにしたいと思います!」
モアは深くお辞儀をした。和久井はいち早く立ち上がると、深くお礼を返す。
「とてもわかりやすくて素晴らしい授業でした。ありがとうございますシスター」
「わあ! 本当に? うれしいなぁ」
寝てたから聞いてない。どうか許してほしい。
そしてそんな適当な言葉を咎めるものは一人もいなかった。
舞鶴も、ミモも。
その理由は察してほしい。
三人とも授業が始まる前より頭がスッキリしている。