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第22話 キミは何を誇るのか


正彦は必死に何かを描いていた。


俺は勉強もできないし運動もできないけど絵は上手いんだ。

大丈夫、漫画家は立派な職業だ。きっと父さんも母さんもわかってくれる。


兄さんもまた褒めてくれる。

俺の絵を褒めてくれた昔みたいにきっと――!

ようし、頑張るぞ! 頑張って俺は――……。


「なんだこれは。こんな記憶はないッ! こんなものを見た覚えはない!」


月神が我に返ると、周りから無数の光悟が迫っていた。

月神は鞘から刀を引き抜くと超高速の回転斬りを行う。

一瞬で光悟たちの上半身と下半身が分離するが、全て分身だった。


本体は真上、空中から降ってくる。

月神は吠え、左手に持っていた鞘を投げた。

液状化しているから鞘は肉体を通り抜けた。

地面に着地した光悟は月神と睨み合う。


「いつまで命から逃げてるッ! 見ただろ、パピは死を望んでない! 心から!」


月神は黙れと言おうとしたが息が詰まる。言葉も詰まる。声が出ない。


『そうだろ柴丸! 月神じゃない! 他の誰でもない! 俺はお前に聞いている!!』


光悟からティクスの声が聞こえた。

ドクンと胸が強く脈打ち、月神は刀を落とした。


一戦目で光悟が川に落ちた際、和久井は彼の無事を信じて家を出た。

向かったのは近所の漫画喫茶だ。そこで『月牙の刃』全四十二巻をできるだけ脳にぶち込んだ。

途中で最終巻だけ見てしまったがだからこそ柴丸がいい奴だとわかった。


【マリオンハートの話を聞くに、お前はどう足掻いても月神には勝てない。だから柴丸を説得しろ。大丈夫、ヤツには届く。オレにはわかる。わかるんだ。心にゃ詳しくねーが、やりたくないことをやってる時の気分は最悪なんだぜ。だから必ず届く】


そもそも大切なものを守るために戦ってる主人公はどこか似通った部分があるものだ。

だからこそ『主人公』になれたのだと和久井は少し自虐ぎみに言った。


「――らしいぞ」


光悟が呟いた。

なら主人公になろうぜ、月神、柴丸。ヴァジル。

なあみんな。


『拙者はあくまでも玩具ッ! 柴丸であって柴丸ではない!』


月神の中にいる柴丸が叫ぶ。月神は刀を拾い上げるが体が石のように重い。


『確かに! だとしてもッ、俺たちの中には決して消せない歴史がある!』


長い連載の中で貫いた優しさが体の中に入ってる。だったら気づいている筈だ。

光悟とティクスは同じ方向を向いているが月神たちは違う。

柴丸がパピを殺したくないと思っているからこそ"一心同体"が崩れ、動きが鈍っているのだと。


『たった一人! 助けを求めて泣いている少女に手を差し伸べられないでッ! 他に何を誇る!!』


光悟(ティクス)は腕を組み仁王立ちで叫ぶ。その声を聴いて全員の表情が変わった。


『葛藤があるならそれは当然のことであり、胸を張るべきだ! 正義に誇りを持て!』


「ふざけるな! 綺麗ごとはもう沢山だ! この偽善者め!」


月神は刀を振るって三日月状の斬撃を飛ばすが、光悟が短刀で簡単に弾き飛ばした。


「ティクスが綺麗ごとを言えなくなったらおしまいだろ」


そこで月神は人の気配を感じて視線を移動させる。パピの前にルナが立っていた。

それだけじゃない。植物の根が地面を突き破ると、月神の体を縛り付けていく。


「止めるべきだった! それができずにッ、どうして彼女を責めることができるの!」


ルナはボロボロと泣きながら両腕を広げてパピを守っていた。

猫の首を絞めている時、黙って見ていることしかできなかったのは、パピのやろうとしていることを邪魔をするなと教えられていたからだ。


だからパピが猫を殺したという事実だけを見て生きた。

絶対に裏があるとわかっていたのに恨んで成長した。

ルナにとって一番大切なのは両親の期待に応えることであって、余計な悩み事が増えると己がパンクしてしまうと思ったからだ。

だからパピが変わっていくことにずっと目を逸らし続けていた。


「私がやらなければならなかったのは親のご機嫌取りではなくッ、自分自身の人生を生きることだった! 泣いている友達を励ませなくて何が魔術師よ! 一番簡単な魔法すらできないで――ッ! 何が! 何がッッ!!」


「おれの邪魔をするというのか! ルナ!」


「ええ、しますわ! お兄様が好きだから! 泣いてる女の子をいじめるクソ野郎になってほしくないから! 邪魔をしてさしあげるわッッ!」


月神の表情が歪む。

ルナの好意を知っていたからこそ、思い通りに動いてくれないのは腹が立つ。

そしてその苛立ちのせいで光悟の動きに気づけなかった。

すぐ、そこにいる。

七色の光が拳に収束している。月神は動けない。声も出ない。


「心を理解しろ! 月神依夢ッッ!!」


拳が月神の頬に抉り込むと、衝撃で柴丸が分離して一人と一匹は地面に倒れた。

ルナは残念そうな、けれども安堵の笑みを浮かべる。とりあえずコレで――


「え!?」


空が、赤黒く染まった。

そこから黒煙を連れた赤い塊が降ってくる。


それは広場中央に直撃。

衝撃波で魔術師たちを吹き飛ばす。

誰もが隕石だと思ったが、煙が晴れた時、そこにあったのは二本の足で立っている大きなシルエットだった。


それは重厚な鎧で全身を覆ったドラゴン。


セブン・プライド。

両手には先端が折れ曲がった『鈎状』の大剣が握られている。

咆哮一つない。殺意だけがあればいい。

狡猾な龍は光悟たちが戦っているのを見つけると、上空でずっと待機していた。

疲労するのを待つためだ。


すぐにルナがパピを抱きしめて守ったが関係ない。

尻尾で纏めて吹き飛ばすと、龍の髭を光らせて口にエネルギーを収束させる。

プライドが狙うのはただ一人。

はじまりの犠牲者、パピ・ニゲーラー。


「パピ! 逃げろ!」


光悟は紫に変わって走ろうとするが、足がもつれて倒れてしまった。

ルナもすぐに立ち上がってパピのもとへ駆け寄ろうとするが、そうしている間にプライドの口から轟轟と燃える紅蓮の塊が発射された。

それはあっという間にパピへ届いたかと思うと、凄まじい爆発を巻き起す。


ルナは胸を押さえて地面に膝をついた。

しかしすぐに気づいた。パピはまだ死んでない。

爆炎が晴れるとロリエがパピを抱きしめており、自分の背中を盾にして攻撃を受け止めているのが見えた。


「大丈夫ですか? パピさん――ッ!」


「あ、あ……! ロリエッ! あ、あのッ」


「わたしは大丈夫です。火の魔術師ですから」


嘘だ。皮膚がめくれ、肉が焼け焦げている。

今まで感じたことのない激痛に、顔が真っ青になっていた。

だがそれでもロリエは笑顔を浮かべなければならなかった。


「ずっと、知ってました。お母さんのこと」


ロリエは微笑みながら泣いていた。

自分の両親が何をしたのかはずっと前から風の噂でなんとなく知っていた。

でも詳細に踏み込めなかったのは怖かったからだ。


優しい父と母の悪意にロリエは触れたくなかった。

知るくらいなら自分がパピに傷つけられるほうがいい。


パピへの後ろめたさも、ずっと感じていた嫌だという気持ちも、全部封じ込めて生きていけばいい。

自分を殺し続ければ上手くいくと思っていた。


「ごめんなさいパピさん。わたし……、逃げてました」


みんな、どこかで罪を感じていた。どこかで裁かれたいと思っていた。

悪意を我慢して受け入れ続ければいつか赦される。それはパピも思っていたことだ。

死に続ける不思議な運命に身を任せていれば、いつかきっと赦される筈だったから。


「あぁ! あぁぁあ! あぁぁぁあぁ!!」


パピはそこで改めて己の愚かさに気づいた。

自分はとんでもないことをしていたのだと理解した。


「ごめ――ッ! ロリエごめん! 本当にごめん! ごめんなさいッ! ごめんッ!」


パピはロリエの肩を抱いて必死に謝る。

そこで二発目の火炎弾が飛んでくるが、今度は二人の間にヴァジルが滑り込み青色の魔法陣で受け止めた。

しかしその熱は結界を超えて掌に伝わってくる。

襲い掛かる激痛に、ヴァジルは歯を食いしばって耐える。

それでも痛い。思わず目からは涙が零れる。


「やめろ! やめろよ! やめてよ! せっかく前に進もうとしてるのに、わかり合おうとしてるのに邪魔しないでよッ! うぐっ! ぁぁぁああ!」


ヴァジルの脳裏にいつかのロリエが浮かぶ。彼女は悲しそうに言った。


『いつか、パピさんとも仲良くなれるといいな』


炎の中に両手を突っ込んだみたいだ。それでもヴァジルは魔法陣を解除して逃げることはしなかった。


「せっかくパピが謝ってくれたんだ! 死なせてたまるかァアア!!」


意地がある。その想いが魔力を跳ね上げ、青い魔法陣が炎をかき消した。

光悟はその隙に全身を叱咤させて剣を振るうが、プライドの鎧は固く、傷つけることができない。

すぐにパワーファイターの赤に変わるが、それよりも早くプライドが振るった大剣が風を巻き起こし、体は吹き飛ばされてしまう。


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