企て
「いいわね? しっかりと地形を覚えなさいよ」
リタは隠れ家の食堂兼会議室に地図を広げて指差す。今日はいつもに増して雰囲気がピリついている。これは、女性特有の……いえ、なんでもありません。なんで何も言ってないのに睨まれるんだよ! 納得いかない!
「この辺りでウチの本隊が敵に襲撃をかけるわ。そうすると必ず幾つかの馬車は戦闘から逃れるために離脱する。そこを我々のような別働隊が叩く。別働隊は3つ。どこに敵がやって来るかは分からないけど、何処かには来る筈よ。最初の襲撃地点から計算すると私達のところに馬車がやってくるとしたら、夜よ」
「ちなみに敵って?」
「ヨナスは知らなくていい」
うひょー。全然信用されてねー。まぁ、仕方ない。スラム上がりで人相と底意地の悪い冒険者として知られる俺だもんな。実績を積んでいくしかない。って俺、いつまで"暁の狼"にいるんだ?
「馬車の中に若い女性が乗っていれば生捕りにする。それ以外は皆殺しよ。分かった?」
「へ、へい」
んんんんん。俺、盗賊を一度斬ったきり、人間に刃を向けたことないんだけど……。どうしよ。なんとか上手くまとめられないものか……。
「ビビルナ。ウチノ部族ニ諺ガアル。不味イ飯モ、ヨク噛メバ美味イ」
どんな意味だよ! 全く伝わらないよ、兄貴!
「ヨナスは馬車を見つけたら真っ先に向かって【閃光】を使ってちょうだい。それで護衛は無力化出来る筈よ」
「へい!」
よし。これなら人を殺さなくても済むかもしれない。【閃光】様々だぜ! 攫われる女の子には悪いけど、生捕りってことは何かの交渉の為の人質ってことだろ? そんな無下には扱われない筈。いざとなれば【交渉】でなんとかなるだろ? よくよく考えるとこのスキルセット、生き延びるにはかなりいいかも。
「予定通りなら決行は2日後よ。各々、準備をすること」
「ヨナス。牙ヲ研ゴウ」
「へい! 研ぎましょう!」
牙研ぐの、やってみると楽しいだよね。一心不乱にやっていると自分の境遇を忘れられるし、どんどん牙も輝きを増す。なんつーの、精神にいい感じ。やっぱ、兄貴だぜ。
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俺達の住むララナの街から北にある森の中。馬車がギリギリすれ違えるかどうかの道の近くに俺達は潜んでいる。予定通りならもう本隊の襲撃は終わって、そこから離脱した馬車が散り散りになってララナの街に向かっている頃だ。
すっかり陽は落ちて森の中は暗い。かといって灯りを点けるわけにもいかず、ただじっと兄貴と座って待つばかり。リタの姿は見えないが、道の反対側にいる筈。俺が1人ならこっそり逃げられたのに……。
「緊張シテルノカ?」
「……してますね。こーいうの初めてなもんで」
「ウチノ部族デハ初メテ狩リヲスル若者ノ顔ニ、コレヲ塗ル」
えっ、なになになに? 兄貴がゴソゴソと荷物を漁る。
「目ヲ閉ジロ」
言われるがままに目を閉じると、顔になんか塗られてる! いや、好意なのは分かるのよ? 全く悪気はないんでしょ? でもそれが困るんです! 断れないもの!
「戦士ノ顔ダ」
「……ありがとうございます」
兄貴、この暗闇でも俺の顔が見えてるのか。流石だな。ははは……。
「……ソロソロダ」
俺達のところには敵がやって来ない。空振りに終わったのかと思っていた時のことだ。兄貴が呟いて雰囲気を変えた。何かが来る。かすかな揺れはやがて地鳴りとなり、空気まで振動を始めた。ちょっとやばくないか? これ、想定通りなのか?
「構エロ」
俺の胸は早鐘を打っていた。




