ちょっとした、こわい話
実話ベースで一部フィクション、再構成
どういう世界観で生きてるんだろう、と思ったりもする
入院していた時の話である。
流行り病のこともあってか、病室は大部屋でも四人、同性のみだが年代に関わりなく空いたところに準備が出来次第、次のものが入るようだった。とはいえ、私も例のアレではなく持病の関係で手術が必要になっての計画的な入院である。病院全体が面会禁止なだけで一般病棟だった。
一般病棟に入院しているのは大体、突然体調を崩して入院することになった者か、私のように手術などで計画的に入院している者の二択だ。つまり、大多数が老人なのである。田舎だというのもあるかもしれないが。同年代と判定してよさそうなのは私の見た限りでは2,3人。おそらく手術のための入院勢だった。
まあ要するに、同室の三人は皆祖母くらいの年代であろう婆さんばかりだったわけである。今回は入院期間が比較的長かったのもあって、何人か入れ替わりがあったが。
入院生活を快適に過ごせるかという観点において、看護師さんたちとの相性の次くらいには同室の患者がどんな相手なのかというのは重要な話になる。私も過去、隣のベッドの老人がこっちを見ながら謎の童歌らしきものを延々歌ってくるのが怖かったのと、その他色々なストレスで恐慌を起こしてクローゼットの中に引きこもったことがある。あれはガチで怖かった。
私自身、痛みに喚いて毎日痛み止めが切れる時は半泣きだったりしたので、同室ガチャとしては外れの類だっただろうが、今回同室だった老人は概ねガチャとしては当たりの類だった。そもそも大半寝てたというのもあるが、騒がないし、徘徊しないし、こっちに話しかけてもこない。まあ婆さん同士で飯時に話してたりはしてたが私は関係なかったし。患者としても大人しくて素直な類だったので看護師さんたちの印象も良好な方だっただろう。
まあそういう頭がしっかりしていて飯もちゃんと食えるような患者は比較的早く回復して退院なり自宅療養に移るなりするようになるわけである。まず隣の人が退院して、新しい人が入ってきて、次に向かいの人が退院した。ちなみに斜め向かいの人は飯が食えないけどそこそこ元気、という感じだったので長くかかっているようである。そちらは要介護度高めだがあんまりボケてなくて人柄も穏やかなので看護学生の研修相手にもなっていた。
それはそれとして、私より後に入院してきた婆さんである。基本的には隣のベッドとの間のカーテンは閉めっぱなしにしているので、トイレの時に前を通ることになる(私のベッドは部屋の奥側だった)くらいで姿を直接見ていた李はほぼしていなかったが、同室ガチャ的に悪い方なのはほどなくしてわかった。初日は基本大いびきで眠っているばかりだったが、看護師さんの声からだいぶボケが進んでいる上に狂暴な類なのは察せられた。看護師さんの質問にうるせえって返したり、ミトンの上からつねってきたりしていたようなので、多分動けたら勝手に帰ろうとしたり点滴を外したりする類だろうと思われる。
まあいびきが煩かったり、看護師さんのストレス高そうな会話が聞こえてくるだけならまあ…ではあったんだが。二日目の夜中、消灯後に延々はっきりした独り言を始めた。すごくこわかった。なんとなく会話のていはしているが、相槌はなくそもそも入る隙も無く延々一人で話している。思わずトイレのついでに看護師さんに相談しにいってしまった。看護師さんが夜中に喋るのは迷惑になるので静かにしてようねって言われても止めないので、最終的に別室に隔離されていった。
個人的には、実家代わりと常に何らかの声や生活音、自然の音なんかが聞こえてくるような環境であるので、無音の方が落ち着かない。会話が聞こえてくるだけならそんなに気にならないだろうとも思う。だけど何か一人で延々話しかけてるのはすごくこわかった。何かの妖怪か何かかと思った。それまで一切まともな会話してるところを聞いてなかったのもあると思う。
その後、朝また病室に戻ってきた婆さんは日中も何かに反応して独話するタイプに進化していた。私は正直人の言葉を聞きとるのがあまり得意ではないので、婆さんが何の話をしているのかはほぼさっぱりだったが、どうもしきりに「寄付だ」「寄付に決まっとるじゃろ」と言っているらしいのが聞き取れた。さっぱり何の話かわからない。資産家の類なのかなと思った。
もしかしたら聞き違いかもしれないなと思ったのが昼を過ぎた頃。ふと病室前の表示を確かめてみると、隣の婆さんの名前がキクであるらしいとわかった。寄付じゃなくてキクと言っていたのかもしれない。…そんな自分の名前主張することある?それとも一人称が自分の名前のお方?あるいはキクってのは家族の別の人で、この婆さんは実はキクさんじゃない別の人とか…ってのは流石にミステリーの読みすぎか。
結局、寄付なんだかキクなんだかはわからなかったが、その後も何度も婆さんは誰かに呼びかけていた。キクだ、キクに決まってる、と。
まあそれだけの話である。特にオチはない。というか、実話に碌なオチを求めないでほしい。私は特に何を調べることもしなかったし、婆さんの独り言を熱心に聞いたりもしていない。そもそも何らかの真相など知れるわけがないのである。
ちなみに三日目の夜には延々と「帰宅したいのでくるまに乗せてくださいな」と誰かに訴えていた