スキル「不老不死」が便利だとでも思った?〜赤ちゃんのまま「不老」って嘘でしょ!?〜
異世界転生という言葉がある。
ライトノベル業界では一時期劇的に注目を浴びたし、ネット小説なんかではいわゆる「異世界もの」ばかりが溢れかえった時代もあった。
その傾向は多少は落ち着いたものの、しかし今でもその片鱗は残っている。
不登校の少年少女だったり、或いはブラック企業で精神を擦り減らした青年成女だったりが、唐突にその命に終焉を迎えて──そして、神を名乗る存在の手によって異なる世界へと生まれ変わらされるという筋書が多い。
目覚めたら知らない世界、という例外も多いけれど。
そして、人類に恐怖を与える魔族との戦いを知恵と勇気で乗り気ったり、或いは辺境の地でひっそりと世俗から離れたスローライフを送ってみたりするのだ(勿論、これにも例外はある)。
ただ多くの作品において、異世界へと赴くにあたって「転生特典」として何か特殊な──有体に言えばチートな──武器や能力を授かることがある。
自分にしか扱えない魔剣とか。
常人ではありえない量の魔力とか。
使い勝手の良すぎるスキルとか。
──なぜ出し抜けにこんな話をしているかというと、今まさに私が「そんな状況」にいるからだ。
自分で言うのも何だが、私は「普通」の人間だった。「普通」の人間で、ついさっきまで「普通」の人生を送っていた。
「普通」──「平均」と言い換えてもいい。
「普通」に楽しいことがあって、「普通」に嫌なこともあって、そんな毎日に対して不満も満足も特にしないで「普通」に生きている「普通」の人間だった。
ある意味それは、「異世界転ものの主人公」らしいステータスだったのかもしれないけれど。
そんな私の人生は、短くも唐突に終了した。
交通事故。
それもまあ「普通」と言えば「普通」で、「主人公らしい」要素かもしれない。
──そして、目覚めたら広い部屋にいた。
周囲を見渡せば、目に映るのは色を失った無機質な風景ばかり──なのに嫌な感じはせず、むしろ神聖ささえ帯びているような光景。
「お目覚めですか」と優しい声が聞こえたのでそちらを見やると、人間離れした美貌の女性が座っていた。
そして丁寧な語り口で「貴女は死にました。私は女神で、特殊なスキルを与えて貴女を異世界に転生させるのが仕事です。スキルについて希望はありますか?」というようなことを言われた。
実際にはもうちょっと迂遠な言い方をされたけど、まあ要約すればそういうことだった。
自称女神様には「驚かないのですね」とか言われたけど、現代日本人で少しでもラノベ知識があれば、こんな「現実離れしてるけどありきたり」な状況で戸惑ったりはしない。
それこそ人によっては「もし自分が異世界転生することになったらどうするか」なんて、学校の授業中にでも妄想を膨らませていそうだ。
だから私は、迷わず「不老不死」をお願いした。
不老不死。
老いず、死なない身体を手に入れる。
古今東西、数多の文明において求められた、全人類共通の夢と言っても過言ではない夢だ。
私がこれを願った理由も、まあ分かりやすい。
どうせ異世界に行くのなら、RPGゲームみたいなスリリングな冒険がしてみたい。剣と魔法でモンスターを討伐したり、冒険者仲間と酒場で飲み明かしたりしてみたい(未成年だけど)。
だけど、そんなハードな道を選んで長く生き残れると思うほど、私は自分を過大評価していない。
既に一度落とした命とはいえ、またすぐに死ぬのは嫌だ。何の為に転生したんだって話になるから。
そこで不老不死だ。
命を賭けた冒険のスリリングさは薄れるけど、すぐに死んでしまうよりはマシだろう。
自称女神様は「わかりました」と言って、小声で何事かぶつぶつと言い始める。たぶん魔法の詠唱だろう。
私の身体が淡く光りだし、そして元に戻る。
見た目には特に変化はないけれど、恐らく私に「不老不死」のスキルを付与したんじゃなかろうか。
また自称女神様が呪文を詠唱し、今度は床に描かれていた魔法陣が眩く光りだす。
これはきっと、異世界への門になるのだ。
──こうして、新たな世界で「不老不死」な私の第二の人生が始まった。
だが、結論から言ってしまうと。
──これは、絶対にやってはいけない失敗だった。
*
「──旦那様、お産まれになりましたよ!」
「ささ、どうぞお抱きになってくださいまし」
「ああ、ありがとう……ふふ、君に似て可愛らしい子だ」
「でも、目元は貴方に似てますわね」
──最初の記憶は、そんな話し声だった。
会話の内容からして、子どもの誕生を祝う両親と使用人といった感じだろうか?
というか、みんな日本語話してるの?
ああでも、あの自称女神様が「異世界の言葉がちゃんと分かるように」って配慮してくれたのかも。
んー。装飾の凝らされた立派な天井が見えるから、ここは貴族の屋敷か何かなんだろうか?
……って、私ってば今裸じゃない?
年頃の乙女としてやっちゃ駄目なやつだよそれ?
は? 手触りのメチャクチャ良いタオルに全身が包まれてるからセーフ?
んなわけないでしょ。完全にアウトだってば。
人によっては「裸よりもタオル一枚だけ身に纏ってる方がエロい」って言うんだよ?
「むしろ裸なんて一番エロから遠いじゃん」って、言う人は言うんだよ?
……あれ、でも思うように身体が動かない。
──てか、ちょっと待って。
たぶんこの屋敷の主人である夫婦がいて、その使用人がいて、子どもの生誕を祝ってる場面でしょ?
そんな場面で、タオル一枚だけ身に着けて天井を見上げてる私って、何?
……いや、言われなくてもまあ分かりますよね。
生まれた赤ちゃんって私か!?
……ま、まあ? 異世界「転生」だし?
第二の人生だもん。そりゃ頭から始まりますよね?
おかしくないおかしくない。むしろ自然。
いきなり少女の姿からスタートとか、ないない。
そっちの方が生物学的に不自然だもんね?
これから少しずつ時間を掛けて成長して冒険者を目指しましょうって話ですよ。ええ。
「──貴方。この子のスキルチェックをしませんと」
「ああ、そうだったな……準備はできているか?」
「問題ありません。では早速……おや」
──スキルチェックですと?
この国には、てかこの世界には、産まれた赤ちゃんが持ってるスキルを確認する風習でもあるの?
でもそんなの、見ても仕方ないんじゃない?
産まれたばっかの赤ちゃんがスキルなんて……あ。
そういえば私、とんでもないの持ってるね。
「だ、旦那様、奥様……落ち着いて聞いてください。この子は……『不老不死』のスキルを持っております」
あーあ、バレちゃった。生後十分経たない内に。
こういうのは隠してる方がカッコいいのになあ。
──いや待って?
使用人さん、めっちゃ声震えてない?
しかも「落ち着いて聞いてください」って、その不穏すぎる前置きは何だい?
それ、自称女神様が私に「貴女は死にました」って言ったときと全く同じ台詞だよ?
「──な、何ですって!?」
「『不老不死』だと……本気で言ってるのか!?」
しかし貴族夫妻の反応は、それはもう劇的だった。
落ち着いて聞けって言われたんだから、落ち着いて聞いてやれよ。
それに、赤ちゃんの近くで急に大声出しちゃ駄目。
泣いちゃうよ?
別にこのくらいで泣かないけど。
中身(意識?)は女子高生だし。
──その後のことは正直見るに耐えなかったので、細かな説明は割愛させてもらおう思う。
簡単に言えば「旦那様」「奥様」「使用人」は、私が不老不死のスキルを持ってると知った途端に、絶望したような表情になってしまったのだ。
子どもが産まれた喜ばしい日だったはずが、一瞬にしてお通夜みたいなテンションになってしまった。
何だそりゃ。
子どもが不老不死なのがそんなに嫌なの?
まあ気分が良くなることじゃあないかもだけど……かと言ってそんな絶望することでもないんじゃない?
──しかし私は、この散々な誕生日からおよそ一年が過ぎ去った辺りで、この豹変の理由を知ることとなる。
*
不勉強な私は、赤ちゃんがどのくらいの速度で成長するものなのか知らなかった。
だから、この現状に違和感を覚えるのが遅くなった。
くそう。こんなことなら家庭科の授業をマジメに聞いておくべきだった……。
──この世に生を受けてから約一年が経ったのに、私の身体は一切成長していなかったのだ。
注釈しておくと、「一切」っていうのは「ほとんど」じゃなくって「全く」の意味。
最初の頃は「まあでも、こんなもんなのかな?」なんて気にしてなかったんだけど……ここまでくれば、流石の私といえどもおかしいと思う。
一歳って、立って歩くのは無理にしても、つかまり立ちとか……最低限、ハイハイくらいはできるでしょ。
想像だけど。
私、できないよ?
だって、身体がほとんど動かないんだもん。
「異世界だし、成長がメチャクチャ遅い種族に転生したって可能性もあるんじゃない?」とも思ったけれど、だが両親の見た目が人間なのは確認した。
ほとんど動かない視界で、二人が辛そうな表情で私の顔を覗き込んだときに確認した。
ツノやキバは生えてないし、耳も長くない。
つまり、これはアレだ。「不老」の効果だ。
厳密な定義としては、「人間の年齢を、スキルを取得した時点のものに固定する」ってことだったんだよ。
20歳で「不老」になれば、一生20歳なように。
赤子で「不老」になれば──ということだ。
だから成長が止まっちゃってるんだ。
老いと成長って、ある意味同じようなもんだし?
発酵と腐敗みたいな違いしかないわけで。
人間にとって都合が良かれば「成長」(「発酵」)。
人間にとって都合が悪ければ「老い」(「腐敗」)。
あれ、そういえば、産まれたての赤ちゃんはほとんど目が見えないって学説をどこかで耳にしたことがある気がするんだけど……その真偽はどうなんだろう?
私は今こうして目の前が見えてるわけだけど……でも、あの自称女神様の配慮かもだし。
「産まれたままの姿で生きるのに、前が見えなくては困るでしょう」的な気遣いかもだし。
──いや、だとしたら普通に教えてよ。
「不老不死になったら、一生赤子のままですよ?」って教えてくれてたら、私はこんなスキル取ってないわ。
不親切設計すぎるでしょ……今更文句言っても、なんとなくあの自称女神様は聞いちゃいない気がするけど。
で、一生赤ちゃんのままだと何が困るかって話。
いや、説明するまでもなく色々と困りますよ?
中身が女子高生だから、夜中に急に泣き出したりしないって意味ではまだマシかもだけど……一人じゃ食事やお風呂はおろか、トイレにすら行けないんだよ?
言葉は分かるのに、喋れないんだよ?
この一年の間に、私は乙女としての色んなものを失いました、はい。
でもこれ、貴族の家に産まれてなかったら捨てられてたレベルじゃない? 平民の家に産まれてたら、「不老不死」スキルが見つかった時点で橋の下行きでしょ。
「可愛がってあげてください」とか書かれて。
このままだと、冒険者になるなんて夢のまた夢……というか普通に無理じゃん。
私は何の為に転生したんでしょうね?
あと発見なんだけど、よーく目を凝らしてみると、視界の左上に私のレベルとステータスとスキルが表示されてるみたいなんだよね。
レベルは勿論1。ゆりかごから出てないし。
ステータスも雑魚。だってレベル1なわけだし。
スキルは「不老不死」だけ。逆に奇妙だわ。
そして、視界の右下には保有しているスキルポイントが表示されていた。
当然のように0だけど。
スキル一覧を見た感じだと、私には絶対に「念話」のスキルが必要だよね……喋れないままなのは辛いし。
念話──要はテレパシーで意思疎通を図るスキルだ。
こんなもん、喉から手が出るほど欲しい。
うーん……でも、そのためにはスキルポイントが3もいるんだよねえ。ゲームとかのセオリー通りなら、ポイントはレベルが上がったときに貰えると思うんだけど。
……あれ。私ってレベル上げれるの?
このままずっと赤ちゃんだったら、モンスターなんてスライム一匹すらも倒せないんじゃね?
モンスターを倒せない
→レベルが上がらない
→スキルポイントが貰えない
→念話が習得できない
→詰み。
──私の人生は、思ったよりもハードモードでした。
*
「──スキルポイント3を消費して、スキル『念話』を習得しました。残りスキルポイントが0になりました」
(──いやっほおおおおおおおおおおおおおおう!!)
何とかなったよ! 私がんばった!
種明かしをすると、スキルポイントを獲得できる条件はレベルアップだけじゃなかったってこと。
年を取るごとに、というか年に一度の誕生日を迎えるごとに、スキルポイントが貰えるシステムだった!
まあ、そうでもなくちゃ生き残れないもんね。
不死なのに生き残れないとは、これいかに。
ただ、これもそんなに簡単な話じゃなかった。
──私ってば、今ではもう三歳です。
本来なら、歩くどころか簡単な会話くらいはできるんじゃない? これも想像だけど。
私はゆりかごから出れてないけど。
一歳の誕生日にいきなり「──誕生日ボーナスです。スキルポイントを1獲得しました」って声が空から聞こえたときにはビックリしたけど……今年でそれももう三回目になっちゃった。
一年に1ポイント。三年積み重ねて、3ポイント。
ここまで長かったあ……。
──念願の会話も、まあおおよそ上手くいった。
念話のスキルによって、両親と使用人との意思疎通はちゃんと成り立ったからね。
ただ、私が言葉を理解できていることと、私が自分で念話スキルを取得したことにはかなり驚かれたけど。
まあ何度も言うように、中身は女子高生だから。
……中身が赤ちゃんだったら、どうなってたんだろう。
為すすべなく死んでおしまい──いや、不死だから死ねないのか。ううむ。難儀だねえ。
状況がそんなに大きく変わったのかと訊かれると微妙なんだけど、でも意思疎通ができるのは前進のはず。
この勢いで、次の目標も叶えたい。
──そう、私はもう次の目標を見付けたのだ。
スキル「念動力」。手を触れたりすることなく自分の意のままに物を動かす、超能力のスキル。
これを自分の身体に使えば、私は自分の思う通りに行動できるようになるんじゃないか? という読みだ。
そして、次はゆりかごから出たい。
だが、必須スキルポイントは10。
いきなりハードルが高くなっちゃった。
年齢が上がるにつれて「誕生日ボーナス」が増えてくれるって可能性もあるけど……最悪、あと十年かかる。
気の長い話だよ全く。
──だけど、きっと大丈夫。
「死」が無い私には、とりあえず時間だけはたくさんあるのだから。
こんにちは、橘華アカツキです。
本作は短編なので続編を書くつもりは毛頭無いんですけれど、仮に書くとしたら「貴族家が没落して、不老ちゃんは捨てられて路頭に迷う」展開でしょうね。
後書でなんてことを言いやがる。