勇者ハーレムを追い出されたドワーフ娘が酒場でヤケ酒呑んでます。
「ちっくしょーーーっ!!!」
荒れている。
ドワーフ娘が独りでヤケ酒呑んで荒れている。
周囲の客の視線を集めてしまっていることにも気づかず、ドワーフ娘が空き樽をいくつも転がして荒れている。
ここは冒険者の街の片隅にある安酒場『てめぇら金持ってこい』。
元は看板すらない掘っ立て小屋で営業していたが、徐々に繁盛していくうちにタチの悪い客も集まるようになり、注意書きを作ったらそれが店名だと客に認知されてしまった残念な店。
安酒場に上品な客がいようはずもないが、この店は得体の知れない酒を激安で売っているせいで、酒浸りのろくでなしどもがいつもたむろしている。
今日も昼間から呑んだくれるクズのため、店主はせっせと得体の知れない肉を焼く。
ちなみにこの肉の正体は誰も知らない。ゴブリンの肉だとかコボルトの肉だとか色々言われているが、真相は誰も知らない。もしかしたら無銭飲食した客の肉かも知れない。
そんな酒場のど真ん中で、4人掛けの席を1人で占領したドワーフ娘がせっせと空き樽を量産していた。
「おやっさん! もう1杯!」
赤ら顔のドワーフ娘が大声で叫ぶ。ちなみにこの1杯は樽のことだ。コップでもジョッキでもなく樽だ。いくらドワーフでも死ぬぞ。
店主がえっちらおっちら転がしてきた樽を、ドワーフ娘は頭突きで蓋を叩き割って一気にあおる。蓋を割るのはこの樽を飲み干すという決意の表れだ。だから死ぬって。
周囲の客は皆そろって知らんぷり。ここにいるのはチンピラかゴロツキかロクデナシばかりだが、いくらなんでもこんなメンドクサイ女に絡むスカポンタンはいない。
とはいえ見た目は可愛い少女だし声はやたらでっかいしで、注目はガッツリ集めている。本人は気付いてないが。
「だいたいなぁ!」
ドワーフ娘は向かいの席に置いた空き樽に向かって話しかける。もちろん樽は相槌なんか打たない。もちろん酔っ払いドワーフはそんなこと気にしない。
「あたしのどこが勇者の仲間にふさわしくないってぇのよ! 乳か!? 乳なのか!? お前ら乳で剣振ってんのか! 乳に魔力溜めてんのか! 乳が揺れたらドラゴンが言うこと聞くってのか!」
確かにこのドワーフ娘に胸はない。とてもない。顔に愛嬌はあるが胸にも尻にも余裕はない。ギリギリだ。
ちなみにドワーフの女は大人になっても人間の童女みたいな見かけだが、胸と尻は例外だ。デカい奴はデカい。むしろデカいやつが多い。
周囲の野次馬どもが一斉に溜息をつく。首をふる。肩をすくめる。お前ら死にたいのか。あ、ドワーフ娘が適当に空き樽投げて一人直撃した。
「それとも何か!? あたしがドワーフのくせに戦えないのが悪いのか!? うるっせぇこちとらいっぱしの商人でぇ! お前らがテケトーにぶっ殺したモンスター持って帰って高値で捌いてんのは誰だと思ってんだ! 風呂付きの宿に泊まれるのは誰のおかげだと思ってんだ! どいつもこいつも汗臭いのは嫌だとかぬかしやがる癖に、その金がどっから出てるか考える頭もねぇのか!」
頭突きで樽は割れても戦闘はできないらしい。強そうだけど。それともドワーフの都市伝説にある『酒場の馬鹿力』なのか。酔ってる間だけ強くなるというアレか。
それなりに金を持っていそうだし稼げそうな娘だが、この店のロクデナシどもの手に負える相手ではない。だからやっぱり誰も手は出さない。
「飯がマズけりゃ文句をたれる! 分け前が少なきゃブーたれる! あたしゃてめぇらのオカンか!? 分け前がもっと欲しけりゃそこらに生えてる薬草の一本も引っこ抜けってんだ! 足元の鉱石見えてんのか!? 人がせっせこ採取してる間に化粧直してんじゃねぇよ!」
なにやらパーティー内で金銭トラブルでもあったようだ。冒険者あるあるである。
周囲のクズどもの中に冒険者崩れが混ざってたらしい。ウンウン頷いてる奴がいる。
「だいたい何が竜騎士だ調子に乗って騎竜なんか乗り回しやがってトカゲ女が! 昼は騎竜に夜は勇者様に乗ってますってか!? エサ代も考えねぇでバカスカ食わせやがって! てめぇの騎竜だぞ!? なんであたしが安いエサを工夫しなきゃなんねぇんだ! 最近じゃあたしのほうに懐いてんじゃねぇか!」
どうやらこのドワーフ娘が荒れている原因は、勇者パーティーにいた竜騎士らしい。
竜騎士と言えば滅多にいない希少な職業だ。ある程度のレベルがあればどこに行っても優遇されるし尊敬される……はずなんだが、けちょんけちょんに詰られている。
あんまりの下品さに酒を吹いた野次馬もいた。ここの客を吹かせるとはなかなかだ。
「それに何が賢者だ魔法オタクのポーションジャンキーが! いつもいつもダンジョンの途中でガス欠こきやがって! どんだけポーション飲みゃそんな牛みたいな乳になるってんだ! ペース配分も考えられない魔法狂いのクセに『あなたの代わりなら全部私ができます、賢者ですから』だぁ? 言ってくれんじゃねぇかやってみろよ! まともな値段でポーション買ってくる自信あんのか!? 目利きもできねぇトーシロが偉そうに吹いてんじゃねぇ!」
竜騎士だけじゃなく賢者も原因らしい。
賢者も竜騎士と同じく希少な職業だし憧れる奴も多いんだが……ただの厄介者にしか聞こえない。
何か幻想でも壊れたのか、遠い目をしてる酔っ払いもいる。強く生きろ。
「何が聖騎士だ性なる乳袋が! 上から目線で説教こきやがってあたしゃてめぇより年上だってんだ! 偉そうに『あなたがいると勇者様が幼女趣味なのではと疑われます』だぁ!? 疑われたからなんだってんだ! 元々アイツはあたしがスラムで拾ったんだ! 傷ついて困るような名誉なんか持ちあわせちゃいねぇよ! てめぇだって元は孤児じゃねぇか神殿育ちがそんなにお上品なのかよ!」
さらに聖騎士まで原因らしい。
いかにも頭の固い聖職者の言いそうなことだが、余計なお世話には違いない。
と思ったらドワーフ娘の勢いが急に下がった。
「何が……何が領主の娘だ。なにが伯爵令嬢だ。『勇者様とあなたは住む世界が違うのですわ』ってなんだよ。『私なら勇者様を表舞台に立たせて差し上げられます』って、そんなこと誰が頼んだよ。アイツとあたし、何がそんなに違うってんだよ……」
本当の原因はここにあったようだ。伯爵令嬢。権力者の娘。たぶん乳もデカい。勝ち目は薄い。
「アイツが野垂れ死にかかってた時、お前が飯食わせたのかよ。アイツがまだ弱くて馬鹿にされてた時、お前が庇ったのかよ。最初はアイツとあたししかいなかったのに、後から出てきて上前はねようってのかよ……」
辛い下積み時代に散々貢がされた女が、売れて来た途端に捨てられる。役者なんかではよくある話だ。代わりの女にも不自由してなさそうだし。これは決着がついたか。
「ふざけんじゃねぇ。これまで投資した分くらい返しやがれ。返せ、返せよぉ」
静かになったかと思うと樽をあおって流し込む。飲んだ量と体の大きさが釣り合ってない。どこに入ってんだ。
周囲のテンションはドワーフ娘の雰囲気につられてダダ下がり。身につまされたのか鼻をすすってる奴までいる。
「他の女に手ぇ出すななんて言ってねぇだろ……。あたしがいてなんか問題あんのかよ……。どうせ今まで一回も手ぇ出されてねぇんだ。これからだって心配ねぇよ」
「そうでもないんだがなぁ」
ドワーフ娘の向かいに座った酒樽が答える。
「何がだよ。17にもなればヤリたい盛りじゃねぇか。こんなチョロい女、その気になりゃ簡単だろ。なのに手ぇ出さねぇってことは、手ぇ出す気がねぇってことだろ……」
「大事にしてるって可能性もあるだろ」
「ねぇよ。もしそうならなんで先に他の女に手ぇ出してんだよ」
「出してねぇし」
「嘘つけ。こないだ乳牛と夜中まで出かけてたじゃねぇか」
「魔法学院に呼ばれて行っただけだ。遅くなったのはあいつ等の話が長いせいで、俺のせいじゃねぇ」
「インテリ同士お似合いだな。お幸せに。けっ」
「学院のヒモつき女なんかに手ぇ出すかよ。あいつら俺が魔王倒したら魔石よこせってそれしか言わねぇんだぜ。欲しけりゃ自分で取ってこいってんだ」
「じゃあトカゲ女と一緒に寝てたのはなんだよ」
「アイツが酔って人のベッドに潜り込んできやがったんだ」
「そんでそのままいただきますってか?」
「食ってねぇよ。竜使いの族長になるのは真っ平だ。一生竜の面倒見て暮らすなんざゴメンだね」
「説教ババァにガキが欲しいから産めっつったそうじゃねぇか」
「俺が言ったのはいつかは子どもが欲しいってだけだ。アイツとの子なんて言ってねぇし」
「そもそもなんでガキの話なんか出てくんだよ。そういう話は種を仕込む直前か直後じゃねぇのかよ」
「孤児院に慰問に来てくれって言われたんだよ。ガキ共と遊んだ後にその話題をふられただけだ。俺だっていつかは家族が欲しいからそう答えたんだよ」
「ならちょうどいいじゃねぇか。伯爵サマのご息女なら逆玉の輿じゃねぇか上手くやりやがって」
「いらねぇよ。俺は爵位が欲しくて剣振ってきたわけじゃねぇ」
「随分綺麗なお嬢様だぜ?」
「樽で酒が呑める女にしか興味ねぇよ」
「自分は一滴も飲めねぇくせに」
「うっせぇ。ガキ扱いすんな」
「ガキにガキっつって何が悪いってんだ」
「んじゃガキじゃねぇって証明してやんよ」
「え? あ、おい! なにしやがんだ降ろしやがれ!」
そのままドワーフ娘はイケメンな樽にお持ち帰りされていった。あれはきっと骨まで美味しくいただかれるパターンだろう。
「降ろせ! 降ろしてってば!」
「だめ。俺の聖剣で一晩中泣かせてやる」
「今まさに恥ずかしくて泣きそうだよ! いつからそんなスケベになった!」
「俺はもうちょっとのんびり落とすつもりだったんだ。余計なことして俺を焦らせたアイツ等が悪い」
「完全にとばっちりぃ!」
「やることやったら隣の国まで逃げるぞ。伯爵も族長も学園長も神殿長も隣の国まで行きゃ手出しできねぇだろ」
「順番が逆! どう考えても逃げるのが先ぃ!」
「んじゃあサクッと逃げてから美味しくいただきますか」
「だからそういうこと言わない!」
「俺じゃ不満か? これでも高レベル勇者様だぜ?」
「そりゃもう不満だらけだよ! こんなエロガキだとは思わなかった!」
「何しろ育ちが悪いもんでな。育ての親の顔が見たいぜ」
「あたしのせいにすんなぁ!」
「まあせいぜい責任とって、俺の子を産んでくれ」
「あああぁもう、好きにしやがれコンチクショウ……」
その3年後、たった2人の勇者パーティーが魔王を倒したと知らせがあったが、『てめぇら金持ってこい』の呑んだくれどもは気にもとめなかった。
ただ店主だけがポツリと呟いた。
「そろそろ酒代払いに来いよ勇者様」