余は「中華丼」を所望する!
ここはとある山奥にある一軒家、『処坊荘』。
名前に反し、綺羅びやかな装飾に彩られた中の一部屋…中でもとびっきりに広い一室に鎮座する者、これが───
「まだか!まだなのか!?」
───殿である。
「余は先程から言っておるだろう!中華丼、中華丼と!」
そう。今日は殿が前々から興味のあった一品───それも殿には珍しく、以前から『中華丼を食べる』と予定を立てており、この日に限っては急に食べたい品を変更する事もなかった。
それ故に、いつも以上に───まるで注文を忘れられているかのような長い時間を待たされた殿は苛立ちを隠せなかった。
「……遅すぎる。これは裏で何かあったか?何かトラブルが起きておるのかもしれんな…仕方がない。厨房へ行くとするか」
〜厨房〜
「おい!余が所望しておる『中華丼』がまだ来てないぞ!一体どういう事だ!」
殿が厨房全体に行き渡る程の大きな怒声を浴びせていると、一人の細身の男が殿の前に現れる。
「ああ、これはこれは殿。何用で御座いましょうか?」
「何用も何も。余が何度もお前らに所望した筈だ。『中華丼』と!」
「…はぁ」
「『はぁ』だと?貴様…何のつもりだ?余が所望した物は即座に作り、運ぶ。この所望荘の掟だろうて」
「……」
細身の男は眉間に皺を寄せ、さながら納得がいかない、といった表情を浮かべている。しかし、殿は更に自身の言い分を続けて語る。
「その掟を破り、食事は作らん、態度も悪い。バカにしておるのか?それなら話は早い。クビにもできるのだぞ?生憎余の作り手は高給らしくてな。募集さえすれば人には困らんのだ。…さあ、どうする?謝罪して作るか、クビか───」
「『中華丼』がどうなさいましたか?」
「…は?」
驚いた顔で固まる殿。
「…いえ。ですから、『中華丼』がどうなさったんですか?と。そう申しました」
「…どういう事だ?」
「………」
殿の問い掛けに、男は少しだけ沈黙する。その後、殿からそれ以上の疑問がないと悟ると、心底呆れたような顔と身振りで答え出した。
「いくら殿と言えど…常識外れとはこの事で御座いますか。良いですか?人に物を頼む時は、『中華丼!』だけではならんのですよ。『中華丼を食べたいのですがお願いします』と言って初めて私を始めとした厨房へ意見が渡るのです。」
「…ほ?」
キョトンとしている殿を前に、男は話を続ける。
「まあ慣れもあるでしょう。最初の内は、『余はご飯が食べたいぞ!』などと言っておられたでしょうし、最近の殿でもその礼儀は失わなかった。そう信じていたのですが…」
「……………ふ……ふ………」
「? どうされました?」
身を震わせながらその振動によって肩を上下させる殿。
「ふ…ふ…………」
「…」
「ふはははははははは!面白い!面白い奴よのう!お前、名は何と言う?」
「テルネーブ、と申します」
「テルネーブか!この愉快さは一生忘れんわ!ふはは!ふ…」
「…ま、まさか…」
「ふ…余は空腹も…ダメなのだ…」
「殿ーーー!」
厨房に死体の様に崩れ落ちる殿。この思いも厨房にいた召使いの記憶から忘れ去る事はなく…後に、殿の伝説として彼らの心に深く刻まれたという───