余は「ガパオライス」を所望する!
「おい!」
今日もぶっきら棒に誰かを呼ぶ声が聞こえる。
殿だ。
「げっ…殿だ。行かなきゃいけねぇかな、面倒くせえ…」
「でも行かなきゃ行かないであれだもんなあ…行くしかねえか」
毎度毎度の呼び付けに、流石の召使い達も疲弊していた。
特定の飯を作らねば戻され、特定の飯を作れば気に入られ再度呼び付けられ…こういった事が日常茶飯事であった。
当然、辞める者は増え、業務は日に日に増す一方。そんな中、召使い達に、一つの希望が訪れる。
「やめておきなされ。今日は……」
そう、この業界に勤めて最も長いベテラン召使い、アルザードの登場である。
この召使いは最初こそ間違えたというが、ここ数年殿の『戻し』を喰らった事はないそう。所謂、『コツを覚えた』のだとか──
「アルザードさん!お疲れ様です!」
「お疲れ様です!それで、今日は何かあるのですか?」
「ああ。今日は、『ガパオライス』を所望するじゃろう」
「……がっ………!?」
「ガパオライスぅ!?」
「そうじゃ。ガパオライス。殿は半年に一回ほど、こう言う時がある。わしぐらいにもなると、何となくわかるんじゃ」
「は、はあ…(みょ、妙な説得力があるな…)」
「な、なるほど…(そ、そうだな…)」
ベテランの勘とでも言うべきだろうか。この召使いは、この時以外にも数々の場面で殿の食べたい食事をピタリと当てるという離れ業に成功している。
ある時はじゃが芋のフォカッチャを、ある時は白身魚のポワレを…と、常人ではわからないであろう殿の食べ合わせを、日毎に理解し提供する事ができるそうなのだ。その結果…
「おお、アルザードではないか!早速今日も頼むぞ!」
殿はもうベタ惚れである。
最近は言わなくてもある程度自分の食べたい料理が通じているとわかったからか、彼を見つけた際は最早「○○が食べたい」とすら言わなくなってきている。
「はっ」
そんな殿に対して、アルザードは二つ返事で答え、厨房へと向かう。
「アルザードさん…殿が嫌にならないんですか?自分はもう、キツくて…正直もう辞めようかとも思ってるんです」
「殿が嫌に?フフ…ならんよ。わしは殿が幼い頃から食事する姿を見ておるでな。それはそれはかわいいもんじゃ…。今も変わらんよ。殿は…吐いて笑って、今日を、そして明日を生きるのじゃ」
「…そうですか…」
「お主も今はそれで良いんじゃよ。わしも昔は悩んでおった。殿の好きな物がわからん、殿の役に立てん、と」
「!アルザードさんが、ですか?」
「そうとも。それでも、回を重ねる毎に気付くんじゃ。殿の行動パターン、殿の生活リズム、殿が何をしたい…」
「は、はぁ…」
「殿が何時何分にトイレへ行きたくなる、殿が一人でエッチをしたい時間は何時、殿が手紙をしたためるのはいつ、殿が……」
「あ、あー!もう大丈夫です!わかりましたから!」
「そ、そうかえ?もうちょっとあるんじゃが…」
「と、とにかく!…自分ももうちょっとここで頑張って…アルザードさんまで行かないでも、殿の好きな食べ物位は把握したいなって思いました!」
「そうそう、その意気じゃ──おっと、『完成』じゃな」
アルザードの手元には、見事に出来たてのガパオライスが盛り付けまで出来上がっていた。
「早速、これを殿に持っていかねばな…」
「その必要はない」
「と、殿!ここには来てはいけませんと、あれほど申しましたのに!」
「なぁに、味見だよ。細かい事を言うな。…きっと、余の為に美味しいタコライスを作ってあるのだろう?」
「…は?」
「…え?」
「………………」
「……………………」
長い間、沈黙が走る。
「……………タコライスじゃないの?」
「……………ガパオライスです」
「……………………う゛っ」
「…!殿!おやめください!ここでは…!」
「ヴ…ヴゴ…ヴゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ、ブゲゴボロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…………」
ここは『処坊荘』。殿が、毎日毎食何かを所望する場所──
お互いどんなに自信があったとしても、よく相談するべきだったと、後に殿が語っていたという。