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誕生

 まさか、そんな馬鹿な。こんなに接近するまで気づかないなんて……?

 ラムゥが生み出した魔物の中でも、一際異彩を放っていた。かなり初期に産み出されたもので、例の逃げ出した魔物だった。

 もう死んだと決めつけていたが、生き延びていたのか。あれだけ探し回っても見つからなかったのに、今頃になって自分から姿を現すなんて……。

 当然、ラムゥから調教など受けておらず、飢えた猛獣に出くわしたも同然だった。

 テシラは、ラムゥの雰囲気の急変を察知し、彼の視線を追って振り向いた。そして、異形の者がじっと自分を見下ろしているのを目の当たりにし、恐怖のあまり声を出すのも忘れてしまった。


「テシラッ! 逃げろぉっ!」


 叫びながら、ラムゥは自分の愚かさを呪った。車椅子の彼女にどうやって逃げろというのか。

 駆け出した時には、魔物は腕を高々と上げて、悪魔のような鉤爪を振り下ろそうとしていた。


「やめろっ!? くそっ! やめろぉっ!!」

「きゃあああああっ!!」


 テシラの絶叫に、頭の中が真っ白になる。自分が襲われたとしても、これほどの恐怖に貫かれなかっただろう。

 テシラが血を撒き散らしながら、宙に舞う瞬間がひどくゆっくりと映った。


「わあああああっ!!」


 ラムゥの掌に発生した魔法陣から、氷の槍が撃ち放たれた。槍と表現するのは生ぬるい、巨大な氷柱だ。

 ラムゥが放った魔法の力は凄まじく、魔物は穴を穿たれるどころか全身を千切られた。

 撒き散らされた屍は消滅し、歪な形の宝石が残された。売ればいくらかにはなるだろう大きさだったが、ラムゥは目もくれなかった。


「テシラッ!」


 屈んで傷を確認した。かなり深いところまで肉がえぐられており、出血が止まらない。


「ああ……そんな……こんなことが……テシラ、テシラ、テシラ」


 ラムゥは急いで治癒魔法を発動させたが、傷が深すぎた。医療を専門にしている魔法使いでも治せるか訝しむほどの深手だ。


「くそっ! くそぉっ!!」


 自分の無力さに絶望に包まれる。涙で霞んでテシラが歪む。


「ラムゥ……」

「テシラッ」

「いいのよ。もういいの……」

「大丈夫。きみは助かる。僕が助けるから」

「これでよかったのよ。運命を無理やり捻じ曲げてはいけないって、運命が言ってるのよ」

「なにを言っているんだ。きみが死ぬ運命なんて、僕は認めない」


 彼女を救うために禁忌に手を染めたのに、それが原因で産み出された魔物に襲われるなんて、これは罰なのか? 因果応報というのは、こういうことをいうのか? なら、なぜ僕を襲わない。死ぬべきは僕の方じゃないか。天は僕をとことん苦しめようというのか。


「ラムゥ、あなたの作ったサンドウィッチ、おいしそう……」


 テシラの声が小さくなる。苦痛が襲っているだろうに、なにかを悟ったように穏やかな笑みを滲ませた。しかし、声がどんどんか細くなり、呼吸も苦しそうに肩で息をしている。


「死なせない。きみを死なせるものか」


 ラムゥはテシラを抱き上げ、走り出した。跡には細かい宝石の輝きと、シートの上に広げられた食事が残された。カップに注がれたミルクティーからは湯気が揺らめいていた。今しがた起こった惨状など無視するように、緩やかに湯気を大空に向けて立ち昇らせていた。


 やっとの思いで自宅まで帰ってきた。一度も止まることなく走り続けたせいで、口の中に血の味が広がる。道中では何人かとすれ違った気もするが、意に介している暇などあろうはずもなく、無視して駆け抜けてきた。

 息も絶え絶えなテシラをベッドに寝かせ、納屋を改造した細やかな研究室に向かった。

 生命を司る魔法は完成間際まで漕ぎ着けている。本当は今夜に最終実験を行うつもりだったが、もうそんな時間はなかった。

 実験に使おうと思っていた宝石を鷲掴みにすると、早足で寝室に戻った。

 ベッドの上のテシラは、血の気が失せていて肌が蒼白になっていた。まるで陶器を連想させ、人間はここまで白くなるのかとパニックに陥りかけた。


「……大丈夫だ。自信はある」


 弱りきっているテシラの姿は、まだ少しだけ残っていた躊躇いを吹き飛ばした。

 ラムゥは宝石に魔力を注入した。双子の乙女。魔物を使役してまで強奪してきた最高の逸品だ。この宝石を手に入れた翌日にテシラが襲われるなんて、なにかの暗示か。精神を集中して、双子の乙女の片割れに魔力注入を始めた。


「この宝石なら、魔力が定着して治癒後も安定するはずだ。これまでと違って、病に怯えることなく人生を謳歌できる」

「……待って」


 テシラが消え知りそうな声を絞り出した。


「テシラッ」


 もう意識は取り戻さないだろうと決めて掛かっていたため、ラムゥは彼女の生命力に驚嘆すると共に感謝した。


「待ってて。すぐに治してあげる」

「やめ、て。ラムゥ」

「なにを言ってるんだっ。このままじゃきみは確実に死んでしまう」

「私は……魔物になんかなりたくない」


 大木槌で頭を殴られたような衝撃が、ラムゥを直撃した。これまで何体もの失敗作を見てきたのに、彼女がそうなることなんて微塵も考えなかった。いや、それは違う。可能性は頭にこびりついていた。だから躊躇したのだ。しかし、それを敢えて無視して実行に移そうとしている。

 テシラを襲った魔物の醜さが脳裏に甦る。もし人間があのような異形に変貌した場合、知性は、感情は維持できるのだろうか。たとえ命永らえたとしても、あんな化物になってしまったら、彼女は悲観に耐えられずに自ら命を断つに違いない。

 固まっていた意志が解れ始めた。しかし、彼女を助けたい気持ちが消えるわけではない。


「大丈夫、大丈夫だ……」


 思考が袋小路にはまってしまった。だがラムゥは、宝石が二つある点に着目すると、無理やり壁をぶち破った。

 机の上に置いてあったナイフを手に取り、シャツを脱いだ。


「ラムゥ、なにを?」

「最終実験だ。これを見れば、きみも安心できるだろ?」

「ラムゥッ!?」


 ラムゥはナイフを自らの胸に突き刺した。刃が体内に飲み込まれ、鮮血が吹き出す。

 テシラの声にならない悲鳴を耳にしながら、ラムゥは魔力が注入された宝石を傷口に埋め込んだ。


「僕の理論は完成したんだ。これなら……」


 ばっと視界が真っ白に染まった。なにが起きたのか理解できなかった。刹那の間に遅れて、これは今まで経験したことのない痛みだとわかった。あまりの激痛に、理解が追いつかなかったのだ。

 凄まじい悲鳴が耳を劈いた。それが自分から発せられたものなのか、テシラが叫んでいるのかもわからなかった。

 白くなった視界が徐々に戻り、色彩が戻ってきた。手を伸ばして涙でぐしゃぐしゃになっているテシラが映った。体が熱い。力が漲るようでありながら、所々に受け入れ難い違和感を感じた。


「テシラ……これで、きみを治せる……」


 意識を保てたのはそこまでで、ラムゥの視界は再び白く染まった。

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