始まりの村セベル
ここは王都から遥か彼方にある村『セベル』。ぬくもりあふれる木造一階建ての家々が並んでいる人口100人程度の村だ。
住人のほとんどが自ら野菜や家畜を育て自給自足をしている。なんと素晴らしいことか!ビバ自給自足!レッツ農作業!
おっと、話が逸れてしまったが僕の名前はハヤト。
村の名前と似つかわしくないって?その通り!なんて言ったって僕は異世界人なのだからっ!
時は遡り半年前。
僕は都内の大学に通う学生だった。特に友達がいないわけではないけどサークルには入ってないし、もちろん彼女なんてものもいなかった。毎日自宅から学校に向かい、終わればバイトをし帰宅。翌朝また学校に向かい、終わればバイトに行く。週末には一日バイトなんて言う充実しているかといえば充実はしていたが決して楽しくはなかった。自分に課したノルマをこなすだけの日々に嫌気がさしてきていたのも事実だ。
そんなある日、僕は目が覚めるとそこにあったのは見知らぬ天井だった。
数分は戸惑いもあったが、その後すぐにここが異世界なのだと期待し興奮した。なんて言ったって異世界を夢見ない少年はいないだろうし、僕もその一人だ。
しかし僕は召喚陣が展開されていたわけでも、交通事故や通り魔に殺されたわけでもない。昨夜もいたって普通に自宅のベットで寝ただけだ。ただそれだけだ。
ベットの上で『システムコマンド』や『プロフィール』と言っても何も起きない。目の前をスクロールしてもステータス画面は出現する気配はない。そんなこんなで最初は僕にも、もしかしたら何か特殊な才能だったり、チート級なスキルがあるのではと夢心地だったがそれらは幻想だと痛感する。
僕には何もない。
学生時代と何も変わらない。
この非現実の中にいても痛烈に感じる以前と変わらぬ現実の壁に一歩も歩みだすこともせずくじけそうになっていた。そんな時だった。
「おーい!誰かいるかー!」
ドンドンと今にも破壊されるのではという勢いで玄関の戸が叩かれる。
突然の来訪者に身動きが取れずにいるとギシギシと音を鳴らしながらゆっくりと部屋に光が差し込んでくる。それと同時に
「おいおい、戸締りせんとは盗人に盗ってくださいといってるのと同じじゃぞ」
と、呆れ口調ながらも満面の笑みを浮かべた白髪頭の老人が部屋に入ってきた。
互いに様子を窺うようにアイコンタクトをとっていると痺れを切らした老人が顔を染めて言う。
「そんなに見つめちゃイヤ・・・」
夏風邪がインフルエンザを背負ってやってきたかに思えるほど強烈な不快さは言葉を失わせるには十分すぎた。
「なんじゃ、惚れたか」
「惚れてないわ!」
ポロっとこぼした声に思わず叫ぶように返事をした。
「おうおう元気はあるようじゃな、よかったよかった。今朝お前さんに声をかけたときは返事も帰ってこんし覇気も全く感じ取れんかったので死人なのかと思ってしまったわい」
ははは、と愛想笑いでごまかそうとしたが老人は続けて
「そうじゃ自己紹介がまだじゃったな、ワシはこの村の長を務めているカリムというものじゃよろしく頼むぞ」
「僕は・・・」
「わかっておる名乗らなくてももう村中がお主のことを知っておるぞ、なんていったってお主は王都から来た光の子なのじゃからな」
その後村長のご厚意で村の案内をしてもらったが、ここは最初にも言ったとおり王都を出て西に荷馬車を乗り継いで1か月以上かかる遥か彼方に存在する人口100人、動物達200匹が暮らすセベル村。
住人の9割は自らの畑や田んぼを耕し、家畜を育て自給自足の生活を送っている。もちろんと言っていいのか分からないが通貨での売買ではなく物々交換が主流で金銭面での貧困や争いは無いに等しい生活を送っていた。
さてここで残りの1割は何をしているのかというと『冒険者』だ!
しかし、初めて生で見聞きする異世界ファンタジーの職業は悲しいものだった。村周辺の危険な魔物は遠い昔に狩りつくされ狩るものといえば少し大き目な猪のみ、危険とされる山奥の洞窟はそれも遠い昔に出入り口を封印され安全対策が取られている。冒険者のほとんどの剣は鍬に代わり獲物は魔物から野菜に代わっていた。
「ん~平和っ!」
言わずにはいられない程超平和なこの町は何もない僕には悲しくもちょうど良いものだった。
そこからの半年間はあっという間だった。王都からの人間というのも相まってか村の人達とはすぐに溶け合うことができ、更に村長の畑を手伝わしてもらい肉体的にも精神的にも充実した日々を送っていた。まるで村人Aみたいだなぁ~なんてのんきに思いもするがどこか心地よかった。
ビバ!自給自足!レッツ!農作業!
それから数日後、毎朝の日課となっている野菜たちの様子を見に行っていたときだった。
明らかに挙動が不審な村長がうろうろと彷徨っている。しかも何かぶつぶつとつぶやいていた。このままでは存在しない警察に通報されかねないと思い、
「村長どうかしましたか?」
と声をかけると最初は驚いた様子だったが、すぐに何か閃いた様子でこちらに近づき手を取って言う
「お主、冒険者に興味はないかね?」
読んでいただきありがとうございます。
一歩一歩確実に進む彼の成長を共に見守ってもらえたらうれしいです。