萌子との再会
「ここよ。愛ちゃん」
ドアを開け、めぐみが入っていった。
めぐみの登場に、室内がざわめいた。
その雰囲気に尻込みする愛を、
「ほら愛ちゃん。入った入った」
めぐみが強引に引っ張り込んだ。
「じゃあ、愛ちゃん。がんばってね」
手を振りながら、めぐみはさっさと出ていってしまった。
全員の視線が自分に向けられている。
「うっ」
愛はちいさくうなった。
(み、見ないでよ)
いたたまれなくなり、部屋の隅へ逃げた。
なのに、すぐ三人の子が近づいてきた。
「ねえねえ、あなた名前はなんていうの?」
友好的な口調だが、目は笑っていない。
「中峰愛です」
応えながらも、腰が引けてしまう。
「めぐみさんと知り合いなの?」
「ううん。玄関であって、担当さんの代わりに案内してもらっただけ」
「そっか。よかった。ごめんね、こんな質問して」
三人が安堵の笑みを浮かべた。
(あっ、そっか)
プロデューサーである楓静とともに、WILLのメンバーであるめぐみ。そのめぐみと知り合いであるということは、それだけ楓静にも近いということになる。
少なくとも、ここにいるなに一つつながりのない子たちよりは、オーディション通過の可能性が増える。
それは他の子たちからすれば、脅威以外のなにものでもない。
合点がいった愛は、
「ううん。気にしないで」
去っていく三人に、軽く手を振った。
よく見れば、周りの子たちもほっと胸をなでおろしている。
なんだか親近感を抱き、愛は自分から話しかけようと思った。
けど、それを遮るように、ドアが開いた。
愛を含め、みんなが注目する中、田崎が入ってきた。
なんだ、と思ったのも束の間で、
「さあ、入って」
田崎の横から入ってきた女性に、息を呑んだ。
二重の大きな瞳。長くて濃いまつ毛。スラリと通った鼻と桜色の唇が、小顔の中に絶妙に配されている。腰まで伸びた長い栗色の髪も、一本一本が糸のように細く、光沢に満ちている。
めぐみと比べても遜色ない美貌を持った女性に、目線が吸い付いて離れない。
(すごい! キレー! わたしとは月とスッポンだわ)
視線が合った。
ニコッと微笑まれ、思わず微笑み返してしまった。
「それでは全員揃いましたので、これより第二次選考の面接に入っていきたいと思います。説明をしますので、椅子に座ってお聞きください」
愛は女性から目が離せなかった。
かなしばりにあったように動けない愛のところに、女性が歩いてきた。
「座ろ」
優しい声だった。
不思議と体が動き、愛たちは並んで腰を降ろした。
それを確認して、田崎が説明を開始した。
「面接は個人で、二、三分程度を予定しています。こちらから名前をお呼びしますので、呼ばれた方は隣の部屋にいってください。それ以外の方は、ここで御自分の名前が呼ばれるまで静かにお待ちください。では一番の方、長谷部美幸さん」
名前を呼ばれた少女が、元気な返事で立ち上がり、面接室に入っていった。
「よかった~。トップじゃなくて」
胸をなでおろした。
「緊張するね」
声に反応し、横を向いた。
(なんだか輝いて見える。これが世に言うオーラなのかしら)
何度見ても、視線が釘付けになってしまう。
「なにか付いてる?」
小首をかしげる美女に、
「な、なんにも付いてないです」
あわてて首を横に振った。
「自己紹介しましょう。わたし……」
「中峰愛ちゃんよね」
先に言われ、言葉を飲み込んだ。
「私のこと忘れちゃった?」
大きな瞳でにっこり笑いかけてくれるその笑顔には、心当たりがあった。
忘れたくても忘れられない。
大大大好きなその表情は……
「萌お姉ちゃん!?」
大道寺萌子が、満面の笑みでうなずいた。
間違いじゃなかった。
また会えた。
胸に込み上げる思いがあった。
「萌お姉ちゃん!」
その思いを抑えきれず、衝動的に抱きついた愛を、
「愛ちゃん。久しぶりね」
萌子はしっかりと抱きとめてくれた。
「うん!」
「大きくなったね」
萌子が愛の髪を撫でた。
昔と変わらないその仕草が、くすぐったくもうれしい気持ちにさせてくれる。
「萌お姉ちゃんは、きれいになったね」
これは本音だ。
愛が見てきた中で、めぐみと双璧をなすような人物は現れないと、二分前まで思っていた。
それほどめぐみは完ぺきだった。けど、目の前の萌子も負けていない。
大人としての色気がほんの少しだけ足りないだけで、ほぼ互角だ。
言うなれば、めぐみは磨き抜かれた宝石であり、萌子は原石なのだ。
これからの磨き方次第で、めぐみを超える可能性だってある。
なんにせよ、こんな美女は三人といないだろう。
「ありがとう」
離れ、見詰め合う。
(こんなところで再会しちゃうなんて。ひょっとしたら、わたしと萌お姉ちゃんは運命で結ばれてたりして)
そんなことを考えていたら、
「えへへ」
笑いがこぼれてしまった。
「どうしたの?」
急に笑い出した愛に、萌子が不思議そうな顔をした。
「二人してこのオーディション受けてたのが、なんだか嬉しくて」
「愛ちゃんらしいね」
萌子が笑うと、周りの空気も華やぐような気がする。
少なくとも、愛の心は弾んだ。
「萌お姉ちゃんは、昔から歌手になりたかったの?」
その勢いをかりて、訊いてみた。
「ええ。小さい頃からの夢よ」
「えっ!? そうなの!?」
「知らなかった?」
うなずく愛を見て、
「そっか。言ってなかったっけ。ごめんね」
萌子が両手を合わせて謝罪した。
「ううん。それはべつにいいんだけど。そっか、萌お姉ちゃんの夢も歌手か……強敵出現ね」
「あら、ライバルは私だけじゃないわよ。ここにいるみんなそうなんだから」
周りを見ながら、萌子が耳打ちしてきた。
「ん~ん。そうだった」
愛も周りを見るが、
「でも、萌お姉ちゃんがいてくれるから大丈夫」
すぐに萌子に向かって微笑んだ。
不思議だけど、本当に大丈夫だと思えている。
「うふふふ。そんなこと言ってると、落ちちゃうわよ」
「それもきっと大丈夫!」
虚勢や見栄を張っているわけでもない。
でも、そんなに悪い結果にはならない。という確信がある。
だから愛は、Vサインをしてみせた。
「愛ちゃんはいいな。自分に自信が持てて」
萌子の表情が、少しだけ曇った。
たったそれだけで、愛の中に不安が生まれた。
「だ、大丈夫、萌お姉ちゃんきれいだもん。それに、歌だってあんなに上手だったじゃない」
本音ではあるが、さっきまでの自信がない。
「ありがとう」
取り繕うような言葉なのに、萌子はお礼と一緒に笑顔を見せてくれた。
その優しさに、愛は救われた。
「大道寺萌子さん。順番です。こちらにお越しください」
「はい」
萌子が立ち上がった。
「萌お姉ちゃん、がんばって!」
「うん。いってくるね」
小さく手を振り、萌子が面接室へと入っていった。
一人になった瞬間、不安と緊張がタッグを組んで襲ってきた。
足も震えだした。
立っていたら、きっとへたり込んでいただろう。
それぐらい、ガタガタと震えている。
暗い気持ちが、どんどん膨らんでいく。
二、三分で終わるはずなのに、萌子がなかなか出てこない。
十分を過ぎた頃、ようやく萌子が出てきた。
「萌お姉ちゃ……」
口を開きかけた愛を、
「中峰愛さん。順番ですので、こちらにお越しください」
田崎が呼んだ。
「萌お姉ちゃん」
ふらつきながら駆け寄る愛を、
「大丈夫。愛ちゃんならきっと大丈夫だから、自信を持っていってきなさい」
萌子は優しく抱きとめ、励ましてくれた。
萌子から伝わる心音に合わせ、愛の鼓動もゆっくりになっていく。
「愛ちゃん。がんばって」
「ありがとう。いってくるね」
落ち着いた愛は萌子から離れ、面接室に入った。