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父との会話

 ベッドに横たわり、考えてみた。


(歌うことは嫌いじゃない。というよりは、好き。でも、それ自体を仕事にしたいのかなぁ?)


 自問自答すると、WILLのメンバーが浮かんだ。


(彼らのように、音楽と生きていくことができるの? そんな実力ある? わたしに)


 カラオケに行けば、それなりに上手いねと言われる。

 けどそれは、友達同士だからだ。


(プロの歌手になれると思う?)


 そう訊けば、答えは変わる気がする。

 人の本音はわからないものだ。


「う~ん」


 気がつけば、うなっていた。


「う~ん」


 考えれば考えるほど、よくわからない。

 思考にストップをかけるように、コンポを再生した。

 歌詞カードを手に取り、楓の歌に沿って歌詞を追っていく。


 トップはいつも見えなくて

 本当のゴールも見えなくて

 自信を無くし

 瞳を閉じるときもある


 だけど

 想う夢や未来があるのなら

 目指す時と場所があるのなら

 そこを見据えて走り出せ

 最速・最先端の道のりで


 誰かの声も

 周りの雑音(おと)

 すべてを消し去るほどのスピードで

 世界のHIGH(ハイ)まで駆け抜けろ


 一番の終わりと同時に、最初に戻した。

 何度も何度も一番だけを聴いた。

 なにかを語っているような、それでいて強く、強く背中を押してくれているような歌を。

 曲を聴く回数に合わせ、愛の中に懐かしい気持ちが芽生えてきた。


(この気持ちはなんだろう?)


 心に問いかけたが、答えは浮かんでこなかった。

 けど、たしかにある。

 確固たるカタチをもって、胸の中にある。

 なのに、把握できない。


「ああんもう」


 頭を抱え、ベッドの上をゴロゴロ転がった。


「愛、ご飯よ」


 階下から母の声が聞こえた。

 胸の中はモヤモヤしているが、気分を変えるにはちょうどいい。

 コンポと思考をとめ、愛はリビングに下りていった。


「あっ、お父さん。お帰り」


 リビングには、父の姿があった。


「ただいま」


 落ち着いた深みのある、愛の大好きな声が返ってきた。

 優しい性格もあり、愛は父が大好きだ。

 思春期の娘としては珍しいのかもしれないが、好きなのだから仕方がない。

 最後に母が席に着き、夕飯が始まった。

 最初は朗らかに今日の出来事を話していたのだが……


「今日愛ったらね。急に歌手になりたいなんて言い出したのよ」


 母が思い出したようにそう言った。


「で、で」


 殊の外、父が食いついた。


「受けたい理由っていうのがね。オーディションの主催者が、愛の好きなバンドのボーカルなんですって」


 母の物言いに、父がなにかひらめいたような表情をした。


「ひょっとして……歌手になりたいというのは建前で、本音はそのバンドの人に会いたいため!?」


 コックリとうなずく母と、


「あははははは」


 大笑いする父。


「ちょっとお父さん。そんなに笑うことないじゃない」


 愛は文句を言いながらも、恥ずかしさに顔が赤くなるのを感じた。


「ああ、ごめんごめん」


 父が謝るが、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 ほほを膨らませ、愛はそっぽをむいた。


「あ、愛? 愛ちゃん!?」


 応えず、黙々と箸を進める。


「だめよあなた。笑ったりしたら」

「いや、ごめんごめん」


 たしなめる母と、謝罪を重ねる父。

 だが……ほとんど間をおかず、


「ぶふっ。あはははは」


 父がふきだした。


「うふふふふ」


 つられるように母も笑い出した。


『うひゃひゃひゃひゃ』


 いまや二人とも、わき腹を押さえるほど爆笑している。

 そんな両親の姿に、口元が引きつる。


「もう! そんなにおかしい!? 大好きな人に会いたいっていうのが!」


 ドンと箸を置き、愛は自分の部屋に駆け戻った。



「あんなに笑うことないじゃない。お父さんもお母さんも、失礼よね」


 ベッドに向かう愛の足に、筒状に丸められたなにかが当たった。


「ん!?」


 拾い上げ、広げた。


「あっ! 新曲のポスター!」


 愛の口から、驚きと歓喜の入り混じった声が漏れた。


「お店の人がくれたんだ。ラッキ~」


 気の利いたサービスに頬が緩み、ちょっとだけ溜飲が下がった。


「愛、ちょっといいかな」


 ノックとともに、父の声が聞こえた。

 ムッと怒りがぶり返したが、


「うん。いいよ」


 愛は父を部屋に招きいれた。


「ねえお父さん。いいでしょ」

「へえ~、レベル高いねぇ~」


 ポスターを見せると、父が感心した。


「えへへ、そうでしょ~」


 この反応が見たかったのだ。

 褒められたことが、自分のことのように嬉しい。


「その人たちが、愛の好きなWILL?」

「うん」

「お父さんも聴いてみたいな。聴かせてくれないかな」


 コンポの再生ボタンを押し、愛たちは並んでベッドに座り、聴き入った。


「愛は憶えてる? 蓮根先生や萌子ちゃんのこと」

「う、うん」


 突然の質問に戸惑いながらも、愛はうなずいた。


「じゃあさ、愛が蓮根先生のところにお世話になるきっかけは?」

「う~んっと……どうしてだっけかな」


 頭をひねるが、?マークしか浮かんでこない。


「思い出せない?」

「うん。だってもう六年も前のことだもん」


 愛はあっさりと白旗を揚げた。


「きっかけはね。蓮根先生の家の前を通ったときに聴こえてきた、萌子ちゃんの歌声だったんだよ」

「萌お姉ちゃん!?」


 懐かしい名前に、ドキッとした。


「そうだよ。萌子ちゃんの歌に感動した愛はね、お父さんやお母さんの制止も聞かず、蓮根先生のところに飛び込んでいっちゃったんだよ」

「えっ~、そんなことしてないよ~」


 かぶりを振って否定した。


「本当に憶えてないんだね。じゃあ、その後のことも憶えてないんだ」

「な、なに? わたしなにしたの?」


 意味深な物言いに、愛は父に体を寄せた。


「愛はね、蓮根先生の家に勝手に入っていっちゃって、萌子ちゃんに「わたしのお姉ちゃんになって」って言ったんだよ」

「あっ」


 口に手を当て、驚きを隠した。


(思い出した! 言われれば、そんなこと言ったわ)


 顔が急に熱くなっていく。


「思い出したみたいだね」

「う、うん」


 意地悪な笑顔を浮かべている父に、愛は引きつっているであろう笑みをむけた。


「全部思い出した?」

「うん。わたしのお願いに、萌お姉ちゃんが「いいよ」って答えてくれたことも、嬉しくてはしゃいだわたしが花瓶を割ったのも、全部思い出した」


 懐かしい思い出が胸に去来した。

 愛は立ち上がり、部屋の隅にある本棚から、一冊のアルバムを手に取った。

 ページをめくるごとに、中に閉まってあった思い出がよみがえってくる。


「愛。お父さんがなんでこんな話をしたかわかるかな?」


 ページをめくる手を止め、父に目を向けた。

 そこには、優しい表情ながらも、真剣な目をした父がいた。


「さっき愛が言ったよね。『好きな人に会いたいっていう気持ちがそんなにおかしい』って。お父さんもお母さんも、愛の気持ちを笑ったんじゃないんだよ。ただ、愛の行動する理由が、昔と変わっていなかったのが嬉しかったんだ」

「嬉しかったって、二人ともあんなに笑ってたじゃない」


 頬を膨らませ抗議した。


「それは謝る。ごめんなさい。でもね、小さい頃と変わらない想いを持ってる愛がおかしかったのも、本当なんだよね」


 父の笑顔は慈愛に満ちている気がする。

 それだけで、父や母が、今も昔も、愛を愛してくれているのが伝わった。


「ねえ、愛。会うだけなら、コンサートでもいいよね」

 立ち上がった父が、愛と視線の高さを揃えてそう言った。


「うん」

「だから、もしオーディションを受けたいなら、きちんと考えなさい。本当に歌手になりたいのかどうか」

「うん。お母さんも同じこと言ってくれたから、わかってる」


 元気よくうなずく愛の頭を、


「そっか。お母さんも言ったのか。それなら、後は愛に任せるね」


 近づいた父が、愛の頭を優しく撫でた。


「じゃあね」


 部屋を出て行こうとする父に、


「ありがとう。お父さん」


 愛はにっこり笑いかけた。


「なんのなんの。お父さんもお母さんも、愛が大好きなんだから、これくらいはお安い御用さ」


 去り際の父の言葉が、嬉しかった。

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