オーディション告知
「はあ、はあ、ただいま」
玄関に入るなり、愛は座り込んだ。
店から出ても見られているような気がして、気が付けば、家まで走り続けてしまった。
「どうしたの? 愛」
せんべいをくわえた母が、リビングから顔を見せた。
「なにかあったの?」
「ううん。なんでもない」
「そう。ならいいけど」
対して気にした様子もなく、母がリビングへ引っ込んだ。
突っ込まれなかったのは幸いだ。
愛も二階にある自分の部屋に向かった。
「うふふふふ」
部屋に入ると、自然と笑みがこぼれてきた。
鞄をベッドに放り投げ、買ってきたCDをコンポにセットし再生した。
ギターソロからノリのいい曲が流れ始めた。
愛はその小気味良いテンポに合わせ、制服から私服へと着替えた。
ベッドに腰掛け、CDケースから歌詞カードを取り出した。
ペラペラとめくると、カードの間から一枚の紙が落ちた。
ライブやイベントの先行予約券だと思い、拾い上げて視線を落とした。
落雷が走った。と思うほど、衝撃的なものだった。
紙に書かれていたのは……
楓静が総合プロデュースを手がける『ハイサイドオーディション』と、銘打たれたオーディションの告知だった。
参加資格は、歌手を目指す二四歳以下の健康な女性(二〇歳未満は親の承諾必要)だけ。
合格者には、CDデビューが約束される。
しかも、楽曲は楓静が書き下ろすという豪華なものだった。
「静のプロデュースか。すごいな」
WILLのほとんどの作詞を担当している楓静は、他人に楽曲を提供しないことでも有名だ。
こんなチャンスは、二度とないかもしれない。
「受けてみたいな」
告知用紙を手に、立ち上がった。
「お母さんに訊いてみよう」
コンポを止め、愛はリビングへと向かった。
しかし、そこに母の姿はなかった。
「お母さん」
呼びかけると、
「こっちよ」
トントントンという小気味よい音と共に、母の声がした。
愛は台所に向かった。
「ねえ、お母さん。わたしね、これを受けてみたいんだけど」
調理の手を止め振り返った母に、告知用紙を手渡した。
「ハイサイドオーディション。なんなの? これ」
「歌手になるためのオーディション」
「お母さんだってバカじゃないんだから、それくらい読めばわかるわよ」
母の苦笑に、愛は首をひねった。
「お母さんが訊きたいのは、なんで愛がオーディションに参加したいのかってことよ」
「そんなの決まってるよ。歌手になりたいからじゃん」
近くにあったしゃもじをマイクに見立て、愛は歌う仕草を見せた。
「愛が歌手になりたいなんて話、初耳よ」
「隠してたの」
「あはははは」
母が大笑いした。
「無理しなくていいわよ。お母さん、ちゃんとわかってるんだから。愛がオーディションを受けたい理由は、楓静に会いたいだけでしょ?」
ずばり当てられ、うなずくしかなかった。
「本気で歌手になりたいなら応援するけど、いい加減な気持ちなら反対。だから、もう一度真剣に、歌手になりたいのか考えなさい。受ける受けないは、それからよ」
さし返された告知用紙を手に、愛は自室へと戻った。