四年後
あれから時は過ぎ、愛も中学二年になった。
学校からの帰り道。
愛は近所のCDショップにいた。
「わ~あ、さすが」
店内中に貼られたポスターに、愛はうんうんとうなずいた。
ポスターに写っているのは、男性四人と女性一人。
愛が大好きなロックバンド、WILLだ。
その人気は四年経った今も衰えていない。というより、いまだ上昇中である。
その証拠に、彼らは海外進出まで果たし、多くの国で成功を収めている。
ファンとしては嬉しいが、日本での活動が減っているのは少し寂しい。
その寂しさを埋めるのが、今日発売のWILLの七ヶ月ぶりのニューシングルだ。
待ちに待った愛は、レジにいる店員に駆け寄った。
「あの……」
愛が言うより早く、
「すみません。WILLの新曲ってありますか?」
若い男性客が店員に尋ねた。
「申し訳ございません。午前中で完売となってしまいました」
「うえぇ、マジっすか~!?」
頭を下げる店員に、男性はがっくりと肩を落とした。
「ありあした」
しかしすぐに気を取り直し、男性は短く礼を言い、店を飛び出していった。
(このご時世に売り切れ……あの人には悪いけど、やっぱりすごい!)
CDが売れない時代にあって、WILLはミリオンヒットを多く出している。
配信なども行ってはいるのだが、その影響を感じさせないから凄い。
その驚異的なセールス力は、化け物と評されるほどだ。
(んふっふっふっふ)
浮かんだ笑みを隠しながら、愛は店員に話かけた。
「すみません……」
「WILLの新曲、『HIGH』は品切れです。他の品をお探しですか?」
「えっ! 品切れ!? あ、あの、わたし予約したんですけど」
慌てて、財布の中に入れていた引換券を差し出した。
「あっ、ご予約された方でしたか。なら大丈夫です。今お持ちしますね」
店員は、そそくさと品物を取りにバックヤードに姿を消した。
(はあ~、びっくりした。もう、脅かさないでよ!)
内心で文句を言いながらも、店員を待つ間手持ちぶさたになってしまった愛は、店内のポスターを見た。
ボーカルの楓静、ギターの青山一樹、ドラムの石田将一、ベースの時野翼の男性四人が、真っ白なソファーに腰掛けた紅一点、キーボードの相田めぐみを囲んでいる。
どこにでもあるありふれた構図なのに、WILLがやっただけで、今まで見たこともないように見えるから不思議だ。
と言っても、原因ははっきりしている。
楓静を筆頭に、男性メンバーは全員が身長一七五センチ以上で、雑誌やテレビの『恋人にしたいアーティストベストテン』などのランキングには、必ず登場するほどのルックスの持ち主たちだからだ。
もう少し詳しく言うなら、茶と金の間のような髪色と、よく見れば青みがかった瞳をしている楓。
ハーフらしいという噂はあるが、多くを語らないクール系のため、真相はわからない。
ただ、その謎めいたところがファンの心を刺激し、バンド一の人気を獲得している。
そんなクール系の楓と対照的なのが、お兄ちゃん気質満載の青山だ。
楓とは高校の同級生で、二人が知り合った時には超絶ギターテクニックをマスターしていたらしく、WILLの作曲のほとんどを青山が担当している。
愛にはわからないが、青山のギターになりたいファンが多いらしい。
一九二センチでメンバー一の長身である石田。
趣味の運動も作用し、筋肉質でがっちりしている。
寡黙な性格も相まって怖い感じもするが、ファン対応に優しさと感謝がにじみ出ていて、隠れファンが多い。
本人同様、ファンも奥ゆかしいのだ。
一番最後にバンドに参加した時野は、一言でいうならやんちゃ系だ。
髪の色もコロコロ変わるし、服装も色彩が派手なものが多い。
男性では唯一、身長が一七〇センチ代なのだが、決して小さくはない。
周りが大きいだけだ。
それを理解しているが、一部のファンは時野をショタ扱いして可愛がっている。
そうされたときの時野からの蔑んだような視線に痺れるらしい。
愛には理解できない世界だ。
それでも、四者四様で推しには困らない。
その多彩なメンバーに囲まれている相田めぐみも、一七五センチの長身。
肌は色白だが、締まりがありつつも女性らしい丸みも兼ね備えた理想のスタイルをしている。
朗らかでいて、終始笑顔を絶やさずにっこり笑った顔は、『天使の微笑み(エンジェルスマイル)』と呼ばれるほど魅惑的だ。
その破壊力たるや、同性すら瞬殺するのだから、異性は言わずもがなだろう。
本人非公認ではあるが、親衛隊まで存在するのだ。
といったように、褒めろと言われればいつまででも語れるほど、メンバー全員のルックスが秀でている。
正直、全員がモデルでも十分通用する。
そんな人たちが着飾っているのだから、ポスターが輝くのも当然だ。
だからこそ、CDが売れるのだ。
彼らのジャケットや歌詞カードに収められた画が見たいのだ。
(わたしも、静たちに囲まれてみたいな~)
目を閉じて、めぐみの位置に自分を置いた。
「うふふ」
口に手を当て含み笑いを漏らす愛の耳に、
「大変お待たせしました。こちらがご注文の商品です」
店員の声が届いた。
驚いて目を開けると、店員と視線がぶつかった。
(! 見られてた!)
恥ずかしくて、すぐに目線を逸らした。
…………嫌な沈黙だ。
「い、いくらですか?」
「一六八三円です」
愛は二〇〇〇円を店員に渡した。
「三一七円のおつりです」
つり銭とCDを受け取り、逃げるように出入り口へ向かおうとする愛に、
「これ、サービスです」
店員が筒状に丸めた紙を差し出した。
「ありがとうございます」
ふんだくるように受け取り、愛は今度こそダッシュで店を出た。