素晴らしい出会い、素晴らしくない出会い
気さくに自然な笑顔でニゲルを見てくれた唯一の存在である。ニゲルは恐る恐る男の前に立つと
見上げる。顔を見上げればニゲルの体が後ろにこけそうなほどの身長差である。ベリルはすぐに膝を
つきなるべく体を低くする。
なれない服に少しぎこちない動きで一生懸命前を歩くホランドにニゲルはついていく。石でできた城、武器を持った兵士、せわしなく動く召使、すべてがニゲルの見たことにないものばかりでニゲルは
きょろきょろあたりを見渡す。
ニゲルたちとすれ違うものたちは一様に廊下の脇にずれて頭を下げる。慣れない対応に怖くなり
ホランドの手を咄嗟につかむ。ホランドもニゲルの心情を察し優しく握り返し足を進める。そのような調子で謁見の間に足を進めていれば曲がり角からぬっと影が現れた。
その出てきたものもニゲルたちを認めるとすぐに脇に身をおき頭を下げる。頭を下げる兵士にニゲルは
あっと声を漏らす。ニゲルが朝、テラスから見た大きな男であった。2m以上身の丈の男をニゲルは
見上げる。あの時、気さくに手を挙げたベリルをニゲルは覚えていた。ホランドはしっかりとニゲルの
ことを見て話してくれる、優しくしてくれる人物だとニゲルは認識している。しかし後ろに控える神官は真っ直ぐニゲルをみないことをニゲルは子供ながらに察していた。嫌われてはいないがガラス食器でも
扱うような感じだとニゲルは良い思いは感じていない。しかし前で頭を下げるベリルは違った。
気さくに自然な笑顔でニゲルを見てくれた唯一の存在である。ニゲルは恐る恐る男の前に立つと
見上げる。顔を見上げればニゲルの体が後ろにこけそうなほどの身長差である。ベリルはすぐに膝を
つきなるべく体を低くする。
「朝いましたよね」
「はい」
「えっと・・・・・・ありがとうございます」
「・・・・・・何がですか」
「うれしかったんです。僕・・・・・・あんな風に挨拶してもらったの久しぶりで・・その・・」
ベリルはニゲルの体と様子をみてすぐに察する。しかしそれを出さず大きな笑みを浮かべる。
「無礼者といわれるかと思いましたが喜んでくださったならよかったです」
ホランドは2人の様子をみて、ニゲルの護衛兵を目の前の男にしようと決める。ホランドや神官の目に
しっかり映っていた。ニゲルの纏う神聖魔力がベリルを包み込むのをホランドは神がニゲルの味方になるものを選んでいるのかもしれないと少し背筋をぞっとさせ思う。
―もしかしわしもああなっておるのかの
「おい・・・・・・わしもああなのかの」
「はい」
神官の返事にホランドの心は舞い上がりそうであった。自分のこの身がニゲルの神聖魔力を纏っている
など喜び以外の何にでもない。ある意味神の力を纏っているようなものである。舞い踊りそうな気持を
押さえてホランドはニゲルとベリルに声をかける。
「ニゲル様、そろそろ参りますじゃ。そこの男、名前は」
「はっ!ベリルと申します」
「ベリル、お主も来るのじゃ」
歩き出すホランドにニゲルとベリルは顔を見合わせ首をかしげ、ニゲルはたしかに王様をお待たせしてもいけないけどなんでベリルさんまでと疑問に思う。それはベリルも同じであるがベリルは上の命令には
従わないとな切り替えるとすぐに歩き出す。
「ニゲル様、すこし失礼します」
ベリルはニゲルが一生懸命歩くのを見てすぐにそういいながらニゲルを抱き上げる。突然のことに
ニゲルはバランスを崩さないようにガシッとつかむ。つかんだのはベリルの頭であった。
「ニゲル様、見えません」
パッと手を離し少し下にあるベリルの顔をニゲルは見て、周りに視線を走らせる。今まで見たことの
ない世界にニゲルは驚きと感動を覚える。きらきらと目を輝かせるニゲルにベリルは楽しそうに笑うが
ホランドは困ったように頭を押さえる。
「ベリル、突然すぎじゃ」
「申し訳ありません・・・・・・つい」
「・・・・・・まぁニゲル様もお嫌じゃないようじゃ。このまま参りますじゃ」
すべてのものが下に見え、天井も手を伸ばせば届きそうな距離に見える視点にニゲルはきょろきょろと
する。天井をよく見れば細かい図柄が彫り込まれているのが見える。その絵柄を見上げていると
動いていた世界が止まる。顔を前に戻すと大きな扉が目の前にあった。扉にも繊細に図柄が彫り込まれ、ニゲルは図工の図鑑でみた彫刻みたいだとじっと扉を見つめるが扉はすぐに真ん中で割れて押し
開かれる。
扉の向こうに立つ人、そして一番奥に堂々と立つ男にニゲルはもしかし王様じゃないのかと察する。
「ベリルさん、降ろしてください」
小さな声でニゲルはベリルに言うとベリルはそっと床にニゲルを下ろす。お礼を言うニゲルにベリルは
微笑むと端の方で控える長官からの視線に苦笑する。長官は入ってくる守り人に緊張していたがまさか
守り人であろう小さな子供を肩に乗せて自分の部下が入ってくるなど思いもしなかった。適当で大胆な
行動をよくするベリルに今回は何をしたと睨みつけても悪くないと長官は思う。
「陛下、守り人ニゲル様ですじゃ」
ホランドの言葉に謁見の間の誰もが膝をつき頭を垂れる。ニゲルは突然のことに驚き咄嗟にホランドの
後ろに隠れるがホランドがそっと肩を押して前にだす。
「アウローラ国23代国王アクィラ・インゲルス・アウローラと申します。ニゲル様、あなたのことは
必ずお守りいたします」
ニゲルはどうすればいいのかわからず、混乱するがすぐに国王は立ち上がる。
「ニゲル様、どうかつつがなくお過ごしください。なにかありましたらすぐにご連絡ください」
国王の言葉に訳も分からず頷けば、周りで膝をついていた者たちも立ち上がる。ホランドは少し前に
出るとアクィラに進言する。
「ベリルという兵士をニゲル様の護衛にくださいませんか」
「・・・・・・わかった。ニゲル様がそれでよいのであれば」
勝手に進められる話にニゲルはぎゅっと手を握りしめる。自分への対応が良すぎてニゲルは怖かった。
そしてとても落ち着かなかった。自分を見る多くの視線に気持ち悪さを感じる。ニゲルはちらっと視線を動かし謁見の間に控えるものを見る。多くは崇めるような眼でニゲルを見ているその中に汚いものを
ニゲルは見た。言いようがないがニゲルはある1人の男が纏うなにかからすぐに視線をそらした。
あれはいけないとニゲルは本能で察する。すぐに離れたい、あの男に近づきたくないとぎゅっと手を握りしめ気持ち悪さを耐える。
「ニゲル様?」
いつの間にか心配そうにのぞき込んでいたホランドにニゲルは意識を戻す。ホランドは顔色が優れない
ニゲルの肩を撫でる。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です・・・・・・」
その時汚いとニゲルに思われた男が中央に躍り出た。その瞬間ニゲルは言い知れない匂いを感じ鼻と口を押えて後ずさる。ホランドも突然動いた男に杖を向け、ベリルは柄に手を添える。そして躍り出た男は信じられないことを口にする。
「陛下!この子供は私が連れていきます」
「何を言われるのじゃ!ヘラン卿」
突然の暴挙を起こした男は最北の領地を賜るヘラン卿とよばれる男であった。ヘランはがめつく、民に
悪政をしく最低な領主であった。守り人を連れて行けば土地は豊かになり自分が豊かになると下品な
笑顔であろうことかアクィラに求める。どう考えても許しが出るはずもない言葉、逆に殺されても
おかしくない言葉である。アクィラも会議でもあまり発言しない男のありえない言葉にこのような男で
あったかと怒りを隠せない。そんな周りの様子など気にするヘランではなくニゲルに一歩足を進める。
「陛下!ご許可を」
ホランドは目の前の男を攻撃する許可をとアクィラに叫ぶ。アクィラが頷こうとしたその時、謁見の間に静かで力強い声が響いた。
「その必要はない」
誰もが固まり誰が発したのかと見渡せば、ニゲルが一歩前に出た。
「・・・・・・ニゲル様」
ホランドがあぶないと肩をつかみ下がらせようとしたがその手が肩をつかむことはなく宙で止まって
いた。誰もが動けない中ニゲルの腕がすぅと持ち上がる。
「わがものに対し無礼なふるまいはゆるさん」
ニゲルの声とは違う声がニゲルの口からつむがれれば男に向かい雷撃が撃ち落とされる。ホランドは
すぐに膝をついた。それはほかの神官も同じであった。雷撃を食らい情けなく失禁しながら倒れる
ヘランなど見向きもせず立ち尽くすアクィラの前に立つ。アクィラは自分の前に歩いてくるニゲルから
目を離すことができず立ち尽くす。
そして顔を上げ真っ直ぐ自分を見つめるニゲルの瞳にばっと膝をつく。アクィラも理解した。赤色に
輝く瞳孔と虹彩を見た瞬間、神様が目の前に立っているということに。だれもが文献で読んだだけで
その姿を見たものはいない。赤色は神のみが宿す色とされ人にも自然にもその色を宿すものは存在して
いなかった。唯一神殿にまつられる水晶のみが赤を教えてくれるものであった。その色が今アクィラを見下ろしている。
「アクィラといったな」
「はい」
「あのような男を我が守り人の前に出すな。この身には毒だ」
「申し訳ありません」
身を小さくするアクィラに満足したように頷くと愉快だといわんばかりの笑い声が響く。
「うぬらはこの小さき身で不安なようだな」
一部の者たちがビックと身をすくませる。守り人の器の大きさで豊かさが変化するといわれ
小さなニゲルを見て落胆したものもいた。その心を神が読めないはずもなくずばりと言い放つ。
「良いことを教えてやろう。この身は歴代の守り人の中でも一番よ・・・・・・まぁよい。われはいつでも
見ている。くれぐれも傷つけてくれるなよ」
そういうと謁見の間を支配していた圧倒的な力が霧のように晴れる。ニゲルの体がぐらっとアクィラの
ほうに倒れるのをアクィラはすぐに抱き留める。問題なく上下する胸に安心すると駆け寄ってきた
ホランドをちらっと見る。ホランドもニゲルの様子に胸をなでおろしベリルを手招きする。
「じぃ・・・・・・神様にお会いすることになるとは思わなかったぞ」
「わしもです・・・・・・それよりもあのような男がほかにもいないか心配ですな」
「・・・・・・神廟でお過ごしいただくしかあるまい」
「陛下、ホランド様」
ベリルは話す2人に声をかけるとニゲルの体を抱き上げる。
「ニゲル様を何があってもお守りせよ。これは勅命である」
「身命をとしてお守りいたします」