はしゃぐ船旅
「すごい! すごい!」
「そんなに身を乗り出すと落ちますよ」
ベリルは甲板から川面を見下ろし歓声を上げるニゲルに笑いながら、注意する。普通の子供のようにはしゃぐ姿にベリルは嬉しく感じていた。少し前ならばベリルに対しても遠慮して、部屋で小さくなっていたはずだとベリルは少し前のニゲルを思い浮かべる。
きらきらとした表情でニゲルは川に魚でもいないかと視線を動かす。しかし、なかなか魚の影も形も見えない。それでも、ニゲルは初めての船に心を躍らせている。
「なんで青く見えるんだろう」
「さぁ? 考えたこともなかったですね」
「川底が青いのかな」
ニゲルは青く見える川に首をかしげる。水は透明なのになぜ青く見えるのか不思議でならなかった。ベリルはニゲルに聞かれて確かにと、頭をひねる。自分も小さいころに似たような質問をしたことがあったなと懐かしいと記憶を呼び覚ます。
「昔、水と川底そして光が織りなす芸術だと教えてもらいました」
「芸術? 芸術なの?」
ニゲルは芸術が関係するのかなと不思議そうにベリルを見上げる。
「いやぁ、教えてくれたのが少し変わった人で。絵や彫刻が得意な奴だったので、そういう表現をしたのではないかと」
ニゲルは芸術かと山の向こうに消えようとしている太陽をみた。まぶしい光は黄色、白色に見える。ニゲルはいろいろな理由で集中できなくてまともに受けられなかった授業を思い出した。体に力が入らずぐったりと受けていた授業でも中には興味を惹かれ記憶に残っているものがあった。
スキンヘッドがきらめく佐竹先生の理科の授業は実験も多くとても楽しいものだった。いろいろな実験の中に三角形の透明で虹を作り出した実験はとても不思議できれいだった。
「光にはいろいろな色があるんだって力説してたな」
ニゲルは力説する佐竹の太陽に艶めく頭まで思い出し小さく笑った。たまに箍が外れたように難しい説明を始める先生だったと向こうのことを懐かしく思い出す。小さく笑ったニゲルの表情にベリルは嫌なことを思い出しているわけではないようだと微笑んだ。そして、辛いこと以外の記憶があることに少し安心した。
山に太陽が隠れれば、次は月の時間が始まる。太陽よりも大きい月がニゲルたちを照らす。ニゲルには不思議でならなかった。月は太陽の光を反射して光るはずだと、大きな月を見上げる。ウサギもカニも住んでいない月は青白い光で世界を優しく照らす。不思議だがニゲルはこの優しく澄んだ光が好きだ。
「そろそろ戻りましょうか」
「うん」
言い終わる前に持ち上げるベリルににげるは苦笑しながら頷いた。結局、魚を見ることができなかったと少し惜しく思いながらちらりとベリルの上から川を見下ろした。
「明日は魚見れるかな」
「運次第ですね」
部屋に戻ればホランドが持ち込んだ食事をテーブルに並べていた。ニゲルは腕から降りるとホランドのもとに移動する。
「何かしたい」
以前のような怯え、萎縮する姿はない、純粋な何かしたいという優しい心からの言葉にホランドは笑うとカトラリーを手渡す。ニゲルは受け取ると教わった通りにカトラリーを確認しながら、目線の高さのテーブルに並べていく。
「場所あってる?」
一人分を並べ終え、ホランドが頷くのにニゲルは星が飛びそうな得意げな笑みを浮かべると次の席に移動した。ベリルはその様子を確認しながら部屋にあるクッションを一つの椅子に積み上げる。
「ベリルさん、それは一体?」
食事を出し終えた鞄を奥にしまい、戻ってきたオーウェンとフリストが不思議そうにベリルを見た。ベリルは指をさした。指をさした先を見て2人は納得したように頷いた。
「確かにクッションがないと足りませんね」
「だろ」
「なに?」
指をさされていることに気が付いたニゲルがベリルのもとに来た。見上げれば吹き出すベリルにニゲルは口をとがらせる。
「椅子の準備をしていただけですよ」
ニゲルはベリルの横に鎮座する椅子を見て、さらに唇を尖らせた。
「すぐにおっきくなるもん」
「それはとても楽しみです」
にやりと笑うベリルにニゲルは背伸びをした。
「ベリルよりおっきくなるもん」
ニゲルの言葉にベリルたちは虚を突かれたような顔になった。そして互いに顔を見合わせ、背伸びをするニゲルをみて噴き出した。
「・・・・・・ぶっは!」
「なんで!?」
ニゲルは吹き出されるなんて思わず、顔を赤くする。なにか恥ずかしいことを言ったのかと慌てる。ニゲルは一切恥ずかしいことは言っていない。子供らしい宣言でしかない。
ただ、ベリルたち3人は2m越えの子供のニゲルを思い浮かべてしまった。今すぐ背が高くなる勢いの宣言につい間違った想像をしてしまった。
「変な想像をしてしまっただけです。大人になったコウはどんな感じでしょう」
「変な想像ってなに・・・・・・」
「食べますじゃよ」
ホランドの呼びかけにそこで背に関する話が終わってしまう。ニゲルは納得いかないという顔でベリルを見た後に、オーウェンとフリストをみた。少し肩を震わせる2人にニゲルは頬を膨らませながら手を合わせた。
その夜、ニゲルは目を覚ました。体を起こし部屋を見渡す。空気が変わったような感覚を覚えたのだ。ソファーで座った体勢で休んでいたベリルは動く気配に目を開けた。
「どうしました」
「起こしちゃった・・・・・・ごめんなさい」
「いえいえ、眠れませんか」
ベリルは立ち上がりベッドの横に移動する。暗い窓の向こうを見つめるニゲルの前をふさぐ。
「どこら辺なのかな。今までの空気と全然違う」
見上げて尋ねてくるニゲルにベリルは窓を振り返る。暗すぎて何も見えない窓にどこか判断が付かない。しかし、ニゲルの反応からアルビオン領を抜けたのかもしれないと判断した。
「アルビオン領を抜けたのかもしれません」
「そっか」
ニゲルはベリルの言葉に納得したように頷くと何かを考えるようにうつむいた。ベリルは優しく肩をベッドに倒すように押してやる。ニゲルは戻されるベッドの掛け布団をぎゅっと握り絞めた。
翌朝、ニゲルは部屋から出なかった。ベリルが誘っても首を縦に振らず、この世界のことが書かれている本を読んでいた。
「どうされたのじゃろう」
「たぶん、アルビオン領を抜けたからではないでしょうか。昨日の夜、目を覚まされてどこかお尋ねになられましたから」
「無意識に神の力が薄いことにきがついておられるのじゃな」
「おそらく」
ベリルは窓に顔を向ける。夜とは違い、明るい川面が見えた。ベリルの目には変わらない光景に見えるが、ニゲルの目には違うように見えているのかもしれないとベリルは思った。そして、なにかあっても自分がニゲルを助けると剣の鞘を握った。
何事もなく2日目が終わろうとしていた。明日の夜にはジョルノ領に予定通り到着する。どんどんアルタイルの力が薄くなる不安を誤魔化すようにニゲルは気になっていることを質問する。
「明日、つくんだよね」
「そうですよ」
「どんなところ」
「俺もいったことないですが、武闘派の多いところです」
「ぶとうは?」
ニゲルは首を傾げた。
「戦うことが得意な、そうですじゃ。ベリルみたいな強そうなものが多いというところですじゃ」
「ベリルみたいな」
ニゲルは目の前に座る大男を見た。ベリルみたいな人が大勢いたら、狭そうだと変な心配をしてしまう。じっと見つめるニゲルにベリルは何か違うことを考えていると頬を掻く。
「もともとが武を重んじていたジョルノ国の民なので、いまだにそういうものが多いのです」
「アウローラ国になる前はいろいろな国があったんだもんね」
ニゲルは少し前に習った歴史を思い出す。守り人が消えたことにより、土地が荒れ、国が傾いてしまった。そして、一番の国力を有していたアウローラ国にすべての国が属することになったっという歴史はニゲルに微妙な気持ちを与える者だった。
自分にそこまでの影響力があるとは思えないとニゲルは自分の手を見つめた。その時、船が大きく揺れた。何かに激突されたような勢いある揺れにニゲルはソファーから落ちそうになる。咄嗟にベリルが支え、落ちることなく揺れが収まるのを待てた。
「なに!? いまの!」
「見てまいります!」
オーウェンとフリストが部屋から飛び出せば、また次の大揺れがニゲルたちを襲う。