神獣アプス
「大丈夫ですか! コウ!」
「はぁはぁ」
荒い息ではあるが意識はあるニゲルにベリルはふっと息を吐きだす。そして、怪鳥の存在を思い出し慌てた様子で見渡すが怪鳥の姿は見えない。幻だったのかとベリルがもう一度見渡しじっと地面を見つめるホランドたちの視線に気が付き追いかけた。
「まさか・・・・・・さっきの怪鳥か」
地面には小さな鳥が力なく落ちていた。サイズこそ違えど体の柄や形は同一でほぼ確実に怪鳥だとわかった。ニゲルはだるい体に鞭を打ち怪鳥のもとに向かえば、怪鳥がうっすらと目を開けニゲルのこと見てきた。ニゲルは優しく怪鳥を救い上げる。
「もう大丈夫だよ」
抱えるように怪鳥を包み込めばまたニゲルから赤い力のオーラが漏れ出し怪鳥に注ぎ込まれた。
異常事態に駆け付けたラウジア、神官たちは神聖な絵画をみた。森の木々が息を吹き返し、割れる雲の隙間から漏れる光に照らされる赤いオーラ―を纏うニゲルは自分たちとは違うのだと認識させられる。
「なんという・・・・・・」
ニゲルの手から飛び立った元怪鳥はニゲルの上をくるくる飛び回るとニゲルの前に降り立ち頭を下げた。
”守り人様、ありがとうございます”
「えっ!?・・・大丈夫になったらよかった」
“おかげで助かりました。厚かましいことは承知しておりますが一つお願いしても”
もじもじとする鳥の姿にニゲルはかわいいと目をキラキラさせて頷いた。
「ぼくにできることなら」
“名前を付けてくれませんか”
「名前?」
“はい、そして私をそばにおいてほしいのです”
ニゲルは鳥の言葉に驚いた。暴れていた鳥と同一とは思えないきれいな青い羽におおわれ金色に輝く瞳の鳥はとてもかわいかった。勝手に決めてもいいのか悩んだがニゲルは一緒にいたいという思いを優先してしまった。
「うん! いいよ」
“では名前を”
ニゲルは神にもアルタイルとつけたから星の名前にしたいと思った。1人寂しく読んだ星座の本を思い浮かべる。
「アプスはどうかな」
“ありがたき幸せ”
ニゲルは知らずに1体の契約魔獣を配下に従え意識を失った。
「大丈夫か、ヒロヤ」
聞こえる声にニゲルはアルタイルだとすぐにわかった。ゆっくり目を開ければ美しく暴力的な赤がニゲルを覗き込んでいた。
「大丈夫です」
ニゲルはあたりを見渡しながら答えた。以前来たことがあるオレンジに染まり赤い惑星のようなものが浮かぶ空間だ。アルタイルはニゲルの脇に手を入れると抱き上げて肩に乗せて歩き出した。
「もう少し落ち着いてからと思っていたが自分から動き出すとは思ってもいなかったぞ」
急に言い出すアルタイルに何のことかわからないニゲルは首をかしげて見上げるアルタイルの目を見つめ返す。
「ヒロヤがこの世界になれたらこの世界のほころびを直してもらうつもりだったのだ。神廟の地図は崩壊の危機にある場所を示している。すべてが色味が悪かったであろう」
アルタイルの言葉にニゲルは神廟に駆けられていた地図を思い起こし、全体的に暗い印象を受けたとニゲルは頷いた。
「我の力がいきわたっておらんのだ。そこで我の力を受け止め使うことができるヒロヤに崩壊の地に赴いてもらい我の力をいずれ伝えてもらおうと思っておった」
アルタイルはここでニゲルの頭を押さえるように撫でた。ニゲルは嘴なのにアルタイルがほほ笑んだように感じた。
「それを自ら地に赴き、力を伝えるだけでなく、神獣まできちんと契約するとは」
「神獣?」
「そうだ。アプスと名をつけたあの魔獣のことだ」
ニゲルは魔獣か神獣どっちとなって困った表情を浮かべた。アルタイルはそうか知るわけないかともう一度ニゲルの頭を撫でながら教える。
「魔獣が神である我や守り人たるヒロヤと契約し名前を与えられると神獣となり契約した地の守護を司ることになる」
「アプスはカルヌを守るということですか」
難しい言葉をなんとか咀嚼してニゲルは確認する。アルタイルは満足そうに頷き歩みを止めた。
「下を見てみろ」
ニゲルはアルタイルのいう通り下を見て驚きの声を上げた。見た先には神廟で見た地図と全く同じものが見えていた。
「あそこがアルビオン城のある辺りだ。澄んでいるだろう」
「はい」
ニゲルは下にひろがる地図を見渡し気がついた。
「あそこカルヌですよね! カルヌも他より澄んでます!」
「ヒロヤのおかげよ」
「僕の? でも僕がカルヌから離れたらまた、他のところみたいに暗くなるのでは」
ニゲルは他の土地と見比べながらかなしい声を出す。カルヌがまた暗くなるのも他のところが暗いままなのは嫌だと首をふる。
「カルヌからヒロヤが離れても問題ない。我からヒロヤ、ヒロヤから神獣、神獣から地へと力がつたわる。魔獣は契約し力を得て神獣になる代わりにその地を守らねばならない。ただし守護する地よりもヒロヤ優先だ」
「ふへぇ」
間抜けな声を出すニゲルをアルタイルは顔が向き合うように抱え直す。服の上からでもわかるアルタイルのふわふわ具合にニゲルはおぉとなる。
「ヒロヤ、慌てることはない。自分のできることをしてくれればよい。正直申せばヒロヤはおるだけでもよいのだがな。我が守り人、宝よ」
ニゲルは薄れていく視界に戻るんだとわかりアルタイルに抱きついた。アルタイルは心地よい、名残惜しいと思いながらニゲルの意識を戻した。
「キュー」
心地よい鳴き声と右頬にふわふわとしたものを感じる。ニゲルはまどろみから目を開く。右に傾けると目が覚めたことに気がついたのかアプスがさらに柔らかな羽毛を擦り付ける。
「コウ!」
「ベリル」
ベリルは目を覚ましたニゲルにほっと息を吐き出す。ホランドが力を使われて疲労しておられるのだろうといってもやはり不安だった。ベリルはそこまで守り人に対して興味はなく、せいぜい保護対象くらいの認識だった。
しかしニゲルと会い、命を賭けてでも守りたい、幸せにしたいとベリルは思ったのだ。これは自分の意志だとベリルははっきりと言える。突然連れてこられた世界で懸命に生き、学び、そして救いたいと願うニゲルのために自分は剣となり盾となろうとあのルシオラ山で再度誓った。
ニゲルはゆっくり体を起こすと今度は手にすり寄るアプスを抱き上げれば、柔らかな羽が弾力をもってニゲルの腕に抱かれた。
「アプスでいいよね?」
“はい”
「アプスはカルヌを守ってくれる?」
“もちろんです。でも一番は主です”
「主って僕のこと?」
“もちろんです”
すりすりとすり寄るアプスを見下ろしながらニゲルは主という呼び名が嫌だった。そんなニゲルの様子に気が付いたのかすりよるのをやめてアプスが見上げた。
“どうしましたか”
「主って、その少し寂しいなぁって・・・・・・コウはだめ?」
“コウ様?”
「うん! それがいい!」
アプスはニゲルが喜んでくれるなら断然そちらの方がよいと頷いた。すりすりとすり寄る。ベリルはふわふわの小さな鳥と戯れるニゲルにほほえましくなった。そして自分以外にもコウとよんでもらえることをよかったと思いつつ、すこし面白くない感情も抱いたがすぐに振り払った。
「コウ、ホランド様をお呼びしてもよろしいですか」
「うん! 心配かけちゃったよね」
ニゲルは倒れて心配をかけたとしゅんとする。ベリルは気にすることはないと1つ頭を撫でると廊下に顔を出し衛兵に呼んでくるように伝えた。
間を置かず部屋の外から駆ける音が聞こえてくる。独特な足音にニゲルとベリルは顔を見合わせてホランドだと笑えば、勢いよく開いた扉からホランドが勢いを殺さずニゲルのもとに向かってくる。ニゲルはアプスにごめんねと一言いうと膝の横に降ろし腕を広げた。ホランドはそのまま真っ直ぐにニゲルを抱きしめた。
しかしホランドは抱きしめた後で驚いた。ニゲルが自らこのようなことをするなど今まで考えられなかったことだ。自分のことを信用してくれている、心を開いてくださっているのだと目が覚めたこと以上にうれしくなってしまった。
「心配かけてごめんなさい」
「ニゲル様のおかげで助かりましたじゃ」
「倒れちゃったけどね・・・・・・そうだ! 紹介するね」
ニゲルはそういうとホランドから体を離してアプスを抱き上げた。
「カルヌの神獣でアプス」
「Kyuuuuu」
「「神獣!?」」
ホランドもベリルもてっきり魔獣と契約したのだと考えていた。神獣はこの世界が誕生したころに数体存在していたとしか記されていない伝説の中の伝説であった。それが今、目の前にいた。
「神獣様ですか」
「うん」
「ニゲル様は神獣様と契約なさったのですか」
「違うよ」
ホランドの質問にニゲルは首を傾げた。首を傾げればホランドもベリルもつい首を傾げた。
“コウ様、おそらく神獣の成り立ちを知らないのでは”
「そっか」
ニゲルはいまだ疲労から頭が回っていなかった。アプスの助言で2人がなぜ首をかしげているのか理解した。
「魔獣が神様や守り人と契約すると神獣になるんだって。その神獣はその地を守ってくれるんだって」
“コウ様が一番だよ”
「僕を守ることが一番らしいけど」
ホランドは新たな事実になにかを考え出してしまった。ベリルは難しいことはわからないがニゲルを一番に守ってくれるなら別にいいかと考えた。
ラウジアはルシオラ山で起きた奇跡を目にし守り人に対する思いを変化させたが、屋敷に戻る道中でも驚きを感じ続けた。まだまだ荒れた景色だが明らかに澄み渡り、生き返ったような景色が広がっていたのだ。
ラウジアは後ろの馬車で眠るニゲルに心の中で頭を下げ敬拝した。そんなラウジアのもとにニゲルの目が覚めたという知らせが入り、その場に膝をつき手を組み合わせた。
「神よ・・・守り人ニゲル様をこの地に使わしてくれたことに感謝いたします・・・そしてなにとぞニゲル様をお守りください・・・まだまだ小さき方・・・あれが守り人の使命であるのならばあまりにも・・・・」
ラウジアはニゲルのこれからを思うとつらかった。小さいあの身にどれほどのものがのしかかっているのかと
「お世話になりました」
翌日にはニゲルは回復しアルビオン城に帰還することにした。礼をいうニゲルの前にラウジアはしゃがむ。
「私の方こそ、お礼のしようもございません。ニゲル様・・・・・・健やかにお過ごしください」
ニゲルはどこか辛そうなラウジアに首を傾げたがニゲルの後ろで控えるホランド、ベリルそして神官は同じような表情を浮かべていた。
「では帰りますじゃ」
「うん、ラウジア卿ありがとうございました」
馬車に乗り込むニゲルにラウジアは心からもう一度頭を下げた。そして屋敷に避難していた領民たちもそろって頭を下げた。その目にした奇跡とをもたらしてくれた奇跡、小さき守り人に対して誰もが頭を下げた
“コウ様、一旦ここでお別れです”
「そっか・・・・・・」
“いつでもお呼びください・・・・・・呼んでください!”
「うん!」
ニゲルの腕の中にいたアプスは近づく領域の端に寂しくなりながら光となり姿を消した。ニゲルは寒くなった腕に寂しくなったが呼べば来てくれるのだとポジティブに思った。