第三話 知らない事
待たせたな。私だ。さて、ブローディア君は何をいってくれるんだろうなぁ。楽しみだな?
おっと、空が落ちるって?んな、迷信は、私でも作らんぞ。バカにするでない。
代わりに見る位地を落としてやる。これが君らにはちょうどいい。天罰にしては軽いがな。
僕の名前であるシェフレラや、お姉ちゃんの名前のルピナスみたいに、あの子……箱の中でみつけた彼にもお母さんが名前を付けてくれた。
それが、ブローディア。新しい名前。
元々名前はあったと思うけど、あの子は記憶がなくって、覚えてないってことみたいだった。
僕は階段を駆け上がり新しい名前を伝えに行こうとしていた。
「空が……違う……?って……?」
お姉ちゃんが不思議がってる声を出しているのを聞いて、階段途中で止まる。
「うん、普通こんな灰色だっけ?」
ブローディアが窓から見える空を指さしてた。
普通、空は灰色だと思うんだけどな。何か変なのかな。
「これが普通ですよ。ブローディアさん」
もう、諦めよう。僕の口調。
とりあえず、階段を上りきった。降りるよりつらいね……。やっぱり。
少し急すぎると思う。この階段。固いし。痛い。
「ブローディアって、自分のこと?新しい名前?」
ブローディアが僕に聞いてくる。
「その通りです。お母さんが付けてくれたのですよ。新しい名前」
「おー。お母さんが新しい名前つけたの!?ブローディア?って名前?」
「うん。新しい名前。お姉ちゃんもいい名前だと思うよね!?」
新しい名前を伝えて、反応を見る。
「わたしのお母さんは『ねーみんぐせんす』があるよね!すごいいい名前だと思うっ!」
ネーミングセンス。ね。アクセント違うよお姉ちゃん。
「ねぇ、どう?気に入ってくれた?ブローディア。」
お姉ちゃんも確認してる。
「ああ、いい名前だ、気に入った。」
ブローディアはそういって、新しい名前を受け入れた。
「でも、ちょっと長いかも。ブローディア……何かいい略ないかなぁ。」
略……ってねぇ。そのままでもかっこいいと思うの。
「あ、略しても、いーい?」
お姉ちゃんはブローディアに問いかける。
今気づいたみたいに言ってるのは良いのかな。
そのブローディアと言えば外を眺めているようだった。見た目の割におとなしい人なのかもしれない。
でも、僕とは違う雰囲気。
「まぁ、好きにしてよ。もともと君らにつけてもらったんだ。」
寛容で優しげなオーラを纏っているように見える。
「フレラ、何かいい案ある?」
お姉ちゃんが僕に聞いてくる。
でも、アイデアなんてない。
「うぅー……何も思いつかないよぉ……ごめん。お姉ちゃん」
「フレラでもだめかぁ……何かない?ブローディア」
え、本人に直接聞いちゃう?
で、できるのかなぁ。
「じゃぁ。ブロード。でいいよ。」
あ、決めれるんだ。
「ブロード。ブロードね。いいわ、それで呼ぶとぉする!」
お名前決まったそうです。
「そういえば、さっきなんの話してたの?」
耳に軽く入ってきた情報では少なすぎる。
空が違う色だって、ことぐらいしか僕は知らない。聞いてない。
「お空の話だよ。えーっと、シェフレラ?だっけ。」
「あ、はい。シェフレラです。お姉ちゃんから僕の事、聞いたんですね。」
ブローディアは僕の事を知ってる。なら、お姉ちゃんの名前も分かってるのかな。説明する手間が省けた。
「まぁ、そうだ。こっちのルピナスから聞いたよ。」
「お姉ちゃんが教えたんだ?」
念のための確認を取る。
……確認です。
「そうだよ。ブロードが、『自分に名前つけるなら、二人の名前を教えてくれ』って。」
なるほどね。いや、既に分かってたけど。
「そういえば、なんで空が灰色なことにびっくりしてたんです?」
気になる。空が灰色なのは普通の事だから、驚いてる方が不思議だったんだ。
「自分が最後に見た空はもっときれいな青色だったからね。」
青色?空が?
気味が悪い……かも。想像できない。
というか、他の所ってなんだろう。ここの島のどこかなのかな。
「それって、どこで見られるのですか?」
「わたしも気になる!この島で見れるのかな?でも、ないと思うんだけどなぁ。」
お姉ちゃんもそう言ってる。
灰色以外の空なんて、聞いたこともない。
「ここじゃないよ。だって、初めてルピナス達が自分を発見したのは船の中だっただろ?」
ふね……?あの、箱の名前?
「『ふね』ってなに?ブロード。わたし、聞いたことないよ?フレラもそうでしょ?」
お姉ちゃんが僕に肯定を求める。
いや、聞くまでもなく知らないって、分かってるでしょ。
「うん。見たことはおろか、聞いたこともないよ。知らない言葉。」
これが、多分島民が全員一致での答えのはず。
少なくとも子供は知らないと思うんだけど。
……ってか、あの箱の事が『ふね』っていうなら見たことはあるってことかな。
「そうか、知らないんだ。船のこと。」
ブローディアは少し落胆してるように見えた。
知らないんだから仕方ないでしょ。
何て、言う意味……無いか。
「でも、ブローディアが乗っていた箱が、『ふね』って言うんですよね?きっと。」
『ふね』なんてものは、この島では見たことすらない。だから、想像するしかない。
「そのとーり。へぇ。シェフレラは頭がいいんだね。」
い、いや、これは頭がいいとかそういうことじゃない。
ただの分析……頭なんてそんなに使わないんだけど。
「そうだよ!フレラは頭がいいんだよ!だからわたしの自慢なの。」
お姉ちゃんが急に声を上げて言う。
よほどうれしいらしい。
……僕も嬉しい。
けど、そんな風に大袈裟に言われるとちょっと気恥ずかしいかな?
「で、ではですけど。その『ふね』って何に使うんですか?ブローディア」
いてもたっても居られなくて、空気を換える。
『かんわきゅうだい』って言う、アレかな。
本で読んだことしかないから使い方、合ってるかな……。
「そっか、船を知らないから、どうやって使うかも知らないのか。説明しよう。」
そう言って、狭い二階のこの部屋でいきなり空を仰ぎ始めたブローディア。
口が緩んでいて楽しげに見える。
自慢……?
「船はね、島から島へと渡るんだ。自分の場合は違ったけどさ……」
最後の方は小声で上手く聞き取れなかった。
ちが……った……?
「島から島へって、どうやって!?というか、他の島?なんてあるの?わたし、聞いたことないよ。」
お姉ちゃんが僕の代弁をしてくれた。
でも、ちょっと、勢いありすぎじゃないの?
ブローディアが軽く引いてる。
それより、他の所があるなんてのも知らない。
移動器具っていうのは分かったけど。
つまり、ここらへんを走ってるあの車達と同じなんだよね。
「……なんだか、自分達の常識とここの島の人達とは大きな差がある気がするよ……。説明が長くなりそうだ。使うときにでも説明するよ。」
ブローディアは諦め気味に言ってる。
確かに。差が大きい。掘れば掘るほどもっと差が広がっていく気がする。
「そうですね。もっと大きな差も見つかりそうです。」
相槌を打つことにした。きっともっと差はある。
けど、いま本当に聞いてみたかったのはそこじゃないはずだよね。お姉ちゃん。
話しずれてる事気づいているよね。
そんな意味を込めて
視線をちらっと送ってみる。
って
……こっち、見てないし。お姉ちゃん。ブローディアばっか見過ぎじゃないの。
ねぇ!ってば!
怒りの感情こめて軽くつついてみる。
お姉ちゃんは気付かない。おい。
僕は知ってる。明らかに僕がお姉ちゃんに偏ってることを。けど、それは良いことだって思ってるのも僕だって分かってる。
つまり、言いたいことはね、
……っ!?
「それより、空の話。しないとね。始めにそれだったよね?話しそれてしまったし。」
ブローディアが僕の思考ごと遮って、幕を切る。
「自分はね、ヨーロッパから来たんだ。この島から見てどこにあるのか分からないけどさ。ここよりももっと大きなところでね。今は、もう何もないだろうけど。……そんな所だよ。空が青い所は。きっと他のところもそんな感じのはずさ」
ブローディアはそういった。
そして、続ける。
「だけど、詳しい所はどこだか、分からないな。もう、覚えていないんだ。多分ね、自分が覚えているのは基礎知識だけだよ。生きるための。」
そうして、終えた。
僕と、お姉ちゃんに言えることはなかった。
聞きたいことが多すぎたけど、聞けない。
ブローディアの顔は悲しげで寂しげで、諦めたような顔。
きっと、何も知らない人がみたら、
大丈夫?
って、声を掛けたくなったかな。
部屋の中は空色のように、しらけていた。
あ、
はーい。私だよー。
え?前の人?
ああ、あれはね。出張逝ったの―。あ、帰ってくることはないよ。
顔が怖い?え、ただの笑顔だぞ。怖いとか言うと、また消されちゃうゾ☆
真実って怖いよね。
こう、よくあるじゃん。
お前は、真実を知りすぎた。
……バーンッ
こうやって、人は消えていくんだよ。君たち。