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「はっ! ドリームか!」
走行する地下鉄の車内で、そう叫んで古谷は目を覚ました。顔には玉のような汗がビッショリと浮かんでおり、表情は青ざめている。しばし周囲を見回してここがゾンビひしめく路地ではないことを実感すると、彼は左手で顔の汗を拭って一息ついた。
周囲にまばらに座っている乗客がそんな彼の様子を見てクスクスと笑っているが、恨みがましそうに彼がジロリとにらみつけると、すぐに笑いを潜めて顔を背けた。
「ったく、やな夢見ちまったなぁ」
ため息をついて、彼は反対側の窓ガラスに映っている自分の姿を見つめた。
特になんの変哲もない姿。街中に紛れ込めば数秒で景色と溶け込むであろう雰囲気。
ごくごく普通の一般人といったところだった。
(外見だけ、なんだけどな)
服の下に隠した存在のことを思いながら、古谷はひとつあくびをする。
地下鉄の車内は思いのほか静かで、いまは誰も周囲の人間のことを気にしていない。古谷は目を閉じて腕を組む。そうしていると時おりの揺れとあいまって、眠気が加速してくる。
またひとつ、古谷はあくびを漏らした。
だんだんと音が遠くなってきて、意識も曖昧になってきて――いつも感じているような感覚が――
(…………ん?)
ここでようやく、彼はこれが単なる眠気ではないことを悟った。
まるで、どこか遠い世界に自分を連れて行くような、ここではないどこかに誘われるような感覚。
そんなものを味わったことなど――何度もあった。
(……うわ、最悪だ。これ絶対眠ったらヤバイやつだ)
そう思いながらももはや目を開けることができない。だんだんと意識はまどろみ、思考もあやふやになっていく。
(せめて、せめて目覚めたらチートで無双な異世界に転生してエルフなヒロインと――)
そんなことを考えながら、古谷の意識は闇に落ちていった。