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第五十三話 空回りする女戦士

 一体の大根を犠牲にオリビアという冒険者の人となりがある程度わかった所で、大根卸しまみれで放心状態のオリビアに、マヤリスが尋ねる。


「それで、オリビアのいう『作戦の欠陥』ってなんだったのかしらぁ?」

「いや、今この人そういう話が出来る状態じゃなさそうなんだが……」


 すかさずそう突っ込んだアッシュは、ついついドルカにしてやるのと同じ感覚でハンカチを取り出し拭いてやろうとして、飛び散った大根卸しがオリビアの豊満な胸にべったりとかかっていることに気付き、そのハンカチをオリビアに握らせることにした。


「うぅ……アッ君は優しいね。お姉ちゃん嬉しい……っ! そうそう、作戦ね、作戦っ! ……ゴホン。 お前たちのその作戦には、致命的な欠陥がある」

「……説明する時はその口調に戻るんですね」

「本人の気質はアレでも由緒正しい戦士の家系だから。戦いのことになると実家の訓練のノリが抜けないらしいわぁ」


 一通り大根卸しを拭き取り落ち着いたオリビアが再び女騎士モードに切り替えだしたのを見たアッシュの呟きに対し、マヤリスが更に補足を加える。


「いいのっ! 気持ちの問題なのっ! ……それで、作戦についてだが、そちらの二人。お前達、多少のダメージならたちどころに回復可能であることを最後の防衛ラインにしているようだが……。あの宝石獣共を相手に一撃喰らって無事でいられるとでも思っているのか?」

「それ、は……」


 その一言は、今までのぽやぽやとした雰囲気からはとても想像できない程に鋭く冷たいものであり、この作戦ならいけるという自信、いや、慢心に浮ついていたアッシュの心臓を一瞬で凍り付かせるほどの威力を秘めていた。

 そして、答えに詰まったことで、無意識にマヤリスに助けを求めようとしたその瞬間、アッシュは気付いた。その質問に自分が明確な回答を持ち合わせていないことを。自身の命に直結する情報を、マヤリスから伝えられたことをそのまま鵜呑みにしてしまっていたことを。


「……どうやら、ようやく気付いたようだな。この作戦の致命的な欠陥に」

「俺は、自分の命に係わることをマヤリスに全部背負わせてしまっていた。対等な仲間になりたいと願い、そう誓った矢先に。マヤリスが大丈夫だと言うなら大丈夫だと、全部マヤリスに任せて自分で考えることを止めてしまっていた。もし万が一、マヤリスでさえ予想もしていなかったようなことが起きた時、俺もドルカも、自分自身の判断で切り抜けなきゃいけないかも知れないのに……」

「そういうことだ。戦場で最後に頼れるのは自分であり、他の誰かにその全てを預けて気を緩める等など語道断であるっ! 本当の戦場ではそうやって人任せにして誰かが作り上げた安全に胡坐をかいていた者から死んでいくのだ。……全く、『邪毒』のマヤリスともあろうものが何故このような初歩の初歩である戦の心構えを伝えることを怠っていたのか。流石の『邪毒』と言えど所詮は誰かと背を合わせて戦うことを知らぬソロ冒険者と言うことか。ふふ、ここはやはり私が仲間に加わることで……」


 軽くハンカチで拭きとったとはいえまだ所々服や髪の毛に飛び散った大根卸しがついており、生の大根特有のツーンとした香りが漂う中キリッとした表情で話し始めたオリビアに対し、マヤリスはそのせっかく取り戻してきた勢いを再びへし折るように言い放った。


「わかってたわよ?」

「……ふぇっ?」


 いきなり話に割り込まれて今に至るまで、もう既に何度目かわからないほど見た光景ではあるが、マヤリスはオリビアのその一瞬で勢いが失われて怯えた表情を見るのが好きで好きで堪らないらしい。

 アッシュからするともううんざりするほど繰り返されいつまで経っても話が進まないことに嫌気がさす程なのだが、マヤリスは両手で自分の身体を抱きしめてくねくねと身悶えしながらオリビアが涙目になって震えているのを眺め、恍惚とした笑みを浮かべている。


「ほらぁ、こういうことって言葉で伝えるより実際に身を以て命の危険に晒されてあげた方がいいかなって思って。この後適当にオークとでも戦ってもらって無計画に敵に挑むことの恐ろしさを知ってもらおうと思っていたのに、オリビアのせいですっかり台無しになってしまったわぁ。そもそもこの私が、こんな浮ついた調子で初のダンジョンアタックに放り込ませはしないじゃないの。アッシュちゃんは私の未来の旦那様。色んな経験を積んで早く一人前になってもらわなくちゃいけないし、その為なら私は何だってしてあげるつもりなの。……ねぇ、アッシュちゃん?」


 そう言ってわざとらしく意味ありげな視線をアッシュに送ったマヤリスに、オリビアは一瞬で耳の先まで赤らめさせ、しどろもどろになり始める。


「ふぇっ!? アッ君が旦那様? マヤリスちゃんの? ……えっ?」

「あっいいなマーヤちゃん! 私も私もー! えへへへーアッシュ君と結婚かぁ……。私がお嫁さんで、アレクサンダー達がベビーシッターで……。えへへへー……」

「えっ!? ドルカちゃんまで!? アッ君そんなにモテるの……!? わ、わたしも仲間に入れてもらったら、アッ君のお嫁さんになっちゃう……! どうしよう、どうしよう……」


 マヤリスの言葉にドルカまでもが便乗し始めたことで、ただでさえ錯乱気味だったオリビアが『自分もお嫁さんに』等と更にわけのわからないことを口走り始めたのを見て、アッシュは慌てて叫んだ。


「おいマヤリス! 適当なこと言うんじゃねぇよ! ドルカも便乗するんじゃない! オリビアさんが誤解した上に何か変な結論に至り始めたじゃねぇか! なんで同じパーティってだけで結婚まで話が進むんだよ!」


 アッシュの渾身の突っ込みにちょっとからかっただけのマヤリスは大人しく黙ってくれたものの、いつも通り妄想の世界に入り込んだドルカはまるで話を聞いていなかった。それ以上に問題があったのが、自分の中でぐるぐると考え込んでいたことでアッシュの言葉が耳に入っていなかったオリビアである。


「どうしよう……。でも、仲間にしてもらいたくて頑張って声掛けたわけだし、アッ君優しいし、逆にもうこんなチャンス今しかないかも知れないし……。決めたっ! アッ君! わたしをアッ君のお嫁さんにして下さいっ!」

「しねぇよ! なんで仲間になるって話から結婚まで飛躍してるんだよ、っていうか仲間になりたくて声を掛けてきた所から初耳だよまずはそこを説明してくれよっ!」


 何をどう間違えたらそのような結論に至るのか。魔窟の濃い面々を相手にすっかり突っ込み慣れしてしまったアッシュは1秒にも満たない速度でオリビアの言葉に全力で突っ込みを入れてしまったのだが……。


「フラれた……! わたしの初めての告白が、アッ君に即答でことわられた……! ひぅっ、ひぅうううぅううぅう……」

「あー! アッシュ君がオリビアちゃんを泣かせたー! 酷い、酷いよアッシュ君!」

「女の子の一世一代の告白をあんな断り方するなんて、アッシュちゃんってば酷い人」

「あぁっ! なんでそうなるっ! 違うってそういう話じゃなかっただろうが! アホドルカはまだしもマヤリスはお前絶対わかってからかってるだろ! 頼むからそろそろまともに話を進めてくれよぉっ!」


 ドルカ一人でも突っ込みで手一杯だったのに、そこにわざとらしく人をからかっては恍惚とした笑みを浮かべるマヤリスが加わり、更には思い込みとテンションの浮き沈みが激しいオリビアという美女まで仲間に加わろうとしている。朝っぱらから早速騒がしくしていることで集まる人の目を一身に浴びながら、アッシュは全力で身の潔白と話を前に進めたいという思いを声を大にして叫ぶのであった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


次話の投稿は近日7時の予定です。

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