第五十話 ドルカちゃんは意外とシビア
「つまり、この香水を使って俺達が宝石獣の気を引いて、その間にマヤリスが果実を採集する。そういう作戦ってことだよな。……でも、そんなにうまくいくのか? 一歩間違えたらその魔獣達が全員俺達かマヤリスの方に向かうことになって一巻の終わりなんじゃ……」
宝石樹が発する魔物を引き寄せるフェロモンと同じ成分で、より強力なフェロモンを発する香水を使った囮作戦。聞こえは良いが結局の所それを実行するのはアッシュとドルカという素人冒険者二人であり、一手でも間違えてしまえば二人を待つのは死である。その光景が脳裏によぎり思わず身震いしたアッシュに、マヤリスが告げたのは更に追い打ちをかけるような一言であった。
「そうね、確かにアッシュちゃんとドルカちゃん、二人だけなら間違いなく死ぬわね」
「ちょっ……!?」
一瞬で顔を青ざめさせたアッシュが更に詰め寄ろうと開きかけたその唇に、マヤリスがそっと人差し指を当てて制する。
「そう、アッシュちゃんとドルカちゃんの『二人だけ』なら間違いなく手も足も出ずに死ぬわ。……でも、二人は本当に『二人だけ』かしらぁ?」
そう言って、マヤリスは意味ありげな視線をドルカに送る。肝心のドルカはいつの間にやら手にしていた特性フェロモンの香水を大根達の中心に置き、大根達がその周りを取り囲み、何やらゆったりとした独特のステップでぐるぐると練り歩いている。万一夜に目にしてしまったら何らかの儀式を疑い全力で攻撃を仕掛けたくなるような光景であったが、何故かそれを鼻歌交じりでえへらえへらと笑いながら眺めているドルカであったが、マヤリスの視線に気付くと一瞬で顔色を変え、切なげな顔でマヤリスに訴えた。そのドルカの異変を素早く察知して大根達までピタッと動きを止めるのは最早流石と言うべきなのであろうか。二代目アレクサンダー達は初代と同様に優秀なようである。
「マーヤちゃん! 今いい所だからもうちょっと! もうちょっとだけお願い!」
「……別にその香水を取り上げようと思ってドルカちゃんの方を見た訳じゃないわぁ。大事に扱ってくれるならそのまま預けておいてもいいくらいよ? それより、ドルカちゃん。一つ質問があるのだけれど」
ご神体のように祀り上げられた香水が取り上げられることはないと知って安心したドルカと大根達はすかさず先ほどのように謎の儀式とそれをえへらえへらと見守る姿勢に戻ろうとした所にマヤリスが質問を投げかける。
「ドルカちゃん、その大根ちゃん達を囮として使い捨てるのってどうかしらぁ?」
「いいんじゃない? いくらでも代わりは作れるし! ねっアレクサンダー?」
ほぼノータイムで囮を命じられたアレクサンダー達は、全員『えっ?』と足を止めたのだが、悲しいことにドルカはその様子に一切気付いていない。
「おいドルカ……。アレクサンダー達お前のその言葉にショックで固まってるぞ?」
「えっ? ……しょうがないなぁ、じゃあアレクサンダー達は私のボディガードで使い捨ての大根は別に作ることにする! いくらでもいるし!」
「大根達に愛着があるんだかないんだかさっぱりわかんないなお前……」
あっさりと使い捨てると宣言したドルカに愕然とした様子で固まっていた大根達であったが、使い捨てられるのが自分達ではないのであれば同族たちが使い捨てられることは特に気にならないらしく、再び楽しそうにゆったりとした独特なステップで香水の周りを練り歩き始めた。創造主が創造主であれば被造物も被造物である。
「……なんにせよ、ドルカちゃんも良いって言ってくれたことだし、これで作戦に必要なピースは整ったわぁ」
「なるほど……。囮になるのは俺とドルカじゃなくて大根達ってことか……」
「その通り。二人には香水を大根ちゃん達に吹き付けては宝石獣達に向かって放り投げてもらおうと思っているの。そして二人が私が果実を採集するまで木の下にいてくれれば万一の時もぎりぎりカバーできるはず。大根ちゃん達は、毒をバラまく係と囮として逃げ回る係の二手に分かれてもらって、囮を追いかけて走り回る宝石獣達をじわじわと弱らせていきましょう。宝石樹に寄生されて効きが悪くなっているとはいえ、本来の致死量の数倍の濃度の毒に長時間晒していれば倒れてくれることは確認済み。二人の仕事はそれまでの間絶え間なく大根を作っては投げ続けるだけよぉ。本当にいざって時も、アッシュちゃんが怪我をする分にはドルカちゃんとくっついていれば回復可能。……どう? これなら本当にやれそうな気がしないかしらぁ?」
アッシュとドルカは大根を作っては投げるだけ、宝石獣達を相手に逃げると同時に毒をバラまいていくという役目は無尽蔵に産み出すことができる大根達。その間にマヤリスが宝石樹に登っていき、果実を採集する。
宝石樹に寄生され、魔物としての本能よりも宝石樹が放つフェロモンと周辺に漂う魔素を追いかけるという指令が優先されるようになった宝石獣達だからこそ、囮が無数に生み出されていく、その根源となるアッシュとドルカを狙うという発想には至らない。
「確かにな……これなら俺達でも本当に何とかなるかも」
そう、アッシュがぼんやりと呟いたその瞬間のことであった。
「その作戦には致命的な欠陥がある」
――凛とした、それでいてどこか柔らかさを感じるやや高めの女性の声。
顔を上げたアッシュ達の前に、可憐な顔に似合わず堂々とした立ち振る舞いの女性の姿があった。
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