第四十七話 命名:ユグドラスティック
「え、ちょっと待ってこれが世界樹? ……この、ドルカんちで麺棒として使われてたっていうこの木の棒が? 元は世界樹の枝? ……えっ?」
「正直言って、私も信じられないというか、信じたくないわぁ……。だって、世界樹よ? 世界中の瘴気を浄化すると言われている、瘴気の元凶である魔王と対になる存在と言われている文字通り伝説級の存在よ? 魔王軍の攻撃で既に大地から失われて久しく唯一残された希望と言われている最後の一枝が、なんでドルカちゃんちの麺棒になってるのよ……!」
――世界樹。それはかつてこの世界の中央にそびえ立ち、その枝葉から放たれる浄化の光によってありとあらゆる闇を払ったと言われている巨木である。
山と見紛う程の大きさだったと言われているその巨木は、500年前の魔王との戦いの最中、魔王自らの手によって瘴気に飲まれ、その姿を消したと言われている。
「その時、伝説に謳われる勇者たちはまだ十分な力を蓄える前で、ほんのひと振りの枝を死守するだけで精一杯だった。なんとか魔王軍の猛攻から逃げ延びた勇者たちは、その一枝が再び芽を出し巨木にまで育つだけの力を蓄えるまで、誰にも見つからない、魔王の魔の手の届き得ない聖域に安置し、自らもまた魔王に対抗しうるだけの力を蓄えることとなった……。誰でも知っている勇者物語の一幕。そのひと振りの枝が、今私たちの目の前にあるわぁ」
そう、死んだ目をしながら麺棒を眺めるマヤリスに、アッシュが必死で問いかける。
「な、何かの間違いだろ? その人類に残された最後の希望がよりによってアホドルカの手に渡って麺棒として加工されて今に至るなんて、流石にあり得ないだろ……!」
「私もそう思いたいのは山々なのよぉ! でもね、この浄化の力。そして肌身離さず身に着けていたドルカちゃんの無尽蔵と言っていい体力と魔力。その全てがこの麺棒が世界樹であれば説明が付いてしまうのよ……」
そう、マヤリスが力なく呟く。そこで初めて自分のお気に入りの麺棒が何やら話題の中心となっていることに気付いたドルカが、ひたすら自分の頭にアッシュの右手を擦り付けてえへらえへら笑っていたその手を止め、会話に加わった。
「なになに? その麺棒の話? それねー、ひーじいじが昔聖都に行ったときに見つけて来たんだって! よく覚えてないけどなんかそんなこと言ってた! でねー、お父さんが蕎麦っていう食べ物作るのにハマりだした時に、『丁度いいサイズの枝だ!』って言ってそのひーじいじの枝を勝手に貰って麺棒にしたの! 凄いんだよ! この麺棒で打った蕎麦滅茶苦茶美味しいしその蕎麦食べるようになってからじいじもひーじいじもすげー元気」
「……ドルカちゃんのひいお爺様が聖域に入り込んで世界樹の一枝を盗み去り、お父様が麺棒に加工しちゃったのね……。麺棒になってもなおその浄化の力と無限の生命力は健在で、触れたものの生命力や魔力を増幅させている。……その結果、今の元気いっぱいのドルカちゃんが誕生したわけね」
そもそも、まともに戦いどころか本格的なトレーニングをしているような様子が一切伺えないドルカという少女が、丸一日笑い続けながら全力疾走し続けても全く疲れを感じず、更には普通の人間が数回命を落としてもまだ足りないだけの生命力や魔力をアッシュに受け渡してそれでもなお一切体調に変化がないほどの体力、魔力というのがそもそも異常過ぎた。
そのことはマヤリスは当然のこと、アッシュもまた疑問に思っていたことではあったが、それ以上にドルカという少女自身のパーソナリティがぶっ飛びすぎていて何故目の前の少女がそれだけの生命力をその身に宿しているのか、という所にまで思考が及ばないまま考えることをやめてしまっていたのである。
「恐らく、今のドルカちゃんは生命力も魔力も世界樹の影響で常人を遥かに超えるレベルまで底上げされている。その上、麺棒としてこの枝を身に着けている間は常に体力も魔力も目減りしたその端から回復させられていたはずよ……。試す気にはなれないけど、片腕が吹っ飛んだくらいならその次の瞬間には新しい腕が生えてきて元通りになってもおかしくないわね……」
麺棒として蕎麦打ちに使い、世界樹の生命力が流れ込んだ蕎麦を日常的に食していたことによる尋常ではないレベルの生命力、魔力の底上げ。そして、麺棒そのものを装備し続けていることによる無尽蔵の回復状態。更には毒や瘴気等、人体に害を及ぼし得るものは全て世界樹の力によって触れただけでたちどころに浄化されてしまう。
「私がさっきアッシュちゃんに吹き付けた香水ね、あれ、ドラゴンでもまともに嗅いだら数分は意識を失う代物のはずだったの。もちろん人間が嗅いだら一瞬で命を喪うレベルの代物よぉ? そんなレベルの猛毒を、何の副作用も出さず一瞬で浄化、無害化させられるなんて、それこそ伝説で語り継がれる世界樹クラスの力でない限り考えられないのよ」
「ちょっと待てさっきの香水そんなヤバいものだったのかよ!? なんてもんを吹き付けやがるんだよもし万が一世界樹じゃなかったら俺死んでたじゃねぇか!」
「大丈夫よ、ちゃんと事前に確認したし。……でも、やっぱり実際に生き物に嗅がせても本当に完璧に無害化されてしまうのかどうか、この目で確かめてみたいじゃない?」
悪びれもせずにそう言い切った上で「大事なのは今こうして生きていることよ?」等と尤もらしいことを言って話を進めようとするマヤリスの淡々とした様子に、つい先ほど嗅がされた香水(猛毒)の香りを思い出し、思わず身震いしてしまうアッシュであった。
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