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第四十四話 これからの方針会議

「そうだ、これからの方針について、改めて相談させてもらってもいいか?」


 結局周りの視線が刺さる中そそくさと朝食を済ませ、ドルカがぶちまけた大根の種をなんとか一粒残さず回収しきるや否や、二人の手を引き逃げるように宿を飛び出しギルドへと向かい始めたアッシュは、朝のことはもう忘れてこれからのことに頭を切り替えていこう、とそんな質問をマヤリスに投げかけた。


「これからの方針……。アッシュちゃんはどう思うの?」

「私はねー、アッシュ君とマーヤちゃんと楽しいこといっぱいすればいいと思う! ドラゴン退治とか!」

「死ぬわっ! ……そうだな、正直借金のことを考えたら一刻も早く割の良い依頼をこなせるようになりたい所だけど、まだまだ実力はこれっぽっちも足りてないだろ? だから、実入りが少なくても経験を積める依頼をコツコツ繰り返すべきなのか、それとも何かしらの方法で借金分一気に稼いで、その後にゆっくり実力を付けていくべきなのか、そのどっちかにならざるを得ないと思ってるんだけど、どうかな」


 昨晩は、マヤリスが主導権をアッシュ達に委ねると言ってくれてはいたが、実際問題として冒険者としてやってきた場数も単純な実力も違い過ぎる。アッシュは、当座の問題である借金問題が解決するまでは、マヤリスの判断に従うことで最速で事を進めていくべきだと考えていた。


「そうねぇ、確かに何をするにしてもわかりやすい目標を掲げておくのは大事よね。質問の答えだけれど、私としては後者の一気に稼ぐ方をおススメしたいわ。はっきり言って、二人が真っ当に依頼や魔物の討伐報酬だけで借金を返し切れるだけの実力を得るにはだいぶ時間が必要よ。実際問題として借金のことがある限りアッシュちゃんは気が気じゃなくなっちゃうわけだし、それならサクッと稼いでその後ゆっくり実力を付けてもらった方が良いというのが私の考え。……それでどうかしら?」


 そのマヤリスの回答は、実はアッシュ自身が考えていたことと同じであった。アッシュ自身、冷静に考える為に二つの選択肢を掲げてはいたものの、正直言ってこのままコツコツ堅実に稼いで借金返済などの悠長なことを考える余裕はなかった。

 なにせ、昨日あれだけ新人冒険者にしては実入りの良い依頼を、それも二つも片付けたにも拘わらず、稼げたのはたったの1万ペロ。平均的な市民が家族総出で月に稼ぐ金額がおおよそ5万ペロであることを考えると破格の稼ぎであることは間違いないのだが、パーティの資金に1000ペロを先に除け、そこから3等分して一人3000ペロ、アッシュとドルカの分をギリギリまで借金返済に充てても5000ペロ程度しか返せないのである。

 もし仮に昨日と同じだけ稼ぎ続けることができ、毎日5000ペロずつ借金を返すことが出来たとしても、借金の完済までには200日。実に半年以上もかかる計算になってしまう。そもそも、昨日はマヤリスも敢えて突っ込んでいなかったのだが、ドルカもアッシュもまともな装備さえ持っていない。ドルカは何も考えずに家を飛び出してきてそのノリでショイサナまで到着して今に至る為、そしてアッシュは装備その他を整えるはずだった資金50万ペロがドルカによって一瞬で借金へと変わってしまった為、装備を整える資金さえない状態で多額の借金という最悪のスタートを切ることとなってしまったのだ。

 装備とは、冒険者が命を預ける、ある意味信頼できる仲間以上に大切なものである。『仲間は時に裏切るが、手入れした武器は決してお前を裏切らない』といった格言からも分かる通り、冒険者にとって最後の最後に生死を分けるのは己の手に馴染んだ武器であり、防具なのである。

 それをアッシュとドルカはほぼ手ぶら。今から、一日1万ペロ稼げるレベルの依頼をこなし続けようと思えばそれなりのグレードの装備を揃えたいと考え始めると、本当にお金はいくらあっても足りない位で、まじめにコツコツ返すというプランの非現実性が更に浮き彫りになるというものである。


「やっぱり、今のままコツコツやっていくっていうのは現実的じゃなさすぎるよな……」

「あ! もう一つだけ、別の方法が無いわけでも無いわぁ」

「えっなになにー? 裏技的なやつー? 私気になる!」


 まるで今思い出しました、という様子でマヤリスが言い出したのを見て、昨日一日ですっかりマヤリスという人間の性質を見抜いていたアッシュは、その取ってつけたようなわざとらしさを敏感に察知し、しらーっとした目でマヤリスを見ながら言った。


「……そんなこと言って、どうせ俺達が選ぶはずのない滅茶苦茶なプランなんだろ?」

「もう、アッシュちゃんってば酷い……! 私、二人の為に一生懸命考えたっていうのに!酷い、酷いわぁ! ……まあ実際その通りなんだけれど」

「ほら言わんこっちゃない! ……で、一応聞いておくがどんなプランなんだ?」


 無茶なプランだとは見抜いてはいつつも、やっぱり気になるのが人のサガというものである。結局、隠しきれない好奇心がチラチラと顔を出してしまっているアッシュの様子を見て、マヤリスは満足そうな笑みを浮かべながら言い放った。


「ある意味一番簡単よ? 私の毒や魔窟のありとあらゆる技術を駆使して二人の肉体を物理的に最強に」

「もういい、わかった」

「そう? 1週間もあればそれなりに強くなれるしいくらでも稼げるようになるわよ?」

「やめろぉっ! 俺は俺のままでいたいんだよ! 見た目からして別人になったり筋肉のことしか考えられなくなるような強さなんか欲しくねぇよ!」


 それではわざわざダグラス達のクランを回避した理由が無くなってしまう。強くなる為に倫理やこれまでの自分、ヒトであることを捨て去る勇気は、アッシュにはなかった。



「じゃあ、ちょっと危険ではあるけど稼げる方法でまずはサクッと稼いで、とにかく借金を返してからコツコツ実力を付けていく……。って方針でいきましょうか」

「おー! サクッと稼いでお家建てよアッシュ君! 三人で住めるでっかいお家!」

「まずは借金を返すって言ってるだろうがこのバカが! 家なんて俺達の借金の何倍も何倍も稼いで初めて買える代物なの! 夢のまた夢だからさっさと諦めろ」


 相変わらず何も考えてないドルカをそう窘めると、ドルカは珍しく不満げな顔でアッシュにこう言い返してきた。


「えー! なんでよー! 私たちなら絶対あっという間にそれくらい稼げるもん! それにマーヤちゃんはものすごい冒険者なんでしょ? ギルドへの借金が嫌ならマーヤちゃんに借りて先に返しちゃえばいいじゃん! そしたらアッシュ君もうお金のことで心配しなくて平気でしょ? ねーねーそうしてもらおうよー!」

「あぁもうそんなこと良いわけがないだろ! 遠慮というものを知れ、遠慮というものを!」


 確かに、アッシュとてそれを一切考えなかったと言えば嘘になる。ベテラン冒険者のマヤリスにとって、恐らく100万ペロという借金の額はほんのはした金に過ぎないだろう。頭を下げて頼み込めば、特に何の逡巡も無くその場で100万ペロに相当する大金貨を1枚ポンと手渡されて終わりなのかも知れない。……でも、だからこそ。


――それを、『対等』な仲間に頼むってのは違うだろ。


 それは、アッシュなりに真剣に考えた結果末に出した結論であり、決意であり、一流の冒険者達と呼ばれる者たちであればその全員がそれぞれに持つ、『矜持』と呼ばれるものの萌芽であった。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


次話の投稿は明日7時の予定です。

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