第四十二話 それはそれとしてやっぱりマヤリスさんの方が一枚上手
「……たまたまドルカの持っていた麺棒がそういう能力を持っていた。たまたまその麺棒が俺の手の届くところに転がっていただけ。……そういう風には考えないのか?」
たった一度、奇跡のような隙を突いてほんのささやかな抵抗をしてみせただけのつもりだったアッシュは、素の実力が隔絶しているはずのマヤリスがそのたった一度の攻防で自分の敗北を認めたことが不思議でならなかった。
「馬鹿ねアッシュちゃん。戦いに偶然も何も関係ないの。100回戦って99回勝てる相手でも、そのたった1回の敗北を引いてその敗北が死に繋がるものならそれでその冒険者はおしまい。100回に1回なら無視しても良い位に少ないって思うかも知れないけど、100回冒険に出ればほぼ確実に最低1回は死の危険に晒されるということよ? 1,000回に1回、10,000回に1回でも多い位だと私は思ってる。そして、アッシュちゃんとドルカちゃんは、その私を相手に10,000回に1回の当たりを引いた。偶然か必然かなんて関係ないの。私はあの時あの瞬間、確かにアッシュちゃん達に負けた。負けたと思わされてしまった。私にとってはそれが全て。それ以上でもそれ以下でもない事実なのよ」
100回に1回だろうが1万回に1回だろうが、それを引いて死んでしまえば終わり。そのあまりにもシビアな、それでいて真理のように思える考え方に、アッシュもまた認識を改める。
「そうか、そこまで言ってくれるなら、俺から言いたいことは何もない。むしろ、朝も言った通り右も左もわからない新人である俺達に、マヤリスみたいな先輩冒険者がついてくれるのは本当にありがたいことだと思ってる。マヤリス、改めて、これからも仲間としてよろしく頼むよ」
「ええ、喜んで。……ドルカちゃんには、まあ言わなくても良いわよね?」
本来なら仲間として、マヤリスがしでかしたこと、そしてアッシュがどういう判断を下し、改めて仲間として迎え入れることにしたかを洗いざらい打ち明ける必要があるのだが。
「あいつ、アホだからな。どうせ説明しようとしても最初の数秒で理解の限界が来る。あいつにとっては何も変わらず、頼もしい仲間が一人増えたってだけで十分だよ」
「そうね、私もちょっとドルカちゃんにことのあらましを理解できるように説明してくれ、って頼まれてもまともに理解してもらえる自信がないわ……」
二人して苦笑しながらドルカの方を見ると、今もなおドルカは幸せそうな表情を浮かべながらすぴよすぴよとだらしなく開いた口から涎を垂らして眠っている。
「ふぁーあ、ドルカのしまりの無い寝顔見てたらこっちまで眠くなってきちまった。ドルカには何も言わないって決めた以上、明日もちゃんと冒険者として依頼こなさないといけないし、そろそろ寝させてもらってもいいか?」
「ええ、そうしましょ。私も自分の部屋に戻るわ。アッシュちゃん、ドルカちゃんがぐっすり眠ってるからって変ないたずらしちゃ、ダメよ?」
最後になっていつも通りのからかうような微笑でマヤリスがアッシュをからかう。
「なあマヤリス、普段のドルカのアホな振る舞いと、このしまりのない寝顔。これを見て、俺がそんな気持ちになると思うか?」
「ふふふ、それはどうかしらぁ? なんだかんだ、男の子はみんな心の奥底にオオカミみたいなこわーいこわーい本性を隠し持ってるものだから気を付けなさい、って私はお母様に教わってきたから」
なんと返せば良いのかわからずしどろもどろになるアッシュを見てくすくすと笑いながら、マヤリスは立ち上がり、部屋の扉に向かっていく。
「そうそう、もし本当にドルカちゃんにいたずらしたくて我慢できなくなっちゃう位なら、私の部屋に来なさい? 何も言わなくても、ノックを3回、間をあけてもう一度3回叩いてくれたら、それで全部察してあげる。その時は、私がぜぇんぶ手取り足取り教えてあげるから。……そうそう、私は甲斐性がある男の人なら重婚もアリだと思ってるの。だから、後はアッシュちゃんがどれだけドルカちゃんを上手に説得できるかだけよ? ……ね、未来の『旦那様』?」
「ちょっ! ま、俺はそんな……!」
瞬く間に顔を赤らめ、あからさまに動揺し始めるアッシュを見てマヤリスは満足そうに笑う。
「ふふ、冗談よ。ただ、冗談がいつ本気に変わるかはアッシュちゃん次第、ってとこかしらぁ? ……それじゃあ、おやすみなさぁい。お互い、いい夢見ましょうね」
最後の最後にアッシュをからかうだけからかって部屋を出ていくマヤリス。結局アッシュはぱくぱくと口を開けつつも、何も言い返せないままマヤリスを見送り、顔を真っ赤に紅潮させたまま、マヤリスに言われたことを反すうした。
――そうそう、もし本当にドルカちゃんにいたずらしたくて我慢できなくなっちゃう位なら、私の部屋に来なさい?
「……ってマヤリスの奴! 毒物であふれ返ってて危険だから自分以外は絶対に部屋に入れないようにしてるって言ってたじゃねぇかっ! ああ……。なんで俺は一瞬でも本気で受け取ってしまったんだ……」
幸せそうな顔ですぴよすぴよと寝続けるドルカの横で、アッシュは一人頭を抱えながら悶えるのであった。
「ねーねー! あーさーごーはーんー! 早くいかないとスープなくなっちゃうって昨日マーヤちゃんが言ってたー!」
「ああもう! わかった! わかったから一回離れてくれ! 起きる! 起きるから!」
そう言いつつ再びシーツに潜り込もうとするアッシュに、ドルカがなおも食い下がり、それならばと自らもアッシュのシーツに潜り込もうとする。
「やーだー! アッシュ君が元気ないなら私の元気分けて上げなきゃだもーん! ほらほらー! はやくおーきーてー!」
「わかった! わかったから、頼むから一回離れてくれ! 起きた! もうしっかりバッチリ目も覚めたからっ!」
――何のことはない。アッシュもただ、一人の男として悶々と眠れない夜を過ごしたというだけの話であった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
最近ブクマも評価して頂ける方も目に見えて増えてきて嬉しい限りです……!
先日初めての感想を頂いた時は本当にドルカちゃんレベルで狂喜乱舞しておりました。
そんなわけで、面白いなぁと思って頂けましたら、ブクマや感想、評価などして頂けますと死ぬほど喜びます!
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