第四十一話 それぞれの強さ
「うぉー! 良く寝たー! アッシュ君起きてー! 朝だよ朝ー! あーさー!」
「……あぁっうるさいっ! 俺はお前と違って昨日は全然寝れなかったんだよ……。ショイサナに来てから三日、初めてまともなベッドで寝れたんだ、もうちょっとだけ、頼むからもうちょっとだけ寝かせてくれ……」
あの後、アッシュはマヤリスと二人、改めて今後について話し合ってから眠りについたのだ。マヤリスがアッシュ達に近付いた目的は、自身の作った香水に手を加えて無毒かつ植物の成長促進効果を増幅させた者が一体どんな人物なのかを見極めることであった。
そして、一日行動を共にしている間にアッシュという人間を異性としても気になり始めたマヤリスは、香水の一件の見極めのついでに素敵な旦那様になり得る相手かどうかまでチェックしてみることを思い付いてしまった。思い立ったが吉日とばかりに虎視眈々とその機会を狙い、宿の主であるドログから振る舞われたウェルカムドリンクにドルカには睡眠毒、アッシュには痺れ毒を仕込み、極限の状態まで追い詰めたアッシュがどんな本性をさらけ出すのか確認をした、というのが事の次第であった。
「というわけで、当初の目的は確かに果たされてしまったのだけれど、だからこそ改めてお願いするわぁ。私を二人の仲間に入れてちょうだい? 『二人が』私の仲間になるんじゃなくて、『私が』二人の仲間になりたいの。……この違い、わかってもらえるかしら?」
「本当の意味で、俺達二人に主導権を握らせてくれて、マヤリスはその手伝いをしてくれるって、そういう意味で合ってるか?」
この日一日、アッシュとドルカは結局のところ、マヤリスにおんぶにだっこで冒険者としてのあれこれを教わるだけになってしまっていた。それは、年長者でありベテランの先輩冒険者でもあるマヤリスと冒険者生活三日目のアッシュ達からすれば当然の関係性ではあったのだが、マヤリスはその関係性をリセットし、改めて『対等な関係』として仲間に入れて欲しいと頼んできたのだ、とアッシュは理解した。
「その通り。まあ、今朝も似たようなことは言っていた気がするのだけれど、でも、今度は心の底からそう思ってる。……というより、アッシュちゃんとドルカちゃんのこと、私は正直、『所詮はただ運が良かっただけの新人冒険者』って侮ってたの。でも、ついさっきの出来事ではっきりと理解したわ。二人は私なんかが付いていなくても二人だけの力でなんとか出来るだけの力を秘めている。ドルカちゃんの運の良さだけで生き残ったわけじゃない。アッシュちゃんとドルカちゃん、二人揃うことでとんでもない力を発揮できるポテンシャルを秘めてるんだって」
「……いや、流石にちょっとそれは買いかぶりすぎなんじゃないか? これからも仲間として一緒に活動してくれるなら色んなことを教わることになると思うし、実際本気で戦ったら俺達なんて訳の分からず一瞬で倒されて終わりだろ?」
アッシュは、自分達とマヤリスの戦力差を冷静に分析する。実際に一服盛られてみてよく理解できた。マヤリスは、母親から受け継いだ暗殺者としての技術と、父親から受け継いだ錬金術師としての技術、その両方を僅か21歳という年齢で恐るべき練度で極めている。まともにぶつかり合った所で容易く蹴散らされる所しか想像できないのに、その気になれば香水のたったひと吹き、あるいは無味無臭の毒をそっと飲食物に紛れ込ませるだけで相手を無力化できることも可能なのだ。
ついさっき、アッシュが一瞬の隙をついて組み伏せることが出来たのも、毒から回復しているはずがないという油断にアッシュという極上の獲物をどういたぶるかという初めて抱いた高揚感が重なったその瞬間を突くことが出来たからで、恐らく、というかほぼ確実に二度目の成功はあり得ない。そもそも素の腕力でさえマヤリスはアッシュを大きく上回っているのだから、あの時だってあっさり逆転しようと思えばできたはずなのだ。
アッシュは、その隔絶した実力差を正確に理解していた。
「まあ、実際それはその通りね。『対等』だなんて言いつつも、結局の所しばらくは私が冒険のイロハについて教えてあげることも多いと思うわ。……でも、一つだけ決定的に変わったことがあるの。それは、私が二人の実力を認めたということ。二人が二人とも、私の仕込んだ毒をあっさり無力化し、この私を相手に一瞬の隙をついて反撃までしてみせた。アッシュちゃんに至っては、その隙を私に意図的に作らせようと誘導していた所まであるわね。……そこまでされて、認められないわけがないじゃない」
それは結局心の持ちようであり、ただの言葉遊びなのかもしれない。だがしかし、マヤリスは、ここで改めて二人の実力を認めたこと、『自分が』二人の仲間に入れてもらうのだとアッシュに伝えることそのものが、これからの二人との冒険者生活をより楽しいものにする為に必要なことだと確信していた。
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