第三十八話 ものの見方は人それぞれってことよね?
「……とまあ、これが私が冒険者になって素敵な旦那様を探すようになった理由ね。わかってもらえたかしら?」
「……いや、まったく」
アッシュはただ、マヤリスの両親が暗殺者とそのターゲットだったのに、それを知った上でなお母親に惚れてしまっていた父親の本音と死に際の言葉を聞いた母親が色々と暴走した結果その一言で一族を裏切り駆け落ちを決意したという話を聞かされただけである。それで何故マヤリスが冒険者となり『素敵な旦那様』とやらを探すようになったことの説明となっているというのか。ついでに言えば色々と吹っ切れた母親が別の意味で父親に襲い掛かったことでマヤリスが生まれたという話もあったが、そこはもう未だに全身がしびれているアッシュとしては突っ込む気力も残っていなかった。
「もう、普段はびっくりするくらい察しが良いのに、こういう所だけは鈍感なんだからぁ。……仕方がないから説明してあげる。私はこのお話を聞いて、確信したの。人間という生き物は、死にそうになった瞬間にその人の本質が、本音が漏れる。運命の出逢いは、白馬の王子さまは、その相手を死の間際に叩き落してこそ、真の王子様かどうかがわかるのよ!」
「……はぁ?」
――それはあまりにもとんちんかんというか、極端な思想に突っ走ってはいませんかね?
全力で突っ込みにいきたいアッシュであったが、未だアッシュの身体には毒が回っており、身体を動かそうと力を入れても指をぴくぴくと痙攣させるくらいが関の山である。
口こそ動かせはするものの、それも辛うじて舌が動くというぎりぎりのラインであり、とてもではないがいつも通りの勢いで突っ込みを入れることは出来なかった。
「お父様とお母様はその翌日には最低限の荷物を抱えて馬車に乗り込んで街を経って、それ以降はずっと街から街を転々とする行商として暮らしていたの。来る日も来る日も追っ手を仕向けてくる暗殺者一族を返り討ちにしながらの愛の逃避行。私もその逃避行の途中で産まれ育ったわぁ。愛の力って偉大よねぇ」
それはもう愛の力というよりただただ単純にマヤリスの母親が異常に強かっただけなのではないだろうか。一介の錬金術師兼香水職人であり戦闘経験があるわけではない父親を庇いつつ、身重の身体で旅を続け、母親を連れ戻す為に差し向けられたかつての同胞である一族の精鋭達を鼻歌交じりで返り討ちにする。色々とぶっ飛びすぎである。
「そして、私もその旅の中でたくさんのことを教わったわ。狩りの仕方、料理の作り方、香水の作り方、ありとあらゆる毒物の効果と扱い方、暗殺者としての戦闘訓練……。お母様はとっても厳しかったけれど、その全てが、私がいつか素敵な旦那様を見つけて幸せなお嫁さんになる為のもので、その厳しさは愛そのものだと分かっていたから私は頑張れた」
料理の作り方と辛うじて香水の作り方以外は全く以て結婚には役に立たないのではないだろうか。そう全力で突っ込みたいアッシュであったが、相変わらず思うように身体が動かず、もどかしい思いを続けていた。
「そして、お母様はこうも言っていたの。お父様があの毒に耐え、笑顔で愛の告白をしてきたのは、お父様が普段から毒物の扱いに慣れていて、ある程度毒というもの全般に耐性があったからに違いないって。だから私にも、『まずは殺す気で毒を盛ってみて、ある程度耐えられそうな相手から素敵な旦那様候補を探していくのが賢い方法よ?』って」
「色々と、間違ってるって……」
途中まで、割といい話のはずだったのに何をどう間違えればそのぶっ飛んだ結論に至るのか。アッシュはもう頭が痛くなりそうであった。
「結局、10歳になる頃には大抵の薬や毒、香水は錬金術で作れるようになっていたし、お母様の追っ手を返り討ちにするのも私の役目になっていたわぁ。それで、13歳になる頃にようやく追っ手も途絶えるようになって、それならってことでお父様とお母様はとある街に店を構えることに決めたの。それをきっかけに私も旅の途中で登録だけはしていた冒険者として本格的にやっていこうかなぁって思って、独り立ちも兼ねてショイサナに向かって、気が付けばこうして二つ名まで付いた冒険者として活躍中、ってわけ」
私に見惚れて声を掛けてきた男どもに本当に私の旦那様に値する相手かしらと思って片っ端から毒を盛っていたら何でかわからないけどいつの間にか居場所がなくなって魔窟に移り住むようになったんだけどね、とくすくすと笑いながら語るマヤリスを見て、アッシュはようやく今自分が置かれている状況を理解する。
毒で身動きを取れなくさせられた自分と、それを楽しそうに観察しているマヤリス。
――これじゃあ、まるでたった今話を聞いていたマヤリスの両親ではないか。
アッシュはこのタイミングで初めて、今自分がマヤリスにどういう意味で狙われているのかを理解したのであった。
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