第三十七話 ロマンチックってなんだろう
「ねえアッシュちゃん。今朝教えてあげたわよね? 『美しいバラには棘がある』って言葉の本当の意味。棘によって煩わしい虫たちを寄せ付けないからこそ、バラはあれ程までに美しい花を咲かせるんだって。結局ね、毒も同じなの。毒を持つ草花は、その毒が効かない相手しか眼中に無いか、その美しさに引き寄せられた虫たちを毒で仕留めて糧とするか、そのどちらかであることがほとんど。そして、毒のある花ほど美しく、芳しい香りで周りの生き物を寄せ付ける。……お父様は、そこに目を付けたの」
毒性の強い草花には、見る者を惹きつけて止まない魔性の魅力がある。その魅力だけを取り出して、香水にすることが出来ればどれだけ素晴らしいものが出来るのか。マヤリスの『お父様』はそれを錬金術によって実現させることに成功したのだ。
「ほら、死招き草とか亡者の苺とか、毒だと知っていてもついつい目を奪われたり口に運びたくなるような植物ってたくさんあるでしょう? お父様には、そういう草花の毒性を全て消し去って香りだけを取り出す天性の才能があったのよ。香水に毒草が使われていることが世に広まってからは、香水の副産物として生まれた各毒草の解毒剤もどんどん売り出していくようになった。……だから、狙われた」
これまで、自分自身で語った内容に陶酔しているかのようにうっとりとしていたマヤリスの雰囲気が、ぞくりと背筋が凍るような冷たいものへと一転する。
「お父様はやりすぎた。世界中のありとあらゆる毒草、毒性の強い生き物を原料に、新しい無毒な香水と解毒剤をどんどんと世に送り出していった。それはつまり、お父様がこの世のありとあらゆる毒に対して、無毒化の方法を知る術を持っていたということに他ならない。……その毒が、暗殺者一族に代々伝わる秘中の秘の毒であったとしても、ね」
――話が繋がった。つまり、マヤリスの父親は、偶然にも暗殺者一族が代々語り継いできた秘伝の毒の解毒方法を発見してしまったのだ。そして、真似できるものがいないからと、問われれば躊躇いもなく原料や製法を公開してきたことも良くなかった。
「お母様に命じられた内容はいたってシンプルだったそうよ。『一族秘伝の毒の無毒化の方法を公開される前に暗殺しろ。そして、それ以外のあらゆる毒の解毒法を盗み出せ』ってね。自分たちだけが全ての毒の解毒法を握り、その一方で誰も解毒する方法を知らない毒を自分たちだけが扱える。……実現していたら、たったそれだけのことで国を裏から牛耳ることさえ可能だったでしょうね」
実際、マヤリスの母親が『お父様』の懐に潜り込むのは驚くほどに容易かったらしい。暗殺者として毒物の扱いに慣れていた『お母様』は、香水の製法を学ぶためにやってきた錬金術師の卵としてあっさりと弟子入りに成功し、『お父様』との共同生活が始まったのだ。
「実は、生活が始まってすぐ、お父様はお母様の正体をうっすらと察していたんですって。余りにも毒物の扱いに慣れ過ぎているって。何もわからないふりをしていたけれど、一流の職人だからこそわかる細かい動きの違和感みたいなものがあったんでしょうね」
だがしかし、『お父様』は『お母様』を警邏につき出したり、正体を暴こうといったことは一切せず、そのまま数ヵ月、二人はその状態で暮らしていたらしい。
「逆にお母様の方は、情にほだされることもなくただただターゲットから情報と技を盗み、淡々と暗殺の準備を進めていたみたいなんだけれど。……そして、その日が来てしまった」
そう、暗殺者一族に代々伝わる毒を原料にした香水の、その製法を尋ねる者が出てきたのだ。
「お父様は、いつも通り『明日、同じ時間に来てくれれば手取り足取り教えて差し上げますよ』と言って、教えを乞いに来た人を帰したわ。お母様は、もうその頃には全てとは行かなくともお父様の技術の大半は盗めていた。製法がまとめられた手記を奪ってしまえばあとは独学でなんとかなる位にはね。だから、その日の晩にお父様を暗殺することに決めた」
――一族に伝わる秘伝の毒。無味無臭で水によく溶け、粘り気も色も無い。熱で変質することもなく、料理や飲み物に混ぜれば確実にバレることはない。その毒を口にした者は、まず、身体に一切の力が入らなくなり、指一本動かすことが出来なくなる。その直後、心臓や自然呼吸に必要な腹部の筋肉さえ動きを止め、意識だけは鮮明なままゆっくりと死に至る。
毒の量を調節すれば四肢の動きを止めたまま、辛うじて生命維持に必要な筋肉や眼球、口は動く状態を維持することもでき、拷問に使うことも可能という残忍かつ非常に取り回しの良い性質を持っていた。
「お母様は、その頃には食事の支度まで任されるようになっていたから、毒を盛るのは容易かった。唯一、お父様のこれまでの錬金術の全てがまとめられた手記の在処だけはお母様にも教えられていなかったから、お母様は死に至るギリギリ手前の量の毒を持って、毒が回り始めるのを待ったの」
――食事を終え、その日の売り上げの確認や明日の支度を済ませ、床に付こうとした矢先、それは始まった。
突然力が入らなくなり、座り込んだ男の前に、怪しい微笑を浮かべた美しい女が立つ。
「ねえ、アッシュちゃん。その時のお父様、お母様を目の前にして一体なんて言ったと思う?」
いきなり質問をされたことで夢から覚めたような、急に現実に戻らされた不思議な感覚の中でアッシュは頭を切り替え、質問の答えを考えていく。
「わか、らない……。でも、いのち、ごいではなかった……?」
マヤリスが心から敬い、自分の目指した夢の為なら地位も名誉も捨てることを躊躇わない男。アッシュが知っているのは、ただそれだけではあったが、それでも、マヤリスの『お父様』はこんな所で命乞いをするような人間ではないように思えた。
「……ふふ、やっぱりアッシュちゃんは最高だわ。その通り。お父様はね、命乞いをするどころか、お母様に向かって笑って言ってのけたの」
――はは、やっぱり君だったか。……君は、君の事情で私を殺さなければいけないんだろう? だから、助けてくれとも、一思いに楽に殺せとも言わない。……その代わり、頼みがある。私の命が尽きるその瞬間まで、私の前に居てくれないか。愛する女性に看取られながら死ぬのが夢だったんだ。
「お母様は、それまでお父様のことをただの殺害対象としか見ていなかったのに、その一言で恋に落ちてしまったんですって。それまで数え切れないほどの人間に何の感情も抱かずに死を送ってきたお母様がよ? お父様の、ほんの一言でお母様は変わってしまった」
――わかりました。貴方のその夢、私が叶えて差し上げます。
そう言って、マヤリスの『お母様』は『お父様』に向かって一気に近寄った。てっきりナイフか何かでぐさりとやられるのだとばかりに身構えていた『お父様』を迎えたのは、冷たいナイフの刃ではなく、熱い『お母様』の抱擁だった。
「お母さまは、お父様のその一言、その一瞬で決意したんですって。『この人と駆け落ちして添い遂げよう』『老衰で死ぬその瞬間を、私が看取ってあげよう』って」
その、自身の感情に真っすぐで、その為ならこれまでの自分の全てを投げ打つこともためらわない清々しいまでの思い切りの良さ。その、澄み切った青空のような美しい心の在り方は、きっとマヤリスにもしっかりと受け継がれているのだろう。
アッシュは、マヤリスの冒険者としての強さの原点を知ったような気がした。
「ちなみに、その時その勢いのままにお母様が身動きの取れないお父様に襲い掛かって出来たのが私なんですって! ロマンチックよねぇ?」
前言撤回、この母にしてこの娘アリだ。こいつらやっぱりどっかイカれてやがる。アッシュはそう思った。
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